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六章・凡人の決意(3)

「な、なんだあの輝きは──」

「あの少女の魔法か!?」

 うろたえるキンシャ騎士団。直前の発言から戦闘が始まったことは即座に理解できたのだが、スズランの使った魔法がどんな効果なのかわからないし、なによりただの村人達が燦然と輝く姿などかつて見たことが無い。対応が遅れるのも当然だった。

「と、とりあえず捕縛しろ!」

 いちはやく決断した団長が命令する。

 しかし、やはり遅かった。

「よおし、皆の衆、わかっとるな!?」

「おう、ワシらの役目は足止めじゃ!」

「かかれえっ!」

 老人達は自分から、一斉に周囲を囲む兵士達へ向かって突撃した。予想外の事態が立て続けに起こったため、兵士達はまだ思考が追い付いてない。

 そんな一人に大工のムクゲが体当たりした。

「どっせえい!」

「うわっ!?」

 甲冑で武装した兵士が堪え切れず転倒する。

 他の村人達も次々に兵士を押し倒した。

「な、なに!?」

「よそみしとるな! ワシらは本気じゃぞ!」

「フンフンフンフン!」

 杖を振り回し、めちゃくちゃに殴打するジンチョウゲ。甲冑越しなので大したダメージは無い。しかし兵士達は驚いた。非力な老人とは思えない機敏さと力強さ。いったいどうなっている?

「護符だ! おそらく身体能力を強化する護符を身に着けている! あの子のデタラメな魔力を受けて効果を発揮したんだ!」

 魔道士の一人がからくりに気付き、警告を発した。そういうことかと納得した兵士達は、多少本気になって老人達を取り押さえにかかる。強化されたところで元が老人、脅威ではない。

 ところが、


「なんじゃお主ら、老い先短い年寄りをいじめる気か!?」

「故郷の親御さんが見たら泣くぞ!」

「うっ、ううっ」


 老人達は自分の強みを知っていた。護符の効力で強くなっても、それでようやく若者と互角。騎士が本気になったら勝てるはずがない。だから徹底的に彼等の良心に訴えかけた。自分達の立場の弱さをアピールした。

「あいたっ、いたたた……こ、腰が」

「大丈夫かばあさん!?」

「まずい、怪我人だ! 誰か手当を──」

「キエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「うわあ!? むちゃくちゃ元気じゃないか!?」

「当たり前だよっ! アタシが何年腰痛と闘ってると思うんだい! こんなもん気合さえ入れときゃしばらく──あ、あいたたたた、今度は本気で……」

「だから無理するなって!?」

「うるさい! 敵に心配されるほど落ちぶれちゃいない!」

「ああもう、やりづらいなっ!?」


 女子供もそれぞれに知恵を絞って騎士団を翻弄する。中でも特に活躍しているのはモモハルだ。


「アハハハハ! おじさん、変な顔!」

「お前がラクガキしたんだろうが!? おい待て小僧! おとなしくしろ!」

「いいぞモモ! 今日はヤンチャしても許す!」

「クソッ、まったく捕えられん! 猿よりすばしっこい!」

「これが田舎の野生児か!?」

「また消えたぞっ」

「あっちだ! あっちに現れた!」

「あの女の子といい、どうなっとるんだココノ村の子供は!?」


 想像以上の身軽さに加え、空間転移まで駆使して逃げ回るイタズラ小僧を必死になって追いかけ回す兵士達。そのせいで隊列は乱れ、指揮系統も崩壊寸前。


「おい待て! 何をしてる!? 落ち着いて、まずは老人達から拘束しろ!」


 騎士団長の命令もモモハルを追う一部の兵士達の耳には届かなかった。

 何故なら──


「いやあ、やっぱり効果覿面だなあ」

 怪我人ゆえに馬車の中に留められたクルクマは、外の大騒ぎを高みの見物で眺め笑っていた。

 さっきモモハルの服に、昔作った興奮剤をふりかけてやったのだ。そして「スズちゃんのために、あのおじさん達と思いっ切り楽しく鬼ごっこしておいで」と背中を叩いて送り出してやった。

 モモハルの服から飛び散った微量の興奮剤を吸い込み、兵士達は適度に理性を飛ばしている。あの程度なら暴力的になることはないだろうし、かといって普段通りマトモに思考することもできまい。

