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四章・大人の罪科(2)

「リンドウはね……ただの純粋な子だったんだよ」

 村の最長老ウメは唯一リンドウと交流を持っていた人物だ。産婆だった彼女はナスベリの出産にも立ち会い、この手で取り上げている。

 どんな道を歩んで来たのか語ろうとしなかったため、リンドウの素性については彼女にだってわからない。けれど、ひどく浮世離れした世間知らずだったことはたしかだ。

 クロマツの妻のため調合した薬のように、普通の人間が知らない知識をたくさん持っているくせに、普通の人が当たり前だと思っていることをロクに知らなかった。

 彼女はトリトマが自分を選んだ結果、村の人々が怒ってしまったこと自体、理解出来ていなかった。結婚についてもよくわからなかったようで、本来婚約者だった娘が何故トリトマや自分と一緒に暮らす選択をしなかったのか不思議がっていた。


 好きなら、一緒にいればいいのにと。


 ウメは村の者達を何度も説得した。リンドウは少しものを知らないだけだ。自分達とは違う価値観の中で生きてきたのだ。だから、いいかげん許してやれと。

 けれど皆は頑なだった。どうしても異質な存在を受け入れられなかった。その頑迷さがどんな悲劇を生むのかも知らずにいた。


「トリトマが、あんなことさえしなきゃ……」

 大工のムクゲが頭を抱える。

 彼の従妹カンナが横で首を横に振った。

「およし、あの子のせいだけじゃないよ。たしかに、ありゃ無責任だったけどね」

 リンドウは純粋な娘だ。ただ好きになった相手へ素直に自分の好意を伝えただけだった。それだけのことで婚約者を裏切り、不貞を働いたのはトリトマである。彼は結婚の約束をしていた幼馴染より、ふらりと現れた美女を選んだ。

 とはいえ責任を取るつもりはあったらしい。すぐに相手方の両親に頭を下げて謝罪していたし、自分の親にも、どうしてもリンドウがいい、絶対にこの人を幸せにしたいんだと熱心に語り許しを請うた。

 結局許されることは無かったけれど、それでもやはり、結婚してからしばらくは二人で真面目に働いていた。親の畑の一角を借り、許してもらえるまではと家にも戻らず、物置小屋を改築してそこに住み込んだ。リンドウも魔女でありながら文句も言わずに農作業を手伝い、困っている者をみかけたら自分から積極的に声をかけ、助けようとしていた。

 なのに、いつの頃からかトリトマの姿は畑以外の場所で見かけることの方が多くなっていった。しかも大抵酒に酔っていて、誰かが声をかけると顔を逸らして舌打ちするようになった。

 いつまでも、どれだけ頑張っても認めてもらえない日々が続いて、次第に腐っていったらしい。

 しばらくすると東の森の中に大きな屋敷が現れた。どうやったのか、リンドウが一人で造り上げてしまったそうだ。

 それからはもう、二人は、ほとんど顔を見せなくなった。大半の時間を屋敷の中だけで過ごし、リンドウだけがたまにウメの腰痛を治療しようと訪れる。どうやって日々の糧を稼いでいるのか、屋敷の中がどうなっているのか全て謎で、余計に気味悪がられるようになってしまった。


 そして二人の娘ナスベリが三歳になった時、トリトマは完全に姿を消した。村から出て行ってしまったのだ。


 幸いと言うべきか、リンドウが疑われることは無かった。失踪の直前、村を出て行く彼の姿が目撃されていたから。

 ウメがリンドウから聞いた話によると、屋敷の中に書き置きが一枚残されていたらしい。耐えられないから出て行く、探さないでくれと書いてあったそうだ。


 それからすぐ、リンドウもおかしくなった。

 村人達に対し、魔法を使って悪戯を仕掛けてくるようになったのだ。家畜が一瞬で全部消えてしまったり、まだ暗いから夜だと思っていたら、本当はすでに昼だったなんてことが頻繁に起きた。

 もっとも、実害は無かった。家畜は一時的に隠されただけですぐ返されたし、驚かせたお詫びとばかりに、悪戯の後には必ずささやかな贈り物があった。子供達の間には菓子や果物が貰えるからと多少の悪戯なら許容する風潮が生まれたくらいだ。大人はどうしても不安が拭い切れず、そんな彼等にリンドウのことを出来るだけ悪し様に語っていたが。


