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龍ノ88話「魔獣姫とその真意」

「あの、流石に……その……」

「エスカマリさん、言いたいことはわかります」

「日が暮れるどころから夜が明けてしまいます」

「ふざけんな……こっちは真剣だよ!」

 エスカマリはあまりの状態に鼻で笑うしかなかった。

「五メートルも登れていないじゃないですか、あと九九五メートルもあるのですよ?」

「うるせえ!」

「いいですか、あなた方がラインハルトを討たねば大勢の人々が死にます。今一度、その重圧を再確認してください」

 エスカマリは冷酷に徹して言い放つ。氷のように冷たい言葉はジークとミオリアに刺さる。

「大いなる力にはその者の意志に問わず責務が生まれます。魔獣姫から受け取ったその力をご理解ください」

「魔獣姫? どういうことです?」

 ジークは崖に対し垂直に歩くエスカマリに聞く。

「初歩の話になりますが、歩きながら話しましょう。付いてきて下さい」

 そう言うとエスカマリは目を塞いでいるにも関わらず、崖を歩き始める。

「あ、ちょっと待って貰っても!」

「お断りです。これも修行です」

 ジークはミオリアの手を掴むと竜殻を展開し足先を崖に突き刺して上り始める。

「まぁ、それでも良いでしょう、今は」

「クソが」

 ミオリアは苦手な事を強いられた苛立ちをぶつける。

「聞こえていますよ、さて、話をしましょう」

 エスカマリは素足で崖に足裏を吸い付けるように立ち、そして歩む。

「まず、この世界は三つの場所が存在します。我々が降り立つ、イシュバルデ、その地面、外殻を『エルシェル』と言います、そしてその上には『エデン』、下には『スカイジア』があります。空神と天使はエデンに住み、鬼神族はスカイジアに封印されています」

「大体は、だが、空には何もないですよ?」

 ジークは質問する。

「あれはラインハルトの偽装です。真に迫るものではありますが、そしてエルシェルはラインハルトの庭でもあります。この外殻とあらかたの生物は奴が作成したものです」

「何の為に作ったんだ? そして先輩も聞いて下さい」

「無理無理無理目を閉じて無心になる以外無理」

「掛ける言葉も見当たりませんね……ラインハルトがここを創造したのは、単に遊び場が欲しかっただけです。自分だけの誰にも邪魔されない場所で好きなように遊ぶための世界」

「殺し合いで遊ぶということか?」

 エスカマリは頷く。口元は口角を上げて憎たらしそうにしていた。

「その通りです、我々人間は、そのために生み出された者たちですからね」

「そんな……」

「しかしながら、運命に抗おうと試みた者がいます。それが四千年前の大戦です。しかしラインハルトはそれすらも遊戯として楽しみ始めた」

「ゲームか……」

「ええ、それから龍神族はアナグラム様とナトライマグナの二名を残して、処刑、鬼神族はほぼ全て戦死、女性が何人か生き残ったそうですが今はスカイジアにいるそうです」

「それは聞いたことあるな……ということはスカイジアは実在したのか」

「勿論です。この外殻を維持するためにスカイジアといくつか繋がっている場所があります」

「ニンギルレスト、エンドラリーブ、サイエスト、キュリートの四つだったか」

「その通りです、と言っても今は閉鎖されています。エンドラリーブ以外は」

「どうしてエンドラリーブは封鎖されないんだ?」

「あそこからスカイジアに行き来するためにはギリレシャス様の御身を通らねばならないためです。普通の生物なら魔獣姫の魔力で絶命に至り、生きていたとしても怒りを買うことになるためです。ギリレシャス様に気に入られているなら話は別ですが、そんな人間は早々いないでしょう」

「そうか……」

「さて、ここまでが前提になります、この世界の根底は魔獣姫にあります。魔獣姫が世界の核であり、全ての理を統べています」

「その魔獣姫が俺たちを喚んだのか?」

「ええ、今あるスキルは全て魔獣姫由来です。大体察しが付いてきたと思いますが、あなた方が呼ばれた理由はラインハルト、キリク、ナトライマグナの討伐です」

「ジーク、わかりやすく説明してくれ」

「世界を脅かす魔王を討伐すべく召喚された俺と先輩とアジサイが魔獣姫に呼ばれました」

「オッケー」

 そういうとミオリアは無心になった。

「しかし、このエルシェルに降り立たせるにはスキルを弱める必要がありました。ラインハルトに勘付かれないようにするため、エルシェルに召喚した後は強くすれば良いですからね」

