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鉄格子の窓から見える空

作者: ゆに

誤字が多かったらごめんなさい。

目が覚めると、鉄の独特な臭いと、トイレから漂ってくる下水の臭い。

それらが混ざりあった異臭が、寝起きの脳を覚醒させる。

ここに来て半年以上たつが、この臭いだけは慣れない。


「おい099番!早く起きろ!

 朝食の時間だぞ」


099番とは俺のことだ。

この呼ばれ方にはもう慣れた。

鉄格子の前に立つ人間に、まだ覚醒しない体をゆっくりと起こし、答える。


「おはようトッツァン、珍しいな起こしに来るなんて

 いつもはパンを1個、置いてくだけなのに」


「今日は新人が来るからな。早く準備して食堂に行け。

 お前らがぐずぐずしているといつまでたっても食堂に行けん。

 もっと監視鍵番役を労れってんだ」


いまお前らと言っていたか。

ってことは起きてない奴が他にまだいるってことか。

すーっと深く息を吸い、軽く咳をして。


「イナゴ!!起きてっか」


「ああ」


しゃがれた声が返ってきた、やはり隣の住人もまだ寝ていたか。


「今日新人がくるらしいぞ」


「そりゃぁ楽しみだなツクモ、女だといいな」


欲望が滲み出たような声のトーンでイナゴが答える。


「んなわけねぇだろうが」


「そうだな。ここは男しかいない刑務所だもんな」


二人して大きなため息。


「099番、175番、早く準備をしろ」


トッツァンが急かすように二人に言う。


「なぁトッツァン、俺は女に会いたいよ」


と俺もイナゴに便乗する。


「俺も俺も。女つれてこい女!!

 もしかして新人てのは本当に女なのか!?イャッホーイ!!」


イナゴのテンションが上がっていく。

なぜ寝起きでそんなテンションになれるのかはわからないが。


「俺は半年、女には会ってないがイナゴは2年だもんな」


そりゃテンションがあがるのは無理もないか。

まぁ絶対に女が来る訳がないのだが。

イナゴがギャーギャー騒いでいる。

俺は前をみてある事に気がついた。

トッツァンが軽く震えている。

まるで噴火直前の山のように。

これはヤバい、ヤバいぞ、オレはすぐさま話す口を閉じた。

だがイナゴは気づいていない。

まだ女だ女だと騒いでいる。


「イナゴ、黙れ!これはやば」


遅かった。トッツァンはゆっくりと警棒を掴む。


「テメェらいい加減にしろよ。

 さっさと食堂に行かねぇか!!」


黙るイナゴ。

去らば俺の健やかとは言いがたいがいつもの変わらぬ朝よ。


「ただで食堂に行けると思うなよ!!

 テメェら二人ともケツ出せ!ケツ警棒だ!!」


ケツ警棒はケツバットをもじってトッツァンが勝手につけた技名だ。

ようは思いっきり尻を警棒で叩かれる。

朝から響くイナゴの叫び声。

去らば俺の朝、去らば俺のケツ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いって~〜」


イナゴがケツをさすりながらあいてる席に座ると、隣から声をかけられた。


「何やってたんだい君たち」


話しかけてきたのは111番、通称ポッキーだ。


「なにもしてねぇよ、ただ今日の新人について色々妄想してたら怒られた。

 ただそれだけだ。

 あんなに強く叩かなくてもな。

 なーツクモ?」


「お前の隣はトラブルばっかでやだ」


「なにをー!!お前が女にあいたいなんて言うからこんなことになったんだぞ!

 ポッキーもそう思うよなー!!」


「いやっオレは別に」


「お前もオレをトラブルメーカーにしたいのか!!」


イナゴは立ち上がり大きく見ぶり手振りを加え、わざとらしく叫ぶ。


「静かにしないか!!またケツに警棒ぶち込まれたいか!!」


そら見たことか、やっぱり怒られた。

黙って座り直し、怒られてふてくされた小学生のように下を向くイナゴ。

トッツァンが前に立ち全員に聞こえる声でしゃべる。


「今日は言ったように新人がくる。

 今回は一人だけだが、仲良くするように。

 よし、入ってきて良いぞ」


そういうと、食堂のドアが開き看守に連れられて1人の男が入ってきた。

まぁ男なのは決まっているが、少し残念に思う。

その男の髪の毛は首もとまであり目は前髪で隠れていて華奢である。

見た目のイメージは根暗と言ったところか。

表情は読み取れないが気怠そうに見えた。

前髪に隠れている目が一瞬見えたかと思うと、

すごい眼光であたりを見回した。


次の瞬間、引き連れてきた看守を蹴り倒すと、

看守の腰に取り付けられている拳銃を抜き取る。


バン!!


