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最悪の魔女スズラン2 四季の帰り路  作者: 秋谷イル
新スズラン編

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八章・結びの糸(2)

 ──大きく目を見開くロウバイさん。それはそうですよね。あれで肉体を乗っ取られたこともある私だからこそ、その危険性は重々承知しています。術の開発者にして最も熟達した使い手である彼女ならばなおさらでしょう。


 繰糸(くりいと)魔法。


 それは彼女、聖実(せいじつ)の魔女ロウバイが生み出した恐るべき拘束術。背中から無数の魔力糸を放出し、自在に操り、あらゆるものを絡め取る。魔力の糸は同じく魔力の篭もった攻撃以外ではけっして断ち切ることはできず、巨岩すらも持ち上げることが可能。

 しかも魔法を使って切断しようにも魔力糸に触れた人間は“魔力封じの手枷”と同様に体内の力の流れを乱され、魔法を使えなくなってしまう。


 恐ろしく危険な術です。

 当然、彼女は戸惑う。


『本当に覚えたいのですか?』

「はい」

『あなたは一度この術を経験している。どれだけ危険なものか認識しているはずです』

「はい」

『それでも習得したい?』

「はい」

 私の意志は固まっています。それを示すため絶対目は逸らしません。無意識に呼吸まで止めてしまいます。ロウバイさんも同様に私を正面から注視。


 そんなにらめっこみたいな状態がしばらく続き、いいかげん私が苦しくなってプルプル震え始めた頃、彼女は口を開きました。


『……一つ、試させてください』

「え? 試す?」

 予想外の提案。三つの課題のうち二つをクリアしたばかりですのに、またしても試験を受けますの?

 そんな心情が顔に表れてしまったのでしょう。私を見つめていたロウバイさんが首を左右に振りました。

『難しいことではありません。私の魔力糸を一本、あなたの首筋に刺し込むだけ』

「なっ……!?」

 激しく動揺するクルクマ。

「ちょ、待ってください、それは流石に──」

『落ち着いてくださいクルクマさん。危険はありません。本来私の繰糸魔法に他人を操る力など無いのです』

「私を……?」

『覚えています。操られていた間も意識はありましたから』


 そういえばクルクマは一度彼女とイマリで会っているんでしたね。その時にはもう頭の中にゲッケイが潜んでいたそうですが。


『繰糸魔法にはたしかに人の意識に干渉する力もあります。魔力封じの効果はそれを応用したもの。しかし本来は対象の感情を読み取り、逆に私の感情も伝える。そういうものでしかありません。ゲッケイ様のようなことは私にはできないのです』

「する気も無いでしょうしね」

『はい』

 アイビー社長の言葉に頷くロウバイさん。そして改めて私を見据えます。

『スズランさん、でしたね。この力を使ってあなたの感情を読み取らせてください。もしあなたが危険な企みを秘めていても、その自覚が無かったとしても、私にはそれを見抜けます。もちろん他人に自分の内面を覗かれるのは不愉快でしょう。だから嫌だと申されるのであれば』

「いえ、お願いします」


 私は彼女の言葉に被せる形で答えました。


『……いいのですか?』

「はい。だって」

『理由は、語らないで』


 今度は私の言葉に被せる形で待ったをかけ、立てた人差し指を唇に当てる彼女。


『先入観を持ちたくありません。まずはあなたの感情を読み取って、それからそのお話を伺うことにしましょう』

「あ、はい」

「待って、本当にいいの?」

 さっきの説明を聞いてもまだ心配らしいクルクマが割って入りました。私は苦笑しつつ、そんな彼女を脇に押し退けます。

「大丈夫です、クルクマ」

「どうしてそう言い切れるのさ? 本当は師匠と同じことができるのかもしれないよ?」

「かもしれません。でも、私はロウバイさんは噂通りの良い人だと思います」

「なんで?」

「だって、貴女と同じで私を心配してくれていますもの。体を乗っ取るにせよ感情を読み取るにせよ、黙って糸を伸ばしてしまえば簡単なことです。なのにきちんと確認を取ったのは、そういうことでしょう?」


 不意打ちが当たり前のゲッケイなどと違って、この方は立派な淑女です。だから信じることにいたしました。


「……ああもう、しかたない。スズちゃんがそこまで言うなら、あーしも信じる」

「はい、しっかり見ていてください」

 そうしてようやく納得したクルクマが引き下がった直後、背後から社長と彼女の会話が聴こえてきました。

「臭い芝居ね」

「あっ、ちょ」


 なんだ、そういうことでしたの。ロウバイさんの私に対する心象を良くするため自分が憎まれ役を演じたんですね。

 まったく、いつもいつも気の回る友達ですわ。


(でも、この方が相手では無意味だと思いますけど)

