二章・ビーナスベリー工房(3)
「ふふ、ナナカもまだまだ甘いわ」
高度な隠蔽魔法で私達を驚かせたアイビーさんは、満足気な様子で高い椅子によじ登りました。お値段がではなく物理的に高いのです。多分価格も高いでしょうけれど。
神子となって以来、肉体的な成長が止まってしまった彼女。つまり永遠の五歳児なので、普通の机に普通の椅子では高さが合いません。それであんな椅子を使っているわけです。
そんな彼女は今日も碧い髪を側頭部の高い位置で束ね、左右に垂らしていました。以前村に来た時もああでしたが、お気に入りの髪型なのでしょうか?
服装も貴族の令嬢のように派手派手。でも、可愛らしいお顔立ちなので普通に似合っています。とても千歳近いご老人だとは思えません。
「さて、改めてようこそ、私の城へ」
「立派な建物ですね」
「ありがとう。そこにいるナナカ達“ハルナ村”出身者は鉱物との相性が良くてね、彼女達の魔法のおかげで大した苦も無く建てられたわ」
「地獄耳ですね」
「ふふ、あちこちに観葉植物が置いてあったでしょう?」
クルクマの問いかけに悪びれもせず答える彼女。どうやら“植物を操る能力”を通じて先程の廊下でのやりとりを聞いていたようです。
続けてアイビーさんは、自分の秘書を見つめました。
「ナナカ、しばらく退室していなさい」
「はい」
素直にその命令に従い、部屋の外へ出るナナカさん。
私は首を傾げます。
『どうして彼女を?』
私が神子だということを知っている人なら、ここにいてもらっても良かったのではないでしょうか?
アイビーさんは机の上で手を組み、その上に小さなアゴを乗せて笑います。
「流石に貴女が“ヒメツル”だということまでは明かしてないのよ。あの子達はあくまで神子の“スズラン”を知っているだけ」
『なるほど……』
それならしかたないですね。というより、ありがたいです。なるべく秘密を知られたくありませんから。
「そろそろ本題に入りましょう。ここへ来たということは、私に師事する意志を固めたと解釈して良いのね?」
『はい』
ただし、と私は付け加えました。
『あの時にも言いましたが、長居するつもりはありません。必ず、すぐに村へ戻ってみせます』
「威勢が良いのは結構だわ。口だけにならなければ、なおのこと」
背を反らし、値踏みするように私を見つめる彼女。やがて指をパチンと鳴らし、今度は前のめりに顔を突き出しました。
「貴女には三つの課題を解いてもらう」
「三つ?」
『課題?』
眉をひそめるクルクマと私。なんでしょう、入門試験とか、そういう感じでしょうか?
そんな予想に反し、アイビーさんは言いました。
「その三つを解くことができたなら、すぐに村へ帰っても良い。あのカエデの木をココノ村に移植する許可も与えましょう」
『えっ?』
「魔法使いの森で起きている出来事も私には筒抜けなの。貴女があの子と交わした約束も知っている」
──そうか、神子として得た能力のおかげで、この方はあの森の中の全てを知ることができますのね。何もかも盗み聞きされていると思うと気分は良くありませんが、話が早いのは助かります。
『じゃ、じゃあ……』
本当に許可してもらえるのですね? そう問いかけようとした私に、彼女は待てと手の平を向けました。
「無断で持って行かれては困るけれど、筋を通すなら別よ。当人もココノ村へ行くことを望んでいるようだし、反対するつもりは無い。でもどうやって運ぶ? 難題よね?」
「え~と、それについては御社の協力が得られないかと思ったのですが……」
クルクマの言葉に、しかし頭を振る彼女。
「断る。社員にも徹底させる。この一件に関してうちの子達は手出し厳禁。つまりこれが一つ目の課題。我が社の協力無しで彼女をココノ村まで運ぶこと」
「なっ……」
『そんな無茶な!?』
「貴女は短期間で私を超えたいのでしょう? なら、この程度の無茶は通してみせなさい。もちろん人を雇うとか、船を使うとか、そういうのはあり。でもうちの技術や知識は一切使わせない」
無情に言い切るアイビーさん。ううっ、アテにしていたビーナスベリー工房の最新技術が使えないとなると、よりいっそう難しい話になってきました。
「まさか、残り二つもこんな……」
「そうね、同じくらい難しいんじゃないかしら? ただ、一つはクルクマ、貴女に対しての課題と言った方がいいかもしれない」
「私?」
「そう、あの時に言ったでしょう? 貴女の成長にも期待していると。魔力は弱いけれど、流石はゲッケイの弟子。実力はなかなかのものだわ。それを見込んで頼みたいことがある。達成できたなら、貴女にも望みの報酬を与える」
その一言でクルクマの目の色が変わりました。
「なんでもいいんですか?」
「私に差し出せるものなら、命と人権以外はなんでもね。もちろん一つだけよ? 会社の経営権だってあげてもいいわ」
『クルクマがここの社長に?』
想像した私はプッと吹き出します。全然似合っていません。
笑われた彼女は不貞腐れた表情で否定しました。
「別に、こんな大きな会社いらないよ」
そう言ってから改めてアイビーさんを見据え、再確認。
「なんでもいいんですね?」
「何度も言わせないで、命と人権以外の一つだけ。私に差し出せるものならよ」
「わかりました」
まだ課題の内容も聞いていないのに了承するクルクマ。モミジの件を考えるとそちらもかなりの無茶ぶりだと思いますよ。本当に大丈夫ですの?
『いったい何をさせる気なんです?』
「それについては、ここでは説明が難しい。後で話す」
アイビーさんはそう答えてから「三つ目」と右手の指を三本立て、私達を交互に見つめました。
「我が社の新製品を開発なさい」
「げっ」
『新製品?』
え? それだけでいいんですの?
「甘く見ているようね。はっきり言ってこれが一番の難題なのに」
『製品開発が……ですか?』
「ナスベリ達が冷蔵箱を完成させ、商品化にこぎつけるまで何年かかったと思う?」
『あ……』
言われてみると一朝一夕で終わりそうな話ではありません。
「たしかに、こりゃ厳しいよスズちゃん……」
「もちろん商品化まで進めろとは言わない、時間がかかりすぎるからね。私や他の社員達を納得させられるだけのアイディアや試作品の段階で十分。そして、これに関しては協力を惜しむなと全社に通達を出す」
『いいんですか?』
「うちの商品として売り出すつもりだもの。うちの技術や知識を使ってもいいのは当たり前だわ」
それもそうですね。ならやっぱり、それほど難しそうにも思えません。たとえば既存の製品を組み合わせて新しい機能を持たせても良いわけでしょう?
『つまり私はモミジの運搬方法と新製品について考え、クルクマは二つ目の課題を解けばOKなんですね?』
「勘違いしないで。三つとも貴女達二人に対する共通課題。二つ目は、どちらかと言えばクルクマの方が得意なはず。それだけの話。お互いに協力して事に当たりなさい。その方が早く終わる」
謎の二つ目の課題も私が協力する余地はあるということですね。村へ帰れるかどうかがかかっているのに指をくわえて見ていろと言われるより、そっちの方が良いですわ。
「じゃあ、次は最後の課題について説明しましょう。一緒に来なさい」
『どちらまで?』
立ち上がったアイビーさんに問いかけると、彼女は床を靴の爪先で叩きました。
「地下よ」