甲高い発砲音。

静まり返る食堂。

全員が身を屈め、机から頭がでないようにしている。

こういう反射神経だけはみんな衰えないものだな。

机からそっと顔をだし前を見ると、トッツァンが新人の銃を握っている手を上に向けていた。

間一髪のところで銃口を天井にずらしてくれたのだろう、流石は何年も看守長をつとめているだけのことはあ。

銃口の先を見ると天井の水銀灯がゆらゆらと揺れていた。


「残念だったな」


トッツァンがそのまま新人の腕を引っ張り後ろに回し、地面に押し倒す。

よく刑事ドラマなどでやっている犯人を捕まえるやり方だ。

新人が地面に倒されると、周りの受刑者達が机から顔をだし、みな安堵の表情を浮かべる。


「俺らを殺す気か!!」


ヤジが飛ぶ。


「お前いい度胸してるな!!」


「俺がお前をぶっ殺してやる」


さっきまでの静けさが嘘のように、食堂はガヤガヤとうるさくなった。


「お前ら全員黙れ。こいつはわしが仕置きする。

 わかったな」


低い声、そして眼光の鋭く食堂を見渡すトッツァン。

その言葉を聞き屈強な男どもが怯む。

中には身を震わし、恐怖に顔を歪めるものまでいる。

俺はこの仕置きというのは受けたことないが、相当ヤバいらしい。

トッツァンはもともと特殊部隊のエリートだったとか。

噂によると、1人で1つの軍隊を潰したとか。

国を落としたとか言われている。

真相は定かではないが。

そんなトッツァンがやるお仕置きだ、きっとものすごい拷問なのだろう。


「今日はこれにて解散!!」


新人がトッツァンに連れていかれる。

殺気だっていた連中が、というか仕置きの受けたことがあるだろう連中が、

いまにも敬礼しそうだ。

先ほどまでは完全に敵視していたのに、今は死地に行く仲間を見送る目をしている。

新人とトッツァンがいなくなると、食堂にいる奴らも席を立ち自分の部屋へと戻っていく。


「どうするイナゴ、朝飯でも食っていくか?」


イナゴは席を立ちながら。


「俺はパス。まだ眠いから寝る」


「僕まだ食べてないから食べようぜ!!ツクモ」


ポッキーと朝食をとり自室へ戻る。

あと30分で労働が始まるため支度をする。

ふと前を見ると。むかいの牢屋に誰かいるのが見えた。

一瞬幽霊かと思った。

むかいの牢屋は俺がくる前から誰も入っていなかったためびっくりしたのだ。

よく見ると、そいつは丸坊主で顔がパンパンに腫れている。

どんな殴られかたをすればああなるのかわからないくらいだ。

だが俺はこいつを知っている。


「新人か?」


そいつはゆっくりとこっちを向いた。


「…………」


特になにも言ってこない。


「お!なんだ!!ツクモのむかい新人になったのか!

 ………え?なんだよその顔は!!パンパンじゃねえかマジうける!!」


げらげらと笑うイナゴ。

確かに俺が朝食をとっている時間でどんな拷問をうけたらこんなになるのだろうか。


「俺は175番、みんなからはイナゴって呼ばれてんだ。

 お前のむかいにいるのがツクモ、何でツクモなのかは知らんがな」


「099番だからツクモだ。漢字で九十九はツクモって読むからな」


「そうだっのか!!知らなかったよ!!」


オーバーリアクションなイナゴ。見えはしないがきっと変な動きをしているに違いない。


「何回目の説明だこのバカは」


「なんだって!バカっていうほうがバカなんだぞ

 バーカバーカ!!」


適当に聞き流す。

「で、新人、お前の番号は何番なんだ?」


「………じ…でいい」


掠れ消えそうな声。

だが低くいい声をしているなと思った。


「なんだって?」


「新人で……いい」


「そうか、じゃぁ次の新人がくるまで新人な……なぁ新人、

 どっかで俺に会ったことないか?」


そういうと騒いでいたイナゴがちゃちゃを入れてきた。


「さっき会ったじゃねぇか食堂で」


「いやそういうことじゃなくて」


「気のせいじゃね?」


「そうかな、でもどっかで……まぁいいか」


ピンポンパンポーン

『ただいまより労働時間です。受刑者の方々は仕事場に向かってください』


館内放送が流れ自室を出る。


「今日の労働は穴堀だったか?」

とイナゴに聞く。


「いやいや畑作りだろ?」

と答えるイナゴ


「違うよ機織りだよ」

後ろからポッキーが言う。


「あ!!トッツァン。今日の労働なに?」


「わしとの組み手とかどうだ?」


「「「勘弁してください」」」


3人とま息ぴったりにハモってしまった。


結局今日の労働は穴堀だった。

昼飯を食い昼休みを終えてまた掘る。

いったい何を作っているのか、俺にはさっぱりわからない。

だけどいつも、働いたあとには充実感があり、

あまり旨いとは言えない囚人飯がいつもより旨く感じる。

午後の労働も終わり、働き疲れた体を自室で休める。

そんな毎日。


新人がきて一週間たったが話しかけてもなにもかえってこない。

喋れないわけじゃなさそうだが。

今日も労働を終えて、晩飯までの時間を自室で過ごす。


「今日も疲れたな」


と一人言を呟くと、隣に聞こえていたらしく。


「ここにはだいぶなれてきたな」


「まぁ最初よりかは楽しいと思えるようにはなったと思うぞ。

 まぁこの下水の臭いは慣れないけどな」


「そりゃそうだ」


笑いあう俺とイナゴ。


「ふざけんな!!」


そう叫んだのは新人だった。

いきなりの大声に笑いが止まる二人。

きっとイナゴはバカだからいきなりのことに、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているだろう。


「どうした?新人」


「お前らは狂ってる!!

 労働が楽しい?飯が旨く感じる?なにけらけら笑いあってんだよ!!

 意味わかんねぇよ!!」


「そりゃ一週間じゃわかんねぇよな」


平静を取り戻したらしいイナゴがそういった。


「わかりたくもないそんなもん!!

 だってな、俺たちは犯罪者なんだ!!

 しかもただの囚人じゃねぇんだぞ!!

 ここにいる奴ら全員が、死刑囚なんだぞ!!