 読み取れるのが説明通り感情だけだとして、彼女はそれでも断片的な情報から私の内面を詳細に分析できるはず。なにせ、こう見えて私の三倍近く長生きしている人です。人生経験の厚みが違う。

 もちろん悪だくみなんてしていません。とはいえ、後ろ暗いところが全く無いわけでもない。なにせ私は“最悪の魔女(ヒメツル)”ですから。そこの部分を変に意識してしまって誤解されないかが心配です。

 緊張して口の中がカラカラになりそう。少しばかり残っていた唾もごくんと飲み込んでしまいました。

 冷や汗がつうっと背中を伝い落ちます。中心の背骨を逆に上へ辿って行った先、首筋に次の瞬間チクリとした痛みが。

「ひゃっ!?」

『どうなさいました?』

「あ、いえ、虫かな……」

 一瞬、魔力糸を刺されたのだと思いましたが錯覚でした。緊張のあまり感覚が先走ったようです。


『いきますよ』

「どうぞ」


 あくまで強がり即答する私。

 すると今度こそ本物の魔力糸が筒の上部から僅かな隙間を抜けて出て来ました。新しい肉体なのに、もうこんなに繊細な操作ができるなんて、流石です。

 そしてチクリと本物の痛み。途端、さっき言っていた通りロウバイさんの感情が私の中へ流れ込んで来ます。

 なんて──


(優しい……)


 自然と涙が溢れて来ました。本心から私の身を案じてくれていることが伝わってきます。家族でも友人でもない、ましてや彼女の本来の体を消滅させた仇なのに、憎むべき他人をこんなにも強く思いやれる。

 だからこそ“聖実の魔女”なのだと、万の言葉を重ねられるより明確に理解することができました。おそらく生前の彼女に捕縛された犯罪者の皆さんも同じ体験によって戦意を失ったのでしょう。

 一方、ロウバイさんの表情は次第に戸惑いの色が濃くなり、伝わって来る感情にも動揺が混じり始めます。


『これは……あなたは、いったい……?』


 やがて、その動揺は“畏れ”へと変わりました。同時に私の首から糸が引き抜かれます。まるで逃げ出すように。


「あ、あの、どうしました?」

『……』

 信じられないものを見るような目で私を見つめるロウバイさん。いったい私の中の何が彼女をここまで怯えさせましたの?

 でも、そこは流石に年長者。すぐに冷静さを取り戻して告げます。

『繰糸魔法を伝授しましょう。あなたが邪な企みを抱いていないことはわかりました』

「え? でも、まだ理由を──」

『構いません。あなたがこの術を悪用して誰かを傷付けることは無いでしょう。けっして、それだけはありえません』


 なんですの? どうして急にそこまで信頼されるのです?


(まあでも、教えてもらえるなら良しですわ)

 これでモミジをココノ村まで運んであげられます。魔力糸は同じ魔力をぶつけられない限り決して切れない糸。これを縒ってロープを作り、ホウキに乗った私が吊り上げて飛ぶのです。つまり初日の夜にクルクマと二人で考えたプランの改良版。

 モミジの重量に耐えうるロープやワイヤーが無いことだけが問題でしたが、素体を入手してロウバイさんを復活させる希望が見えてきた時、彼女の得意な繰糸魔法のことを思い出しました。だから社長に相談して再び引き合わせてもらったのです。

「やったねスズちゃん! これで課題を三つとも達成できる!」

「え、ええ! 村に帰れますわ、モミジを連れてっ!」


 抱き合って喜ぶ私とクルクマ。

 ところが、まだ試練は残っていました。

 社長がごほんと咳払い。


「あー、喜んでいるところに水を注すのも悪いんだけれど、一ついいかしら?」

「社長?」

「なんです?」

「スズラン、貴女“水球生成”はできるようになったの?」


 うっ。本当に嫌なことを思い出させてくれます。


「ま、まだです……でも、これは課題とは……」

「そう、私の出した課題には含まれていない。一朝一夕に上達するものではないから長い目で見てあげると言った。けれどね、繰糸魔法を使いたいと言うなら話は別」

「え? え? あ、まさか──」

「あちゃあ、そうか……」

 顔を手の平で覆うクルクマ。嫌な予感に震え上がる私。

 想像を裏付ける説明がロウバイさんから語られます。


『繰糸魔法は非常に繊細な魔法です。水球生成も満足にできない実力なら到底扱い切れませんよ』


 ……ああ、なんてことでしょう。ごめんなさい、お父さま、お母さま、モミジ。

 私、もうしばらく帰れそうにありません。

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