死に意味があるのなら
『すべての物事には意味がある』
生とは意味を体現したものだ。
生き物にも道具にも、すべてに意味があり、生がある。意味がなくなれば、それは死を迎える。
蚊取り線香が燃え尽きた。それは蚊取り線香の死だ。
携帯電話が壊れ、機能が使えなくなった。それは携帯電話の死だ。
電池が切れた。それは電池の死だ。
音の響きがなくなった。それは音の死だ。
虫が完全に動きを止めた。それは虫の死だ。
友人と喧嘩し、それ以来そのことを考えたことも、考えられたこともない。それは友人関係の死だ。
物の意味が途絶えたとき、死を迎える。
自分の身体が動かなくなった。それは自分の身体の死だ。
自分の脳が働かなくなった。それは自分の脳の死だ。
自分が死んだ。それは自分の生きる意味がなくなった証拠だ。
死を迎えたとき、そこに意味はなくなっている。
僕は余命宣告半年を受け、もうすぐ死を迎える。
小さい頃から体が弱く、ずっと病院通いだった。
そのおかげで友人関係も長続きせず、心を通わせる存在なんて持っていない。
「どこか行ってみたいところある?」
どうせ死ぬんだからどこにも。
「何かしたいことある?」
どうせ死ぬんだから何も。
「欲しいものは?」
どうせ死ぬんだからいらない。
―――ずっと、後悔をしていた。
生まれたことを、意味を持たずに生きてきたことを。
八か月前。余命をまだ受けていないとき、体は弱かったから、誰かと遊んだり、外に出ることさえ簡単ではなかった。
その頃から、自分の生が長くは続かないことを悟っていた。それでも、いや、それだからこそ、自由に生きてやろうと、そう思っていたのに。
「あなたは病気なんだから、安静にしていなさい」
「勉強は病院でできるので大丈夫でしょう」
「お前は先生の指示に従っていればいいんだ」
「どうせ何もできないんだから」
「そちらの方が集中できますよ」
「楽な生活を選ぶんだ」
「あなたは」
「君は」
「お前は」
『弱いんだから』
そのときに、気付いた。
―――僕は、最初から、意味を、持っていなかった。
生を捨ててから八か月、もうじき僕は死ぬ。
何もできなかった僕は、何もしなかった僕は、意味を持てなかった僕は、死ぬ。
病気だから、何もできなかった? いや、意味などなかった。最初から。
何かを誰かに与えたわけでもなく、与えられたわけでもなく、何の足跡も残さずに消えていく。
僕がした何かは、意味を持たずに薄れていき、意味を持たずに消えていく。
初めて求めたのは、きっと愛だった。
母に、父に、家族に愛され、生を全うしようと、きっとそんな風に思って生まれてきたのだ。
でも、気付けば僕は弱かった。持った夢も、希望も、その弱さの前では輝かない。
強く生まれたかった。
もしも―――
「どこか行ってみたいところある?」
もしも―――
「何かしたいある?」
もしも―――
「欲しいものは?」
もしも―――
もしも、これからずっと、生きていけるのなら、行きたいところなんて山ほどある。
すべてを記憶して、最高の思い出に。
もしも、これからずっと、生きていけるのなら、したいことなんて山ほどある。
いろんな人と、いろんなことをして。
もしも、これからずっと、生きていけるのなら、欲しいものなんて山ほどある。
求めることの楽しさを。
もしも、これからずっと、生きていけるのなら、僕は―――
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「ただいまー」
「あら、お帰り。遅かったわね」
「うん、ちょっと友達と遊んでて」
「そう。勉強も頑張りなさいよ?」
「わかってるって」
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「好きな子とかできたのか?」
「できても父さんには言わないよ」
「っ! それはダメだ! まずは父さんに紹介してだな・・・」
「ああ、また始まったよ・・・じゃあ、もう学校行くから!」
「あっ、こら! 話を・・・!」
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「ね、今日みんなでカラオケ行こうよ。最近できた新しいとこの」
「お、いいなそれ。じゃあ、カラオケ行く人ー!」
「カラオケ? 行く行くー」
「あー俺も入りまーす」
「うちも行くー」
「じゃ、あんたのおごりね」
「ええー!」
「あははは!」
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「あいつら結婚するんだって」
「ええ!? ほんと!?」
「らしいよ。式、今度開くからって。招待状来てた」
「行きましょ!」
「そうだな。それにしても・・・」
「私たちに続いてたちあの二人も、かぁ・・・」
「なんかいいな、こういうの」
「うん、そうね」
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「パパでちゅよー」
「うひひひっ」
「ママでちゅよー」
「ひひっ」
「じゃあ、パパとお風呂に入りまちょうねー」
「ええー。ママがいいでちゅよねー」
「いひひひひっ」
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「大学どうかしら。一人暮らしさせるのはやっぱり心配だわ」
「大丈夫だよ。なんと言っても僕たちの娘だからね」
「そうかしら・・・。電話してみましょう」
「じゃあ僕も少し声を聞こうかな」
「やっぱり心配なのね」
「少しは、だよ」
「うふふ」
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「じゃーん! お父さんの初孫でーす!」
「おお、私もついにおじいちゃんになるのか。嬉しいな」
「お母さんにも見せて来るね」
「ああ、しっかり見せてやってくれ。そうするときっと喜ぶよ」
「うん。できれば生きてるうちに見せてあげたかったんだけどね・・・」
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「おじいちゃん」
「ん、なんだね」
「今日は外に出られそう?」
「ああ、もちろんいいとも」
「お散歩しよ」
「・・・ありがとうね」
「ううん。いいの」
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「お父さん!」
「お義父さん!」
「おじいちゃん!」
『ありがとう』
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もしも、これからずっと、生きていけるのなら、僕は、精一杯、我武者羅に、生を楽しみたい。
青春を謳歌し、パートナーを見つけ、子供ができ、成長し、孫ができ、愛する人に囲まれながら、自分は幸せ者だったと。そう言って、死を迎えたかった。
でも、もう、それは叶わない。
そうでなかった運命が、起きなかった奇跡が、僕を、意味のない僕を、死へ運ぶのだ。
始めから与えられなかった意味を求めて、生きようと思っても、意味のない僕には土台無理な話だった。
できるできない。やるやらない。そんな話ではなかった。
やることさえ許されない。意味がない僕には。
僕はもうすぐ死ぬ。
『すべての物事に意味がある』
もしも、そうだとしたら、僕の死には意味があるのだろうか。
意味を持たない僕の死には意味があるのだろうか。
僕が死ぬことで、何かの意味を持つのだろうか。
僕が死ぬことで、僕が死ぬことで、僕が死ぬことで、意味は、生として、現れるのだろうか。
もしも、死に意味があるのなら、
意味のない僕の死が誰かの生きる意味になることを願いたい。
もしも、死に意味があるのなら、
生きたいと、そう思える意味になりたい。
もしも、死に意味があるのなら、
生きることが、どれだけ幸せなのか、知ってもらいたい。
もしも、死に意味があるのなら、
誰しもが生に意味を持てるようになって欲しい。
もしも、死に意味があるのなら、
それがきっと、生になることを、僕は願う。
これはフィクションです。
『すべての物事には意味がある』。
死にも意味はあるのでしょうか。