 それなのに、死ぬってわかっているのに、そんな呑気にしていられるか!!」


俺とイナゴは黙りこむ。

言い返せないわけではない、あえて何も言わないのだ。

数分の沈黙。

俺はスーッと深く息を吸い。


「楽しんだから。しょうがねぇじゃねぇか」


ただその一言だけ言って、俺とイナゴは食堂へと向かった。


ここの刑務所は、死刑囚だけの刑務所である。

全員が何らかの重犯罪を犯し、裁判で死刑と判決された者がこの刑務所へとやってくる。


「お前も入ってきたときはあんなんだったな」


飯を食いながらイナゴが話す。


「まぁな。おーすお疲れさんポッキー」


隣にポッキーが座る。


「何の話をしてたの?」


「半年前はツクモも新人みたいだったなと思ってな」


「そうだったね

 もしかすると新人くんよりひどかったかもしれないよ?」


と二人がニヤニヤしながら話す。


「もういいだろ、済んだことだし

 てかああなるのは通過儀礼みたいなものなんだろ?」


「まぁそうだな

 ああならない奴もいるが、ほとんどはあんな風に死を求めるような目をして入ってくるな」


「そうだよそうだよ~

 イナゴなんて酷かったんだから~

 なんせ入って二日で女だせ女だせって騒ぎまくったんだから」


「バっバカその話は言わない約束だろうが!!」


三人で笑いあう。

やっぱりここは楽しいのだ。

死ぬ期限がもうけられているとはいえ。

こうやって仲間同士でバカしあうというのは。


「早く新人も慣れるといいな」


「そうだな」


次の日はいつもより早く目が覚めてしまった。

二度寝しようにも寝つけないため、今日は朝飯をとることにした。


「お早うトッツァン」


食堂に行く途中、トッツァンとすれ違った。


「どうした珍しいなこれから起こしに行こうと思っていたのに」


「起こすって今日何かあるのか?」


「そうか。099番はここにきて初めてか。

 まぁ存分に楽しめ、わしはこれからイナゴを起こしに行くから」


「へ?あっああ」


トッツァンはそのままイナゴの部屋へと向かった。

食堂でパサパサのパンを頬張る。今日のパンはなかなかに不味い。


「よーす」


起こされたイナゴが隣に座る。


「今日はケツ警棒受けなかったのな」


「あんなんを週一でくらってたらケツが破裂しちまうよ」


「それくらいはバカにもわかったか」


「な!!バカってなんだバカって、だいたいバカっていうほうが」


ピンポンパンポーン


「放送だ、静かにしろ」


イナゴを黙らせ席に座らせる。


『えーー、みなさんお早うございます。たいへん今日は、お日柄もよく』


「前置きはいい!」


「早くしろー!!」


囚人たちが騒ぎ初めた。

放送している部屋は別にあるため、ここで騒いでいても何の意味もないのだが。


『えーもうわかっている人もいるかと思いますが、3日後に刑務所内大運動会を開催致します』


「うおーー!!」


歓声が上がる。


「ついにこの日がやってきたか」


イナゴが腕組みして呟く。


「え?なんだ刑務所内大運動会って」


「そうかツクモはまだやったことなかったか。

 刑務所内大運動会、それは今までに培った労働の技術を見せる場。そして何よりも重要なのは」


いつになく真剣なイナゴ。

こんなイナゴは初めて見た


『えー今回の賞品は』


「きた!!」


一瞬にして静まりかえる食堂。

さっきまでの騒ぎが嘘のような静けさだ。


『えー勝利したチーム全員に一つずつ』


全員息をのむ。


『マクデナルデのハンバーガーです!!』


え?マクデナルデのハンバーガー?それって


「うおーー!!」


「ハンバーガーきたーー!!」


「テンション上がってきたぜー!!」


「さいこうだ!!」


「ぜってぇ勝つぞー!!」


さっきの静けさが嘘のように大騒ぎする食堂内。


「おい!イナゴ!食い物が賞品ってなんだ?

 しかもハンバーガーって……」


大騒ぎする食堂内で、頑張ってイナゴに聞こえるように叫ぶ。


「そりゃぁお前はまだ半年しかいないからわからないかもしれないが、

 ここのクソ不味い囚人飯じゃなく、ハンバーガーが食えるんだぞ!!

 しかもマクデナルデのだぞ!!

 想像してみろ!香ばしく焼けて、外わカリっと中はふわふわしたバンズ!

 肉汁滴るジューシーなパテと酸味の効いたピクルス!!これを最高という以外なにがある!!」


俺は想像してみる。

外にいた頃は、いつでも食べることができたハンバーガー。

味、食感、そしてここの食事との差。


「それは……最高に………素晴らしいな!!」


知らぬ間にそう呟いていた。

考えるとヨダレが止まらない。


「だろ!!3日後は絶対勝とうな!!」


「ああ!!」


刑務所運動会開催が発表され二日間は普通に労働が行われた。

運動会前日は事前準備が行われる。

それをこそこそと抜け出した俺達。


「よし、これより作戦会議を始める」


メンバーは8人、俺、イナゴ、ポッキーは言うまでもないが他にリーダー的存在の4人にそして。


「何で俺がこんなとこにいなくちゃならないんだ」


嫌々に連れてこられた新人。


「しょうがねぇだろ、俺たちが抜け出すところをお前に見られちまったんだから」


深くため息をつく新人。


「帰る」


「まぁまって、話だけでも聞いていきなよ

 ほら座って座って」


ポッキーがうまく新人をこの場にとどめる。


「ではまず去年経験してないツクモと新人のために競技の説明をする

 ポッキー頼んだ」


ポッキーが立ち上がり話始める。


「まずこの運動会は赤組と白組に別れる

 俺たちは白組だ。そして競技だけど……」


ポッキーによると、今まで色々な労働をやってきたがそれが具体的な競技になっているらしい。

穴堀や畑を耕すことや、普通の綱引きやリレーなんかもあるそうだ。


「重要なのはリレーだね。

 選抜の10人でリレーをするけど、このリレーは配点がかなり高い」


「俺は初めてだから良く知らないが、

 最後の競技の食堂バトルってなんだ?

 早食いでもやるのか?」


「それは、、、また明日説明するよ」


はぐらかされてしまった。

まぁいいか、明日になればわかることだ。


「それじゃ、解散!」


イナゴができるだけ小さな声でいうと、メンバーは各部屋に戻って行く。

ん?この会議、なんか意味あったのか!


「なーイナゴ?これって」


「雰囲気作り!こういうのも楽しいだろう」


「……」



翌日

ピンポンパンポーン

『これよりー第473回、刑務所運動会を始めます』


「うおーー!!」


『なお賞品はマクデナルデさん全面ご協力のもと出来立てを提供します』


「うおーーー!!!!!」


『それでは、まず刑務所長より、挨拶です』


『えーー本日はお日柄もよく』


「うるせー!!」


「早く始めろー!!」


「話がなげぇんだよ!!」


『ーーーであるから、みなさん悔いの無いよう全力で頑張りましょう』


刑務所長の話が終わり、適当に選手宣誓が行われる。

運動会が始まる。

男共の野太い歓声が飛ぶ。

俺が出るのは午前が綱引きで午後はリレーだ。

午前の競技はあまり配点が高くないから午後まで体力を温存するというのが作戦だ。

順調に競技が進んでいく。


「はぁ意外と綱引きって疲れるんだな」


と言うとポッキーが水が入ったペットボトルを持ってきた。


「はいこれ、支給品の水だよ、次はイナゴの穴堀だね」


「あいつで本当に大丈夫なのか?」


「ああ見えても体力だけには自信があるからねイナゴは」


この穴堀という競技はスコップや鶴嘴などを使って、

10メートルある四角く固められた土のセットにトンネルを堀り、

50メートル走りゴールしたほうが勝ちというなんとも変な競技だ。

しかも午前最後の名物競技らしい。


「よーい、、パン!!」


スタートの合図でいっせいに走り出す選手達。


「いけーイナゴー!!」


イナゴはスコップと鶴嘴の両方を手にとる。


「あ!!あれは」


両手に器具を持って穴を掘っているイナゴ。


「まさかあいつがあの技を身につけていようとは」


隣にいた男が呟くとポッキーが驚きの声をあげた。


「あ!あなたは!!

 この刑務所で穴を掘らせれば右に出るものはいない穴堀の名人!!

 穴堀ヤックン!!」


ヤックンはイナゴを見つめながら呟く。

ちなみに089番でヤックンらしい、他にヤクとかオヤクとか呼ばれている。


「あれはスコップと鶴嘴の両方を使い通常の倍のスピードで掘り進められるという伝説の堀かた、

 ダブルストリーム!!」


「イナゴカッケーー!!」


いやいやダブルはわかるけどストリームって、、、ってあれ?


