終章・故郷の友人(3)
それは昨夜のことでした。
ナスベリさんの帰還祝いと称して皆がどんちゃん騒ぎを始めた頃、私達が眠っていた部屋へアイビーさんがやって来たのです。
より正確に言うならモモハルとノイチゴちゃんが眠り、私とクルクマは戦々恐々としていたところへ、ですね。
モモハルとノイチゴちゃんだけがベッドで眠っていて、その前で立ったまま待つ私達を見たアイビーさんは問いかけます。
「魔法で眠らせたの?」
「まさか、ノイチゴちゃんはともかく、モモハルに魔法は通じません」
「ああ、そうね。そうだったわ、その子も神子だものね」
やはり──私達は確信しました。
「知っているんですね……」
「ええ、貴女がウィンゲイトの神子で、最悪の魔女の“娘”ではないことを知っているわ、ヒメツル」
「……」
ゴクリと唾を飲み込む私。でも、焦っておかしなことをしてはいけません。その気ならこの方にはいくらでも私の正体を暴露する機会があった。なのに黙っていたということは、そうするつもりが無い……おそらく、そのはず。
「私が貴女の正体を明かすつもりか疑っているなら、答えは半分イエス、半分ノー。ついさっきまでは、そうだった」
「だった?」
「今は完全に明かすつもりが無くなったということよ、ゲッケイの弟子クルクマ」
クルクマのことも知っていますのね。まあ彼女は業界では有名人だから不思議でもありませんが。
「昼間言ったことは本当。私は貴女と同時にココノ村の住民達も試していた。どちらかが私の求める資質を備えていないとわかれば、あの場で貴方が“神子”であることを公表し、強引に連れて行って鍛えるつもりでいた。多分知ってたでしょう?」
「ええ……」
そう、それがアルトラインが私に伝えた予知。彼が見た複数の未来の中では最も穏便な解決策。
もっとも、私が見せられた予知では、私自らが“神子”であることを明かしていました。神子であるアイビーさんの権力に対抗するにはそれしかありません。神子としてココノ村の土地買収問題に待ったをかけ、彼女とのトップ会談に持ち込む。そしてそこからは彼女が言った通り、私は彼女の管理下に置かれ、それと引き換えに村を救う。そういう筋書きでした。
「まったく、余計なことはするなと言ったのに、あの目玉」
「アルトラインのこともご存知ですの……?」
「当然でしょう、私は九百六十年も神子をしてるの。契約している盾神テムガミルズだけでなく全ての下位神と面識があるわ」
九百六十年。どういうわけか千年と言われるよりも重みがあります。より具体的な数字だからでしょうか。
「でも、スズちゃんは村の皆に解決を任せて、彼等もあなたの期待に応えた。だから彼女が村を離れる必要は無い。そうですよね?」
クルクマが問いかけると、しかし、アイビー社長は頭を振ります。
「いいえ、やはり私の所へは来てもらう」
「なっ……?」
「どうして?」
私と彼女は身構えました。
アイビーさんは冷たい眼差し。
「どうして? あの体たらくで、よくそんなことが言えるものね」
「うっ……」
「貴女、昼間ナスベリに負けたのよ? そこで寝ている子に助けてもらわなければ死んでいてもおかしくなかった。もちろん貴女は“崩壊の呪い”に出会うまでは死ぬことの無い運命。選ばれた救世主。そんなことにはならない。でも、自分が今は安全圏にいるなんて思って甘えてもらっては困る」
「そんなつもりはありません」
当然です。私は誓ったんです、この世界を守ると。この村で生きる大切な人達の未来のために。
「だったら、わかるでしょう? ここにいてぬくぬく暮らしていても強くなんかなれないことが。私達はもう数え切れないほど負けている。崩壊の呪いは星の数ほども並行世界を滅ぼした。その散った星々の一つになるか、それとも最初の勝利を掴めるのかは貴女次第。私の下へ来れば可能な限り鍛えてあげる。
