六章・彼女の試練(1)
「なんと!」
「本当に神子が二人同時に現れるとは!」
「だが、あれだけの力を見せつけられては認めざるを得ない」
「やったわねスズ! あなた、やったわ!!」
「あ、ああ、喜ぶことなのかどうか、いまいちわからないけど、流石はスズだ……!」
娘が神子として認められたことに興奮し、抱き合うカタバミとカズラ。他の面々も驚愕の表情でさらに湧き上がる。
「スズラン様にモモハル様か」
「歴史の節目に立ち会ってしまいましたな」
「いや、しかし、あのスズランという娘はただ魔力が強いだけの魔女では?」
「魔法使い以外にはそう思えるかもしれませんが、そもそもその魔力が尋常でないのです。完全に人の域から外れている」
「そうなのか……」
「ロウバイ殿まで認めておられる、間違いあるまいよ」
まだ若干の疑念は残っているらしい。しかし、それも──ロウバイは皆に気付かれないよう密かに合図を出す。そんな彼女の目の前で、スズランは浮かない表情をルドベキアに見咎められた。
「どうしたスズラン?」
「いえ、これで終わりなのかと思って……」
彼女が眉をひそめたその瞬間、突然異義が唱えられる。
「陛下! その裁定、今しばらくお待ちください!」
「む?」
突然の声に振り返った彼等の視線の先、現れたのはスイレン。
ルドベキアも眉をひそめて問いかけた。
「そなた、何故ここに?」
「わたくしが呼びました」
主君より前に出て、再びスズランを見つめるロウバイ。スズランも「やっぱり」と呟き表情を引き締める。そう、試験はまだ終わっていない。これまでのは小手調べ。
ここからが本当の試験。
否、試練の始まり。
「どういうことだロウバイ? 余はもうその娘を認めたぞ」
「はい、わかっております。けれど、わたくしの我儘をお許しください陛下。わたくしは今一度この者を見極めたいのです」
「私もです!」
練兵場の中央まで移動したスイレンが、おもむろに剣を抜き放ち、構える。
六本の刃を。
両手に鋼の剣。背中から生えた魔力糸を束ね、変形させた刃がさらに四本。彼女は剣技と魔法を組み合わせた戦い方を得意としている。単純に剣士としても魔道士としても一流。加えて常人の目に見えない四本の刃は、両手の剣以上に鋭い太刀筋と自在な動きをもって相対する者に襲いかかる。
「ま、待って、何をする気なのスイレンさん!?」
「流石にこれは──うっ!?」
危険を感じ取り、止めに入ろうとしたカタバミ達は、しかしロウバイの魔力糸によって動きを封じられた。
「なっ……なに、これ……」
「うごけ、ない……」
「ロウバイ……そなた……まさか……」
「ご安心ください、命まで取るつもりはございません」
主君まで糸で絡め取った彼女は、場合によっては罪人として裁かれるだろう。とはいえ、どうせ一度は死した身。今さら何を恐れるものか。
「そもそも彼女を殺すことは誰にもできません。スイレンにも、わたくしにも。その時が来るまで、スズランさんの命は運命によって守られている」
「そこにも、気付きましたか……」
「ええ、クルクマさん……“崩壊の呪い”に対する特異点の彼女は、世界の崩壊が始まる瞬間まで絶対に何者にも脅かされない。でしょう?」
だからこそ思い切ったこともできる。
「スイレン、殺すつもりで戦いなさい。そうでなければ勝ち目などありません」
「えっ……」
師の言葉にスイレンは動揺した。当然、そこまでしろと言われるとは思っていなかったからだ。
彼女は優しい。自分が命令したとしても、すぐにはこのような指示に従うことなどできまい。
けれど心配は無用。すぐにわかるはずだ、目の前の魔女の恐ろしさが。
「──別に神子の認定なんていらないのですが、さっきから聞いていると、ずいぶん私を安く見てくれていますわね」
怒りのためか、それとも別の理由か、スズランの口調もヒメツルのそれに戻った。
彼女はまっすぐに、ただ歩いて正面からスイレンに近付いて行く。するとその周囲で風が生じた。地面は地震のように小刻みに揺れ始める。
「なっ……!?」
スイレンの顔も強張った。ようやく理解したのだろう。自分がこれから何と戦うことになったのか。
(そうです、それは見たままの少女ではありません……神子という名の“天災”だと思いなさい)
二人とも見極めさせてもらう。守り切れるか、打ち倒せるか。
そしてもう一つ、個人的でささやかな疑問の答えも。
「始めなさい」
「そう、いたします!!」
ロウバイの声に応え、先に間合いを詰めたのはスズランの方だった。
少女が正面から走って来る。魔力を感知できない人間にはなんてことのない光景に映るだろう。しかしスイレンには“それ”が意思を持つ竜巻に見えた。
正面から受ければ死ぬ。直感的に悟った彼女は斜めに歩を進める。逃げたわけではない。あくまでも斬り込むための前進。
彼女の感知能力は平凡。しかし魔力糸の一部を周囲に泳がせ、その代用とする。前方に伸ばした糸が近付くスズランの周囲で激流に巻き込まれ、引き換えにどこが比較的流れの緩やかな場所なのかを彼女に教えた。
魔力障壁を纏い、自らその中へ飛び込む。
「なっ!?」
予想外の行動に驚くスズラン。
(遅い!!)