 ついでに、こっそりと虫達を使って魔道士の邪魔も実行中だ。


「う、うわっ!? また蜂だ! さっきからなんでこんなに飛んで来る!?」

「こんな場所で黒い服を着てるからだ馬鹿! 脱げっ!」

「やめ、やめろ変態! 魔道士には魔道士のこだわりがあるのよ!」

「ぎゃあああああああああああっ!? 刺されたあっ!?」


 もう、しっちゃかめっちゃかである。誰もナスベリ達の方など見ていない。

 ただ一人、なんの偶然かその騒動から弾き出された兵士が一人、きゃっきゃきゃっきゃと手を叩きながら兄の活躍を楽しむノイチゴの隣に並び立った。


「おにいちゃん、がんばれー!」

「……ええと、お嬢ちゃん、君もココノ村の子?」

「そうだよ?」

「君は普通の子なのかな?」

「ふつうってなに?」

「……なんだろうね、おじさんもだんだんわからなくなってきた」

「おじさんつかれてる? ここにすわったら?」

「いいのかな……」

「いいよ」

「うん、そうしよう。きっと疲れてるせいで変な夢を見てるんだよな。だってこんなこと現実に起こるはずない。村人が光ったり、子供が異常な速さで跳ね回ったり……」

「げんじつってなに?」

「……なんだろうね」


 余談だが、彼は数日後に自主退職して王都で託児所を開いた。普通の子供達に囲まれていると安心すると、後にそう語ったという。

 そして、そんな喧騒の中、カタバミとナスベリの戦いも始まっていた。




「今日こそ勝つ!」

「くっ!?」

 一気に間合いを詰めて来たカタバミの拳を避け、さらに繰り出された蹴りを左腕で受け止める。重い。ただの主婦だとは思えない威力。耐衝撃性能を有する戦闘服なのに普通に腕が痺れる。

 でも動きは素人のそれ。多少力が強くともクリーンヒットさえ許さなければ問題無い。

(やり辛くは、あるけど!)

 これも社長の思惑通り? 今回の一件は自分に対する試練でもあるのか? ナスベリもやはり騎士団と同じだった。相手は魔力を持たない一般人。だからこそ本気で戦うことができない。

(社長からも、タキア王からも彼女達を傷付けるなと言われている!)

 当然のことだと思っていた。強者が弱者を虐げるなど許されることではない。とはいえ、まさか相手がそれを逆手に取って来るとは。

 だが、やはりわからない。護符で身体能力を強化し、立場の弱さを利用して圧倒的不利な状況を好転させた。


 だとして、それがいったいなんだというのか?


(納得するために戦う? 本気で言った? あなたはそれでいいの?)

 そんなの、結局は諦めるための口実を得たいだけに思える。

「このおっ!!」

 無茶苦茶な大振りで攻撃を繰り返すカタバミ。

 完全に子供のケンカのそれだ。

 そう思った瞬間、


「うっ!?」


 頭に激痛が走る。一瞬動きを止めたナスベリ。よろめいた彼女に再びカタバミの拳骨が襲いかかった。

 それでも訓練された彼女の肉体は反射的に両腕を交差させ、攻撃をブロックする。

 同時に、彼女でなくカタバミの方がたたらを踏み、後ろへ数歩退がった。

 何が起きたかに気付き、ナスベリは動揺する。


「あっ……」

「相変わらず、足癖の悪いやつ」


 ──攻撃を受けた瞬間、反射的に反撃してしまった。傷付けるなと厳命されていたのに、体が勝手に蹴りを繰り出していた。

 何故? 疑問に答えを求めた瞬間、また頭痛に見舞われる。


「あ、ぐっ……」


 脳裏に映像が浮かび上がった。それは、ここではないどこか、自分ではない自分の記憶。

 今と同じように大勢の人間に囲まれていた。そしてその輪の中で、一人の少女が自分と向かい合っていた。


『あたしが絶対カタキをとる!』


 彼女は勇ましく吠える。どうして?

 ああ、そうだ、あの日、怪我をさせてしまったから。

 大好きだった少年に、優しく賢い幼馴染に。


『いいからまずカズラにあやまりなさい!』


 その名は昨日聞いた。今日も聞いた。

 ついさっき、そう、この場所で。


「──!」


 視線を動かしたナスベリは、懸命に兵士達を足止めする村人達の中で彼の姿を見つけた。

 大人になっている。あの病弱だった少年が、今はもう立派な青年になっている。


「あ……ぁ、あ……!」


 溢れ出す。昔の自分が溢れ出して来る。

 思わず彼に向かって手を伸ばした。

 でも──


「ぐっ!?」

 強烈なパンチを腹に喰らってしまう。今度は直撃。肺の中の空気を一気に吐き出し、体をくの字に折り曲げた。そこへカタバミが語りかけて来る。

「忘れてるんだろうけど、あたしはね、あの時の決闘で負けたとは思ってない。あんたのお母さんに止められたから、決着はまだついてないんだ」

 だからと続け、彼女は吠える。

「今はあたしに集中しろ! ていうか、人の旦那に手を出すな!」


 カタバミの蹴りは、ナスベリを盛大に吹っ飛ばした。

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