「何でヤックンがこの競技に出てないんだ?」


「実は二日前に穴堀でぎっくり腰しちまってな

 いやはやめんぼくない」


無駄話していると、早くもイナゴの穴堀は終ろうとしていた。

ダントツだが相手の選手もなかなかの早さだ。


「いけーイナゴー!!」


「あともうちょっとだー!!」


イナゴがトンネルを貫通させて出てきた。


「うおーー!!」


歓声が飛ぶ。

だがしかしイナゴはふらふらしながら走っている。


「どうしちまったんだイナゴは!!」


「あれがダブルストリームの代償だ」


「どういうことですか穴堀ヤックン」


ポッキーがヤックンにといかける。


「ダブルストリームは通常の倍の早さで掘り進めることができるが、

 そのぶん腰にも相当な負担がかかるのだ」


「な!なんだってーー!!!」


「ヤバイぞ赤組がトンネルを貫通させた!!」


前を見ると赤組の選手はすでに穴堀を終えて走り出そうとしている。

イナゴが軽く振り向き全力で走る。


「いけーイナゴー!!」


「頑張れーー!!」


あと少し、このまま逃げ切れば勝てる。いけ!いけ!!


「いっけーー!!」


「もう少しだー」


「あっコケた」


イナゴはバランスを崩し地面に倒れこむ。

その横を赤組の選手が通りすぎて行く、そしてゴール。

白組は静まりかえり、呼吸する音しか聞こえない。

赤組は歓喜にわきゴールした選手を胴上げ。


「これでー午前の部を終了致します。

 お昼休憩をはさみ、午後一時にはグラウンドに集合してください」


「いやー惜しかったな~」

「あんな無茶な堀方するからだ」


昼飯の配給弁当を食いながらイナゴと話す。


「もう腰は大丈夫なのか?」


「大丈夫だ!!もうこの通りピンピンしてるさ」


ならよかった。リレー出るやつがあんなふらふらな走りされたら負け決定だからな。


「負けてるな、白組」


「午後で取り返すさ」


「そうだな」


「ただいまよりー午後の部を開催致します」


アナウンスが流れ午後の部が始まった。

畝作り、障害物競走、騎馬戦はもはや乱闘であった。


「次はリレーか、あれ?イナゴはどうした?」


午後の部に入ってからイナゴを見ていなかった。


「さぁどこに行ったんだろうね、

 午前の部で腰痛めてるし盛大にコケたしで保健室にでも行ってるんじゃない?」


「大変だ!!」


白のハチマキをした小柄な男がリレー選手の控えの場に駆け込んできた。


「どうした?」


「リレー選手に一人欠病がでた!!」


「なんだって!?それじゃリレーはどうするんだ?」


「誰かが代わりに出るしかない」


どうする。早くしないと不戦敗になってしまう。

点数的にこのリレーを落とすと確実にこちらの負けが決定する。


「足が速い奴は他にいないのか?」


「いるけどもう2種目出ちまってる」


この運動会は1人最高2種目までしかでられない決まりになっている。

誰か、どこかに2種目出ていない足の速そうなやつはいないか。


「あ!!」


俺は迷わずそいつのところに行った。

足が速いかはわからないが、1種目も出ていない奴が1人いる。


「リレー、出てくれないか、新人」


新人は明らかに敵意の目でこちらを見ている。


「やだ」


「頼む、そこをなんとか」

と俺


「お前しかいないんだ。お願いだ新人」

とポッキー


「どうなってもオレは責任とらないからな」


「よし!」


新人の手を取りリレー選手の控えの場に戻る。


「あれ?イナゴどこ行ってたんだよ」


「いや、まぁ、ちょっと腰の調子がな」


まぁいいこれで問題なくリレーに出られる。


「よし!気合い入れて行くぞー!!」


「おー!!」


「ただいまより、リレーを始めます。選手のかたは入場してください」


「いちについてーよーい、、、パン!!」


リレーが始まった運動場の半周約200メートルを1人で走る。

アンカーは1周で400メートルになっている。

オレは3番目だ。

深呼吸する。走者を見るとすでに2人目にバトンが渡ろうとしている。

準備して自分のところに走者が来るのを待つ。

赤組は白組の5メートル後ろ位を走っている。よしこれなら勝てるかもしれない。


「はい!!」

パシッ


バトンが自分にまわると同時に全力ダッシュ。

200メートルくらいなら全力で走りきる自信はある。

後ろに赤組走者の気配を感じないため引き離したかもしれない。


「頼んだ!!」

パシッ


「頼まれた!!」


よし、バトン渡しも完璧だ、あとは応援するだけだ。

リレーは順調に進んでいき、どんどん赤組との差が広がっていく。


「あとイナゴと新人だけだな、、、って新人がアンカーなのか!?大丈夫なのかそれ」


走り終えて息を整えつつポッキーが答える。


「大丈夫!!最初の方に速い人を集めて先に差をつけておく作戦だからね」


そうだったのか、作戦をたててリレーをするなんてやはり気合いが入っているな。


「イナゴにバトンがわたるよ。頑張れー」


イナゴにバトンが渡る。

あいつの足は速いほうだ、きっとさらに差を広げてくれるはず。

そのはずだった。


「なんだ!!どうしたんだイナゴは」


イナゴはゆっくりと歩くくらいのスピードで走っていた。

いや走るという速度ではない。完全に歩いている。


「おい!!イナゴをよく見ろ!!あいつ足を引きずってるぞ!!」


誰かがそう言った。


「ほっ本当だ、きっと午前中のダメージがまだ残っているんだ!!」


イナゴは足を引きずりながら歩く。

赤組についていた差がどんどん縮まっていく。


「待ちなさい!なにかがおかしい!!」


「あ!あなたは!!」


ポッキーが驚きの声をあげた。


「あなたは!元医者であり受刑者ながらにここの刑務所医を担当している

 ドクターゴロー!ちなみに056番だからゴローね。絶対にコトーとは呼ばないように」


あれ?午前にもにたようなやり取りがあったような。

ドクターゴローはなぜだか深く頷き、話を始める。


「イナゴのやつは確かに午前のダブルストリームで体にダメージを追っていた、

 最後には転んで怪我もした

 だが私にはわかる、イナゴが引きずっている足は右足、

