七章・流星の傷痕(3)
「ど、どうしてそんなことを……」
「ちょっとした興味で。昔、私の友人がその屋敷にいたことがあるそうで」
「そんなまさか。だって、あの屋敷にいた人間は私以外……あっ」
ようやく、彼女も気が付いたようだ。
「あなた、まさかあの子の……?」
「こちらもまさかでしたよ。あなたが、彼女の話に出て来た『唯一泣いてくれた人』ですね? まだ名乗っていませんでしたが、私はクルクマ。彼女の友人の魔女です」
「魔女……そう、そうなの……友達ができたのね……」
それを聞いて安心したように静かに涙を流す女将。
ずっと気がかりだったんだろう。
彼女が落ち着くまで待ってから、改めて質問を投げかける。
「ちょっとした確認なんですが、その夜、屋敷で何が? 本人からあらましは聞きましたけれど、なにぶん幼かったもので曖昧な部分も多く」
「あなたは、それを調べて何を……?」
「別に告発するつもりはありません。さっきも申し上げた通り、私が知りたいのは青い光の柱についてです」
もちろんヒメツルの過去にも興味はある。ただ、こう言った方が彼女は安心して話せるだろう。今も罪の意識は残っているようだから。
「そう……まあ、私のことを知っていたということは、あの子の友人だというのは間違いないでしょうし、話しても構いません。でも、先に一つだけ聞かせて」
彼女は立ち上がり、店の出入口にかかっているプレートを“開店中”から“準備中”に変えた。
「なんでしょう?」
クルクマが問いかけると、振り返って懇願するように問いかけて来る。
「あの子は今どこに? 幸せに暮らしてるの?」
「ええ」
確信に満ちた表情で頷き返す。
「どこにいるのかは事情があって話せません。けれど幸せなのは間違いないですよ。良い出会いがありましてね、平和な土地で普通の女の子のように暮らしています」
「そう……そうなの、良かった……」
またしばらくの間、その場に立ち尽くして泣いてから、やがて涙を拭い、椅子に腰かけ直した。
「お待たせしてすいません。歳を取ると涙脆くなって」
「わかります」
「そういえば、あなた魔女でしたね……ひょっとして私より年上かしら?」
「多分、ちょっと下かと」
「そう、なら敬語じゃなくてもいいかしらね」
「お好きなように」
「そうするわ。それで、あの屋敷のことをどのくらい詳しく聞きたいの?」
「できる限り」
「そう……」
心苦しそうに目を伏せた彼女を見て、補足する。
「辛いようでしたら、無理せずとも構いませんよ」
「いえ、話すわ。あれ以来ずっと秘密にして来たけれど、そろそろ誰かに話して楽になりたかった」
「そういうことなら遠慮無く」
こちらも後ろ暗さは負けてない。じゃんじゃん秘密をぶち撒けてくれと微笑む。
「それじゃあ……まず、あの屋敷の主人はね、当時でも裕福な暮らしをしてた。宗主国に強いコネがあったらしくて、食料や物資を融通してもらえたのよ。それを軍に渡すことで革命後も地位を維持できていたし、あることにお目こぼしをしてもらってもいた」
「子供を買うこと、ですか?」
「それに、売ることもね」
口にもするのも汚らわしいといった顔で吐き捨てる彼女。けれど、すぐに罪悪感でその表情は曇る。
「でも、私もあのクズを責められない……だって、あの頃マトモな食事にありつける場所なんて他に無かった。運良くあの家の使用人になれて喜んでたくらいよ。すぐにあそこで何が行われているかを知って後悔したけれど、それでも解雇はされたくなかった。屋敷を放り出されて外の浮浪者達の仲間入りをしたくなかった。そこへ、あの子が来た。
可哀想なくらい痩せ細ってはいたけど、それでもヒメツルは美しかった。だから余計に悲しくなった。この子は絶対あの男に殺されると思ったから」
屋敷の主人は買い取った少女が美しければ美しいほど、よりいっそう嗜虐的になる性格だったそうだ。
