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最悪の魔女スズラン1 旧ラスト部分

※新ナスベリ編を書く以前の前作ラスト部分です。ナスベリ編の変更に伴ってこの部分も全く違う内容に差し替えたため、旧ナスベリ編に繋がるこのエピソードはこちらに移動させておきます。






          ???


 ──才害の魔女ゲッケイとの戦いから半月後。深夜、私とクルクマは村内の巡回をしておりました。近頃この村では幽霊のものと思しき“女のすすり泣く声”が聴こえるという話をよく聞くのです。暗闇にぼんやり浮かぶ白い影を見たなんて目撃情報も多数寄せられています。

 そして今日、とうとう村長さんが私を自宅に招いて依頼しました。


「スズちゃん、魔女の力でなんとかならんか!?」


 信心深い住民の多い村なので今回のことではかなり動揺が広がっています。ただでさえ半月前あんな騒ぎがあったばかり。村の代表として捨て置けないというお話には同意できました。

「あと、ワシも幽霊は怖いんじゃ! このままでは夜に便所にもいけんよ! 歳のせいで近くなっとるのに!!」

「アタシを起こして付き合わせとるじゃろ、アンタ」

「嫌がってなかなか起きてくれんじゃろ!!」

「村長さん……」

 このままでは村長夫妻の離婚の危機にまで発展するという割と反応に困る予知が脳裏に閃いたこともあって私は依頼を受けることにしました。

「それでどうしてあーしまで連れて来るかな……まだ怪我人なんだけど」

 全身包帯まみれのクルクマがボヤきます。先日の件では彼女が一番重傷でしたが、もう歩ける程度には回復していました。あの師匠にしてこの弟子ありの生命力ですわね。

「だって子供一人でこんな時間に出歩かせてくれるわけないでしょう。お父さまはついて来たがりましたが、お母さまが私を心配しすぎて気絶してしまったので今夜は付き添っていてもらわないと」

「そういえばカタバミさん、幽霊とか苦手だったね……」

「話を聞くだけで腰を抜かしますわ」

 ちなみにお母さまだけではありません。この村、魔女嫌いだけでなく幽霊恐怖症も妙に多いのです。

「ふーん、まあ普通の人にとってはそんなもんかもね。あーしらには大した話じゃないんだけど」

「ですわね」

 私もクルクマも幽霊の類には慣れています。以前も申しましたが私は一時期怨念付きの宝石や装飾品の蒐集に凝っていましたし、クルクマはそういった呪物の専門家。強制浄化も特に難しくありません。魔女なら子供にだってできますわ。

「それにしても良かったね。みんなスズちゃんのこと、魔女だってわかっても今まで通り受け入れてくれてるじゃん」

「ええ、まあ……受け入れられすぎて今まで通りでもない気がしますが。最近腰痛に効く魔法は無いかとか、若返る秘薬は作れんかなんて注文まで来ていて……」

 作れなくもないのですが、九歳児がそこまでやっていいものかどうか迷います。

「いいじゃない。この魔女嫌いの村でそんだけ頼られるってのは、スズちゃんが心底皆に愛されてるって証拠だよ」

「それは貴女もでしょ。魔女だってわかっても、皆さん普通に接していますわ」

「それはまあ、スズちゃんの師匠なんていう美味しいポジションもらっちゃったし、あんまり見た目が魔女っぽくないからってのもあるんじゃないかな?」

「ひねくれてますわね……今までの貴女の実績と人柄が信頼されてるだけですわ。素直に受け取りなさい」

「う、うん……」

 あら、照れてますわ珍しい。

 そういえば──

「前から少し気になってましたが、どうしてこの村、魔女が嫌いなんでしょう? “魔女は奇行に走るもの”なんて妙な共通認識までありますし」

「あれ? スズちゃんまだ知らなかったの?」

「知ってますの?」

 なんと、意外にも村の人間ではないクルクマが情報を持ってました。

「村の人達とはリサーチを兼ねて良く世間話するからね。なんでも昔、スズちゃんがこの村で“拾われる”何年か前までいたらしいよ、魔女の親子がさ」

「初耳ですわ」

「そりゃその二人が好かれてないからだろうね~。親子揃ってやたらとエキセントリックな人達だったらしくてさ、母親は大の悪戯好きで、特に子供の悲鳴が大好物。毎年毎年夏になると幽霊騒ぎを起こして村の皆を怖がらせ、時には子供をさらって村外れの古い遺跡に放り込み強制肝試し大会を開催していたってさ」

