#5 どうしようもない事がある。
フォンデ歴四十四年、十二月。
フォンデ連合共和国は、北の隣国・クルィム帝王国と戦争状態にあった。
奮戦虚しく、首都の眼前にまで追い詰められたフォンデ軍。国の未来は、最後の砦である『ファウンテン要塞』と、ギァカ・ロヴィンス隊長率いる『ファウンテン要塞防衛隊』に託された。
「第三剣技!」
掛け声に反応し、無数の刀が空中で静止した。
「……『億輪車』!!」
次の瞬間。
全ての刀が、刀身の真ん中辺りを軸に、高速回転を始めた。数え切れない、黒と赤の車輪が、戦場の空を乱れ舞う。
帝王降臨から五分足らず。
既に土塊兵士の約半数は、文字通り、土に還った。
「ハッ!」
帝王の合図で、回転する刀の群れは一斉に残軍目掛けて飛び掛かる。
ラストスパート、とでも言いたげな。
自軍が追い詰められているのだから、当然焦るし腹も立つ。数分前までの攻勢は何処へやら。恐怖。戦慄。そして何よりも、余りにも鮮やか過ぎる手並みに。
美しさを感じている自分が居た。
「…なぁ、ギァカ」
皆、呆然として口の利けない中。
傍に立つ小柄な男が、口を開いた。
「なんだ、コグリィ」
コグリィ・ザーキェー防衛副隊長。二十六歳。
共に幾つもの死線を越えて来た。
幼馴染であり、相棒と呼んで差し支え無いだろう。
背後に聳える鉄壁。堅牢なる盾。
『ファウンテン要塞』を任されたのだ。
その先に首都・シュロマがある。
俺たちの暮らした、愛する街。
愛する人々が。
「これァ…ちっとばかしまずいんでねぇの?」
「まずいな。非常にまずいな」
「ザーさんのせいでね」
茶化したのは、ロテス・ノーツ防衛隊員。二十歳。
コグリィより更に小柄で、幼さすら感じさせる青年。
「なんで俺のせいになんだよ!」
「先輩が無駄に煽るから」
「いやアレはな、喧嘩の前ってのはああやって…」
「戦争ですよ。仲直りして終わりっ♪じゃないんですから」
「な、仲直りするつもりは無ぁぁぁい……」
独特の雰囲気を放つ、イン・ムルァヤ防衛隊員。
二十二歳…には見えない程老け込んでいる。無精髭と独特のヘアースタイルが原因かも知れない。上手く言葉で表せないのだが、こう…寝癖を直さず、ずっと放置しているような。彼もちゃんと風呂には入っているし髪も丁寧に洗っているのだが、何故かこうなる。風呂上がりの牛乳を飲んでいる時には、もう既にこれが出来上がってしまっている。だから仕方ないのだ。世の中にはどうしようもない事がある。
「だ、だが目の前の敵はっ、どうしようもなくないぞぉぉぉ……」
「インさん、何の事?」
「気にするな。こっちの話だ」
「こ、こっちの話だぁぁぁ……」
彼は他人の心が読める。そういう魔法が使える。
並みの魔法に比べると、随分と強力な部類なのだが、彼だけではない。
「インさん、奴の心が読めるか?」
「む、難しいっ、混濁しているぅぅぅ……」
「ううむ…」
「なァに、あんなもん俺が真正面から焼き尽くすぜ」
「できもしない事を…」
「あァん!?」
我々『ファウンテン要塞防衛隊』の四人は、揃いも揃って改造兵士。肉体に、古代魔法具と強化筋繊維と神通感覚器と…その他諸々を直接埋め込み、強制的に身体能力と魔法を超強化した、正真正銘のバケモノ集団である。
何を隠そう我々の、この強烈無比なパワーこそが。
今日まであの要塞を難攻不落たらしめて来たのだが。
果たして明日はあるのか。
「あ、明日は自らの手で切り拓くものだぞっ、リーダァァァ……」
「おぉ! インさんいい事言うじゃあねぇか」
「そうだね…リーダー、やれるだけやってみようよ」
「ううむ…」
一歩退けば首都。
どの道、闘う以外の選択肢は無いのだが。
使命感を超える『何か』が、心の中で疼く。
「わかった。やってみようじゃないか、チビ共」
「おしッ! って、てめぇがデカすぎんだよアホが」
「よぉーし、腕が」
「腕が鳴るぅぅぅ……!!」
「鳴る…って先に言わないでよインさん…」
まったく、どうしようもないチームだが。
「必ず、全員、生きて戻るぞ!」
「「「おおーーっ!!!」」」
俺たちなら、きっと出来る。
怒りや哀しみは、どうにか抑えられる。ただひとつ、どう足掻いても抑えられない感情があるのなら、それは『楽しい』と形容されるものであろう。
哲学者:セド・ドミレスコフ