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龍ノ89話「修行開始」

 

「さて、では参りましょう」

「まだ歩くのか……」

「先輩これからです」

「ジークさんの仰る通りです。というよりこの程度も踏破できないのも論外です」

「まぁ、アジサイはこの辺りで限界でしたけどね」

「そう言えばアジサイさんのペットがこちらに手紙を寄越していましたね。聞かれたら渡して欲しいという内容でしたね」

「中身は何だったんだ?」

「地図でした」

「あいつほんとに面倒なことするな」

「あれは一体何だったのでしょうか?」

「アジサイの隠れ家ですね、この世界についてとか新しい技術とかそういうものが記載されているものが保管されているそうです」

「なるほど、しかし、わざわざ竜霊廟まで来て保管したかったものは何でしょうね?」

「見てみてからのお楽しみとしか言えないですね」

「さて、この山を降りるのはいつになるのか、私もわかりませんけどね」

 そう言いながらエスカマリは布で覆っていた槍を抜く。十文字槍は質実剛健と言わんばかりに装飾も意匠もないが、刃の輝き、柄の材質を見る限りどれも耐久性に優れたものであるのが直ぐにわかった。

 彼女が槍を構えると音を立てることなく雪の上を滑るように移動する。動きは俊敏であることもさることながら一切の無駄がないという描写が当てはまる。

 十文字槍を雪の中に突き立てると、雪からじわりと赤い体液が滲み始める。

 槍を引き抜くとエスカマリは地面に手を伸ばすと雪中から巨大な熊を引きずり出す。

 槍は魔獣の脊椎と脊椎の隙間に差し込まれており見事に神経を切断していた。まさに神業というのがふさわしいものであった。

「魔獣ですね、今日の夕食が獲れました」

 エスカマリの技は無駄がなく効率的でそして静かなものだった。必要なところに必要なものを必要な文だけ与えている。そういう印象をジークは受けた。

「強いですね」

「それなりに訓練していますので」

 何よりも驚くべきことは彼女が視覚を使っていないことである。

「目が見えないのにすごいですね」

「いえ、目は見えます。もう何年も使っていませんけどね」

「どうしてですか?」

「竜霊廟の守人の仕来りです。守人を継承する際にこの目飾りを身につけて生活します」

 黒い布に貴金属の留め金にいくつもの宝石をあしらった目隠しのような装飾を指さしながらエスカマリは言う。

「外さないのか?」

「寝るときは外しますし、ずっと付けていると汚れるので定期的に洗っています」

「なんか……普通なんだな」

「ただこれは戒めでもります。見えている出来事だけが全てではないということでしょう。竜霊廟に侵入する神獣の中には相手の考えを読み、苦手な物に変化するなんていうやつもいますし、この魔獣のように雪に紛れて得物を待つということもあります」

「と言っても生活は大変では?」

「それも修行です。あなた方に技を覚えると同時に私は私自身を追い込み強くなる必要がありますからね」

「あの女、絶対背中にチャック付いてるよ、中にゴリラが入ってるに決まってる」

 息を切らせながらミオリアは顔を青白くしながらようやくジークたちに追いついた。

「思った以上に速かったですね」

「はぁ、はぁ……ニンギルレストはもっと動けたはずだ……」

「あー、先輩それ酸欠ですね、標高もエベレスト並ですし、本来であれば人間が生きていくこともままならない環境ですからね」

「何でジークもエスカマリさんもピンピンしてんだよ」

「私は、倒した相手からスキルを得るスキルがあるため高所に適合しておりますので」

「俺は竜の力を得ているので、標高が一気に何千メートルであれば急上昇、急降下に絶えられるので」

「やっぱスキルじゃねえか!」

「やだなぁ、私はほぼ肺活量でカバーしてるだけですよ!」

「それはそれで化け物じゃねえか、というかアジサイもたしか空気を操る装具があったから平気だったのか?」

「前に言ったとおり、アジサイは肺水腫一歩手前に加えて消化器がボロボロ、死んでもおかしくなった状態です。装具で脳内麻薬をいじって痛みや疲労を無視していました」

「……そういやそうだったな、一言でさっくり終わっていたけどあいつ酷いことになっていたのか」

「むしろ、「高山病で死にそうになりました」だけで終わらせたから印象に薄いのも当然でしょうね」

「あの状態で担ぎ込まれて、無謀にもほどがありました。ちなみにアジサイさんに説教したらなんて言い返したと思います?」

 エスカマリは熊の魔獣を肩に担ぎながら歩き始める。

「さぁ、なんて言ったんです?」


「些細な事ですって言ったのですよ」

 

 ジークはアジサイらしい回答を聞いて鼻で笑った。

「あいつらしいです」

「自分をなんだと思っているでしょうね」

「あいつ……」

 ミオリアはため息をついた。

「さて、死者の話はこれくらいにしておきましょう」

 何もない場所でエスカマリは急に立ち止まると小さく呪文のような言葉を口ずさむと、目の前に突然竜霊廟が現れる。

「さて中にお入り下さい」

 エスカマリは大広間に二人を案内すると以前、アルスマグナの分魂であるマニエリスムが眠っていた場所へ着いた。

 十文字槍の柄尻で地面を叩くと、術式が起動し床の石が動き始める。地下へと繋がっているようだが、ジーク立ちからはただ仄暗い穴にしか見えなかった。

「早速ですが、お二人には修行に移って頂きます」

「この下に行けば良いのか?」

「はい、正確には――」

 エスカマリは十文字槍を巧みに操り二人の足下を払う。バランス崩したまま二人は前に落ちた。

「落ちて頂く、ですけどね」

 最後にエスカマリ自身も穴に落ちた。

 

