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六章・凡人の決意(1)

「ナスベリ殿! 来ました! ココノ村の者達です!」

 テントの外から響いた声に、ナスベリはゆっくり瞼を開き、反応する。眠っていたわけではない。座って日課をこなしていた。

(来たか……)

 悪くないタイミングだ。ホウキギ子爵は昨夜のうちに一旦帰っていて、今日はまだ来ていない。あの人がいると余計に話がこじれそうだ。

「何人です?」

 立ち上がり、外に出ながら問いかける。兵士はギョッと目を見開きながら答えた。

「む、村の全員のようです。何人かは馬車に乗っていて、残りは徒歩で」

「そうですか」

 内心ホッとするナスベリ。全員で来たなら戦うつもりは無いだろう。強硬手段に訴える場合、足手まといになる老人達は置いて来るはず。

 いや、あるいは──

「あの、ナスベリ殿、それは……?」

「ああ、すみません。トレーニングの最中だったもので」

 訝る兵士の言葉に、魔法で生み出した水球の存在を思い出し、術を解く彼女。球体は空中でただの水に戻って地面へ落ち、沁み込んだ。空気中の水分を凝集させ球体を作り出すこの魔法は魔力の制御技術を磨くのに最適だ。だから毎日欠かさず練習している。これは自分だけかもしれないが、日ごとの体調を量るのにも良い。

 今日の出来は九十点というところ。最高とは言えないが、ある意味ではそれ以上。満点に多少届かないくらいの方が慢心を捨てて事に臨める。つまり今の状態こそが真のベストコンディション。

 万が一の可能性はまだ残っている。それに対する備えもすでに済ませてあった。ローブを脱ぎ捨て、今は最先端技術を盛り込んで開発した自社製の戦闘服を着こんでいる。耐熱、耐冷、耐電、耐刃、耐衝撃と様々な攻撃に対する防御機能を付与したもので半端な術者や剣士では傷一つ付けられない。


 ただ、兵士が訊ねたのは実は水球のことでなく、彼女のその戦闘服のデザインについてだった。黒い革を繋ぎ合わせて作ったツナギのような代物で、ナスベリの見事なプロポーションに合わせ立体的に縫製されている。まだ若い彼には刺激が強く直視できない。


 そこへ騎士団長が近付いてきた。こちらはナスベリの煽情的な服装に対しても一切動揺せず冷静に話しかける。

「総出で交渉に来たのでしょうか?」

「かもしれません」

 昨日提示した条件では不満だった、だからより良い条件を引き出すため話し合いに来た。そう考えるのが最も現実的で妥当な線だろう。

「贅沢な連中ですね。あの条件で十分じゃないですか」

「そう言ってやるな。彼等にしてみれば先祖代々暮らしてきた土地を急に奪われることになったんだぞ。なら、多少やり返したいと思ってもしかたない」

「かもしれませんが、自分はずっと王都の集合住宅暮らしで、そもそも土地も家も持ったことがありません。だから、あまり共感はできませんね。父親の仕事の都合で引っ越しも多かったですし」

「なるほど」

 それも一理ある意見だと納得する団長。彼は貴族の出で、やはり何代も前から同じ土地、同じ家で暮らして来た。だからココノ村の住人達に対し同情的なのだが、目の前の若者のような人生を歩んで来た者からすると、ココノ村の住人達はわがままだと感じるのだろう。大企業が土地を買いたいと言っている。売れば大金になる。しかも相場の十倍の額。なら何をごねる必要があるのかと。

「……」

「──っと、無駄口を叩いている暇があったら持ち場につけ。一応、あれは敵性集団かもしれんのだからな」

「農民が我々にケンカを売ったりしますかね? ましてや背後にあの“森妃(しんぴ)の魔女”様がいらっしゃるのに」

「いいから行け」

「了解です」

 渋々といった顔で走って行く兵士。見送りつつ、騎士団長はナスベリに対し謝る。

「申し訳ありません。精鋭などと言っても実際のところ長く平和の続いている国なもので、誰も彼も実戦経験は浅く、まして相手が農民ともなれば、どうしても気が緩みがちになるようで」