 だがイナゴが怪我をしたのは左足だ!!」


「な!なんだってー!!」


あれ?なんかデジャビュが。


「じゃぁ何でイナゴはあんなことしてるんだ?」


「まさかあいつ!裏切ったのか!?」


「お、おいポッキー、裏切るってどういうことだ?」


「きっと赤組の誰かがハンバーガーを分けてやるから負けろとか言われたんじゃないかな」


「あっあいつ俺たちを見捨てたってのか!!」


白組の連中が騒ぎ出した。


「ゴラァイナゴ!!」


「テメェなめたまねしてんじゃねぇぞ!!」


「そんなにハンバーガーが食いてぇのか!!」


「ぜってぇ許さねぇからな!!」


イナゴめがけて罵声が飛び交う。

とイナゴがこちらに顔を向け


「……だっ…なぁ」


何か言っているようだ。耳をすませて聞こうとしたがそんな必要はなかった。

次に聞こえてき叫び声。


「オレだってなぁ!!ハンバーガーが食いてぇんだよー!!」


白組に訪れる沈黙。

みんな呆れて何も言えない。

そんななかイナゴは赤組の選手に抜かれどんどん差を広められていく。



リレー開始30分前

グラウンド裏の薄暗い場所。

ここは建物に囲まれているため人目につきにくい。

そこに男が5人、4人は赤いハチマキをしていてもう1人は白いハチマキをしていた。


「テメェらなんのようだ」


イナゴは敵意をむき出しに言った。


「ここへ呼んだのは他でもありません、単刀直入に言います。

 次のリレーでわざと遅く走ってくれませんか?」


一番先頭の眼鏡をかけた男がそう切り出した。


「オレがわざと負けるってことか?ふざけるのはテメェの顔だけにしな」


眼鏡の男はニヤリと笑う。


「リレーの次の競技で、あなた方に勝ち目があると思っているのですか?」


イナゴの表情が険しくなる。


「やってみねぇとわかんねぇだろ!!」


「無理ですね、確実にあなた方は負ける。

 ですがこの点差です。

 リレーで赤組が負けて次の種目に勝てても同点になってしまう。

 どちらかが勝たなければ賞品もなくなる、私たちは確実にハンバーガーをてにいれたいのです」


「は!!バカバカしい、このオレが見返りもなしに動くと思っているのか?」


「そういうと思ってました。

 赤組が勝ったあかつきには私のハンバーガーの4分の1を差し上げましょう」


その言葉を聞き、イナゴは笑い出す。


「そんな4分の1で動くかよ!!」


さっきからずっと黙っていた後ろの3人が口を開いた。


「オレのも4分の1やる」

「オレのもだ」

「オレのもだ」


イナゴが不思議がる。

眼鏡をかけた男がにやりと笑う。


「どうですか?我々は4分の1ずつハンバーガーをあなたにあげます、

 そうすればあなたはまるごと1つハンバーガーを食べることができる。

 さぁどうしますか?」


イナゴは考える。

だが考えることなどない。

答えは決まっている。


「1つ条件がある、4人分のピクルスは、オレが貰うからな」


「ふふ、わかりました。では交渉成立ですね」



イナゴはゆっくり走っていた。

足のことがバレたいま、もう演技をする必要はないというらしい。

新人まであと50メートル。

白組からは罵声が飛んでくる。

本当だったら止まってもいいのだが止まったら失格になる。

失格になると何かしらの理由がないかぎりはトッツァンの罰がある。

それだけはハンバーガーが食べられたとしても勘弁というらしい。



新人は怒っていた。

ここへきて二週間もたっていないがオレは激しく怒っている。

まず自分がリレーなんかに出場させられていること、

周りのやつらの盛り上がりがうざすぎること。

そして一番の怒りの矛先はイナゴとか言うバカが自分のチームを裏切ったこと。

別にハンバーガーが食えるか食えないかなんてどうでもいいし白組が敗北しようがオレには関係ない。

ただなんとなくムカつく、それだけだ。

この際オレも歩くスピードで走ろうか。

だがそれはオレのプライドに反する。


「確か、特別ルールでこのリレーはテイクオーバーゾーンが後ろ20メートルまで下がれたな」


一人言を呟く。

そしてイナゴがテイクオーバーゾーンに入るのを確認すると後ろにむかって走り出した。

ジョギングペースでノロノロ走るイナゴに対し、バトンを手から奪い取る。


「お前らが負けようがオレは知ったこっちゃないが、オレが負けることはオレが許さない」


踵を返し全力疾走。

敵走者との距離は約150メートル、敵が250メートル走りきる前に、抜かす!!



白組は誰1人声が出なかった。

イナゴに呆れていたのはすでに遠い昔のよう、

いまは目の前に起きている状況を理解するのに精一杯。

新人がイナゴのバトンを奪い取るやいなや凄まじい速度で走っている。

赤組走者との距離をどんどん縮めいまや差は20メートルほどになっている。


「あっ」


俺は彼のことを知っている。チータの如く走り抜ける新人。

その体勢、あの走っている時の表情。

だんだんと記憶の糸がほどけていく。


「そうか」


実際に面識があるわけではない、だからこそ今まで気づかなかったのだ。

俺は新人のことをテレビのなかで見たことがあるんだ。

高校三年生にして日本最速のスプリンター、名前は忘れたが、数々の大会を総嘗めしてきた人物。

ふと我にかえり周りを見渡すと、みんな新人のことを応援していた。


「頑張れー!!」


「やったれー!!」


だが誰も新人を番号で応援しない、誰も新人の番号を知らないから。

いや、俺は知っている、一度だけ、トッツァンが新人を番号で呼んでるのを聞いた。

牢屋がツクモのむかいだったからたまたま聞けたのだ。

俺は大声で叫ぶ。


「いけー!081ばーーん!!」


「ツクモ!新人の番号081なのか?」


「そうだ!!みんなで081番を応援するぞ!!」


みんなが頷く。


「いくぞ!!せーのっ!」


掛け声をして叫ぶ。


「頑張れー08」


「頑張れーオッパーーイ!!」


え?


「あともうちょっとだ!いけーオッパーーイ!!」


おいおい、081でオッパイって安直過ぎたろ小学生かお前らは。


「081番で応援してやろうぜ?」


「なにいっているんだいツクモ!!