「えええ……」

 うちのお母さまの幽霊恐怖症の原因、間違いなくそれでしょう。

「他にも、他人の家の家畜を丸ごと目の前で消して慌てふためき泣き叫ぶ様子をたっぷり観察してから一頭増やして元に戻したとか、日頃迷惑かけてるお詫びにご馳走を振る舞うなんて言って屋敷に皆を招き入れ、おどろおどろしい虫料理を出した挙句、食べ切るまで誰も外に出さなかったなんて話も聞いたよ。味は良かったらしいけど。

 で、娘の方はとにかく男勝りで喧嘩が強いガキ大将。当時はまだ子供が多かったこの村の子供社会の頂点に君臨。特にえげつない戦法が当時唯一使えた“冷やす魔法”で相手のボディーを執拗に狙い、腹冷えで戦闘力を低下させるってやつ。その卑劣かつ残忍なやり口に、ついたアダ名が“氷兇の魔女”」

「へえ……それは、へえ……」

 その戦法、場合によっては使えますわね。接近戦で効率良く相手を無力化できますもの。少し応用して周囲の気温を下げれば聖騎士にすら通用する可能性も……なかなか合理的な魔法の使い方ですわ。

「ちょっとちょっと、そういうのに感心するのは感心しないな、師匠としては」

「使いませんわよ、子供には」

「子供には?」

「そこに引っかからなくていいです。それで、村の皆様が魔女嫌いな理由はわかりましたけれど、その方達はどうなったんですの?」

 九年以上この村で暮らしている私が一度も見たことの無い方々ですし、その後の顛末が気になります。

 クルクマは、それがさあと笑いながら言いました。

「ある年、突然お母さんが失踪したんだって。一応書き置きがあって“お父さんを見つけたので、ちょっと行って捕まえてきます”って書いてあったらしいよ。旦那さん奥さんの悪戯に耐え切れなくて娘さんが小さい時に逃げちゃってたんだってさ。

 それを見た娘さんの方は“親父が生きてた!?”って驚いて、お母さんの後を追って村を出てしまい、それ以来どっちも全く帰ってないみたい。うちの師匠も酷いけど、この話を聞いた時は上には上がいるんだなって思ったよ。アハハハハハ」

「いやいやいや、流石に貴女の師匠より上ではないでしょう……というより、あの婆さん以上におかしな人なんて想像もしたくないですわ」

 けれど、したくはないのにしてしまうのが人間の悲しい性というやつでして、結局想像した私は背中がひやりといたしました。クルクマもぶるっと震えます。

「あれ? 待って、このへん寒いよ」

「あ、ほんとに寒いですわ」

 話しながら歩いているうちに村の外れまで来ていたのですが、明らかにさっきまでより気温が低くなっています。

 そして、なんとも気になる声が聴こえてきました。


 しくしく……しくしく……。

 かえりたい……かえらなきゃ……。


「泣き声、ですわね」

「女の人、だね」

 目を凝らすと村の出口の手前にぼんやり白い影が浮かんでいました。多分例の幽霊なのでしょうが、さっきの奇天烈魔女親子の話を聞いた直後なせいで嫌な想像が脳裏をよぎります。

