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終章・冬の終点

 長い冬が明け、大陸東北部にも春が訪れた。

 久しぶりにココノ村を訪問したクルクマは、すぐに彼女の姿を見つけ出す。村の中央でモモハルやノイチゴと一緒にモミジの下のベンチに座っていた。

 ここまで背負って運んで来た木箱を置いて、まだこちらに気付いていない彼女達に声をかける。

「ス~ズちゃん、来たよっ」

「あ、クルク……マ師匠!」

 久しぶりだからか、危うく名前を呼び捨てそうになる彼女。クルクマは低く唸る。この師匠設定、最初は面白かったのだが、最近は嫌になって来た。なにせ素直に名前を呼んでもらえない。

「クルクマさんこんにちはっ!」

「こんにちはっ!」

「はい、こんにちは。モモハル君とノイチゴちゃん、前より大きくなったね~」

「スズより身長伸びたよ!」

「わたしもっ!!」

「いや、たしかにモモハルには抜かれたけど、ノイチゴちゃんはまだよ!?」

「えー」

「えー、って言われても……」

 渋い顔をした後、スズランはクルクマの隣に視線を向けた。

「お久しぶりです、ロウバイさん」

「はい、お久しぶりです」

 にこりと微笑むロウバイ。そう、彼女もようやく出歩けるようになったのだ。

 すでに故郷には一度戻っている。半年も行方不明だった彼女が突然戻ったことで、当然ながら大変な騒ぎが起きた。

 実を言うと、今回の訪問にはその件も関係しているのだが……どう話を切り出そうかと悩んでいると、モモハルがきょとんとした表情でロウバイを見上げる。

「スズ、その人だれ?」

「こんにちは~」

「こんにちは。私の名前はロウバイと言います、はじめまして」

 流石に子供の扱いは慣れたもので、しゃがみこみもモモハルとノイチゴに自己紹介する彼女。穏やかな表情でさらに二言三言会話を交わす。

 たったそれだけで、あっという間に二人に気に入られてしまった。

「こっち! こっちだよ! 僕たちのひみつきち!」

「いっしょにきて!」

「ふふ、元気な子達ですね」

 はしゃぐ二人に手を引かれ、モミジの中に入って行ってしまうロウバイ。本来の目的を忘れてやしないかと、クルクマは少しばかり呆れた。

「スズちゃんは行かないの?」

「貴女と話してからにしますわ。ロウバイさんまで連れて来たということは、何か用件があるんでしょう?」

「まあね。でもあの人の場合、ここには前から来たがってたんだよ」

「そうですの?」

「うん、まあ、その話は置いとくとして」

 とん。横にこれまでの会話を一旦どける仕種をして本題に入った。

「ちょっとね、一緒にイマリまで行って欲しいんだよ」

「イマリ? それってたしか……」

「そう、ロウバイさんの故郷」

 カシマ共和国に取り込まれた自分達の故郷にも近い国だ。

「どうして私が?」

「それが、なんかスズちゃんに会わせたい人達がいるとかで」

「ふうん……まあ、構いませんけど」

「おや、意外」

 てっきり渋るものと思っていた。夏から秋にかけての修行の時、なかなか村へ戻れずに落ち込んでいたから。あんな遠い国までは行きたがらないだろうと。

「最近、ベッドを買ってもらいましたの」

「ベッド?」

「そろそろ一人で寝なさいって……親離れをして欲しいみたいですわ」

 そう言ったスズランの顔は明らかに不満そうである。

「もしかして、お母さん達とケンカでもした?」

「そんなことはしていません」

 言いつつプイッと顔を背ける彼女。これはケンカはしていなくとも、似たような状況に陥ってることは間違い無い。

 なら、ちょうど良かった。クルクマはニヒッと笑う。

「問題無いよスズちゃん。今回はご両親も一緒に来られるから」

「は? でも店と畑が……」

「モミジさーん! 前回お約束したもの、出来たので持って来ましたよ!」

 疑問に答える前に一旦モミジを呼ぶ彼女。話の邪魔をしてはいけないと今まで沈黙していた巨木は、慌ててこちらに枝を伸ばして来た。

『本当ですか?』

「本当です。あそこの箱にしまってあるので自由に使ってください。これを付けていれば思い通りに操れるはずです」

 言いながらモミジの枝に白い腕輪を嵌めてやる。

「貴女達、何を?」

「ふふ~ん、絶対驚くと思うよ」

『保証します』

 あえて答えは言わず焦らす二人。

 クルクマの脳裏には、冬のある日の記憶が蘇っていた。


『しっかし簡単に侵入されちゃったな……まあ、社長相手じゃしかたないけど。惑わしの結界があるとはいえ、ちょっと防犯意識が低すぎたかな? やっぱり番犬代わりのホムンクルスでも用意してみよう』


