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最悪の魔女スズラン2 四季の帰り路  作者: 秋谷イル
旧ナスベリ編

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一章・誤解(3)

 ──そこからは、あたしも知っている話だった。

 旅の魔女リンドウは一目でトリトマを見初めた。そして彼にすでに婚約者がいることを知ってもなお諦めず、式までの数日の間に強引に彼を口説き落とし結婚した。婚約者から手酷い裏切りを受けたユウガオは逃げるように村を出て、数か月後、遠く離れた街の商家に自らの意志で嫁いだという。

 村の人々は当然怒り、リンドウとトリトマの二人を責めた。けれどリンドウは村の外の森にどうやったのか一夜で大きな屋敷を建ててしまい、その中に夫を連れて引きこもった。ナスベリが生まれたのは、それから一年後のこと。

 そしてトリトマは娘が三歳になった直後、突然屋敷からも村からも姿を消して行方不明になってしまった。


「それからじゃよ、あの魔女が村のもんに悪戯ばかり繰り返すようになったのは」

「えっ?」

 そうなのか……あたしはてっきり、最初からああいうことをしていた人なのだとばかり思っていた。というか、あたし以外の同世代の連中だって全員そう思い込んでいるだろう。大人がみんな「あの魔女は悪戯好きの酷い女だ」と言っていたので、リンドウがいつからそうなったのかなんて疑問を抱いたことすら無かった。

「時期が時期じゃったから、トリトマが逃げたことを村の人間のせいにして八つ当たりと嫌がらせを繰り返しとるんじゃろうと、ワシらはそう考えた。今でもそんな風に思っとるもんは少なくない。でもワシは最近、実は違ったのかもしれんと考え始めた」

「どうして?」

 スズの質問に、クロマツさんはニッコリと笑みを返す。

「スズちゃんがいるからじゃよ。それと、クルクマさんじゃな。こないだのことで二人が魔女だとわかった時、ワシの中にあった魔女なんてのはロクでもないっちゅう偏見が綺麗さっぱり消えちまったんじゃ。なにせ、こんなに可愛らしくて良い子まで魔女だって言うんじゃからな」

 身を乗り出してスズの頭を撫でる彼。スズはまた照れ臭そうに縮こまっている。ええい、この顔を誰か絵にしてくれないものかしら?

 再び椅子に腰を下ろしたクロマツさんは、ちょうどあたしが淹れたおかわりの茶を会釈して受け取ると、一口啜ってフウと息を吐き出し、話の続きを語り出した。

「それで……偏見を持たずに思い返してみると、ワシらはあのリンドウに対しても色々と誤解しとったんじゃないかと気付いた。なにせあの娘の悪戯は心臓に悪いものばかりではあったものの、結果的には人助けにもなっていたからの」

「人助け?」

 再びあたしは眉をひそめる。あたしにはとにかく何度も怖い目に遭わされたという記憶しかない。あんなことで助けられた人間がいるの?

「覚えとらんか。まあ、お前さんもまだ小さかったからな。例えばほれ、スモモばあさん家の牛達がリンドウにまとめて消されて、ばあさんが泣きながら返してくれと縋りついたことがあったじゃろ」

「ああ、最後は何故か一頭増えて戻って来たってやつね。たしかに増えたなら得はしてると思うけど……そんな牛、普通は怪しまない?」

 後になってその逸話を聞いたあたし達は、増えた分の牛はどこから持ってきたのだろうかと議論した覚えがある。どこか別の場所で盗んできたんじゃないかとか、影で作った偽物じゃないかなんて色々想像した。

 そのことを話すと、クロマツさんは頭を振る。

「違う違う。あれは別に数を増やしたわけではないんじゃ」

「え?」

「あれはな、何日か前にばあさんのとこから逃げ出した子牛をどこかで見つけて、それを返してやっただけだったんじゃ。後でスモモばあさんもそのことに気付いて屋敷の前まで礼を言いに行った。結局リンドウは中から出てこんかったがの」


 あのリンドウが本当に人助けを?

 その事実はあたしに、半月前、娘が目の前で魔法を使ったことに匹敵する大きな衝撃を与えた。


「他も似たようなもんじゃよ。ワシもいっぺん真っ赤な上、塗られた箇所がむちゃくちゃ熱く感じる薬を寝ている間に手の平に塗られて、飛び起きて誰かに手を切られたと大騒ぎしたことがあった。しかし翌朝には前日のカニ獲りの最中に作っちまった切り傷が綺麗に塞がっとった。本人はしらばっくれたが、多分起きとる間に治療しようと言っても断られると思って、寝とる間にやってくれたんじゃろう……ワシには前科があるからな。

 だからな、ワシは今ではこう思うんじゃ。あの娘はとにかく不器用なだけだったんじゃないかと。あれの悪戯に多少の悪意があったのだとしても、トリトマがいなくなって寂しくて、ただ皆に構ってほしかっただけなんじゃないかと。あるいは、あやつなりに村の皆を楽しませようとしてくれていたのかもしれん。ここは娯楽に乏しいからな」