 番号にあだ名をつけて初めてオレ達の仲間じゃないか!!いけーオッパーーイ!!」


マジかよ。


『オッパイ!オッパイ!!オッパイ!!!オッパイ!!!!』


空前絶後のおっぱいコール。

そのかん081番はどんどんとスピードを上げ赤組走者に近づいて行く。

あと10メートル、5メートル

いつの間にか見いっていた。

勝利への期待と興奮でテンションは最高潮になる。


「いっけぇーーー!!オッッッパーーーーイ!!!」


「オレを………」


走りながら081番が叫ぶ。それと同時に赤組走者を抜かしゴールテープを切る。


「オレを、オッパイと呼ぶなーーー!!!」


「うおーー!!」


沸き上がる歓声。白組のほぼ全員が081番……いやオッパイのもとへとかけよる。


「よっしゃ!!胴上げじゃ!!」


オッパイの脇を抱え無理矢理体勢を崩す。


「ワッショイ!!ワッショイ!!ワッショイ!!」


『ただいまの勝者は白組です

 次の種目に移りますので、みなさん、食堂に、集合してください』


グラウンドアナウンスが流れみんなが移動し始める。

ん?何か忘れているような。


「おーお疲れーいちじはどうなるかと思ったけど凄かったなー」


俺達の前にあらわれたのは裏切り者のイナゴ、いや175番


「やぁ175番くん、よくまぁぬけぬけどでてきたものだ」


白組全員が敵を見る目をしている。


「違うんだって!!赤組の奴らにたぶらかされたんだよー!!」


どんな言い訳も意味はない。175番の処罰はもう決まっているのだ。


「ちょっちょっと待ってくれ、ほっほらもし白組が優勝したらオレの分のハンバーガーやるからさ、

 そんな怖い顔しないで」


一歩ずつイナゴに迫る。


「往生際が悪いぞこのバカ」


「な!!バカっていったほうがってうわ、やめろ!!くんな!!こっちくんな!!

 あ!あんなところに空とぶハンバーガーが!!」


「え?」


ほとんどの人間が指差した方を振り向いた。てか急すぎて反射的に見てしまった。


「おいイナゴが逃げたぞ!!」


「テメェ待ちやがれ!!」


「追えー!!」


「フルボッコにしてやる!!」


さようならイナゴくん。

フルボッコにするのはむこうに任せて、

最後の種目の会場の食堂に行くことにした。


食堂につき、俺は唖然としていた。今日の昼までは普通の食堂だったのに。


「なんだ、あれ」


食堂のど真ん中にそびえる金網フェンス、

それが四面あり四角く囲むように作られている。


「ボクシングのリングかなんかか?」


ポッキーは険しい表情を浮かべて答える。


「これが運動会最後の種目、食堂デスマッチ!!食堂でおきた乱闘を参考にできたらしい

 一対一で闘う何でもありのデスマッチだ」


そんな種目があるのか、てか危なすぎだろそれ。


「死人とかはでるのか?」


「そこまではやらないけど、試合に負けて一生起き上がれなくなった人とかなら」


マジかよ。そんな競技に白組は誰を出すんだ?これを勝てば確実に優勝。

だが負けても同点だから両組食べられず終る。

こんな重大な任務、誰がやるのか、イナゴは逃走中だし。

考えていると、肩を叩かれた。


「頼んだぞ」


「え?」


急に声をかけてきたのは昨日会議に参加していた人物だった。


「何を言っているんだ?」


すると周りから何人もの人が俺を取り囲んだ。


「お前ならできる」


「信じているぞ」


おいおい待ってくれ、俺にそんなに迫るな。


「やめろー!!」


なんか少しイナゴの迫られた気持ちがわかった。

大人の男が集まって迫ってくると怖いものだな。


ドンッ!


と背中を押されリングに上がらせられる。


カチッ!


そんな音がして後ろを振り向くとトッツァンが出入口に南京錠をつけていた。


「トッツァンなにしてんだよ!!」


「すまんな099番、こういうルールなんだ」


なんなんだその特殊ルールは。


「ピーーえーただいまより食堂デスマッチを開催致します

 なお、この競技に勝利したチームは得点が1000点追加されます」


「は?ちょっと待てよ!!この競技は120点のはずだぜ、なにバカなこと言ってんだ」


「これは刑務所長特別ルールです。それでは1分後試合を開始します」


ふざけすぎだろ。これじゃぁ勝った方が確実にハンバーガーを食えるってことになるじゃねぇか、

さっきまでの競技はいったいなんだったんだ。

どこぞのクイズ番組みたいな手法とってんじゃねぇよ。


「はぁ」


もうため息しか出ない。

ただこの勝負に勝てば優勝。ここで全てが決まる。

やってやろうじゃねぇか、急に闘志が沸いてきた。

どんな奴がでてこようが負けはしねぇ。


「?」


目の前に赤組の選手が現れた。

その姿にツクモは目を疑った。

あいた口がふさがらない。

同じ刑務所内にいるのだから、どんなに人が多くても一回ぐらいは見たことあるはずだ。

だがいま目の前にたつこの男をツクモは一回も見たことがなかった。

2メートル以上ある身長に横綱なみの体格、

ただ太っているだけではないとわかる鍛えられた筋肉。


「いやいや無理だろこれは」


後ろを振り返り白組を見る。

ポッキーと目があうと、ポッキーは申し訳なさそうに人物説明をした。


「やつは身長2メートル50センチ、体重210キロでこの国最凶の犯罪者

 その体は屈強そのもので弾丸をもはじき返すと言われている

 だがその体ゆえに労働ができず、基本は独房の中に入っている

 だが肉に目がなく、この日、この時だけは外にでてくるんだ。やつは829番、ヤキニク!!

 去年もやつにうちの選手が惨敗した。その選手はまだ目をさましていない」


そんなやつと闘えとゆうのか?無茶すぎだろう。


「お前ら!実は自分がやりたくないから、運動会をまだ経験してないオレに出場させたな」


全員俺から目をそらす。

マジか、どうしようか。実際は全力でこの場から逃げたい。

でも出入口には南京錠、この金網フェンスを引きちぎる力はオレにはない。


カーン


考える暇もなく試合のゴングがなる。

もう考えるのもやめだ、1発顔面にかましたらぁ。


「うおーー」


ドンッ!