「何度もそのせいで殺される子を見て来た……そのくせ死ぬともう見向きもしなくなるの。死体を捨ててこいと言われたのも一度や二度じゃない。運良く殺されずに済んでも、次は宗主国への献上品として引き渡されるだけ。あの屋敷に来た時点で絶対にあの子が幸せになる可能性は無いんだと知っていた」
だからとうとう良心の呵責に耐えかねて、泣きながら謝罪したのだと言う。それまでに助けられなかった少女達への分も含めて。
「その日のうちに解雇になって、すぐに屋敷から放り出された。でも、むしろ幸運だったのよね。あの夜、私は一度屋敷に戻ろうとしたの」
兵士達に屋敷で行われていることを話し、告発したが、相手にされなかった。軍が全て承知の上で放置していることを知り、彼女は自分の手でヒメツルを助けようと拾った棒を握り締めて屋敷に向かった。半ばヤケクソな気持ちだったという。
ところが、その道中で見た。天を貫く青い光の柱を。
「ただ、私が見たのはそれだけよ? たしかに直接あの光を見たけれど、街で聞ける噂と同じ程度のことしか知らないわ」
「その日の日付は覚えていますか? この日じゃないかと思うんですけど……」
クルクマが見せたのは、ガーベイラの資料からメモに書き写して来た最初の発光現象の日時。それを見た女将はしばし考え込んでいたが、やがて「そうよ!」と手を打った。
「そう、この日だわ。だって、あの子が城を吹っ飛ばした“最高の日”の十日前だもの」
「最高の日?」
「あの子のために作った記念日よ。世間であの子が“最悪の魔女”なんて呼ばれ始めた頃、腹を立てた皆で役所にかけ合って決めたの。実質の終戦記念日みたいなものだしね」
「なるほど」
城ごと幹部達が吹き飛ばされたことにより、継戦の意志を無くした兵士達は降伏勧告を受け入れ、それでようやく国境の封鎖が解除となり、戦いも終わったのだそうだ。
(本人が“最悪の魔女”って呼び名を気に入ってることは黙っておこう)
そしたら記念日の名前が“最悪の日”になってしまいそうだ。それじゃあ良い日なのか悪い日なのかわからない。
「このくらいしかお話できることはないけど、良かったかしら?」
「ええ、元々この日時の確認がしたかっただけなので」
これで発光現象が全てヒメツル、そして今のスズランがウィンゲイトの力を使った日時に起きたものだという事実は確認が取れた。あとは何故それが起こるかの原因を探るだけ。
(社長には時を待てと言われたけど、どうしようかな……)
大人しく従うべきか、それとも調査を継続すべきか。
迷っていると、女将がハッと顔を上げる。
「待って、そういえば忘れてたわ」
「はい?」
「あの時、私もう一つ不思議な物を見たの」
「えっ」
「虹よ。夜なのに、あの光の柱の周りに丸い虹が現れていたの」
「虹……?」
クルクマはこれまで三度ウィンゲイトの力の発動を見ている。しかし三回とも光の中に飲み込まれていたので、たしかに、よく考えれば外から観察したことはない。
「でも不思議なの。同じように光の柱を見た人達にも後でその話をしたんだけど、誰一人あの虹は見ていないって言うのよ。だからあたしも、そのうち気のせいだったのかもって思って忘れてたんだけど……やっぱり見たわ。あれは間違いなく虹だった」
「そう、ですか」
いったいどういうことなのかはわからない。ただ、虹という言葉でスズランの髪を連想した。
ヒメツルだった当時と今の彼女の容姿とで唯一異なっている部分。薄い桃色から白色に変化した髪。そしてその髪に光が当たった時に拡散して生み出される虹色の輝き。まさか、あれも何かを示す予兆だとでも?
(これ以上は、一人で考えてもわかりそうにないな)
とりあえず、そろそろ帰ろう。様々な謎についてはガーベイラや本人を交えて考察するなり検証するなりしてみればいい。そう思ったクルクマは椅子から立ち上がる。
その途端、またしても腹の虫が鳴ってしまった。
「そういえば、お昼買いに来たんでした」
「もうそろそろ晩御飯って時間だけど。いいわ、タダでいいからいくらでも持って行って。今日はあたしにとって第二の“最高の日”だもの」