「お気になさらず。ただ、くれぐれも村の方々を傷付けることは無きように」

「無論、それは徹底させます」

 騎士団長は密かに、言われるまでも無いことだと胸中で付け足す。本来は自分達が守るべき民だ。必要に迫られない限り、傷付けたりなどするものか。

 とはいえ、その本音を口に出すほど狭量でもなかった。彼女とて好きでやっているわけではあるまい。

「ナスベリ殿、先程の我々の発言で気を悪くされたのであれば、あやつの分も併せて謝罪いたします」

「いえ……」

 軽く頭を下げた彼に対し、ナスベリは首を横に振る。ココノ村の住人達はいきなり土地を奪われることになったと、暗に批判するような発言になったことについて謝罪しているのなら、その必要は無い。

「当社が理不尽な要求を突き付けたのは事実です。国王陛下にもあなたがたにも不必要な恨みを買わせてしまったこと、こちらこそお詫び申し上げます」

「……やはり、アイビー様を説得することは無理ですか?」

「可能ではあるでしょう」


 そう、可能性はゼロではない。でもまだ鍵が見つかっていない。この命令には何らかの隠された意図があるはずなのだ。それを見つけ出さなければどうにもできない。

 ナスベリからそう説明された騎士団長は、眉をひそめる。


「では、あの方の真意を見抜き、納得させられるだけの何かを示すことができれば……」

「ええ、決定は覆るかもしれません。ただし、だからといって彼等に対し、いらぬ手心を加えることも望まれないでしょう」

「あくまで彼等の選択次第ということですね」

「おそらく、そうです。だから申し訳ありませんが、このまま悪役を続けてください」

「畏まりました。では兵の指揮を執りますので、これにて失礼」

「お願いします」


 ──経験が浅いなどと謙遜していたが、兵士達は徒歩で近付いて来るココノ村の人々を静かに、そして淀みない動きで包囲しつつある。


(向こうに強力な魔女がいることは伝えておいた。それでも一切怯えた様子が無い。良く訓練されていますよ)

 士気と練度が高いだけでなく、キンシャ騎士団には数名の魔法使いも属している。この場には四人。一般人を相手にするには過剰なほどの戦力。さらに対魔道甲冑で身を固めた重装兵がそんな彼等の護衛につていた。相手が攻撃して来たら即座に魔力障壁を展開して防御。なんらかの手段で不意を衝かれ魔道士が直接狙われた場合、重装兵が身を盾にして守る。互いにカバーしあうわけだ。

 あのココノ村の少女なら、それでも強引に包囲網を突破することは可能だろう。けれど彼等の背後には自分もいる。

(仮に戦うつもりだとして、キンシャ騎士団をあしらいながら私を倒すことなどできない。さあ、どうします?)

 注意深く観察する視線の先で、とうとうココノ村の者達は足を止め、キンシャ騎士団による包囲網も完成した。

 廃村の中央。旧街道が通る場所で、かつてはココノ村と同じような広場があったと聞く。付近の村々が交代で人手を募って整備しているため、まだ森に浸食されてはいない。

「スズちゃん、気い付けろよ」

「ありがとう、おじさん」

 銀髪の男性の手を借り、馬車から降りる例の少女。やはりメガネにかかった呪のせいで顔は明瞭に認識できない。けれど、その強大な魔力は伝わって来る。

「怪物か……?」

「何故、こんな辺境の村にあんな娘が……」

 包囲網の要である魔道士達の顔に怯えの色が浮かんだ。無理も無い。森妃の魔女という規格外の存在と日常的に接している自分ですら、あの小さな体から溢れ出す膨大な魔力を目の当たりにするとやはり怖れを抱いてしまう。


 あそこまでいくと、もはや人ではない。

 台風や地震と同じ天災の類だ。


 この場では魔力を持たない兵士達こそむしろ勇敢に振る舞えるだろう。相手の異常性を感じ取れないのだから。

「それでも私は倒せない」

 自分はあの森妃の魔女の右腕。彼女に直々に鍛えられた、いわば愛弟子。相手が人の形をした災害だろうと、簡単に後れを取ることは無い。

 警戒しつつ、一歩前に踏み出すナスベリ。

 同時に、少女の背後からも歩み出る者があった。

 カタバミだ。

「……」

 その姿を見た途端、彼女の足は止まった。自分のことなのに、どうしてかはわからない。向こうも少女より一歩前へ出たところで立ち止まり、呼びかけて来る。


「話し合いに来た! とりあえず、聞いてよナスベリ!」


 本当に何故だろう? 彼女に名前を呼ばれた途端、胸の奥が酷くざわつき始めた。

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