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龍ノ93話「溶鉄の竜、ファヴニール」

バハルスト、常に溶岩が吹き出し、周囲を焼き尽くす山であり広大な領土でもある。

ここを根城としている竜が一匹いた。名はファヴニール、イシュバルデ王国の中でも伝承が語り継がれる竜である。


ジークはファヴニールを今まさに狩る。


灼熱の溶岩に入るとジークは少し暑がる。それ以上に粘度の高いためか足取りが悪い。ゴツゴツとした黒曜石がジークの体を掠れる度に皮が裂け、肉が切れる。ただしそれらは即座に再生する。

大太刀を一つ、それ以外は焼け落ちてしまった。

空は曇っている。

幾何の年月が流れたのか今のジークに知る由は無い。ただ自分に課せられたことを再開するだけだった。

目的はシンプルだ。竜を殺す、龍極天ナトライマグナを殺す。この二つである。


そして今、溶鉄の竜ファヴニールと対峙している。

サラマンダーの皮で出来た特製の鞘と柄で出来た刀から刃を抜き出す。


ここは火口の真ん中、ファヴニールが眼前に鎮座していた。


今回も容易な戦いではないだろう。覚悟していてもため息が出る。

 しかし、勝てない戦いではない。

竜脚を展開し静かに溶岩から足を抜き出すと空中に立つ。ファヴニールは口から炎を漏らしている。その姿は西洋絵画のドラゴンがそのまま現実に出てきたようとしか言えず、ただただ恐ろしい二つの眼がジークの背筋を凍らせる。

それでもジークの心は穏やかだった。静かファヴニールを捉え続けていられる。


戦いの火蓋はファヴニールの火炎から始まった。


灼熱がジークの肌を刺すが、体勢を低くし地面を這うように駆け抜けると一気にファヴニールの首下までたどり着くと大太刀を一気に切り上げる。

斬れる手応えはあったが浅い、外殻とその下にある皮を切り裂くだけに止まった。刃が到達する直前、ファヴニールが体を翻し致命傷を避けたのだ。

ジークは飛び出しファヴニールの首をもう一度狙う。

それを待っていたかのように鋭い棘のようなものがジークの体を三カ所貫いた。ファヴニールの体には棘のような物はない。さらにそれを自在に飛ばせるわけもないのである。

ジークは深々と刺さった棘を抜くとそれが鉄であることがわかった。ファヴニールは溶岩から鉄のみを取りだしそれを翼に塗りつけ一気に羽を広げることで溶けた鉄が空中で変形硬化しジークの体を突き刺したのだ。

しかし、どの攻撃もジークにとって取るに足らない攻撃である。引き抜いた途端、体は傷を塞ぎ、組織を結合させる。

この次第であるため竜殻など展開させる必要は無いのである。

大太刀を構え直す。修行通りの足捌きで、手の平に肉刺が出来るまで握り込んだ大太刀の切っ先をファヴニールに向ける。

ジークは殺すことを意識しすぎていたことを反省する。いきなり急所を狙っても避けられるのは自明である。だからまず機動力を奪うことに専念した。

先ずは足、それから翼、そして首を落とす。

問題は足と翼を切断できるかである。鉄より硬い外殻は首よりもより分厚く強固な物となっている。


やってみるしかない、否、やるしかない。


ジークは常に背水の陣を強いられる。この程度のことが出来なければ明日はない。なんとかファヴニールを倒せたとしてもナトライマグナには届かない。

己を奮起させ、この今、一瞬こそが自身の最高潮であると自負し意地を見せる。


鈍色の刃の光が残像を残す。


赤熱した溶岩の光が刃を赤く濡らす。一瞬の輝きと共にジークは刃を振るう。


先ずは左足――――


手応えはあった。確実に左足を切断した。

危険を避けるために距離を取る。

ジークは顔をしかめた。ファヴニールの左足は即座に結合したからだ。


その時間、約三十秒。


ジークと同等の再生力である。


自分だけが特別なんてことはない、膂力も再生力も竜からすれば普通なのだ。


相手は伝承で語り継がれる竜、むしろこの程度で死ぬようであれば肩透かしもいいところである。

本音は言えばそうであって欲しかったが、そうはならなかったのである。

バハルストスの溶岩は蒸気と灼熱を放ち続けている。


地面に落ちた汗は蒸発し消える。


睨み合う両者は静かに時を刻む。

ファヴニールも先ほどの一撃でジークに対する考えを改める。


故に両者は動くに動けず、斬れず食らえずが続いている。


刻々と時が過ぎる。


今度はジークが沈黙を断ち切る。


一瞬で刃を滑らせ、右翼に刃を当てる。天に足を向け、地を見下ろす。自由落下と共に刃が翼を断ち斬る。

鮮血が吹き出しジークの顔を紅く染める。切断できることに気を緩めたジークは一瞬判断を遅らせてしまった。

眼前に広がる巨大な牙が並んだ口、空中にいるジークは避けることもできず胴体に牙がめり込む。食らいついた顎は万力より強くジークを締め上げ皮膚は裂け、肉は千切れ、骨は粉々に磨り潰れる。竜殻を展開すれば良かったと考えたがこの顎では竜殻も紙同然である。


今度こそ死ぬ。


力が入らない。悲鳴を出す息さえ既に押しつぶされ出きっている。掠れゆく意識の中でジークは冷静さをなんとか取り戻す。


死なない、生きる、生きてアルスマグナに会う。


声にならない心の叫びはジークの体に熱を取り戻させる。



絶望を焼け。


ジークは心で叫ぶ。


ファヴニール、聞こえちゃいねえが言ってやる。

人間、甘く見るんじゃねえ!


