そこにいないけど、そこにいる、ともだち。
これは、幼稚園児の息子がいる、ある若い母親の話。
「それでは、今夜一泊、お世話になります。」
「お家の人の言うことをよく聞いて、いい子にしてるんだぞ。」
「はーい。」
その若い母親の家に、幼稚園の小さな子供たち4人が、
親に連れられてやってきた。
今夜、その若い母親の夫が出張で不在なのを利用して、
幼稚園に通っている息子とその友達たちの、
お泊り会が催されることになっていた。
その若い母親は、親たちが引き上げていくのを見送ると、
玄関に立っている子供たちに笑顔を向ける。
「みんな、いらっしゃい。
いつもうちの子と仲良くしてくれて、ありがとうね。」
腰をかがめて、子供たちの顔を見渡す。
その若い母親の顔を見上げているのは、合計5人の子供たち。
子供たちの人数を確認する。
「泊まりに来てくれた子供たちが4人。
それと、うちの子が1人で、合計5人ね。」
すると、エプロンの裾を引っ張られた。
その若い母親の息子が、エプロンの裾を引っ張っている。
「ママ、全部で6人だよ。」
その若い母親は、笑顔のままで返事をする。
「お友達が4人だから、全部で5人でしょう?」
「ううん、おともだちは5人だよ。」
「5人?まだ来てないお友達がいるの?」
「ううん、ここにいるのが全部だよ。」
「あら、じゃあやっぱり合計5人・・・よね?」
その若い母親の問いかけに、息子だけでなく、子供たちが首を横に振って応えた。
「全部で6人だよ。」
話が噛み合わず、その若い母親は困惑して言う。
「でも、ここにお友達は4人しかいないでしょう?
親御さんの連絡でも、今日泊まりに来るお友達は4人って聞いてるのよ。」
子供たちが、顔を見合わせてから応える。
「あのね、途中でもう1人増えたの。」
「増えた?お友達が?」
意外な応えに、その若い母親はますます困惑してしまった。
子供たちが説明を続ける。
「うん。向こうのお地蔵さんのところで、新しくおともだちになったの。」
「今日、お友達になったの?」
「うん。ここに来る途中で、新しいおともだちができたの。
その新しいおともだちが、一緒にお泊りしたいって。だから、一緒に来たの。」
その若い母親は、首を傾げた。
予定では、泊まりに来る子供は4人で間違いないはずだ。
目の前にいるのは、子供4人と自分の息子と、合計5人だ。
子供はすぐ友達を作るものだが、今日急に連絡をしてきた親はいなかった。
どうも、子供と話が噛み合わない。
とにかく、子供たちを家に上げて、それから夕飯の支度をしなければならない。
きっと、子供たちが空想で作り上げた、架空の友達の話をしているのだろう。
その若い母親は、子供たちに話を合わせる。
「そうだったのね。新しいお友達が出来て、よかったわね。
それじゃあ今日は、お友達5人とうちの子を合わせて6人。よろしくね。
さあ、お家に上がって頂戴。」
「はーい。おせわになりまーす。」
子供たちは元気よく返事をした。
そして、靴を脱いで家に上がっていった。
その若い母親は、子供たちが家に上がっていくのを見送って、
子供たちが脱いだ靴を揃えていった。
「・・・あら?」
玄関には、友達4人分の靴、その若い母親の息子の靴、合わせて5人分の靴。
それで全部のはずだった。
しかしそこには、合計6人分の子供靴が置かれていた。
その内の1つは、古めかしくてボロボロになった子供靴だった。
子供たちが家の中で楽しそうに遊んでいる。
その若い母親は、その面倒を見ながら、夕食の準備をしていた。
「子供たち5人の世話をしながら夕飯を作るなんて、やっぱり大変ね。」
そこで料理の手を止めて、子供たちを見る。
1、2、3、4、・・・5人。
家の中にいる子供は、自分の息子を入れて5人だった。
「やっぱりそうよね。
靴は6足あったけど、きっと誰かの忘れ物ね。
それか、どこかに入れてあった古い靴を、誰かが間違えて出したんだわ。」
「ママー!今日のお夕飯は何?」
子供に呼びかけられて、その若い母親は思考を中断して応える。
「今日はね、シーフードカレーよ。」
「カレー?やったー!」
子供たちが、夕飯の献立を聞いて大喜びしている。
その様子をもう一度確認する。
子供たちの人数は、確かに5人のはずだった。
外が暗くなってきて、もうすぐ夕飯という時間。
その若い母親は、食卓で夕飯の用意をしていた。
子供たちも何か手伝いたいというので、
テーブルを拭いたり、飾り付けをしたり、簡単な作業を頼んでおいた。
そうして準備をしていると、子供が近寄ってきて言った。
「あのね、スプーンが足りないの。」
その若い母親は、テーブルの上を見て応える。
「あら、人数分ちゃんとあるわよね?