「旦那がいなくなって、寂しくて、構って欲しかったんだろうねえ、あの子は……」

 ウメはそう思ったが、彼女以外は異なる解釈をした。あれはきっとトリトマが村を出た責任を自分達に押し付け、嫌がらせをしているんだ。そう言って、ますますリンドウへの風当たりを強くした。

 娘のナスベリも大きくなるに従い他の子供達と遊ぶようになっていったが、大人は良い顔をしなかった。わざとらしく本人の前で「あの子とは遊ぶな」と言った親もいる。その当人は、今やクロマツと同じように悔恨に苛まれながら床に座っていた。

「ナスベリは復讐に来たの……?」

 カタバミが問いかけると、カズラはそれを否定した。

「違うと思う。昼間の言動からみて、どうも彼女は僕達やこの村のことを忘れているようなんだ。何かが起きて記憶喪失に陥ったのかもしれない。

 それに知ってるだろうカタバミ。たとえ記憶があったって、ナスベリはそういうことを考える人間じゃないよ」

「……そうかしら」

「そうよ。まったく、あなたはいつまで経っても意地っ張りなんだから」

 少し年上の親友レンゲが、妹をあやす姉のようにカタバミの頭を撫でた。彼女の夫サザンカも苦笑する。

「思い出すよなあ、オメエらの決闘。ガキの頃は、アレが一番の楽しみだった」

「悪趣味ね」

 今度は夫の頭をぽかりと叩くレンゲ。ほんの少しだけ、場の空気が和む。

 そんな中、村長のジンチョウゲが急に意を決した顔で立ち上がり、カタバミとカズラに向かって頭を下げる。

「カズラ、カタバミ、お主らにも悪いことをした。許してくれ」

「いや、僕らは」

「あれは自業自得よ、気にしないで」

 なんのことかはすぐにわかった。二人は謝罪の必要性を認めない。

 けれど、ジンチョウゲは他の村民達に聞かせるように続けた。

「そう言われても謝りたい。ワシらは結局リンドウの時と同じことを繰り返しておったんだから、反省しなければならんよ」


 カズラとカタバミは共に十八で村を出て行った。

 虚弱なカズラは畑仕事には向かない。それに彼は次男坊だった。だから学問の方に己の道を見出し、必死に学んで遠くミヤギの大学に合格した。学費は自分で働いて払うと言うし、すでにそのための職も見つけている。誰も文句は言わなかった。

 一方、カタバミは親の反対を振り切ってカズラについていった。彼女は親同士の約束で隣の村の若者に嫁ぐことになっていたのだが、それが嫌だった。相手のことが嫌いだったわけではないが、同時に好いてもいない。昔からの因習なんてどうでもいい。自分は本当に好きな人と結ばれたい。だからカズラの後を追いかけた。彼さえ傍にいれば場所はどこだっていい。


 まあ、都会への憧れが無かったと言えば嘘になるのだけれど。


 でも、二人はカズラの大学卒業を待たず村へ戻ってきた。手紙が届いたからだ。それはタキアで大きな地震が発生し、村も大きな被害を受けたという報告。そして二人の生家が両方とも土砂崩れに巻き込まれ、家族が皆死んだとも書かれていた。

「手紙が届くまで一週間。帰って来るまで五日……その半月の間に皆は必死にあたし達の家族を掘り出して葬儀までやってくれたんだもの、恨んでなんかいないよ」


 帰って来て、そして家族の弔いのため村に残ると決意した二人を老人達は冷ややかな目で見た。

 その頃にはもう、村の若者達は大半がいなくなってしまっていて、残ってるのは宿屋の経営を引き継いだサザンカとレンゲだけだったのだ。都会の便利な生活に馴染んだ二人は、どうせまた村から出て行ってしまうんだろうと、そう思われていた。


「だが、お前さんらは今もこの村におる……それどころか茶葉の栽培で一躍ワシらの生活を豊かにしてくれた。村の中に店ができたおかげで好きな時に買い物もできる。あの子を、スズちゃんを引き取って育ててくれたからこそ、みんな笑顔でいることが増えた。本当にすまなかったと思っとるし、感謝もしとる」

 ジンチョウゲのその言葉は他の全員の気持ちの代弁でもあった。今やカタバミ達はこの村に欠かせない存在だと誰もが思っている。

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