三章・三つの課題(1)
アイビーさんがロウバイさんを“保護”したのは、先日の一件──つまりナスベリさんを私達にけしかけ、彼女の記憶回復を図った作戦の最中だったそうです。
「遠巻きに様子を窺ってたんだけど、村の中に妙な気配を感じ取ってね。放っとくと計画に支障を来す可能性があったから、貴女達が宿で協議してる間に調査したの」
──そして見つけ出したのは意外な存在。今にも消えそうなほど弱り切ったロウバイさんの霊。
「スズちゃん、もしかして村長さんが言ってたのって」
『あっ』
クルクマに言われて思い出しました。そういえばあの一件の直前、私は村長から除霊を頼まれていたのです。最近村の中で女の幽霊が頻繁に目撃される。自分も毎夜どこからか聞こえて来るすすり泣きのせいで眠れない。だからどうにかしてくれないかと。
幽霊恐怖症の母が猛烈に反対したため、とりあえず説得するまでは待ってもらうことになり、その直後にナスベリさんとキンシャ騎士団が来訪。しかも騒動の後には幽霊の話を聞かなくなったため、自然に解決したのではないかと結論付け、そのまま忘れてしまっていました。
話を聞いたアイビーさんは、軽く頷きます。
「でしょうね、タイミング的に間違い無くロウバイのことだわ。貴女の魔法で肉体を消滅させられた後、魂だけでココノ村を彷徨っていたの。ところが自分のではなくゲッケイの未練に縛られて地縛霊になってしまい、故郷に戻れなかった」
あの婆さん、死んでまで被害者に迷惑を……。
ともかく、そうして見つけた霊を保護した彼女は密かにここへ連れ帰ったのだそうです。地縛霊を土地から引き剥がせるなんて、霊関係の知識も豊富なようですねこの方。
『でも、死者を蘇らせるなんて……』
正直、気乗りしません。ロウバイさんは可哀想だと思います。けれど、だからといってこんなことをしても良いものでしょうか? 生命に対する冒涜では?
私の言葉を聞いたアイビーさんの眉間に、幼い容貌とは不釣り合いな皺が寄りました。
「当然、悩んだわ。自然の摂理に逆らう行為だもの。けれど彼女を喪うことは、これから“崩壊の呪い”と戦おうとしている私達にとって看過し難い損失なの」
「それはまあ、そうですけど……」
クルクマも筒の中に浮かぶロウバイさんを見つめ、微妙な表情。あの方、一時とはいえゲッケイだったこともありますもの。弟子の彼女としては複雑な心境でしょう。まさかとは思いますが、まだ転生術式の支配下にあるかもしれませんし。
『噂通りなら、たしかに頼もしい戦力です。けれど……ご本人も復活なんて望んでおられないのでは?』
なにせ清廉潔白な“善の三大魔女”の一角です。倫理観も人並み以上のはず。
しかしアイビーさんは「大丈夫」と断言します。
「彼女の性格から考えて、人々を守る戦いに加われないことこそ無念なのよ。チャンスがあったら誰に何を言われたって加勢するわ。道徳心も強いけど、それ以上に責任感と慈愛の塊。そういう子なの」
『お知り合いなんですか?』
「割と古くからのね。一時は、今の貴女と同じように弟子に取ったこともある」
「えっ? そんな話、聞いたことがありませんけど」
色々と耳聡いクルクマ。そんな彼女ですら知らなかった事実のようです。
「優秀な弟子だったもの。あっという間に教えることが無くなって巣立って行ったわ。私のところにいたのは一ヶ月だけ」
なるほど、それで世間には師弟関係が知られていませんのね。
「少なくとも、今ここで蘇らせて恨まれることは無い」
『そう、ですか。う~ん……』
私は考え込みました。しかたなかったとはいえ、ロウバイさんの肉体を消滅させたのはこの私。当然、負い目は感じています。
だから倫理的にはどうかと思いつつ、蘇らせることが可能なら蘇らせてあげたいという気持ちもあるのです。
チラリとクルクマの顔を見上げると、やはりまだ難しい顔をしたまま。彼女もロウバイさんの死の原因になったゲッケイの弟子ですからね。少なからず責任を感じているのだと思います。
先に決断したのは彼女でした。
「わかりました、さっき引き受けるって言っちゃいましたし、手伝いますよ」
『クルクマ……』
ひょっとすると、倫理的に問題のある案件だからこそ、先に手を上げることでより重い責任を背負いこもうとしているのかもしれません。
そうはいきませんわ。私だって、いつまでも子供じゃありませんのよ。
『私も手伝います。直接的に彼女を殺害した犯人ですもの』
加害者であることを強調しつつ一歩前に出ました。
これで私も共犯ですわ。
「やれやれ……」
こちらの意図を見抜き、嘆息するクルクマ。ふふん、余計な気遣いなど要りません。
そんな私達を見てアイビーさんは目を細めます。けれど何も言いません。何だか遠い昔を懐かしむような表情。誰かを思い出したのでしょうか?