 アイビーが自宅へ侵入したあの日、彼女はそんなことを考えた。師の屋敷から回収した二つのホムンクルス素体。そのうち片方は何かがあった時のための予備として隠し持っていたわけだが、ロウバイの復活計画が順調に進んでいると聞き、別の用途に転用することも検討してみた。

 例えば自分の細胞を移植してみたらどうだろう? 以前からモミジの働きぶりを見て羨ましいと思っていたのだ。自分もあんな風に仕えてくれる使用人が欲しいと。元貴族令嬢としての性かもしれない。万が一にも今の自分の体が駄目になったら予備パーツとしても使える。

 しかし、すぐに思い直す。滅多に帰らない我が家にホムンクルスを置いても寂しい思いをさせてしまう。それならいっそスズラン達のためにもっと有意義な使い方をしたらどうかと。


 ──そして現在に至り、首を傾げたスズランの目の前で例の木箱の蓋が内側から激しく叩かれ始めた。

「うわっ、なに!?」

「ふふふ、なんだろうね」

 ニコニコしながら見守るクルクマ。

 ところが一向に箱は開かない。

 彼女も焦り始める。

「あ、あれ? もしかして……」

『クルクマ様、蓋が固すぎて開きません』

「ごめん!」

 釘を多く打ち過ぎたらしい。慌てて駆け寄り、魔法を使って強引に開く。すると中から飛び出して来た物体に体当たりされた。

「ぐぎゃっ!?」


『ああっ、申し訳ありません。まだ操作に慣れないもので』

「ああっ、申し訳ありません。まだ操作に慣れないもので」


 大樹のモミジが発した言葉と、同じ言葉がクルクマの頭上からも発せられる。スズランは目を丸くして双方を交互に見つめた。

 箱の中から現れたのはメイドだった。赤毛で可愛らしい顔立ちをした小柄な少女。クルクマに少し似ている。

「誰ですの!?」

「モ……モミジさんだよ……」

 よろよろ立ち上がるクルクマ。ダメージを受けた腹部を左手でさすりつつ、右手の指をパチンと鳴らす。

「どう、驚いた?」

「そりゃ驚きますわよ!? だって、それホムンクルスでしょう!?」

 スズランは魔法使いだ。だから少女とモミジの双方から放出される魔力の波も、すでに感知している。おそらくこれを使って操っているのだろう。

 そう、少女はホムンクルスだ。しかもあの腕輪の装着者が思念を遠隔で送信して動かすことのできる遠隔操縦型。師ゲッケイの技術とクルクマ独自の魔法、ついでにあの夫婦が持っていた短距離通信装置を解析して得た技術も流用させてもらい、冬の間に思考錯誤を繰り返してようやく完成した会心の一作である。

「え、ど、どうして?」

 戸惑うスズラン。どうして突然メイド姿のホムンクルスを持って来たのかと問いたいのだろう。

 答えたのはクルクマでなくモミジだった。


『前々から思っておりました』

「前々から思っておりました」


「待ってモミジ! 一旦それ外して! 声が二重になって気持ち悪いっ!!」

「慣れればどっちか片方だけで喋れるはずだけど、しかたないね、いったん外そう」

『はい』

「はい」

 素直に枝を差し出すモミジ。当然ながら、腕輪を外すとモミジさんセカンドは動かなくなってしまった。

「う、動かないと動かないで死体みたい……」

「そりゃ酷いよスズちゃん。せっかく造ったのに」

「だからどうして造りましたの?」


 彼女の質問に改めてモミジが回答する。


『以前から思っていたのです。ご主人様に村の皆様のお役に立てと命じられたのに、私はさほど皆様のお手伝いができていないと……』

「そんなことはないと思いますけど」

『いえ、私にはこの枝の届く範囲でしか仕事が出来ません。畑仕事のお手伝いも、村外れに住むウメ様の介護も不可能でした。仮に根を使って枝の届く範囲まで移動するとしても、私は移動速度が遅く、かえって皆様にご迷惑をかけてしまいかねません。そんな時、クルクマ様から“自由に動ける体”の提案を頂いたのです』