「なるほどな」

「指南役が私です」

「それならエスカマリさんが戦えば良いのでは?」

「出来たらそうしています。既に先代が挑み敗北しております」

「それで俺たちが勝てるのですか?」

「負ければ我々は死に絶えるのみです」

「……そうですか」

「先に申し上げますが、魔獣姫もラインハルトに手出しが出来きません。少なくともスカイジアと接している場所の封印を解ければ別ですが」

「封印を解こうとすれば戦争、そうでなくても戦争、結局同じ結果か」

「理解が早くて助かります」

「大体わかった。んで、その強くなるにはどうすればよいですか?」

「修行ですね、ジークさんは私が、ミオリアさんには別の方が付きます」

「エスカマリさんが指南ですか」

「ええ、何せアルスマグナの分魂であるマニエリスムに龍神演武を教えたのは私ですからね、相応のお役に立てるかと」

「それは……ありがたい」

「さて、こうやって話している間に五百メートルを進みました。あれから随分と強くなられたようですね」

 エスカマリは静かに微笑みながらジークの方に顔を向けた。

「最初は死にかけでしたからね」

「アジサイさんも中々重傷でしたからね、もう少し処置が遅れていたら死んでいましたからね」

「あの時は本当に助かりました」

「いえ……結局助けられなかった。救援に向っていれば死にはしなかったと後悔するばかりです。あの時は竜霊廟も神獣が異常発生して守るが手一杯でした……」

 エスカマリは口惜しそうに言う。

「そうだったのですか……」

「申し訳ありません」

「謝らないでください」

「……そうですか」


「………………」


「………………」


「あの、本当にもう一度聞くのですが、そのジークさんが吊り下げているのがイシュバルデ最強なんですよね?」

「残念ですが……先輩は極度の高所恐怖症でして」

「心配です……恐怖するのは仕方の無いことですが、正常な判断できなくなるのは戦士として問題外です……異世界の人間は気の面で脆弱と聞いていましたがまさかここまでとは思いませんでした……アジサイさんとジークさんを見ている限り、心の面はギリギリ及第点だと思っていたので余計に……」

 エスカマリは心の底から落胆していた。

「それ以外は……大丈夫だと思います」

「……最も重要な部分が欠落している今、その言葉は何の意味も成しません」

「すいません」

「ジークさんが悪い訳ではありません、勿論ミオリアさんも、戦士に成ることに加え、責務がなければその性質はデメリットになりませんからね、ただ今回はそうはならなかった、だから泣こうが喚こうがやらせます」

「そうしなければ、全てが死ぬから……ですよね」

「その通りです」

「キツい話だ」

「そうですね……」

「アジサイがいたらな……」

「戦いが終わりましたら、墓標に案内して下さい、一瞥するべき相手ですから」

「わかりました」


「あと二百メートル、頑張って下さい」

「がんばります。ところでエスカマリさんは寒くないのですか?」

「お気遣い無く、ジークさんもそのうちできるようになります。例えば――」

 エスカマリはにやりと笑ってから、言葉を更に繋いだ。雪のように白く、透き通った声が断崖に響く。

「龍神演武炎ノ型とか」

 頭を金槌で殴られた様な衝撃だった。ようやくジークはこれが修行であることを理解させられた。

 呼気を整え、龍神演武炎ノ型を練り上げる。

「常に龍神演武を練り上げるのです」

「はい」

「私は竜を狩っているわけではないので他の神獣の力で似たような事をしていますので厳密には龍神演武を使っている訳ではないですけどね」

「神獣も倒すと力を得られるのですか?」

「いえ、これは私固有のスキルです」

「なるほど……」

「さて、お疲れ様です」

 ジークは崖を登り切るとミオリアから手を離す。

「死ぬ、寒い、苦しい」

「ここからは歩くだけなので容易ですね、今日はいつもより吹雪いていますが最悪ではありませんし」

「ちょっと休憩」

「そんな暇はありません」

 ミオリアの願いは空しく、エスカマリは先に進む。

「行きますよ」

「お前は辛くないのかよ……」

「そりゃ、このくらいの高度はアジサイとよく上がり下がりしていましたし……それに竜の力もありますからね」

「クソキツい」

 文句を言いながらもミオリアは太ももくらいまで積もった雪を掻き分けながら歩みを進める。一方のジークは平坦な道を歩むかのように足を進めた。

「さて、ミオリアさんが会話出来そうなので、力と位階について話をさせて頂きます」

「位階?」

「この世界には魔獣姫が設けた階級が存在します。下から『種』『芽』『葉』『華』の四位階がそれぞれの魔獣姫毎に存在します。それぞれ試練を攻略することで位階を得ることが出来ます」

「それを得るとどうなるんだ?」

「すごくわかりやすく言えば、強くなります」

「なるほど?」

「私は爪牙王妃アストラクトの葉の位階を授かっているので、お二人にはアストラクトの芽の位階まで授けることができます」

「じゃあ、それを貰えば戦えるようになるのか」

「位階を得るには心身共に力に耐えられるだけの器が必要です。楽はできません」

「やることは変わらずですね」

「ちなみに聞くが、ラインハルトの位階はなんだ?」

「アストラクトの華の位階です」

「勝てねえじゃん」

「位階が低いからと言って必ず負ける訳ではありません」

「試練はそれぞれのどれから一人から魔獣姫から一つしかもらえないのですか?」

「その気になれば全ての魔獣姫の華の位階を得ることが出来ますが、それはもはや人間の領域を超えた存在でしょう。少なくとも、アストラクトの華への昇格試練はとてつもない恐怖と激痛が伴い、リタイヤしました」

 エスカマリは凄惨な記憶を思い出したのか、血の気は引いて青ざめていた。ジークでもわかったほど顔色が変わった。

「そんなに辛いのですね……」

「内蔵を生きたまま引き抜かれ、感覚が残ったままで脳みそに指が入り込む感覚は不意に失禁しそうになるほどです」

「よく無事だな」

「試練終了後は魔獣姫に蘇生して頂けますので」

「それでも辛いのか……」

 エスカマリは静かに頷いた。


「さて、竜霊廟へようこそ」

 

 エスカマリは吹雪の中に薄らと見える霊廟を指さしながら迎え入れた。

 

 しかし、それがまだ何キロも離れているとミオリアは知らなかった。


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