お友達4人と、うちの子と私。合計6人分。
ちゃんと用意出来てるわよ。」
その子供は、首を横に振る。
「ううん。おともだち、もうひとりいるよ。」
また話が噛み合わない。
今日泊まりに来た子供は5人だという。
その若い母親は、やさしく言い聞かせる。
「でも、ここにいる子供は、うちの子を入れて5人でしょう?
ちゃんと揃ってるわよ。」
その言葉に、他の子供たちも集まってきて応える。
「ちがうよ。ぼくたち6人だよ。」
「お地蔵さんのところで出来た、新しいおともだちがいるんだよ。」
子供たちが騒ぎ出して、収集がつかなくなる。
仕方がなく、その若い母親は子供たちに話を合わせた。
「わかったわ、お友達は全部で5人ね。
それに、うちの子と私の分を入れて、合計7人分。
もうひとつスプーンを渡すから、並べておいてね。」
「うん!」
「みんなの分がそろってよかったね。」
子供たちは嬉しそうに話をしている。
そんなこんながあって、夕飯が始まった。
「いただきます!」
「いただきま~す。」
行儀よく夕飯の挨拶をしてから、子供たちは無邪気にカレーを頬張っている。
その横でその若い母親は、忙しく動き回っていた。
子供たちが、スプーンだけではなくカレーも6人分用意するよう言うので、
仕方がなく、誰もいない席にもカレーを用意することにしたのだ。
「人数の調整がしやすい献立にしておいてよかったわ。」
それからやっと、その若い母親も食卓の席につく。
しかし、子供たちの食欲は旺盛で、あっという間に夕飯を平らげてしまっていた。
「ごちそうさま!」
子供たちは行儀よく挨拶をしている。
その若い母親は、自分の食事もそこそこに、
今度は子供たちのデザートを準備しなければならなかった。
そうして今。
子供たちは、食後のデザートを美味しそうに食べている。
やはり子供たちは、デザートも6人分用意しろと言って聞かないので、
その若い母親は、誰もいない席にデザートを用意しようとした。
誰もいない席。
ところが、
そこに置かれていたカレーは、いつの間にかきれいに平らげられていた。
夕飯を終えて、子供たちを風呂に入れて、就寝の準備をする。
やはり布団も6人分用意させられた。
そうして、子供たちが寝静まって、その若い母親はやっと一息つくことができた。
「ふぅ。小さな子供が5人もいると、やっぱり大変ね。」
しかし、休んでばかりもいられない。
次に、ベランダに出て、子供たちが今日着ていた服を洗濯して干していく。
夜の内に洗濯物を干しておけば、明日子供たちが帰る時に着ていける。
洗濯物を干しながら、ふと、その若い母親は洗濯物をじっと見つめた。
「5人・・・よね。」
洗い終えた洗濯物を入れた籠。
そこには、5人分の子供服。
それと、古めかしくてボロボロの子供服。
合計6人分の子供服があった。
子供たちが寝静まり、その若い母親も寝床についた深夜。
その若い母親は、居間で子供たち5人と一緒に眠っていた。
しかし、人の気配を感じて目を覚ました。
「・・・?
誰か、起きてるの?トイレに行きたいの?」
暗闇の中、人の気配に向かって、小声で話しかける。
しかし返事はない。
寝ぼけ眼で起き上がり、周囲で眠っている子供たちを見渡す。
周囲では、5人の子供たちが眠っていて、空の布団が1つある。
空の布団は、子供たちに言われて用意したものだ。
その誰も使っていないはずの布団が、わずかに乱れている。
誰かが間違って使ったのだろうか。
それはともかく、人の気配がする方へ向かう。
人の気配は、居間ではなく、隣の部屋の方から感じられる。
隣の部屋は夫婦の寝室で、今夜は誰もいないはずだ。
その若い母親は、ドアをそっと開けると、夫婦の寝室を覗く。
ベッドは空のままで、使われた形跡はない。
しかし、何か気配がする。
夫婦の寝室には、ベランダに面した窓がある。
その窓から、月明かりが射し込んでいる。
そして、その月明かりに、人影の様なものが映っていた。
人影は小さく、子供くらいの大きさ。
子供の人影のようなものが複数、月明かりと一緒に射し込んでいる。
その若い母親は、息を殺して、その人影を観察した。
どうやら、何人かの子供たちが、ベランダで遊んでいるようだ。
声は聞こえないが、人影の動きから、楽しそうにしている様子が分かる。
その若い母親は驚いて、居間で寝ている子供たちを確認した。
居間では、子供たち5人が確かに眠っている。
子供たちは全員、夢でも見ているのか、
楽しそうな表情を浮かべて、何やら寝言を言っている。
ベランダに他の子供でもいるのか?