「ところで、新しい肉体はすでに出来上がってるように見えますが、いったいどのへんに問題が?」
クルクマが質問すると、彼女は研究者さん達を手で示しました。
「これは錬金術だから私も門外漢。説明は専門家の彼等に任せる」
「承知しました。では代表して私からご説明いたします。あっ、私はこのプロジェクトのリーダーでラッパスと申します」
白髪なのか銀髪なのか、魔法の光の下ではわかりにくい四十代半ばくらいの男性が前に歩み出ました。横長の四角いメガネをかけていて、背は高く、ひょろりとした細身。しばらく日に当たっていないのか不健康に見えるほど色白。
彼はクルクマに歩み寄ると自ら右手を差し出しました。小柄な彼女は見上げつつその手を握り返します。
「クルクマです、よろしく」
「よろしく。さて、我々がぶち当たっている問題を端的に申し上げますと、ロウバイ様の魔力に耐えられる器が、どうしても用意できないということです」
「ああ、なるほど……」
その説明だけで理解出来た様子のクルクマ。一方、私もアイビーさん同様錬金術の知識に乏しいため、今の話だけではどういうことだかわかりません。
「ふむ……」
クルクマは顎に手を当てて考え始めたので、ラッパスさんに訊ねてみます。
『魔力が肉体に影響を与えるのですか?』
「はい。器に合わせた魂の変質については、ご存知で?」
呪術の基礎知識ですね。それなら知っています。
『魂は器に合わせて、ある程度変質するんですよね』
「流石は神子様。まだ八歳だと伺いましたが、よく勉強しておられますな」
『そこにいる師匠から教わりました』
「なるほど、クルクマ様も噂通りの知見の持ち主のようで」
「いえ、私は魔力が弱いので、こっちの道に進むしか無かっただけです」
振り返り、苦笑するクルクマ。
私、この自信の無さが彼女の欠点だと思います。
「ご謙遜を」
もっと言ってやってください。内心でエールを送った私に対し、しかしラッパスさんは説明を再開します。
「今しがた神子様が仰られた通り、魂は器に合わせて変質します。しかし魂を源泉とする魔力は逆に肉体に影響を及ぼします。肉体から魂へ、魂から魔力へ、そして魔力から肉体へと循環しておるわけですな」
「前に教えたよ、スズちゃん」
『そうでしたっけ……? あ、そうか、あれですね』
たとえば誰かに強い恨みを抱いた悪霊を剣に封じます。すると器の影響を受け、霊魂は“斬る”ことに特化した性質を獲得する。これが呪術の基本。
しかし獲得した性質を発揮するには触媒が必要です。その際に霊魂から放出されるのが魔力。つまり呪物とは霊魂と物質を掛け合わせることで特定の魔法を使用者の魔力無しに発動できるようにした物と言い換えることができます。
なるほど、つまりそういうことですか。
『皆さんの作った器にロウバイさんの魂を入れると、本来の肉体ではないため魂が変質を起こし、なんらかの呪術的な効果を発揮する。その結果魔力が放出される……ということですね?』
「ご理解が早い」
よかった、正解だったようです。
ラッパスさんはロウバイさんのための器を見上げつつ、首を左右に振りました。
「正確に言いますと、呪術的な効果が現れることはわかっていたため、我々はその方向性を定める術式を仕込みました。魂をしっかりとあの肉体に定着させるための術です。放出される魔力をその維持に充てることで仮の器の安定性が増し、寿命が延びます。錬金術によって造られたホムンクルスは本来かなり寿命が短いですからね。こうすることで数年は確実に保たせられるでしょう」
なるほど、理に適っています。人工の肉体という“器”と“魂”を組み合わせることで勝手に魔力が放出される。それを双方を結び付けておくための術に再利用しホムンクルス体の寿命を延ばす。
でも上手くいかなかったから私達に、というかクルクマに助力を求めた。
これまで語った手法の発案者なのでしょうか? 少し得意気だったラッパスさんの表情が再び曇ります。




