#8 皮肉であろう。
帝王歴三七二年、十二月。
クルィム帝王国と、南の隣国・フォンデ連合共和国は戦争状態にあった。
クルィム軍を最も苦しめた『ファウンテン要塞』は、帝王・ハーグェンの手によって、小一時間で陥落した。
最大の難関を乗り越え、クルィムの勝利は、ほぼ確実の物となったのだが。
「さぁ、帰りましょう」
太陽が、地平線の向こうに顔を隠し始めた。
冷たい風が、肌を叩く。
「…ええ」
罪悪感。一言で表すのなら。
咄嗟にヴァスキンさんを責めてしまったが、彼は彼の職務を果たしたのだ。それはもう立派に。
私が悪い。いつもそうだ。私の周りで悲劇が起こる時、必ずその原因は私にある。
未だかつて、理不尽な悲劇などなかった。
自分が悪いのだから、誰を責める事も出来ない。
私の所為で鎧の彼は死に、ヴァスキンさんは人を殺したのだ。
身に余る力を与えられながら、何一つ救えていない。
非力だ。
「…ハーグェン様!」
馬の背に跨り、いざ野戦陣地へ戻ろうとした時。
背後から、声を掛けられた。
グァリグ・アーリィ第三中隊長。
腹に包帯を巻かれている。
「お怪我の具合は?」
「大した事ありません、この程度の傷は」
そう答えた彼の声音から、何かを感じた。
ヴァスキンさんも感じ取ったらしく、こちらに注意を向けている。
「…失礼ながらハーグェン様!」
感じたのは、怒り。
私の目を真っ直ぐ見つめ、いや、睨み付け。
語気を強めて言った。
「グァリグ殿、失礼だと思われるのなら…」
「いえ」
ヴァスキンさんを制した。
「続けてください」
「…では、申し上げます。単刀直入に」
単刀直入を強調して言ったのは、彼なりの皮肉であろう。
そして彼は、言った。
「何故もっと早く来て下さらなかったのですか?」
風が、止んだ。
ただ凍えるような虚無の冬が、其処にあった。
沈黙を破ったのは、
「このッ無礼者が…!!」
ヴァスキンさんだ。
馬から飛び降り、全速力でグァリグさんの元へ行き。
ショットガンを突き付けた。
「やめてください、ヴァスキンさん」
「貴様と貴様の部下が不甲斐ない為に! ハーグェン様はこの危険な戦場へ赴かざるを得なくなったのだ! 貴様等が命を賭して守るべきはずの主君が! 貴様等の為に命懸けで闘ったのだぞ! 貴様等が無能であるが為に!!」
「ヴァスキンさん!!!」
彼の怒りは、私の為に。それがまた辛い。
「……三四七名です」
第三中隊の長が、俯向きながら、消え入りそうな声で言った。
「私が不甲斐ない為に、三四七名の精鋭が、命を落としました…!」
部下の流した血を想い。
男は声を上げて、目から透明な血を流した。
部下の為に怒る者。主君の為に怒る者。
太陽が、空から居なくなった。
再来した沈黙は、再び彼によって。
今度は、ゆっくりと破られた。
「…パドヴァ首相の御指示である」
得物を収め、ヴァスキンさんは馬上に戻った。
「…最大の激戦となるまで、決して帝王の力を使ってはならぬと。ハーグェン様の力は絶大であるが、それ故に不安定でもあるのだ。そして何より危険である。そう易々と用いてはならぬ力なのだ」
三四七人の命と比べたら、何てくだらない言い訳なんだろう。
「…風が出始めました。参りましょう」
私は、何も言えなかった。