「待て待て待て、聞いてない聞いてない!」

「そりゃ、何メートル続いているのかわからない穴に落ちろと言われて先輩がまともに降りる訳ないですもんね、当たり前ですわ!」

「あああああああああああむり!」

「待って下さい、今竜脚を使って足場を確保しますから」

 ジークは竜脚を展開してミオリアの襟首を掴む。

「どうせ死なないのですからご安心ください」

 後続のエスカマリが十文字槍を下に向けながら落下してくる。ジークは真っ暗な中に光る一筋の切っ先を目の端で捉えると竜脚を解除する。

「ムリっすねこれ」

「ふざけんね死ね、クソあああああああああああああああ!」

「先輩落ち着いて下さい、冷静さを失った時点でアウトです」

「無理に決まってんだろクソが!」

「それが出来ないならここで死んで貰っても構いません。どうせラインハルトには勝てないので」

 エスカマリはバッサリと切り捨てる。

「だそうです先輩」

「あああああああああああああああああ!」

「ダメだなこりゃ」

「案ずるより産むが易しという言葉があるそうなので、一度体験させてしまった方が良いと思ったのですが失敗だったでしょうか?」

「多分、失敗ですね」

「しかし、時間も無いですし、弱点がある時点でそこを突いてくるでしょう。あとラインハルトは常時空中に浮いていましたので克服は必至です」

「んでもやり方というものが」

「あと五回くらい落とせば慣れるでしょう」

「あんたストイック過ぎませんかね!?」

「これでもかなり優しくしているつもりなのですが……初日なので」

「マジかぁ……」

「ええ、私が鍛えられた時はもっと厳しいものでした」

「そりゃ強いわけだ」

 ミオリアの断末魔のような叫びを横流ししながらジークとエスカマリは淡々と会話を続ける。

「しかし、ジークさんは随分となれていますね」

「あー、アジサイと四六時中空飛んだり海のど真ん中で海洋調査したり、ずいぶん振り回されていましたからね」

「アジサイさんは何者なんでしょうね」

「ただの知りたがり野郎です。あと興味あることの記憶力が異常」

「よくわかりませんが、好奇心は猫をも殺すという言葉を存じていないのでしょうね」

「知りたいことも知れないんじゃ殺して貰った方が良いって言いますよあいつなら」

「変人ですね、異世界から来た人間は皆揃いも揃って変人です」

「それは過去にもここに来た人間か?」

「ええ、彼はピースと名乗る男で……ラインハルトに並ぶ力の持ち主でした。しかし、ある日、力のほとんどを手放しました」

「どうしてなんだ?」

「釣りがしたい。そう言い残してあの男は……ああ! 思い出すだけでムカついてきた」

「エスカマリさん!?」

「だいたい何ですか、月曜から日曜の予定を聞いたら釣り釣り釣り釣り釣り釣り釣りって……少しは私の事も気遣えって話です!」

「エスカマリさん、キャラがブレて、あのブレてます!」

「しかも、手放した力を私に管理させて四千年も放置してスカイジアに!」

「エスカマリさ――」

 直後、ジークとミオリアは地面に叩き付けられた。

 不思議と痛みはなく、地面はジークたちが落下する区画だけゼリー状のようなものが展開されていた。

「あらゆる衝撃を吸収する魔獣『フィジカルキャンセル』の素材で作った床です。言ったでしょう、死にはしないと?」

「いや、さっきまでの癇癪から性格を元に戻されてもちょっと……」

「死ぬかと思った……」

 ミオリアは泡を吹きながら地面に寝そべっていた。

「さて、ここは試練の間と呼んでいますが、異世界から来たあなた方は揃ってこう言います」

 

 

「『精神と時のルーム』と」


「おいバカ止めろ、大体のことはわかった、もうわかったここがどういうところかほんと著作権大丈夫かよ!」

「みなそう言うのだけど、なんで伝わるのでしょうか?」

「我々の世界ではそんな都合の良い部屋が一般的に認知されており、さらにどういう物かも詳しく知っています」

「そうですか、理解が早くて助かります。ではジークさんはこちらへ、ミオリアさんはあちらへ」

 大理石で出来た試練の間は広大で向こう側の壁が見えないほどの広さだった。

「あちらに進めば、あなたを鍛える者がおります」

 エスカマリは凜とした表情でミオリアに言うとスタスタと歩いて行った。

 ジークも後を追いかける形でその場を後にした。

 

「ではジークさん、これよりまっすぐ二十キロ走って頂きます」

「わかりました」

「三分後にお会いしましょう――」

 エスカマリは地面を蹴り上げると弾丸のように移動を始める。

「一秒で百十一メートル……か」

 ジークは足の筋肉を収縮させて地面を蹴り上げる。

 

 ここから二人の修行が始まった。

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