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四章・彼女の家(2)

「んで、スズちゃんと言えばよ……」


 脱衣所まで戻った息子の影を追うように顔を向けつつ、サザンカは改めて幼馴染へ問いかけた。自分の頭でも考えてはみたが、やはりこの頭の良い友人の助言が聞きたい。

「あの話……信じるか? スズちゃんとうちのモモが“神子(みこ)”だってやつ」

 この屋敷に来るまでの道中は、ずっと重苦しい沈黙に支配されていた。いつもと変わり無かったのはモモハルとノイチゴだけ。大人は子供が何かを訊いて来た時、生返事を返すので精一杯。そんな有様だった。

 ここに来てからもロクに二人と会話できていない。特にスズランとは。今頃、女湯ではもっと気まずい空気が漂っているはず。

 カズラは頭上の手ぬぐいがひどく熱く思えてきて、右手で下ろしながら嘆息する。

「わからない」

 こんなこと、いきなり言われて信じられる方がどうかしている。だからこそスズランも秘密にしていたのだろう。

 もちろん神子がどんな存在かは知っている。歴史上まだ数人しか誕生していない特別な子供。神々に選ばれ聖騎士以上の強力な加護を受けた人間。去年の夏の一件以来、何度か関わりを持った“森妃(しんぴ)の魔女”アイビーを含め、現在は三人が存命。

 アイビーと契約しているのは守護に長けた能力を持つ盾神(じゅんしん)テムガミルズ。四百年ほど前に誕生した少年は物作りに秀でた鍛神(たんしん)ストナタリオの神子。シブヤの大図書館の主と言われている少女は、あらゆる知識を集積する知神(ちしん)ケナセネリカの契約者。そして城での話を信じるなら、モモハルは眼神(がんしん)アルトラインなる神に選ばれた子。

 それだけでも十分信じ難いのに、スズランにいたっては創世の三柱の一柱で大陸最大の宗教“三柱(みはしら)教”が主神と定めているウィンゲイトの神子だそうだ。それも他の神子と同じように契約に基づいて加護を受けたわけではなく、主神の血を引く子孫であり、その血が覚醒したから神子になったのだと説明された。

「……もう、いっぱいいっぱいだよ。僕の頭じゃ理解し切れない」

 何をどう受け止めて、誰のどの言葉を信じたらいいのか。

 彼が吐露した心情を聞き、サザンカもため息をつく。

「オレとおんなじか。だよな、こんな話、田舎の宿屋の一介の料理人が聞いたってどうしようもねえだろ。

 ……って、そう言いたいとこだが、親父だしな、オレぁ、アイツのよ。泣き言ほざいて放り出しちまうわけにもいかねえと来た」

「だよね」

 そう、自分達は父親なのだ。だったら我が子がどんな存在なのだとしても、受け止めてやらなければいけない。

 それに──


「やっぱり、僕はあの子が可愛いよ」


 ──馬車から降りて着ぐるみ姿のスズランを見た時、自然に足が動いた。顔が見えなくとも落ち込んでいるのが、不安に苛まれているのがわかったから。

 だからこれだけは誓える。たとえスズランが神子だろうと、他の何者だろうと、自分と妻は決してあの子から離れたりしない。

「スズ自身が望まない限り……いや、やっぱり、あの子がそう望んだとしても近くにいて見守っていたい」

「ヘッ、お互い子離れはできそうもねえな」

「サザンカとレンゲは大変だね。二人いるから心労も二倍で」

「ちげえねえ。つってもモモの野郎は店を継ぐだろうし、実際きついのはノイチゴが嫁に行く時だけだ」

「頼む、スズは絶対に君の家に嫁がせてくれ」

「オレじゃなくてモモに言えよ。あいつが頑張らなきゃどうもなんねえ」

「あああ、頼む、頼むぞモモハル君。せめて君のお嫁さんならいつでも会えるんだ。僕もカタバミも応援してるからね……」

「人の息子の恋路を不純な動機で見守るんじゃねえよ」




 それからしばらくして滞在中の宿として割り当てられた部屋へ戻ると、いつもとは違うイマリ様式の涼し気な寝間着に着替えたスズランがカタバミの膝にちょこんと座っていた。先に風呂を出たモモハルとレンゲ、ノイチゴもいる。

「遅かったじゃない。男の方が長風呂なんてしてんじゃないわよ」

「もう始めてるから、あなた達も入って来なさい」

 すっかりいつも通りだ。こちらが風呂に入ってる間、女同士の話で何がどう転んだのか全くわからないけれど、心配することなんて無かったのかもしれない。

「おう」

「それじゃあ……」

 男二人は部屋に入って、それぞれの家族と並んでベッドに腰かける。

「話をしよう、スズ、モモハル君。大切な話を、今までのことと、これからのことを僕達みんなで話し合おう」

「うん」

 頷いたスズランの瞳には決意の光が宿っていた。




 深夜、ロウバイが自室で仕事をしているとドアがノックされた。魔力を感知して接近に気付いていた彼女は驚くことなく振り返る。

『こんな時間に申し訳ありません。先生、入ってもよろしいでしょうか?』

 やはりスイレンの声。

「ええ、構いません。いらっしゃい」

 こちらの返答を受け、少しためらうように一拍置いてから入室してくる彼女。遅い時間だというのに、まだ昼と同じ格好をしている。

「入浴していないのですか?」

「あっ、すいません。鍛錬の後そのまま……出直してまいります」

「いえ、それには及びません。ですが、あなた達には下の子の手本になるようにと教えてきたはず。研鑽に励むのも良いことですが、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ」

「はい……」

 叱られてしゅんと縮こまるその姿を見ていたら、弟子に取ったばかりの頃を思い出した。当時は今のスズランほどの背丈しか無かったのに、ずいぶん大きくなったものである。

 ついつい口許が綻びそうになるのを堪え、表情を引き締めるロウバイ。

「そこに立ったまま話をするつもりですか? 座りなさい」

 そう言うと彼女自身もペンを置いて立ち上がり、中央のソファーまで移動した。スイレンは対面の席へ。


 瞬間、脳裏に再び過去の記憶が蘇る。

 九ヶ月前の、惨劇の記憶が。


(あの件について……この子とはまだしっかり話をできていませんでしたね。わたくしも彼女のことを言えません。少しばかり気が急いていたようです)

 偉そうに先達の心得を説いた手前、自分もきちんと謝らなくては。ロウバイはスイレンが話を切り出すより先に深く頭を下げる。

「あなた達には苦労をかけました」

「えっ?」

「わたくしが謎の解明にこだわり、あのような箱を開けてしまったがために、あなたにも子供達にも、陛下や他の方々にも多大な心労と迷惑をかけてしまいました。改めてここで謝罪させてください」

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