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最悪の魔女スズラン2 四季の帰り路  作者: 秋谷イル
新ナスベリ編

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二章・楽園の危機(1)

「お父さん、こっちはできたよ」

 私ことスズランはそう言って、紐でまとめた封筒の束を父の横に置きました。父は店のカウンターの上でさっきからずっと手紙を執筆中。これでもう何通目でしょう?

「ありがとう。手伝わせちゃってごめんね」

「別に、代筆くらい簡単だし」

 この村の老人達は読み書きが苦手です。あの人達が子供だった時代、まだタキア王国は貧しく、教育を受ける機会がありませんでした。まあ、今もこの村には週に二日巡回教師が来るだけなので教育事情はさほど変わっていないのですが、ともかくそんなわけで父は手紙の代筆を請け負い、報酬を家計の足しにしています。うちのお父さまはこの村で唯一、大学にまで通ったことがあるインテリなのです。

 でも今書いているのは、その代筆業とは関係の無いお手紙。私が置いた封筒の束の方が最近任された仕事です。今回だけ代筆の代筆を頼まれました。

 毎年この時期になると、うちの両親は私的な用件でたくさん手紙をしたためます。本当ならもう少し早い段階で行うことなのですが、今年は半月前に起きた大事件の事後処理に忙殺されてしまっていました。力仕事はともかく、そろばんを弾くお仕事もだいたい我が家へ回されますからね。

 だから気にしなくていいのです。先月の一件はそもそも私が原因で起きたこと。代筆の代筆くらい当然のお詫びだと思っていますわ。

 なのに父は自分の財布から紙幣を一枚取り出しました。

「はい、これはお仕事の報酬だよ」

「いいってば」

 父が差し出したそれに対し、私は手の平を向け固辞の姿勢を示します。けれど父も頭を振ってそんな私を穏やかに諭しました。

「そういうわけにはいかない。スズはちゃんと仕事をしたんだから、それに対する報酬もきちんと受け取りなさい。うちはまがりなりにも商家なんだし、働いた人に正当な対価を支払うのは当然だと思わなくちゃ駄目だ。スズは良くっても、他の誰かが同じ扱いを受けたらその人は怒ってしまうかもしれない。そうするとうちの店の信用は損なわれてしまうだろう?」

 なるほど、流石はお父さま、説得力のあるお言葉です。


 そういえば昔、私も聖騎士団を撃退する時に雇った人達へお金を渡しました。あの場で報酬を突き返されたりしたら、こちらとしてもこの人は何を企んでいるのかと疑心暗鬼に陥ったかもしれません。働いたら働いた分だけお金を受け取る。それは互いの安心のためにも必要なことなのですね。


「やっぱり、もらう」

 私は結局報酬を受け取りました。十イェン紙幣です。子供のお小遣いとしては結構な額。これだけあれば本だって服だって買えちゃいます。

「でも、この村でお金を使うとしたら、結局うちの店だよね?」

 それはそれで家計に還元できるから良いのですが、今うちにある商品の中で欲しい物は特に無いのですよね。本棚の本は好きに読んでいいと言われているため全部読んでしまいましたし、衣類は私がデザインしたものです。日用品や保存の効く食料品も扱っていますけれど、働いて受け取った報酬の使い道としては少々つまらない気も。

「お隣でもいいじゃないか。モモハル君と好きなものを食べてデートしておいで」

「だから、モモハルとはそういうんじゃないの」

 それに今、あの子はいませんわ。お隣の一家は本日、馬車を動かせるうちのお母さまと一緒にトナリの街まで行ってます。

 今日は父と母がいつものように商品を仕入れに行く予定だったのですが、書かなければいけない手紙が溜まっていることを思い出した母が、今回は一人でいいと言い出しました。当然、危ないから駄目だと言う父に対し、母はお隣の一家を誘うと回答。タイミング良く、街まで行くことがあったら便乗させて欲しいと頼まれていたそうです。

 そこでサザンカおじさまに護衛と荷運びの手伝いを頼む代わり、母は、隣の一家全員を乗せて行くことに。

 生活必需品の類はうちの店でだいたい揃うと自負しておりますが、それでもやっぱり街まで行かないと買えないものもありますしね。おばさまはそういった品を買いに行くついでに、モモハルやノイチゴちゃんを人の多い場所に慣れさせたいのだそうです。

 良いことだと思います。私はこの村が好きですし、あの子達だってきっと同じでしょう。でも、だからといって狭い世界だけで完結してしまってはもったいないですもの。今から広い世界を知っておくことは、いつか必ずあの子達のためになります。

 などと私が大人目線で考えていることは露知らず、なおも期待に満ちた目を向けて来るお父さま。

「父さんはあの子ならいいと思ってるよ」

「だ~か~ら~」

 いつものように反論しようとすると、父はふと何かを思い出し、懐かしむ表情に変わります。

「そういえば、今のスズくらいの頃だったかな。カタバミはよくツゲさんのところで散財していたよ」

「お母さんが?」

 ツゲさんというのは村で唯一の鍛冶屋さんです。毛むくじゃらでヒゲモジャで筋骨隆々。ガッハッハと豪快に笑う武具作りが趣味のおじいさん。腕は確かで、時々噂を聞き付けた人が趣味の産物を品定めしに村を訪れます。もちろん武具以外の物を作る技術もたしかな人です。

 でも、年頃の女の子が鍛冶屋で何を?

(まあ、私もよくツゲさんに頼まれて鉄にまじないをかけにいきますけど、お母さまならそういうことでもないんでしょうし)


 父は手を止め、さらに懐かしそうに目を細めました。


「お母さんにはライバルがいたんだ」

「ライバル?」

「うん。僕達が子供の頃、この村にはいわゆる“ガキ大将”がいた。しかも村で最年少の女の子。驚くほど綺麗な顔なのに男の子みたいにヤンチャでね、他の悪童達を腕っぷしと魔力でねじ伏せて従えてた」

「あっ」

 私も思い出します。その話なら以前、少しだけ聞いたことがありました。どうしてこの村の老人達は“魔女”を嫌うのか、魔女である私としては気になってしまい隣のおばさまに訊ねたのです。

 すると、レンゲおばさまは苦笑を浮かべつつ教えてくれました。


『昔、私達が子供の頃ね、この村に魔女の親子が住んでいたのよ。母親は大の悪戯好きで、娘は暴れん坊のガキ大将。おじいちゃんやおばあちゃん達は、あの二人のことが好きじゃなかったの』


 ──ただ、おばさま自身はその親子のことが嫌いじゃなかったそうです。あの時も寂しげな顔だったのを覚えています。

 今の父のように。

「……たしか、その人は突然いなくなったって」

「うん」

 私の問いかけに頷く父。寂しくて哀しそうな表情。きっと、父もその人達のことが嫌いではなかったのでしょう。

「あの子は……ナスベリは、たしかに乱暴なところはあったし、それでカタバミとも反りが合わなかった。でも、けっして悪い子じゃなかったんだよ。ナスベリが大人に嫌われていた原因は、あの子のお母さんにあったんだ。ただ、それだって……」

「どういうことだったの?」

 レンゲおばさまは、二人が嫌われていた理由までは話してくれませんでした。父も今度は言い淀みます。

「それは……」


 ──その時、にわかに外が騒がしくなりました。

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