その若い母親は、窓の方に近寄ると、
カーテンの隙間からそっとベランダを覗いた。
ベランダの様子が細く見える。
カーテンの隙間の先、深夜のベランダ。
そこでは、誰にも着られていない子供服6人分が、
月明かりに照らされて、キャッキャと楽しそうに遊び回っていた。
翌朝、早朝。
子供たちは昨夜、余程楽しい夢を見たらしく、
一斉に起き出して、みんなで楽しそうに夢の話をしている。
一方、その若い母親は、昨夜のベランダでの出来事を目撃してから、
逃げるように布団の中に戻ったが、あまり良く眠ることが出来なかった。
子供たちの笑い声で目を覚ましても、しばらくぼーっとしていた。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
ベランダの様子も気になるし、
子供たちに顔洗わせて着替えさせなければいけない。
その若い母親は、布団から起き上がると、
洗濯物を取り込むためにベランダに向かった。
昨夜の出来事を思い出して、手が止まる。
それから、恐る恐るカーテンを開ける。
外はすっかり明るくなっていた。
ベランダには誰もおらず、干した洗濯物にも異常は無かった。
「・・・昨夜のあれは、見間違いだったのかしら。」
その若い母親は、明るくなったベランダに出て、洗濯物を取り込んだ。
干してあった子供服は、洗濯した直後よりも少し汚れてしまっているようだった。
子供たちに顔を洗わせて、着替えさせる。
子供用の朝食を、今度は子供に注意される前に6人分用意する。
そうしている間に、子供たちの親が迎えにくる時間になった。
子供たちは玄関に行って、迎えに来た親を出迎えた。
狭い玄関が、子供たちとその親たちとでいっぱいになる。
子供を迎えに来た親が、その若い母親の顔を見て、驚いて言った。
「まあ!お疲れのようで・・・。大変お世話になりました。」
「うちの子供が、何かご迷惑をおかけしましたか?」
その若い母親の疲れた顔を見て、子供たちの親たちが恐縮している。
それに対して、その若い母親は慌てて手を横に振る。
「い、いえいえ。子供たちはいい子たちでしたよ。
ただ夜にちょっと、眠れなくなるようなものを見てしまって。」
そう言われた親たちは、不思議そうな顔をしている。
そんなこんなで、その若い母親に向かって、子供たちと親たちが頭を下げた。
「おせわになりました!」
玄関に並んだ子供たちが、笑顔いっぱいでそう挨拶した。
その声にかき消されるようにして、
「・・・ありがとう。」
子供たち5人の声に、もう1人の子供の声が聞こえたような、そんな気がした。
そうして帰ろうとしていた子供たちが、思い出したように立ち止まる。
子供たちは、お互いに笑顔で顔を見合わせると、
玄関にしゃがみ込んで、何やらゴソゴソし始めた。
その様子を、その若い母親と親たちが不思議そうに見ている。
「どうしたの、忘れ物?」
その若い母親が、子供たちに話しかける。
話しかけられた子供たちは、黙って立ち上がった。
その手には、何かを持っている。
子供たちが手に持っていたもの、それは、
古めかしくてボロボロになった子供靴だった。
昨日、その若い母親が見つけて、揃えて置いておいたものだ。
子供たちは、その子供靴をその若い母親に手渡す。
「これ、もうひとりのおともだちから。すごく楽しかったって。」
その若い母親が、その子供靴を受け取った。
「・・・わぁ!」
中を見て、思わず歓声が漏れる。
ずしりと重いその子供靴の中には、
古くなったコインやビー玉やきれいな石など、
子供の宝物が、ぎっしりと詰め込まれていたのだった。
終わり。
大きな道路にあるお地蔵さんは、
かつて事故が起きた場所に設置されてたりもします。
被害者への慰霊だったり、車が入ってこないためのものだったり。
でも、いつまでも同じ場所に捕らわれているのも気の毒なので、
お地蔵さんの元になったものが、しあわせになる話を作りました。
お読み頂きありがとうございました。