#4 『億刀流剣術』である。
多くの場合、強さとは正しさではなく、数の多さである。そしてまた多く場合、数の多いものはひどくつまらない。
哲学者:セド・ドミレスコフ
「あーすみません! この刀を持つと…どうしても物騒な言葉ばかり浮かんで来てしまうのです。クソが」
「さ、左様でございましたか」
ビビり倒してしまった。
これが、我が主の真の姿。真の力。
見える素肌は、全て漆黒に染まっている。
この全てが紋様だという。
身震いする程に恐ろしく。そして、素晴らしい。
我が主の容姿。
十代後半から二十代前半くらいか。
禍々しいマントを脱いでしまえば、至って普通の何処にでもいる、とても美しい青年に見える。
艶のある黒く美しい髪、雪のような透明感のある白く美しい素肌、冬空のように澄み切った青く美しい瞳。皺一つ無い黒く美しいシャツ、最高級素材を贅沢に使って編まれた黒く美しいズボン、メガクルィムバイソンの革を加工して作られた黒く美しい革靴。
美しすぎね???
姫かな? プリンセス??
女帝と呼ぶには可愛すぎる…いや男性なんだが…。
とにかく、要するに、我が主は美しい。
神秘的である。
だが今の我が主は、いつもと違う。
美しい事に違いはないのだが…。
危ないフンイキ、というヤツである。
痺れるかっこよさ。やべーやつ感。
最高だ。まさにバケモノ。
まず全身真っ黒という。
それだけでひたすらにかっこいいよな。
烏、黒猫、黒馬。
黒豚は…まぁ豚の中ではかっこいいい方かな…
「ファッキン、いや、ヴァスキンさん」
「えっ、あっ、はい」
そうだ、妄想してる場合じゃない。
「くれぐれも手出しはなさらぬよう」
「承知しました。ハーグェン様」
帝王を守るのが『帝王警護官』の職務である。
だが、今だけは、水を差さない方がいいだろう。
「…では参ります」
ここから先は、鬼神の独壇場である。
————————————————————————
「…では参ります」
声が震えた。指先も。
右手で、刀の柄を握った。
殺せ。血だ。皆殺しにしろ。血飛沫を上げろ。バラバラに斬り刻め。血の雨を降らせ。お前は選ばれた。血は美味い。殺す為に生かされている。血は甘美な味。殺せ。血だ。殺せ。血だ。殺せ。血だ………
刀から、意思が流れ込んでくる。
私の意思を呑み込もうと。
全くもって、悪趣味。
この刀も。この刀を手放せない私も。
この醜い姿。
最悪だ。まさにバケモノ。
だがもし、この異形の力が、愛する人々に求められているのなら。
私は闘おう。それこそが、私の生きる意味であると。
信じて、今日まで生きてきた。
「ヴェアァッ!!」
勢い良く、刀を鞘から引き抜いた。
刀の名は、『背赤後家蜘蛛』。
黒い刀身。
その根元に、小さな赤い菱形の模様が、縦に二つ。
六千と、二百七十一日ぶりの解放。
強烈な魔法波が溢れる。邪念が流れ込む。
殺せ。殺せ。殺せ。
「ぶっ殺せぇー!!!」
フォンデの軍人が、怒号を上げた。
土塊兵士の軍団が、一斉に突撃を開始した。
ざっと数えて…五百体程度か。
標的は、もちろん私。
運が良いな。率直に思った。
土から生み出された土塊兵士。血は流れない。
残念だったな、ゴケグモ。
「……よし」
行こう。落ち着いて行こう。
敵の大群が迫る。
文字通り、土に還して差し上げよう。
「背赤後家蜘蛛・第二剣技!」
声に反応し、二つの赤い紋様が、妖しく光る。
「……『億刀流』!!」
————————————————————————
「……億刀流!!」
その言葉が聴こえた、と同時に。
足元で何かが蠢いた。
「ヴァスクリンさん!」
「は、はぁ〜い」
我が主が叫ばれた。
物騒な言葉とかそういう次元じゃなくないか?
「そこ危険です!もう少し下がって!」
「ハッ!」
跳躍し、四ラミス(八メートル)ほど後退した。
「オォォォ……!!!」
刀の柄を、両手で力強く握り、力を溜める。
邪気が強まる。
敵の群れが押し寄せる。
やがてゆっくりと、剣先を敵方向に向け。
覚悟を決める。
そして、剣先を思い切り突き出し—————
叫んだ!
「デェィヤァァァッッ!!!!!」
その瞬間、地面から、刀が生えた。
どんどん生えてくる。
一振り、二振り、十振り、百振り、もっと、もっと。
刀は矢継ぎ早に増殖し、宙に浮かび、空を飛ぶ。
帝王の頭上を、無数の刀が、敵目掛けて飛んで行く。
その全て。刀身の根元に、赤菱形二つ。
「…伝説の通りだ」
なおも増殖を続ける刀の大群は、一振り残らず、土塊兵士軍団の身体を突き刺し、斬り刻む。
瞬く間に、大軍団を小さな砂丘に変えて行く。
連中に成す術は無く。指一本触れる事も叶わない。
これぞ。
かつて、大陸全土を恐怖で震え上がらせた、当代最強にして無敵の剣技。
帝王・ハーグェンの代名詞。
『億刀流剣術』である。