鈍い音がした。ツクモの視界がさっきまでヤキニクを見ていたはずなのに、

いま見えているのは天井の水銀灯。

こっちが殴りかかったと思ったら逆に殴られている。

脳の状況処理が追い付き鳩尾の辺りに痛みを感じる。

起き上がろうとしたが動けない。

鳩尾を殴られたせいで息もろくにできていないことにも気づく。

ヤバい、このままだとマジに殺されかねない。

やっとこさっと立ち上がり前を見る。

そこにはすでにヤキニクが立っていた。

ヤキニクは大きく右腕も引くと。


「やばい!逃げろ!ツクモ!!」


誰かがツクモを呼んだ。そんな逃げろと言われても立つのがやっとなのだから無理だ。

ツクモの顔面に迫るヤキニクの拳。

必死に防御の体勢に入る。


「ダメだ!逃げるんだ!!」


そう聞こえるが、防御するので精一杯だった。

ヤキニクの拳が腕に触れる、その瞬間ツクモは理解した、なぜ逃げなくてはいけなかったのかを。

少し触れただけで骨が軋む音がする、高速で突進してくるトラックのよう、この拳はとめられない。

このままツクモの腕を砕きそのまま顎を粉砕される。

そう思った。

だが俺はヤキニクの拳が触れた瞬間に動いていた。

直感や経験でそうしたわけではなく生きるという本能が体を動かしたのだ。

腕の力を抜き合気道のようにヤキニクの力を利用して避ける。

だがツクモは合気道の達人ではない、中学生のときに授業でやったくらいだ。

ヤキニクが振り切った腕をそのままに肩で突進してきた。

勢いはうしなったものの体重210キロの突進だ、ツクモは吹っ飛ばされる。

そねまま金網フェンスに激突した。


ガシャン


と独特の音をたてる金網でできたフェンス。

ずるずると床に座り込み、力なく上を見上げると、

金網フェンスが揺れた衝撃で真上の水銀灯が1つゆらゆらと揺れていた。

この金網フェンスは天井と繋がっているらしく、衝撃がじかに伝わるのだろう。

いや、違う、なにかがおかしい。なにか、大事なことを忘れている気がする。

ふらふらと立ち上がり思考を巡らせる。

もしかしたら、ヤキニクを倒せるかもしれない。

あの巨体をダウンさせることができるかもしれない。

ヤキニクもさっきの突進でバランスを崩したのか、体勢を整えている。


「うおーー!!」


雄叫びをあげながら俺はヤキニクめがけ突進する。

ヤキニクは立ち上がる暇がないとふんだのか転がり避けた。


ガシャン


俺は勢いよく金網フェンスに肩から激突。


「うおーー!!」


もう一回ヤキニクに突進していく。ヤキニクに立ち上がらす隙を与えない。

転がり逃げるヤキニク。

またしてもツクモは金網フェンスに激突した。


「どうしたんだツクモは、さっきの一撃で頭おかしくなったのか」


声のした方へチラッと目を向けると、顔がハチに刺されたみたいに腫れ上がっているイナゴだった。

完全にフルボッコにされたな、とツッコミを入れたいところだがあいにくそんな暇はいまはない。

ツクモはまた全速力で突進していった。

今度はヤキニクは避けることはなかった。

俺の勢いを利用して足首と胸ぐらを捕まれ投げられた。


ガシャン


また金網フェンスがなる。


「ぐはっ!!」


さすがに空中じゃぁ体勢を整えることができなかった。

だがこれでわかったことがある。これで確実とは言えないがヤキニクを倒す可能性がでてきた。


「テメェ!!ふざけてんのか!!」


ヤキニクは息を荒くして叫んだ。どうやらツクモが闇雲に、適当にやっていると思っているらしい。


「ツクモとかいったな。次で必ず仕留めてやるよ」


そういうのと同時にヤキニクは身を屈めた。


「なんだあれ。まるで陸上のクラウチングスタートみたいな」


ヤキニクの体勢を考察していると。フェンスの後ろからポッキーとイナゴが声をあらげた。

いや新人いがいの全員が何か叫んでいる。


「ヤバい!!逃げろ!!」


「どっちでもいいから左右に飛べ!!」


遅かった。仲間達が叫んだその瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。

ヤキニクがクラウチングスタートのような体勢から一気に突っ込んできたからだ。

あの巨体なのにこのスピード、これは尋常じゃない。


ガシャン


俺はそのまま、金網フェンスにヤキニクと激突。

金網フェンスとヤキニクのあいだにいる。

金網フェンスが軋むのを感じる、きっと外にもりでているだろう。

背中と腹に激痛が走る。

骨が軋む感覚、骨が折れているかもしれない。

いや、いまはきっとアドレナリンが出ているから本当はもっと重症かもな。

折角準備が整ったと言うのに。

俺は指一本動かすことができない。

ヤキニクは後ろに下がりリングの中央付近までいく。

ヤキニクは勝利を確信したのか、後ろを振り返り赤組にむかってガッツポーズをする。

赤組はそれを見て歓声をあげた。

やるならいましかない。

ヤキニクが勝利を確信し油断して後ろを向いているいましかない。

脚に全身の力を集中させる。

動け、動け、動け。

ゆっくりと気づかれないように立ち上がる。

摺り足でヤキニクに近づく。


「おい!あいつまだ生きてるぞ!!」


赤組の誰かがツクモを指差した。

だが遅い!間合いには入っている。


「うおーー!!!」


俺がヤキニクの背中に勢いよく飛びかかる。

ヤキニクはバランスを崩しフラフラと前え前進する。

いまだ


「うぉりゃぁ!!」


おもいっきり床を蹴る。


ガシャン!!


俺とヤキニクは金網フェンスに激突した。

だがさっきとはたち位置が逆だ。


「こんなちっぽけな攻撃で。オレがやられると思っているのか!!」


ヤキニクが叫んだ。


「そんなことは百も承知だ」


息切れしながらツクモが答える。


「だったら早くそこをどけ!!」


ヤキニクが力を入れてツクモを引き剥がそうとする。


「そうはさせない」


俺は軽く力を抜き、金網フェンスとヤキニクに隙間ができた瞬間おもいっきり踏ん張り押す。


ガシャン!!


もう一度


ガシャン!!


「何をやっているんだ?ツクモは」


ポッキーが訝しげに呟く。すると新人が小さな声でつぶやいた。


「水銀灯」


「え?なんだって?」


「ヤキニクの頭上にある水銀灯、あの水銀灯だけ金網フェンスに突進した時に、時間差で揺れるんだ」


「そうか!!あれを落として頭に当てることができれば。だけどなんであの水銀灯だけ」


「……オレが、初めてここにきた日、弾丸があの水銀灯に当たったんだ。それをツクモは知ってて」


さらにもう一度


ガシャン!!


「テメェふざけてんのか!!」


ヤキニクが叫ぶ今度はかなりの力で暴れようとしている。

俺は最後の力を振り絞り。


「これで終わりだーー!!!!」


ガシャン!!!!!


