幸せの景色
最後に羽柴結衣と会話らしい会話をしたのはいつだったろうか?
故意に遠ざけていたつもりはない。
それでも思春期に入り周りから囃し立てられることを経験し、それを恐ろしく感じるようになるとそれ以前とは同じように接っすることができなくなっていった気がする。
それは今も続いている。
そうして気がつけば話す機会は殆どなくなってしまっていた。
お互いに相応しい話し相手を見つけ、それに慣れてしまったということだろう。
結衣に抱く印象が小学生の頃で止まっていることから、衛にはそのあたりを境に自分と彼女の時間はストップしているように感じらる。
随分内向的になったとは以前から思っていたが、話してみるとやはり昔の快活なイメージとの間にギャップを感じる。
ただそれはむこうも自分に感じていることかもしれない。
お互い異性として意識することで多少なりとも違和感を感じるのは当たり前だ。
それでも会話の随所に自分の知っている彼女が垣間見えることで、衛は次第に安心することができた。
話の流れでスマートフォンの連絡先を交換することになった。
そして2人だけの時は昔のようにお互いに名前で呼び合うことに決めた。
流石にいきなり学校でまで呼び方を変えるのは、周囲の注目を集める可能性があったので止めることした。
交友関係の狭い自分よりも結に迷惑がかかると思ってのことだ。
連絡先の交換を切り出したのも名前で呼び合うことを提案したのも衛の方からだった。
ふと思い付いたような感じで切り出したものの、断られたらどうしようという不安で一杯だった。
幼馴染なのだから当たり前のようにも感じる一方でナンパまがいなことをしているような後ろめたい気持ちにもなり、衛の頭はその狭間で葛藤することとなった。
心の奥の奥、けれども無意識とは違う意識下で、結衣に対して自分が下心を持っていることにも気付いていた。
――今日みたいな日々を送り結を独り占めしたい
それも混乱の原因だった。
仲の良かった幼馴染でただの友人だった頃の結衣の印象と、その後疎遠になり美しく成長した今の結衣に対して抱く想いの違いに、衛の頭はなかなか整理がつかない。
それでも衛の要求に対し結衣が快く応えてくれたことが、せめてもの救いとなった。
せめて彼女の小ぶりな笑みが遠慮や哀れみからくるものではないことを、衛は強く願った。
先にも触れた通り石田衛は一人で通学することが大半であった。
それは四季の変化を誰にも邪魔されずに肌で感じたいのが理由にあった。
そこには幼い頃父が気まぐれで散歩に連れて行ってくれたことが、起因しているのかもしれない。
決して口数の多い父ではないがまるで靴の裏で大地を味わうかのようゆっくりと歩き、訥々(とつとつ)としゃべる父の姿が衛の脳裏にいつまでも残っていた。
そして当時は大きく感じた父の手の温もりも。
そんな経験からか衛は肌を通り過ぎる風・空の色・生い茂る草花・そしていつもの町並みが、その日の体調や気分によって違うことに楽しみを抱くようになっていた。
その微細な変化を味わいたい・楽しみたいと思うが故に1人で歩くのが好きだった。
――今衛の隣には羽柴結衣がいる。
彼女を目の端に捉えつつ見る景色は一人で見る時以上に綺麗に映った。
葉の一枚一枚が青々と輝き、空はまるで自分たちを包み込むように高く感じ、正面から撫でる風を優しく感じる。
ふと両手を合わせて祈りたい気持ちになった。
そんな幸福感が衛の心一杯に膨らんだ。
願わくば結衣もそんな気持ちであってくれたらいいなと思った。
2019/8/27 一部加筆・修正を行いました。