「まさか今回の件、その親子の仕業なのでは……?」

「ひんやりしてるのは、幽霊がいるところではありがちだけど……ね」

 私達二人は顔を見合わせしばし考え込みましたが、とにかく相手を確認してみなければ何も始まりません。そう結論付けて踏み出します。

「行ってみましょう」

「そうだね」

 後は出たとこ勝負。どのみち幽霊は強制浄化して終わりですから。

 その時は、そう思っていました。


 でも、こちらの接近に気付いて彼女は振り返ったのです。

 その顔を見た瞬間、いきなりクルクマが身構えました。


「おっ、お師しょ──」

『もしかして、わたくしのことが見えますか!?』

「へっ?」

『ああっ、ようやく三柱様の助けが! お願いします、どうか私をこの村から連れ出してください! 子供達が心配で心配で……なのに村から出られないんです!』

 こ、この方はまさか……クルクマの反応と見覚え無いはずなのに妙に既視感のある容貌から私も身を固くします。

 すでに確信していましたが、念の為に伺いました。

「あの、貴女の、お名前は……?」

『あ、これは失礼いたしました。わたくしロウバイと申します。“聖実の魔女”という二つ名を聞いたことはありませんか? それなりに有名なのですが』

「あ、聞き覚えあります。ご高名ですよね。あははは」

「私も知ってますよー。あはははは」

 はは、ははは……あっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 胸が痛いっ!?


 知ってますわ! 直接お会いしたことはあったような無かったような微妙な間柄でしたけれど、その蜂蜜色の髪、透き通った青い瞳、豊満なお胸! 全部クルクマから聞いてた特徴そのままです!! この方はゲッケイに肉体を乗っ取られた人!!


「い、いやあ、こんなとこ、っで、お会いできるとは、なーあ」

 動揺のあまりクルクマも上手く口が回っていません。それはそうです。この方は完全な被害者なんですから。あのゲッケイと、そして私の。

(すいません! 貴女の肉体を消滅させたの私なんです!!)

 なんて言えないので私は口を固く結び、押し黙りました。

 そんな私を心配するロウバイさん。

『あら、お嬢さん少し顔色が悪いわ。ちょっと診せて。うーん、熱は無いみたい。もしかしたら暗いのが怖いのかしら? そうね、よく考えたら夜中だわ。駄目よ、あなたたちのような子供がこんな時間に出歩いたりしちゃ』

(お人柄が良い……っ)

 ますます罪悪感で胸が締め付けられます。しかもこの方、どうもまだ自分が死んでいる自覚が無い様子。いったいどうやって説明しましょう。

(スズちゃん、スズちゃん、どうしよう……)

(九歳に訊かないでっ)

(その逃げ方はずるいって)

(あーあーきこえません、きこえません)

 そうして私達が苦悩していた時でした。突然空がパッと明るくなります。そして直後に夜空に響く爆発音。飛び散る色とりどりの炎。

「なっ!?」

「花火……!?」

 こんな時間にどこかの馬鹿が村の上空で花火を炸裂させました。でも、打ち上がる音がしませんでしたわ? まさか空中で直接点火を?

『あらきれい』

 にっこり笑うロウバイさん。ちょっとズレてますね貴女。

「いや、なんでこんな時間にこんなとこで花火!? おかしいよね!?」

「大丈夫、クルクマ。私達は正常です。おかしいのは、あの方と──あれ、ですわ」

 空から光を反射して煌めく物体が落ちてきました。氷塊です。おそらく犯人があの花火を空中で炸裂させた時、身を守るために纏ったのでしょう。

(普通に筒で打ち上げては駄目だったんですの?)

 私が至極当然の疑問を抱いたのと同時、その氷塊を纏いしお馬鹿さんは大地にそのまま激突しました。下敷きになったホウキが折れます。あぁもったいない。

「いってええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 氷が砕けて中からボサボサ頭の黒髪の女性が一人、転がり出ました。

「チックショウ、ミスッたぜ! 凍っちまったらホウキで飛べねえ!! でもまあやっとこ帰って来たぞ、なあ愛しの我が故郷よ!! ココノ村よ!!」

 その馬鹿な人は血まみれの自分の頭を気にすることなく、ドンと胸を張って立ち上がります。バルンと大きなお胸が揺れました。この方もロウバイさん級です。

「ハッハア!! 氷兇の魔女ナスベリ様のご帰還だ!! 驚いたかテメエら!! ド派手な土産だっただろ!! ビビッたか? ビビッたか? あぁんどうなんだ?

 って、え? 二人だけか? つか誰だよオイ、他の連中どうした? オーイ、アタイのお帰りだぞ? 早く来いよっ、さみしいだろ!!」


 唖然とするクルクマ。

 小首を傾げるロウバイさん。

 周りを見渡すお馬鹿さん。

 溜息をつく私。


 次は多分、この四人の魔女のお話です。

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