数秒おいて。


ガゴン


天井から音がした。

水銀灯を支えていたボルトが外れ落下してくる。

ヤキニクは上を見上げた。


「ツクモ!!きさまーーー!!!」


その声を聞きツクモは意識を失った。


ーーーーーーーーーーー


バンズの香ばしい匂い、パテの肉汁滴る匂い、ケチャップソースの甘酸っぱい匂い。

それらが混ざりあい、有無を言わせない、いい匂いに食堂は包まれている。

匂いだけでよだれが溢れ、腹が鳴るのがおさまらない。


「いっただっきまーす!!」


大きな掛け声をかけてがっつくのは俺達………ではなく赤組の奴ら。


「勝ったと思ったのにな」


そう呟くのはイナゴ。


「まさかルール違反とはね」


とポッキーが呟きに答える。


「「はぁ~」」


盛大なため息。

あのあと俺はヤキニクに水銀灯を直撃させヤキニクは気絶した。

一時は勝ったと浮かれていたのだが、

ルール上何でもありのこのデスマッチの何でもとは体を使った技が何でもありだったと言うことらしく、

物を使っての勝利はルール違反になるらしい。

赤組のどんちゃん騒ぎを尻目にいつもの不味い刑務食を食べる。


「まぁツクモがだいじにいたらなくてよかったけどな」


結局俺の怪我はあばら骨二本と左腕の骨が一本折れたのとあとは擦り傷だけにとどまった。

あんなに激痛だったのに予想外に傷は浅かったらしい。

もし背骨が折れてたり内臓が破裂していたりしてたら、ゾッとするため考えないでおこう。


「でも食いたかったな、ハンバーガー

 あれ?そういえばイナゴは結局貰えなかったのか?」


イナゴはハンバーガーを貰う約束でわざとリレー負けようとしていたのだが、

イナゴは苦い顔を浮かべる。


「あいつらあの競技に勝てなかったのなら契約は不成立だとかいいやがって、

 これじゃぁ殴られ損じゃねぇか」


「「自業自得だろ」」


そんな他愛もない話をしていると赤組の方から何かが飛んでくるのが見えた。

少し黄緑かかった小さな円盤状のもの。

それが俺が食い終わった皿にペタッと張り付いた。


「これは」


周りを見渡す。赤組の奴らは誰も気づいていない。


「なんだそれ?まっまさかそれは!!ピクルスじゃねぇか!!」


「バカ!大きい声を出すんじゃない!!」


瞬く間に白組の飢えた野獣達が集まってきた。


「どうしたんだよそのピクルス」


「上にかかったケチャップだけでもくれよ」


各々が興味と欲望をむき出しに俺に迫る。


「待つんだ!!お前ら!!」


イナゴが叫んだ。


「争いからは争いしか生まれない!!」


イナゴがやたら真剣な顔で熱弁している。


「だからそのピクルスはオレが貰うグハ!!」


どこからともなく殴られるイナゴ。


「まだこりてねぇようだな」


「やっちまえ」


イナゴの表情がみるみる変わる。


「ちょっ!!待っ………全力ダッシュ!!」


逃げるイナゴ。


「待てやゴラァ!!」


さてと、話は振り出しに戻ったわけで。


「どうするよこのピクルス」


「ツクモが食べちゃえば?」


んーーどうしたものか。


「そうだ」


ひらめいた。

ツクモは席を立つ。


「なぁ新人、これお前が食わねぇか?」


ツクモが向かったのは新人が食事をしている席。

新人は目を丸くしてツクモを見つめたが、いつもの気だるそうな表情に戻り。


「どうしてオレが?」


「あのリレーが一番盛り上がった。そして新人はあのリレーで奇跡の逆転勝利をした。

 いわばヒーローだ。だからオレは新人にこのピクルスを食べる権利があると思う」


まじまじとピクルスを見つめる新人。


「お前………」


「お前なんて呼ぶな、これからはツクモでいいぜ。俺も新人のことをオッパイって呼ぶからよ」


「オッパイって呼ぶな!!」


「オー怖い怖い」


「「アハハ」」


笑いあうツクモとオッパイ。


「さぁ、食えよ」


ツクモが皿をオッパイに差し出す。


「一ついいか?」


「なんだ?」


「実はオレ、ピクルス食えないんだ」


「なっ!!」


『なんだってーー!!!!』


ヤバい!!いままでイナゴを追っていた白組の飢えた野獣どもがこちらにむかってくる。


「おい!!ツクモ!!だったらそれオレが食っていいか?」


「オレが食うんだオレも頑張ったぜ」


「頼むよツクモ、ケチャップだけでいいからオレにくれよ」


ツクモに迫る飢えた野獣ども


「落ち着けお前ら、あ!ほら、オレは今この通り怪我人だし」


それでもなおツクモに迫る飢えた野獣ども。


「ちょっ待てお前ら、そんな迫るな、来るな、ってうおぁ!!」


おんぶされるように飛びかかられバランスを崩すツクモ。

バランスを崩して倒れこむと、皿が勢いよく上下したため、ピクルスが空中に舞い上がった。

空中をフリスビーのように飛行するピクルス。


ペタッ


と音をたて張り付いた。


「あっ」


地面に落ちなかったのはよかったのだが、張り付いた場所が悪い。

ピクルスはトッツァンのデコに綺麗に張り付いている。

トッツァンはデコについたピクルスを剥がすとふるふると微かに震えている。


「これは、やばいんじゃないか?」


いまにも噴火しそうなトッツァン。


「食堂が騒がしいと連絡をうけて来てみりゃぁテメェら調子のってんな」


「いや、別にそう言うわけでは」


だれかが取り繕おうとする。


「言い訳はいい!!テメェら全員死刑だ!!」


警棒をとりだし振り回しながらむかってくるトッツァン。


「全員逃げろ!!」


「急げ!ケツが死刑にされるぞ!」


「行くぞオッパイ!!」


ツクモがオッパイのてを引く。


「なんでオレまで」


「ああなると見境がなくなるんだ」


食堂内を全力で駆け巡る。


「テメェら待ちやがれ!!」


結局捕まって罰を受けるはめになるとは思うが。

こうやって仲間とバカをやり、日々の労働で罪を償いながら刑の執行を待つ。

執行の日がいつかはわからないが、少なくともいまはこのままで、バカをやっていたいと思う。

始めましての人、いつも読んでくれている人。

こんにちは、ゆにです。

今回は短いですが、コメディーちっくな物を書いてみました。

楽しんで頂ければ幸いです。


物書きとしては新人なので、感想を頂けるととても参考になります。

よろしくお願いします。

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