一章・誤解(2)
「そうそう、上手上手」
「お母さん、お皿」
「はいはい」
家に戻ったあたしは、すでにあらかた準備を整えておいてくれたスズに感謝しつつ二人で朝食を作った。パンケーキに目玉焼き、野菜とフルーツのサラダ。それから自家栽培のお茶。あたしは砂糖を入れ、スズはさらにミルクを足す。クロマツさんはそのままで飲むそうだ。
「さー、できたわよ。座って座って」
「クロマツさんはここの席ね」
「おお、すまんのスズちゃん」
あたしとスズがいつもの定位置に並んで座り、クロマツさんはスズの正面へ。天の三柱様に食前の祈りを捧げてから食事を始める。
「いただきます」
まずはスズが焼いたパンケーキを一口。うん、美味しい。外はさっくり、中はふわふわ。クロマツさんも皺だらけの顔を緩ませる。
「なんと、こりゃ美味い。スズちゃんは料理も上手じゃのう」
「大げさだよ」
と、一応謙遜しつつこの子も内心嬉しそうだ。家族以外に手料理を振る舞うのはこれが初めてのことだからね。
「本当に美味しいわよ。スズは天才だわ」
「お母さんはすぐにそう言う」
今度は呆れ顔になるスズ。だって仕方ないじゃない、本当にあなたは素晴らしい才能の持ち主なんだもの。
「おや?」
クロマツさんが何かに気付いてサラダの中の果実を摘み上げた。
「こりゃ、もしかしてトリイチゴか? 珍しいのう」
「それもスズのお手柄よ。ホウキでビューン」
「おお、なるほどな」
トリイチゴとはこの辺りの人間にしか知られていない果物だ。夫によるとヘビイチゴの亜種らしい。何故か日当たりの良い断崖絶壁にしか生えないため数が少なく、かつ採取には危険を伴う。普通のヘビイチゴと違って大粒で甘くて美味しいのだけれど、希少すぎる上に危険すぎて割に合わないという理由から誰も採らない。なので鳥くらいしか食べない苺でトリイチゴと呼ばれている。
なので先日この子がいきなりこれを持ってきた時には驚いたのだが、よく考えたら空を飛べる魔女にはなんてことのない話だった。
「そういえば師匠が言ってたけど、西の方には岩山を使ってこの実を栽培している魔女がいて、その地域では“魔女イチゴ”って呼ばれてるんだって」
「おお、その名前は聞いたことがあるぞ。そうか、ありゃトリイチゴのことだったのか」
「へえ~」
あたしは初耳だ。魔女ってそういう商売に精を出すこともあるのね。あたしの中の魔女のイメージって言ったらあのリンドウだから、魔法使い全般がああいう変人なのだと思い込んでいた。
でも、そうよね。あのクルクマさんだって魔女なんだし、世の中には魔法使いが作った商品も色々出回っている。魔女だからってみんながみんな引きこもって怪しい研究に没頭したり迷惑なことを企んでいたりするわけじゃないのね。
「あっ、スズ、これってうちの村でも栽培できる?」
あたしも一粒口に入れてみる。うん、すごく甘い。ヘビイチゴどころか市場で売られている普通のイチゴより美味しいんじゃない? もしもこれを安定して供給可能なら新しい名物になるかもしれない。少子高齢化が深刻なこの村の将来を憂う一人として、あたしは少しでも住民を増やせる要素が無いものかと日夜考えているのだ。
でも、スズは首を横に振った。
「栽培に適した崖がこの辺りには少ないし、飛べるのが私一人じゃ無理だよ」
「あ、それもそっか……これは駄目ね」
たしかにスズしか空を飛べない現状では負担が集中してしまう。やっぱりこの案は無し無し。それに考えてみると作業場は空中なんだし、傍から見ていたらハラハラしてしまいそうだ。
「ふむ……」
クロマツさんはズズ、とお茶を啜りながら感慨深そうに遠い目をした。
「魔女が地域に貢献する……そういうところもあるんじゃな」
「ねえ、驚きよね」
相槌を打ちつつ、あたしはここだと察する。この話の流れなら自然に切り出せるだろう。意を決して言葉を続ける。
「そういえばクロマツさん、リンドウさんのこと、どう思ってた?」
……やっぱり不自然だったかも。その証拠に相手は眉をひそめてしまった。こういうの苦手なのよ、あたし。
「どうした急に?」
「いや、ナスベリが帰って来たから、あの人のことも思い出しちゃって」
「それはわかっとるよ。しかしな、お前さんが自分からリンドウのことを話題に出すとは思わんじゃろ」
「まあ……ね」
あたしが特にあの魔女を恐れていたことはみんなに知られている。あたし自身も変だなと思うくらいだ。でも昨夜見た夢のせいか、今は妙にあの母娘のことが気になる。
『たくさん楽しんでもらえるとうれしいわ……』
すっかり忘れていたけれど、たしかにあの時、村中の子供を影の中へ飲み込んだ直後に彼女はそう呟いていた。それを思い出したからかもしれない。以前に比べてあたしの中のリンドウへの恐怖は若干薄れていた。
「お母さん、リンドウさんって誰?」
この場で一人だけ彼女を知らないスズが、こちらを見上げて問いかけて来る。あたしがそれに答えようとしたら先にクロマツさんが口を開いた。
「ナスベリの母親じゃよ。ある時ふらりとこの村に立ち寄った旅人でな、たいそう綺麗な顔立ちの魔女じゃった」
「そういえば、ナスベリさんもすごい美人だったね」
窓の外に視線を向けて思い返すスズ。そっか、今朝は酔っ払って酷い有様だったけれど、この子は昨夜もナスベリに会っているのね。
「ほう……ワシはまだ大きくなったあやつに会っとらんが、たしかに子供の頃から母親に良う似とった。父親の面影は、あの目くらいかの」
「そうなんだ」
それはあたしも知らなかった。ナスベリの父親は村に元からいた人のはずだがあたしは全く覚えていない。彼はナスベリが三歳くらいの時、つまりあたしが四歳の時に失踪してしまったからだ。失踪の理由が書かれた手紙を一枚残しただけで、行き先は誰にも告げなかったらしい。
「あの子の父親はトリトマと言ってな、ワシの友人の息子じゃった。親父と同じ人情家で熱い性格をしとっての、顔もなかなかに男前じゃった。なんというかこう、キリッとした目付きで、そのへんは若い頃の母親に似とったな」
クロマツさんが遠い昔を思い出している。これは話が長くなりそうだと思ったあたしはお茶のおかわりを用意しておくことにした。スズはじっと座って話を聞いている。人の話は黙って聞く方なのよね、この子。
「そんなんじゃから、あやつは村の娘っ子達にも好かれとってな、早いうちに親が奨めた縁談もとんとん拍子でまとまって、ツルニチのところのユウガオちゃんを嫁に貰うことになった。美人だし気立ても良いし、ワシらはみんなお似合いの二人だと思っとったよ。
だが、もう何日かでいよいよ結婚式だというその時になって、あのリンドウが偶然村を訪れたんじゃ」