その瞬間、ファヴニールの顎からバキリと音が響く。顎からジークでは無い者の血が溢れ始める。

再び音が響く。ジークはファヴニールの牙をへし折っていたのである。

激痛に耐えかねジークを解放すると顔面を蹴りつけながらジークはファヴニールと距離を取った。


それから息を止めたかのように制止すると、ジッとファヴニールを見据える。胸の鼓動を数えながらファヴニールの翼が再生するのを待つ。

時間にして四十五秒、ジークはそれを把握すると息を漏らした。



次の攻防で終わることを両者は理解する。



ジークは想像する。

前に出ると加速した。全力で前に突き出し防御を捨てる。全てを捧げた一太刀で翼を斬る。

しかし、ファヴニールの牙がジークを砕いた。


これではダメだ。もっと積み上げねばならない。


もう一度、体を加速し直す。大きく空を蹴り上げ体を翻し捻り、体を天地と反転させると竜脚で足場を作り、空を蹴り上げる。

矢の様に加速しながら翼を切断し、そのまま地面に着地する。その勢いのまま横に一刀を浴びせ足を切断する。

しかし、烈火が炸裂しジークの体が炭となる。


まだ足りない、追いつかない。


ジークは気を抜かずファヴニールを見据えたまま考える。

勝つ方法を。


考える。ひたすら。


呼吸を忘れるように、集中力を極限まで引き出し、感覚を剃刀より鋭く、心は鏡のような水面のままに。


一秒、一分、一時間、一日、一週間、一ヶ月、一年――。


考え続ける。

体に溶岩が張り付き岩の鎧のようになってもジークは構えを解かず、噴火しようともその場から動かない。

両者見つめ合ったまま、永遠と思えるほどの時間を対峙する。


ジークは考えつく組み合わせを考え続けた。空が何百回も昼と夜を繰り返えそうが構うことなく考える。

斬り、食われ、斬り、燃やされ、斬り、砕かれ、斬り、斬り、斬り。

届かない。竜の首に切っ先が届かないのである。


刀を握り込み続け柄は血が滲み赤褐色に染まりサラマンダーの紅の皮が渋みを増す。肉体は長い時間動かないため岩が張り付いている。

一瞬、ほんの一瞬の機会を逃すこと無く待ち続ける。


ジークは頭の中で何度も刀を振り、来たる瞬間に備える。未だ眼前で生きているファヴニールを見据えて。


雷鳴が聞こえる、火山がうねり声の様に脈動を響かせている。


その脈動は鼓動を徐々に強くするように大きくなる。視界が揺れるほど大地が揺れる。振動はジークの足を通して全身を揺らそうとするがジークは不動を続ける。

地面はいっそう強くなり、やがてジークの立っている地面を割り始める。

溶岩が息を吹くように天へと吹き出し始める。

その出来事で一瞬、ファヴニールが動揺した。


ジークはそれを逃すことなく捉える。


右足を蹴り、弾丸のように体を前に出すと空中を蹴り上げ翼を斬りながら通過する体を反転させ、竜脚を展開させ再び空中を蹴る。

地面にぶつかるすれすれのところで無理矢理軌道を変え、両足を切断する。


体勢が崩れ地面に崩れ落ちるとジークは大太刀を振り上げ、呼吸を整え、大太刀が熱を帯び始める。



振り下ろした刃は爆裂音と共に大地を揺るがした。

龍神演武炎ノ型を以て全てを終わらせる。



ジークの体から張り付いた岩が剥がれ落ちる。大地が揺れなければ死んでいたかも知れないとジークは痛感した。同時に今は安堵の息を漏らしていた。

火山は衝撃がぶつかり合ったせいか酷く静かになっていた。


ジークはファヴニールの首を見つめる。


彼の竜は穏やかな眼をしていた。これから死ぬという眼では無い。ようやく死ねるという眼をしていた。そして竜の血肉は全てジークの元に集まり吸収されていく。血の一滴さえ全てをジークが吸収すると鼓動が早くなる。

地面に蹲るとうめき声を上げながら全身から炎を吹き出し始める。しばらくするとそれは収まり、体は奇妙な高揚感を感じていた。


バハルストの空は星々が燦然と輝いている。


ジークは大太刀を構えると天に向い龍神演武炎ノ型を放つ。


炎は今まで見たことが無いほどの熱量が天を焼き、火山そのものを溶かす。


その力は『竜炎』と呼ばれていた。


ファヴニールが持つ竜の炎、それは天地を灼熱に落とし、焼き払ってもおかしくないほどの威力、それこそ今までの龍神演武炎ノ型が児戯と言われてもおかしくないほどだった。

同時にジークの肉体はファヴニールの血肉を手にしたことで更なる力を手にしていた。

少しではあるがナトライマグナに近づいた実感が得られた。


ジークは大太刀を鞘に収め、バハルストを後にした。ようやく一体目の竜を倒すことができたが、倒さねばならない竜はあと十一体、どれも熾烈な戦いになるだろうと改めて覚悟する。


竜脚を使い、空をトボトボと渡る。王城に近づくにつれて強い雨が降る。

ジークはその雨から僅かに感じる竜の気配を取り出し、天を仰ぐ。


分厚い雲を泳ぐように長い巨躯が見え隠れする。


まだ休めそうにない。


ジークはため息をついて俯くと、衝撃的な光景が広がる。

一面の水。

たしかここは、平原地帯で有名な領土リカーネのはずだった。


一体いつから雨が降っていたのだろう、正確には一体いつから竜は空を泳いでいたのだろう。

戦わねばならない。ジークは切り替える。天空へ足を進める。


遥か高き雲の向こう、竜のいる場所へ。



 溶鉄の竜ファヴニール、討伐。


お久しぶりです。

最終章、始まります。

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