「いや、そんな……」

 あたしは狼狽える。楽しませるって、こちとら彼女の悪戯のせいで深刻な幽霊恐怖症になったのよ? それなのに、本当は不器用だっただけだとか実は楽しませようとしていただなんて話、簡単に納得できるわけがない。

 クロマツさんは、今度はそんなあたしを見据えて苦笑した。

「認められんか。まあ、これは単なるワシの思い込みかもしれんし、それでええ。けどなカタバミ、お前さん、リンドウとナスベリが消えてしまってからしばらく、毎日つまらなそうにしとったじゃないか」

「それ、は……」

 否定できない。たしかにそうだった。あたしはあの母娘が村からいなくなって、やっと悪質な悪戯からも暴力的な決闘を繰り返す日々からも解放されたのに──むしろ、ひどく退屈してしまった。

「それで、都の学校へ通うことを決意したカズラに便乗して着いて行ったんじゃろ。他の若い連中もそうじゃよ。みんなリンドウとナスベリがいなくなった途端、村にいることが退屈になってしもうた」


 だから、みんな街へ行った。

 そうだ、そうだった──あたしは、そのせいで人生最大の過ちを犯したんだ。思い出すだけで胸が締め付けられる酷い間違いを。


「お母さん……?」

 スズが下から覗き込んで来て、あたしは慌てて目尻に浮かんだ涙を拭う。

「なんでもないのよ。大丈夫」

「……」

 娘は黙ってあたしの手を握ってくれた。そこから伝わって来る熱が、乱れかけたあたしの心を落ち着かせてくれる。ああ、本当にこの子がいてくれて良かった。

 クロマツさんは、そんなあたし達を見て目を細めた。優しく、でも悲しそうに。

「ワシは、いつかリンドウに会えたら謝りたいと思っとる……出会いが悪かったとは言え、村のもんと結婚したあやつを家族として受け入れてやれなかったのはワシらの狭量が原因じゃ。最初の頃は、あの娘なりに歩み寄ろうと努力もしとったんじゃよ。なのにワシらが意固地になりすぎていたせいで、どうすればいいかわからなくなって、ああいう形でしか接することができなくなったんじゃろう。

 それに、スズちゃん達にも……いや、カタバミ、お前さん達にも謝りたい。この村から若者がいなくなったのは、ワシらの価値観を押し付け過ぎたことが原因じゃ」

「え?」

「昔、この村は何も無かった。ワシらにはそれが当たり前で、娯楽が無いなら無いなりに工夫して遊んどったが、お前さん達の世代はあの親子のおかげでより刺激的な遊びを覚えてしもうた。良くも悪くもリンドウとナスベリは村を変えたんじゃ。

 なのにワシらはあの二人を引き留めることをせず、二人がいなくなった後に同じ喜びを与えてやることもできんかった。というより、そうしようとせんかった。ワシらには昔の生活の方が合っとるから余計なことはせんでええ。その方が若者にとっても良いことなんだと勝手に決めつけてしまった。だから、この村からお前さん達以外の若い連中が去ったのはワシら年寄りが悪いんじゃ。本当にすまん」

「あ、いや、そんな」

 そんなことを言われても困る。村から出て行ったのはあたし達自身の意志だ。親の世代を責める気持ちなんて、少なくともあたしには全然無い。

 けれど上手く気持ちを言葉にできずオロオロしているうちに、クロマツさんがまた口を開いてしまった。

「カタバミ、お前さん達、たまにワシの息子に手紙を送っとるじゃろ?」

「……知ってたの?」

「そりゃそうじゃろ。あいつも偶に手紙くらいは寄越すからな。実は、こないだの手紙に旅費が貯まったんで近々会いに来ると書かれとった。これでやっと孫に会えるわい。あの世にいる女房も喜ぶじゃろう。お前さんとカズラのおかげじゃ、ありがとな」

「そっか、それは良かった……」

 あたし達の長年の苦労がとうとう報われたと知り、あたしは笑みを零す。格好悪いからできれば秘密にしておきたかったけれど。

「お母さん達は半年ごとにみんなに手紙を出してるよね」

「って、スズ!?」

「別に黙ってるようなことじゃないでしょ。変なところで見栄を張るんだから」

「いや、こういうことは黙ってた方がかっこいいじゃない?」

「それってちょっと男の子っぽい考え方だよ?」

「えっ……そうなの?」

「なんとまあ、お前さん、そんな頻繁にあやつらとやりとりしとったんか」

 クロマツさんは“みんなに”という部分には驚かなかった。これは他の老人達にも手紙のことはバレてるな。あたしは目を泳がせて赤面する。


 半年に一回、あたしとカズラは友人達に手紙を送る。

 あたし達はそれをスズを引き取る前から続けて来た。ナスベリ以外は所在地がわかっているので、毎年二回、三十人ほどの幼馴染達全員に帰郷を促してきたのだ。


「紙もインクも、郵便代だって馬鹿にならんだろうに……」

「いや、ほら、あんなことがあったから……みんなには、あたしとカズラみたいな思いはしてほしくないんだ」

「そうか……」

 あたしの動機にはクロマツさんもすぐに思い当たったらしい。黙祷を捧げるように目を伏せる。あの頃はまだいなかったスズ達以外、この村の誰にとってもあの一件は忘れられない。

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