溶け込む努力
どこかぞんざいな仕草で鏡と向かい合う。
朝の静謐で冷ややかとした脱衣所の洗面台に両手をついた状態で前かがみで。
寝間着姿の石田衛は自分の顔を覗き込む。
そこにあるのは見慣れたいつもの顔だ。
取り立てて目を引く要素のないその容姿はいたって”平均的”といえる。
少なくとも衛は自分のことをそう評価している。
どこにでもいる一般家庭の子供でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
おそらく何か事件を起こしたとしても同じようなことを報じられることだろう。
特徴のない二重瞼。
特徴のない鼻。
特徴のない薄い唇。
主張のない丸みのある顎のライン。
耳と眉に少しかかる長さの自然な髪型。
旋毛は一つ。
顔の作りの全ては”普通”だ。
取り立てて目立つ要素はない。
だからこそ石田衛という人間は世間一般に照らし合わせるとしたら”端正な”顔立ちと言える。
おたふく顔を美人と認識していた昔と違い、現代の美的感覚で言えば人々は平均的な容姿を好む傾向にある。
衛が自分の顔を平凡と考えていようが、友人や他人は彼をそうは評しない。
自身では”どこにでもいる顔”と思って生活していても周りはそうは思わない。
生まれてからの17年間、衛を除く多くの人の反応がそうであった以上、衛自身を認めざる終えない。
――俺は顔立ちが整っているのだろうと。
実際冷静にこれまでを振り返ってみた時、外見というフィルターを通じて円満な対人関係を築けてきたと思っている。
”助けられてきた”と言ってしまってもいい。
”そうでない人”と比べると圧倒的に優遇してもらえていると思う。
それに学校生活で苦手なことがあっても、それが汚点としてクラスメイトたちの瞳に映ることはなく、
記憶に残るようなこともなかった。
はたして自分の顔に著しい特徴があったとしたら、これまでに存在した良好な人間関係はあったのだろうか?
と訝しく思う時や漠然とした不安に襲われる時がある。
その答えは簡単だ。
間違いなく”否”だろう。
自分という人間は本来”面白みに欠けている”のだから……
自分がもし他人ならば、石田衛という人間と仲良くしようなどとは思わない。
周囲の厚意にあぐらをかき中身は空っぽなのだから……
いつか化けの皮が剥がれ本当の自分を知られてしまった時、相手の瞳に映る落胆の色を想像するとゾッと
してしまう。
自身の”平凡な”容姿に感謝しているものの、いまいち相手に踏み込めず相手からも踏み込まれない状況に、もがいているのが現状だ。
まるで周囲との間に透明な壁が存在しているかのような日常。
そんな日々を長く送ってきたように感じる。
”外見ではなく中身が大事”という心情を衛はいつの頃からか人一倍強く持つようになっていた。
――――だけど
一番容姿に囚われているのは――――
他ならない俺自身なんだ。
はぁと漏れたため息が鏡を曇らせた。
鏡で自信の顔を見る度に少なからず頭をもたげる答えの出ない葛藤を、なんとか思考の端に追いやり緩慢な動作で顔を洗う。
一度お湯で髪を濡らして乾かすことで寝癖をなくす。
そしてワックスは適量手に取り髪全体に軽く馴染ませる。
それだけで少しお洒落な雰囲気が出るし何より清潔感が出る。
良くも悪くも目立つことのない生徒を目指す。
大多数の男子高校生の中に自身を埋没するために。
衛にとって朝の支度は、いかに周囲に溶け込むかに主軸を置いてする行為に過ぎなかった。
2020/3/3 一部加筆修正いたしました。