#2 ルールというモノがある。
帝王歴三七二年、十二月。
クルィム帝王国と、南の隣国・フォンデ連合共和国は戦争状態にあった。
敵国首都・シュロマを目指し進撃する、クルィム帝王国軍・陸戦部隊・第三中隊。
その行く手を阻むべく、堅牢なる『ファウンテン要塞』と、四機の改造兵士を中心とする『ファウンテン要塞防衛隊』が立ちはだかった。
野戦陣地からファウンテン要塞までの距離は、およそ二千ラミス(四キロメートル)。走って行ってもそう時間はかかるまいが、大勢の人命に関わる非常事態である。『世界で最も速く移動できる方法』を使おう。
「ヴァスキンさん、『雲』の準備を」
「既に完了しております。ハーグェン様」
と言って、ヴァスキンが手を叩くと、一人の青年が現れた。名をクォンディと言う。彼は術士である。
「始めます」
そして、一礼。
私達の前に立ち、足を肩幅に開き、両手を胸の前で交差させ、目を閉じた。
『精神』の統一を図っているのだ。
やがて、目をカッと見開いた。
瞳が発光している。濃いブルーの、海の色。
「ハァァァァァ……!!」
『声』を上げた。額に『紋様』が浮かび上がった。
声は徐々に大きくなり、紋様も肥大化して行く。そして、
「ハァン!!」
迫真の掛け声と共に、クォンディは両手を開く。
瞳が、より強く発光した。
海色の光が、一瞬、視界を支配した。
「風雲馬車ァ!!」
視界が回復した時、周囲は濃霧に覆われていた。
強風がマントをバタバタと暴れさせる。
やがて、私とヴァスキンの足は地上を離れ、上昇して行く。
「ご武運を!」
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ルールというモノがある。
この大陸において、魔法を発動する為の、絶対的な決まりごと。
それは、
『精神』『声』『紋様』
の三つの要素である。
真っ直ぐで純粋な『精神』。
強固な意志と信念を糧として、魔法は導き出される。
大きく、よく通る『声』。
声量に比例して魔法は強くなる。
肉体の表面に浮かび上がる『紋様』。
より広い範囲に、より色濃く表れる程、その魔法が強力である事を示す。
如何なる種類の魔法であっても、これら三つの要素だけは欠かせない。
遥か古の時代に、大陸全土を支配した偉大な魔術士によって定められたという。
精神の歪んだ者や、言葉を持たぬ者(死者や無機物)。肉体を持たぬ者(亡霊や精神体)が魔法を行使する事を避ける為に。
生きながらも声を発せぬ者は、苦労を強いられているのだが。
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「ウォラァッ!」
男の拳が、土塊兵士の胴を貫いた。その時、
「でぇぇぇいあぁっ!!」
後方から、野太い雄叫びが聴こえた。
男は振り向く。
声の主は遥か遠方。重そうな鎧を着込んだ大男。
シールドとランスを構え、大勢の味方をまとめて弾け飛ばしながら、こちらに向かって突撃して来る。
「なんてデケぇ声だ…」
男は戦慄を覚えたが、退く訳にはいかない。
自分を信じて付いて来てくれた部下達が見ている。
そして何より、彼らを守りたい。
もうこれ以上、犠牲を出したくないのだ。
第三中隊の長として。
果たすべき使命がある。
「ウオォォォッ!!」
突撃した。
真正面からぶつかり合うのだ。
向こうはランス、こちらは素手。
全速力で走った。
今、ランスの切っ先が男を貫こうかというその瞬間。
男は跳躍した。
拳を固め、狙うは相手の顔面。
確実に捉えた…はずだった。
「グゥッ…!」
紙一重の所で、相手の盾が、男の拳を阻んだ。
「ほほう、やるではないか…!」
相手が、話し掛けて来た。
「おのれッ、改造兵士め…!」
「バケモノか。それでも構わんがな…ぬぅん!!」
猛烈な掛け声と共に、一歩踏み込み、盾をぶつける。
男の身体は二ラミス(四メートル)程度、吹き飛んだ。
「我が名はギァカ・ロヴィンス! 誇り高きフォンデ軍人にして、ファウンテン要塞の防衛隊長である!」
名乗った。
男は、僅かに吐血しながらも立ち上がり、名乗り返す事にした。
「我が名はグァリグ・アーリィ! 大陸最強を誇るクルィム帝王国軍・陸戦部隊・第三中隊長にして、貴様を斃す者であるッ!!」
グァリグは叫び、再突撃を試みた。
その時、
「むっ…!」
雷鳴が聴こえた。
一度や二度じゃない。徐々に近付いて来る。
空模様が、急激に変化して行く。
青空から曇り空へ。雨は降らない。
「来たか」
閃光。轟音。震動。
グァリグとギァカの間。
落雷と共に、最強のワンマン・アーミーが降臨した。
グァリグは見た。はためくマントを。
黒地に、小さな赤い菱形が縦に二つ。
「お待たせしました」
戦場に似付かわしくない、穏やかな声。
「では、参りましょう」