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五章・夢中の茶会(3)

「……あれ?」

 スズランが言った通り、目を覚ましたカタバミは夢の中での出来事を瞬く間に忘れた。

「なんか、変な夢を見たような……」

 寝入る直前まで村のことやナスベリのことで頭を悩ませていたからかもしれない。そう思いながら起き上がろうとすると、左手に何かが触れる。

「あ……」

 いつものようにスズランが隣で眠っていた。その手が自分の手に触れた瞬間、一つだけ夢の内容を思い出す。


 そのままでいい。ありのままの自分だからこそナスベリを救える。

 何故か、夢の中でこの子にそう言われた覚えがある。


 夢は所詮夢だ。けれど、それでもスズランに言われたことだと思うと胸の中が熱くなる。それだけでとても強い力が込み上げて来るように思える。

「わかったよ、スズ」

 最愛の娘の寝顔にキスして、彼女は誓う。

「お母さん、頑張ってみる」

「それでこそカタバミ」

「わっ」

 声に驚いて振り返ると、先に起きた夫がエプロン姿で立っていた。

「二人とも今日はぐっすり眠っていたから、朝食は僕が用意したよ。自炊なんて久しぶりなんでちょっと失敗しちゃったけど、許してくれる?」

 カタバミは、そんな夫の差し出した手を取り苦笑い。

「二人で暮らし始めた時以来じゃない? また焦げた目玉焼きじゃないでしょうね?」

「あの頃は君だって料理下手だったじゃないか。幸い今日のは食べられる程度の焦げだと思うけど、不満ならスズのために必死に勉強した成果を見せてくれてもいいよ」

「そうね、でも今回は遠慮しておく。あなただって、たまにはあの子に手料理を振る舞いたいんじゃない?」

「君にもだよ、僕の奥さん」

「はいはい」


 やっぱりだ。カタバミは思った。この二人がいる限り、どんな朝だって自分にとっては最高の一日の始まり。

 今日も明日も、場所がどこであっても、それだけは決して変わらない真実。




 しばし後、身支度を終えた三人が家から出ると、広場にはすでに村の老人達が集合して待っていた。

 どの顔も昨夜とは表情が違う。決意の眼差しでこちらを見つめている。

 カタバミは問いかけた。

「行くの?」

「お前さんとスズちゃんに、ああまで言われちまったからの」

「ここでまだ踏ん切りがつかないようじゃ格好悪くてしかたない。いつかせがれが孫達を連れて帰って来たとしても、合わす顔が無くなっちまう」

「ここに集まってからワシらだけでまた話し合ってみたんじゃがな、この際だ、村が無くなるかどうかは二の次。まずはナスベリにきちんと謝ろう。そういうことで結論が出た」

「それ、昨夜あたしが言ったことじゃない」


 呆れるカタバミ。とっくに出ていた答えを今さら言われたって困る。

 だって、結局みんなそうするだろうとわかっていたんだ。


「……ふふ」

「ん? どうしたのスズ、急に笑って」

「ううん。ただ、私ってお母さんに似たんだなって、そう思ったの」

「そう? なら嬉しいわ」

「私も」

 お互いの顔を見つめて笑い合う二人の横で、カズラだけが唇を尖らせた。

「お父さんは……?」

「もちろん、お父さんにも似たよ」

「この子の本好きは絶対あんたの影響でしょ。自信持ちなさい」

「あ、そうか。そうだよね、嬉しいな」

「ふふ、今のお父さん、ちょっと可愛かった」

「でしょう? こうやって女心をくすぐってくるのよ、この人は」

「たしかに、昔からそうだったわね」

 急に話に割り込んで来るレンゲ。彼女達一家もようやく家から出て来た。子供が多い分、こっちより支度に時間がかかったのである。

 レンゲは意地の悪い笑みを浮かべ、スズランに耳打ちした。

「スズちゃん、あなたのお父さんったらね、なんとカタバミだけでなく村一番の美少女と呼ばれていたナスベリまで篭絡したのよ」

「レンゲ! 人聞きの悪いこと言わないでくれ!?」

 焦るカズラの隣で半眼になるカタバミ。

「事実じゃない。あいつはサザンカとあんたを除く村中の男子を従えてたけど、手が触れ合っただけで赤面するような相手はあんただけだったわ」

「男勝りなナスベリが女の子になる唯一の瞬間だったのよね、カズラとの交流って」

「そうそう、あん時だきゃ可愛く見えたな。いや、もちろんレンゲが一番だけどよ」

「とってつけたように褒めない」

 夫の額に手刀を打ち込むレンゲ。この夫婦も昔からずっとこの調子だ。

「みんなでおでかけだね、スズ」

「あら、モモハ──」

 自分の手を取った幼馴染の顔を見るなり、思わず息を呑むスズラン。空のような青い瞳の奥底にアルトラインの姿が見えた。どうやら神子である彼の目を通じてこちらの状況を見守っているらしい。

(心配性ですこと……)

 嘆息した彼女は、反対の手で母の袖を引く。

 カタバミはうんと頷くと、皆の顔を見渡し、勢い良く右腕を振り上げた。


「行こう! ナスベリのところへ!」

「おうっ!!」


 そして彼等は幾多の思い出が残る故郷を離れ、一路、旧街道を北に進み始める。二十年以上ずっと言えなかった言葉を、今度こそ伝えるべき相手に伝える、そのためだけに。

 これは世界の片隅で始まった、小さな村の小さな戦い。

 しかし実は世界の命運すら左右する大一番。

 誰もまだ、その事実を知らずにいた。

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