表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/116

龍ノ96話「松明の竜ニーズヘッグ」

 

 

 王城にておおよその話を聞く。

 ジークたちが修行していた時間は七年、この七年でイシュバルデ王国は衰退の一途を辿る。

 天使の軍勢を相手にするべく徴兵を含め八千万の軍を編成、応戦したが天使の軍勢は億を超える大軍勢を率いてきた。

 更に十二の竜がそれぞれの勝手に住み着き、人々は住む場所を追いやられた。

バハムートのように水害を引き起こしたことで死者は加速している。


アジサイならどうしたのだろうか、何が正しいのだろうか。

ジークは瞼を閉じる度に思う。既にアジサイより遙か遠くの高みにいるのは間違い無いのにも関わらず。

ジークは標高一万六千メートルを超える山の頂上でそんなことを考えていた。


ここはエルダーサイン、イシュバルデ王国で最も高く聳える山。その環境の厳しさから魔獣すら生息しないと言われている。


実際には頂上で調査などという自殺は誰も行っていないというところだろう。

だが竜であれば別である。

 

 この極限環境、空よりも宇宙に近い場所にあえて身を置く竜。

 

 名をニーズヘッグ、松明の竜という二つ名がある。

 アルスマグナ曰く、十二体いるうちの竜でも殊更厄介な相手らしく、姿を見ない事を推奨された。

 ニーズヘッグは体を光らせることができ、直視すると人間であれば失明、神獣でさえ数時間は視力を失う。

 視覚に依存する生物は多くいる、ジークもその一種である。

 

 

 エルダーサインの頂上にてニーズヘッグとの戦いが始まる。

 

 

 空気が薄いどころではない。呼吸しても酸欠が続く。元々ジークが持つ力は竜由来の物のため高高度順応を持つが、流石の竜もここまで高いところでは生きていないらしい。

 

 回想は終わる。ここから竜と人間の一騎打ちの時間である。

 

 ジークはエルーサインの登場、水牛の角の先ほどしかない足場に立つ、十メートルほど先ではニーズヘッグがもう一つの角に立っている。

 ニーズヘッグは鏡のような銀色の外殻に包まれ、四足歩行で翼がある竜だった。シャープなシルエットに大きな翼、そして体の全てが光を照り返している。

 だが今まで戦った竜達に比べ膂力は余り高くないようにも見受けられた。今までどの竜にもあった雄大さより、優雅という言葉が当てはまる。動きも荒々しさよりも流麗な動きである。

 ジークは大太刀を抜くと足を蹴り上げる。

 一気に距離を詰め、袈裟斬りを一刀かます。無論ニーズヘッグもバックステップで回避する。

 ジークはその姿を目で追った瞬間、しくじったと内心呟く。

 

 ニーズヘッグは体を発光させると光が乱反射しながら一点に収束し始め、ジークの顔に光を浴びせる。

 光浴びせるなどではない、アーク溶接のような眩い光を目と鼻の先に浴びせられたようなものである。

 目はまともに機能しなくなり、チカチカと瞼の裏が点滅するような状態である。

 

 怯んだのは一瞬だったがその瞬間をニーズヘッグは逃さない。スラリスラリと流れるような、曲線を引くような動きでジークとの距離を詰め、大太刀を持つ右腕に噛みつく。

 ジークも目をやられた瞬間、竜殻を展開しているため腕は硬い外殻に守られる。むしろ噛みつかれたことでニーズヘッグの位置を特定出来た。

 ニーズヘッグの脳天をかち割るべく左手を振り下ろすが牙の食い込みが緩みニーズヘッグは即座に後ろへと下がる。

 ジークは耳を頼りにニーズヘッグの羽音を聞く。荒々しい獣の息が首を撫でる。

 後ろを向いた瞬間、ジークの世界から音が消える。

 

 以前、同じ手を使われた事があるのを思い出す。

 そのときは、全身の血肉が裂けるほどの威力だったが今回はあくまで聴覚を破壊するまでに止まる。

 無音の暗闇、掛かる息の生暖かさと風の感触のみである。

 やけに寒いと感じるが、標高一万六千メートル、当然である。

 

 五感のうち戦闘において最も重要である目と耳を潰されたた。だの人間なら平常を保つことが出来ないだろう。

 だがジークは違う、手足、目のひとつふたつ潰される覚悟など既にしている。

 

 空とエルーサインの頂きの狭間でジークは笑う。

 

 

 この程度の事、むしろしてくるのが当然、定石の一手でしかない。

 あえて言うなら、これ位してくれなきゃ面白くないと虚勢を張る。

 

 刀を構える。

 呼気は火を帯びる。

 