下の子達の喜びに水を差したくはないから、少しだけなら待つ。でも早目に結論を出しなさい。今回のことで私の持つ権力は理解できたでしょう。グズグズしていたら、次こそ村が無くなるかもしれないわよ」
私は──やはり、すぐには答えられませんでした。
「……まさか、ゲッケイに自分の力で勝てたなんて思ってないわよね?」
「……いいえ」
そこまで自惚れていません。あれはゲッケイが怪物になっていたからこそです。事情は未だによくわかりませんが、人の形を失ったことで彼女は正気も失っていました。そうでなければナスベリさん以上の器用さで多彩な魔法を操るあの婆さんに私達が勝てる可能性なんて万に一つも無かったでしょう。
でも、今度はすぐに言い返します。
「一人では無理ですが、皆と力を合わせれば、何度だって勝てます!」
「かもしれない。けれど貴女が弱ければ、それだけ“みんな”の犠牲は増える」
「ッ!?」
「失ってから後悔しても遅い。ナスベリの過去を貴女に教えたのは、考えて欲しいからよ。彼等のことが本当に大切なら、共に戦いたいと思っているなら……今より、もっともっと強くなるべきだと。その手で一人でも多く守り抜けるように」
……今度こそ、何も言えなくなりました。彼女の言葉は正論です。私は結局村の皆から離れたくなくて言い訳を探しているだけ。
「さて、窓を開けてくれる? 私がいては冷静に考えられないでしょう。朝まで散歩でもしてくるから、じっくり時間をかけて悩みなさい」
「……どうぞ」
クルクマが言われた通り窓を開けると、アイビーさんはホウキも使わず宙に浮かんで外へ出ます。
そして、一度振り返って言いました。
「貴女の魔力なら、こうやって身一つで飛ぶこともさほど難しくない。よほど師に恵まれなかったのね」
視線の先にはクルクマが。たしかに彼女は仮初の師ですけれど──友達です。そういうことを言われるとカチンと来ますわ。
「私、絶対に貴女より強くなってみせますから!」
「へえ……」
アイビーさんは少し驚いた顔で、そして小馬鹿にするように笑いました。
「その意気よ。もっとも、私に師事しなければ何百年後になるかもわからない遠大な目標だけど」
「そんなことありませんよ。私じゃ不足なら、他にも優秀な師を探せばいいんだ。この子の才能ならたくさんの人に学べば、すぐにあなたを追い越せるでしょう」
「ふふ、まるで他人事ね。貴女の成長も楽しみにしてるのよ、クルクマ」
「生憎、私は才能に恵まれなかったもので」
「よく言うわ」
呆れ顔になり、彼女は夜の空へ飛び立って行きました。あれは魔力障壁を使って飛んでいるのです。私にとっては最も得意な魔法。なのに、同じことをしろと言われても出来る気がしません。それだけ私とあの人の間には大きな差がある。
でも、クルクマは私の肩を叩いて言いました。
「見返してやろう。あーしの言ったことは嘘じゃないよ。スズちゃんならきっと、すぐにあの人を超えられる。そしたらさ、ココノ村にも早く戻って来れるじゃない」
「……そうですね」
流石は親友。私の考えが読めていますね。
そう、早く済ませてしまえばいいのです。あの人が納得するほど強くなるための修行を。そのための一番手っ取り早い手段は、やはりこれでしょう。
「私、あの人のところへ行ってみます」
「……そっか」
クルクマは反対しませんでした。
私は夜空を睨みつけます。
「驚かせてあげますよ森妃の魔女。一番近くの特等席でご覧なさい。最悪の魔女の二つ名は伊達じゃないってことを、たっぷり知るがいいですわ!」
──というわけで、次は私が頑張る番。お母さまと村の皆は見事ナスベリさんを救ってみせました。皆の子で孫の私だって、世界くらいは救えるでしょう。
さあ、準備が出来たら行きますよ。
次の目標は世界最強の魔女を超えることです!!
なるべく、短期間で!
(スズラン編へ続く)