 そう、モミジがもっと自由に動けるようになれば色々な問題が解決する。少子高齢化が深刻なココノ村の人手不足も、彼女のストレスも、そして──

「スズちゃん達の行動範囲も、これで広がるでしょ?」

「あっ……」

 スズランもやっと理解した。

「モミジがお留守番してくれたら、お父様とお母様もイマリに……」

「だね」

 正にクルクマにとってはそれが主目的。村に一軒だけの雑貨屋を経営している上、茶畑の面倒も見なくてはならない。そのためスズランの両親はなかなか二人揃って村から離れられない。仕入れで出かける時には逆にスズランが村に残る。こちらは最悪の魔女の娘という素性が外部の人間にバレると不味いからだ。

 しかし、今はナスベリの作ってくれた着ぐるみがある。あれならどこへ行っても正体を隠し通せる。さらにモミジがホムンクルス体を使って店番と畑の手入れを引き受けてくれれば、三人揃っての家族旅行だって楽しめるはずだ。

「貴女……私達のために」

「へへっ」


 涙ぐむスズラン。喜んでもらえたようで何よりだ。クルクマも満足げに笑う。

 そこへ、待ちきれないとばかりにモミジが枝を伸ばしてきた。


『あの、ご主人様。もう一度動かしてみてもよろしいでしょうか? 早目に操作に慣れておきたいので』

「あっ、そ、そうですわね。今のうちに慣れてもらわないと。許可します」

「そうそう、イマリに行くならモミジさんセカンドは必須だからね」

「モミジさんセカンド?」

「この体の名前」

 そう答えた途端、スズランの眉が吊り上がる。

「待ちなさい、なんですのその変な名前!?」

「えっ!? か、かっこいいでしょ!?」

『いえ、クルクマ様。私もその名前はちょっと……」

「モミジさんまで!?」

 じゃあ、どんな名前がいいのかと訊ねると、二人は続けざまに答えた。

「コモミジ」

『メイド型モミジで』

「……」

「……」

『……』


 刹那、三者の間で火花が散る。


「絶対にモミジさんセカンドがいいって!」

「コモミジの方が可愛いですわ!」

『少なくとも、自分にさん付けはしたくないので、クルクマ様の案は無いです』

「なんだよもう! そんなこと言うなら持って帰るから!!」

「なっ、話が違いますわ! もう貰った物でしょ!?」

『困ります、返してください』

 そんな風にぎゃいぎゃい騒いでいたら、モミジ本体の窓から騒ぎに気付いた三人が顔を出した。

「あっ! また知らない人が増えてる!」

「スズねえたちもあそぼうよ!」

「はぁ……はぁ……久しぶりだと、体力が保ちません……」

 ロウバイは早くも息切れしていた。一応、肉体年齢的にはこの中で最年少なのだが。

 賑やかな雰囲気に吸い寄せられ、村の住人達も次々に集まって来る。

「なんだなんだ? 今度は何事だねスズラン君」

「あらクルクマさん、お久しぶり!」

「スズ~、父さんのメガネ知らないかな?」

「モモハルッ! 今日はカウレの作り方を教えるっつっただろうが!」

「あ、スズちゃん。よければモモと一緒にどう? 将来の為の修行だと思って」

「おお、なんじゃなんじゃ、べっぴんさん達が集まって」

 気が付けば、あっという間に笑顔に囲まれている。

 ああ、やっぱりこの村はいいな。ここに来ると楽しいな。ここで暮らせたら最高なのに。クルクマはしばし幸せに浸った。


 でも、彼女の中の彼女達が言う。

 この優しい世界に、自分達の居場所は無いと。

 知っているとも。ちゃんと我慢できる。


 自分はたまに来て、こうやってスズランと過ごせればそれでいい。汚い本性を知られてしまうくらいなら、その方がずっといい。


(でもせめて、ここにいる時だけは隣にいさせてね、あーしの神様)


 君の隣にいられる間が、一番幸せな時だから。






                            (クルクマ編・終)

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