 刹那、体は裂ける。

 

 肺に穴が空き空気が抜ける。

 

 龍神演武炎ノ型を失敗する。

 

 鋭利な前足の爪でジークの胸板を貫通させたのだ。確かに爪一点に全ての力を集中させればジークの竜殻を打ち破る事が出来る。

 どれもジークを殺すに欠ける攻撃ではあるが、ジークが疲弊したところで一気に致命傷を与え、殺す機会を狙っていた。

 

 何かが引っかかる。

それならば何故ニーズヘッグはこの場所を選んだのだろうか。

 

 生物の基本原則だ、競争相手が少ない場所を選ぶか生息環境に順応するか、この二つ。

二者択一の題に対しニーズヘッグは標高一万六千メートル、雲よりも上にある場所を選んだ理由、この竜の力を持ってすればわざわざこの場所を選ぶ必要が無い。

 

 

 何故だ――

 

 

 答えはどこかにある。環境を考えろ。

 

 凍てつく風? 

 凍る温度?

 遮る物がない?

 太陽に最も近い場所?

 

 あるいは、全て――。

 

 風が強く吹いている。

 

 次の瞬間――。

 

 炸裂音が響き渡る。

 

 雷。

 

 周囲に僅かな熱気を放ちジークの体すれすれのところで雷は横切った。

 

 ニーズヘッグは咆哮を上げる。

 

 徐々に回復し始めた目で見回す。

 赤み帯びた雷がニーズヘッグの周りを光らせ、ニーズヘッグ自身は煌々と輝き始める。その光は昼なら小さな太陽、夜ならば流星のように見えるだろう。

 いずれにせよ、ニーズヘッグの力が解放されたことはどうしようもない事実である。彼の竜は雷を内包し、自身の力とする能力を有していた。

 雷鳴のような咆哮と同時にジークの眼球が沸騰し、炸裂した。

 

 全身が痙攣を始め、大太刀が手から滑り落ちる。

 そのままジークは足先から力が抜け竜脚で展開していた空気の足場が崩れ落ち始める。同時にジークは浮遊と落下の感覚が襲う。

 手を左右上下に振り刃の感覚を掴むと肉に刃がめり込む。鋭い痛みが気付け薬となりジークの体は焼き切れた神経で何とか体を動かす。

 大太刀を手にすると竜脚を展開しボロボロの体を空中に固定する。視覚、聴覚、味覚、嗅覚は焼き切れ、僅かに残る触覚だけを頼りにジークは足下の空気を爆発させ一気にニーズヘッグのところへ戻る。

 寒いはずの空の中は酷く静かで無味無臭だった。

 

 静かな水面だ。

 

 空気が震える。


雷撃が来る。

 

 しかし、心が波立つことは無い。

 

 ジークは感覚を失ってようやく自身に眠っている力に気付く。というより遠のく意識の中でジークの魂に刻まれた竜が共鳴している。

 

 空気の流れが指先から伝わる。

 

 何も見えない、何も聞こえない世界のディティールが浮き彫りになる。

 雷はジークを穿つように炸裂するが、目の前で急激に方向を変えジークの体から逸れる。

 ジークの体表は潤いに満ち、薄い水の層が形成されている。

 

 竜が持つ、水を自在に操る力、名を『竜水』――。

 

 氾濫の竜バハムートの持つ力である。

 

 ジークは息を止める。

 

 ゆっくりと大太刀を振るい空気の流れを斬り結ぶ。

 

 点で存在していた空気の脈は断ち切られ、切っ先が滑ると同時、水が噴き出す。

 

 龍神演武水ノ型。

 

 あふれ出した水は止めどなく、遂には大波と成って前方を覆っている。

 あまりにも静かでそれでいて圧倒的な破壊力のある一撃。

 龍神演武炎ノ型とは違い、切り結んだ場所から水が噴出するため、多方面の攻撃を可能にする。

 ジークは舞うように刃を振るい、四方八方に刃を切り結ぶ。その都度水があふれ出し、暴れ、ニーズヘッグに襲いかかる。

 水はどこまでも追い回し捉え続ける。

 凄まじい雷撃も、光も意味は成さない。

 流体を感じ取り自在に操作するだけで良い。

 

 大太刀の切っ先は濡れ、雲より高い空に水が自在に形を変えニーズヘッグを捉えて放さない。

 

 雷撃は水を避雷針代わりにすることで回避、そして同時に攻撃を行う。

 攻撃の中に一点の守りがあり、守りの中に一点の攻撃がある。

 今までにないほど静かで張り詰めた空気の中で彼の竜は命を終わらせた。

 

 松明の竜、ニーズヘッグ、討伐。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