振り返った彼女に対し、流れに乗って一気に背後へ回り込んだスイレンは、素早く剣を振り下ろした。怪我をさせるつもりはない。峰打ちで意識を飛ばすだけ。どれだけ魔力が強くとも子供は子供。ロウバイの弟子として長年研鑽を積んだ自分が負ける道理は無い。
そう思った瞬間、相手の口角が持ち上がる。
「──んちゃって」
「がはっ!?」
直後、地面に叩き付けられていたのはスイレンの方だった。障壁を展開していなければ、これで決着となった可能性もある。
「くっ……!!」
すぐに起き上がり、自分の胴に巻き付いた魔力糸を切断する。こちらの魔力糸に紛れて近付いて来たこれが彼女を投げ飛ばしたのだ。
油断があった。素直に認めて距離を取る。周囲では一瞬の攻防についていけなかった者達が困惑の声を上げた。
「な、なんだ、何が起きている!?」
「繰糸魔法です。スズランさんが使いました」
ロウバイのその言葉に、彼女の弟子達は大きな衝撃を受ける。
「そん、な……!?」
あの術は師にとって切り札。後継者のスイレンでさえ教えてもらうまでに七年の歳月を費やしたのに、あんな幼子が教わって、しかも使いこなしているだなんて。
スイレンもやはり自分達以外の人間が魔力糸を使った事実にわずかながらも揺れていた。その動揺を見逃さず、スズランが呪文を詠唱する。
「阻むものども全て貫け」「焦熱の光」
まずい! 尋常ならざる力が集約されていくのを見て、あの攻撃を絶対に受けてはならないと確信するスイレン。変形させた魔力糸を手足のように操り、横っ飛びに跳躍する。
直後、彼女のいた空間を貫き、白い光が練兵場の端へ着弾した。それ自体は細い光線にすぎない。なのに想像を絶する大爆発が起こる。
空間が歪んで見えるほどの熱が膨れ上がり、破裂して、爆風はロウバイ達のいる場所にまで到達した。
「う、うわあああああああああああああっ!?」
「ぬううううううううっ!!」
「これは……」
衝撃波、熱風、粉塵、轟音。次々襲い掛かるそれらから他の者達を魔力障壁と魔力糸で守るロウバイ。さっきの砲撃とは比較にならない規模。クルクマや他の魔道士達も同時に障壁を展開してくれたおかげでどうにか被害を出さずに済んだ。逆に言えば咄嗟に彼女達の拘束を解かなければ危なかったほどの威力。
「よ、余波だけでこれか……」
「人間じゃない……」
震え上がる魔道士達。ロウバイにとっても流石に想像以上の破壊力。まさか、ここまで凄まじいとは思わなかった。
上空にキノコ型の雲が形成される。王都でもあれを見て大騒ぎしているだろう。市街地で放たれたなら区画が二つ三つ蒸発してもおかしくない。事実、着弾点を中心とした広い範囲が蒸気を上げ、周囲の地面は沸騰している。
「スズちゃん、やりすぎ!」
「重奏にすると、まだ上手く加減できませんの!」
あれで手加減している?
クルクマとスズランのやりとりを聞いた者達は一様に戦慄した。魔法に詳しくなくても理解できる。スズランの力は常軌を逸していると。
「もうよせロウバイ! あの娘が神子であることは十分にわかった!!」
「いいえ陛下。わたくしが知りたいのは、そのようなことではございません」
「……やはり、ですか」
スイレンは確信した。これが師の考えの全てだとは思えないが、少なくとも一つだけは理解できた。自分は試されている。聖実の魔女の弟子、彼女の後継者として、名を背負うだけの覚悟と実力があるのかを。
正直に言えば自信が無い。
けれど自分自身を信じることはできなくとも、師を信じている。育ての親で、恩師でもあり、最も尊敬すべき先達のロウバイという魔女を他の誰より信頼している。
あの先生に鍛えられた自分が、困難に容易く屈することなどあるはずがない。あってはいけない。
たとえそれが“神如き者”と戦う試練だとしても。