01.50年後
「おはようございます、セレディア」
憑竜機リューディガー。
白く、獅子を模した頭部を持つ機体から、男性にしてはやや高い凛とした声がした。
「ところで、これが刺さったらただでは済まないことは理解しています?」
憑竜機の喉元に突きつけられたこれを器用に指先で掴みながら、リューディガーの搭乗者であるカイ・フォーゲルは密かにため息をついた。
「おはようございます、カイ様」
かつてともに戦ったルーグよりも、やや薄い青。サックスブルーの憑竜機ルーパスが、狼のように俊敏にリューディガーから距離を取った。
カイはショートソードを投げ返し、ルーパスの搭乗者であり彼専属の侍女でもあるセレディアは危なげなく受け取った。
「良くお眠りになっていたようで、嬉しく思います」
「……そう思うのであれば、この起こし方はやめにしませんか?」
「わたくしめ以外の誰に、カイ様の起床を促せると?」
「その自信はどこから来るんでしょう……」
寝ているときでも対処できるよう、殺気混じりの起床訓練。
常在戦場にしても、気付かなければそのまま本気で喉を貫こうとしていたのは明らかにおかしい。
「そもそも、憑竜機――人型兵器と一体化したまま寝るというのが常軌を逸しているはずなんですけどね……」
憑竜機に乗るというのは、ただ搭乗しているという意味ではない。人機一体。憑依するように一体化するのが機体と搭乗者の関係。
搭乗状態を維持するだけで神経や魔力を使うのだから、常人にこなせるものではない。玉乗りしながら熟睡するほうが、まだ容易い。
しかし、これが辺境のスタンダード。
甲斐智也が生まれ変わったカイ・フォーゲルの出身地、辺境王国においてモンスターと戦う戦士階級の標準だ。
しかも、彼はそこの第三王子。むしろ、蛮族の親玉。
生前とは異なる丁寧な口調の原因も、それだ。暴力的な周囲に飲み込まれず、自分だけでも理性を保とうという決意の表れだった。
「自信は関係ないかと。ただでは済まないといっても、朝食が喉を通らない程度では?」
「ははははは。潰されたら、物理的に通りませんからね」
グレーかブラックかで言えば明らかにブラックな会話。
転生から十数年。もう、とっくに慣れてしまった。
「納得されたところで、朝食にいたします」
「分かりました。今、下りますよ」
白い機体――リューディガーの胸部から、髪の長い美少年がせり出してきた。
その金糸のように艶のある髪を一振りすると、リューディガーから飛び下りる。決して背が高いとは言えないが、その動きには優雅ささえ感じられた。
カイが、下生えの茂る地面に着地する。その背後で憑竜機が光の粒子に変わった。その光は、長い金髪を鬱陶しそうにかき上げていたカイが握るメダルへと吸い込まれた。
憑竜機のコアメダル。大陸から邪神を駆逐した憑竜機そのものとも言えるアイテムだ。
「わたくしめは、水を汲んで参ります」
「では、火はこっちで熾しておきますよ」
侍女のセレディアが頭を下げると、前下がりボブの黒髪がさわさわと揺れた。
野を馳せる者のように獣相を持つのではなく、獣そのものあるいは半人半獣の形態を取ることができる獣憑きの少女。
ゆえに、その特徴が外見に現れることはない。しかし、ただ水を汲みにいくだけだというのに、動きは鋭かった。憑竜機ルーパスに搭乗していたときと同じく、まるで狼のよう。
王子と侍女とはいえ、モンスター狩りの遠征で二人とも野営は慣れたもの。
それほど苦労することなく、朝食の準備は整った。
「辺境と違ってパンが美味しいのが、中央領域のいいところですね」
「辺境ではありません。最前線です」
「それを辺境というんですよ」
邪神戦役後、大陸中央の諸国はリュート連邦という枠組みを作って表面上は平和を維持していた。
カイが死んだあと。そして産まれる前のため詳しくは知らないが、英魂教という教団が大きな役割を果たしたらしい。
前提として、中央領域から辺境へ追いやられた大型モンスターを狩る辺境諸国あってこそなのだが。
その辺境王国のひとつから、カイは留学のため旅をしていた。
「アストロノミア学院ですか……なかなか遠かったですね」
「今さら、カイ様が学ぶことなどあるとは思えませんが」
「まあ、これも外交の一環ですから」
ザッハーク。
邪神戦役の後、行方不明になっていたかつての愛機が眠る土地。
憑竜機の搭乗者を養成する、アストロノミア学院まであと一日に迫っていた。
書き溜めに入りますので、連載再開までしばしお待ちください。