表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/116

天ノ83話「悲嘆は過去に」

 

 

 悔恨と怨嗟の日々が続いた。

 同時に自分の不甲斐なさがミオリアの背中に重くのし掛かった。

 アジサイは帰ってくることは無かった。

 

 

 ミオリアは三日ぶりのシャワー浴びる。生えっぱなしの不精髭を呆然としながら剃り落とす。

「アジサイ……」

 ジークもミオリアは、あの時、何もできなかった例えアジサイと共に立ち向かったとしても死体が増えるだけだったという事実に打ちひしがれていた。

 残酷な現実、どうしようもない事実が体を支配し、何もできずにいた。

 今更になってああしてやればこうしてやれば良かったということばかり思い出す。

 

 お湯を止めてミオリアはタオルで体を拭く。流石に三日も呆然としているとネフィリから臭いからシャワー浴びろと苦言を呈し、ようやく風呂に入った次第だった。

 何もやる気が起きなかった。服を着替えるとベッドに横になる。

 

 コンコンとドアをノックする音が聞こえる。

 それから扉が開くとジークが入ってくる。

「よぉ……」

 ミオリアは何とか声を出す。

「お疲れ様です」

「なぁ、アジサイは戻ってきたか?」

「戻っていません」

「そうか……」

 ミオリアは何も言わなかった。

「アジサイは、スピカさんを失ったとき、これよりも深い絶望に襲われたのかと思うと……よく今まで耐えてこれたなと思います」

「そうだな」

「それに、このネックレスの石、まだ割れてないですよ」

「それ、噂だし」

「……その内帰ってきますよ」

 ジークは立ち上がると、失礼しますと言って部屋から出て行った。

 

 

 静寂がミオリアを威圧する。怯えるように布団にくるまり、ミオリアは逃避するように眠りにつく。眠っている間は辛い思いをしなくても済むから。

 

 それからミオリアは、寝て起きて、ぼーっとして、ジークが少し話に来て、風呂に入り、飯を最低限食い、また眠るというサイクルを一週間ほど繰り返した。

 無味乾燥なほどに何も無く、何にも感じないように何も思い出せないようにただ時間を貪っていった。

 

 丁度、一週間が経ったある日、ジークがいつものように顔を出す。

「お疲れ様です」

「よぉー」

「調子はどうですか?」

「まぁまぁ」

「今日は魔獣を殺してきました」

「おつかれ」

「そちらの仕事は?」

「何もしてない」

「そうですか」

「…………」

「先輩、引きこもってるのも良いですがそろそろ、現実に向き合ってください」

「…………」

「アクバ王に手紙が届きました。ラインハルトからです。内容は明日の正午に謁見を申し込むだそうです」

 ミオリアはそれを聞くと飛び起きる。

「あいつらが来るのか」

「来ます。なので準備しておいてください」

「願ってもなかったぜ」

 ミオリアは憎悪を燃やす。

「……今回戦闘は避けてください」

「なんで?」

 ミオリアはきつい口調で言う。

「ラインハルトはアジサイの交渉の末、十年はこちらに手出ししないことを約束したそうです。しかし、ここで我々が仕掛ければその約束は無かったことになります。気持ちはわかりますがここは冷静に、です」

「わかってるけどよ」

「死体が増やしたいなら止めません」

 ジークは冷静にミオリアをあしらう。

「わかってる」

「結構です。では自分はこれから用があるので」

「そういや、竜狩りも終わってなにしてんだ?」

 ジークは立ち上がろうとした矢先、ミオリアに止められる。

「あー、実はですね。アジサイが死ぬ直前、アキーに家の鍵を渡したのですよ」

「そういやあいつ、持ち家が何件かあったな」

「そうなんです、その一件を三人娘が片付けようと思ったのですが……」

「それで?」

「そこでアジサイの家屋購入履歴と増築改築の契約書が見つかった。照会してみると、我々が認知している家、以外に何件か、どこにあるのかわからない家があったのですよ」

「うわぁ、マジもんの隠れ家じゃねえか」

「その隠れ家探しという訳です」

「なんか見つかったのか?」

「ええ、ようやく一件見つかって……ヴァジュラッドの隠れ家はかなりやばいものですね」

「え? なに?」

「合金レシピですね、それも魔術用、工業用、武器用、様々、おおよそ数百種ですね」

「すまん、凄さがよくわからん」

「このレシピだけで時代が二百年進められるでしょうね、しかも各種金属の精錬方法までしっかり残していますので誰でも作れます」

「二百年か……すげえな」

「ええ、なのでアジサイの残した物を集めれば天使族にも……」

「ところで、それ敵に見つかったらやばくないか?」

「ああ、それは大丈夫です。アキーの鍵で開けない場合、爆裂魔術が発動して家諸共木っ端微塵です」

「あの男はほんと、抜かりないけどほんとに、もうー!」

「ほんとそれっすわ、なんかRPGのミニゲームみたいで楽しいもんですよ」

「よし、俺も気分転換に行くか」

 二人は部屋を後にすると、アジサイの部屋に向かった。

「といっても暗号解析ですけど」

「パズルみたいなもんか」

「ええ、そんなところです」

 ドアを開けるとアキー、ダチュラ、ヘムロックの三人がため息をつきながらテーブルとにらめっこをしていた。

「おう、調子は?」

「全然です、ヒントはどう見ても王城にある自室のテーブルなのに」

 机にあるものを全てどかしてアキーたちはくまなくテーブルの上を探っていたようだ。

「あいつならな、やっぱりな」

 ミオリアは机の下を覗くと封筒を見つけた。三人はそこだったかと言わんばかりの表情をする。

「さて内容は、うわぁ、魔獣霊峰とか言われているあの領土サイエストかぁ」

「魔獣関連でしょうか?」

「どうだろうな、今、見てきてやるよ、今からなら夕方には戻るよ」

 アキーは頷いて、鍵をミオリアに渡す。

 ミオリアは久々の運動がてら、王城を直ぐに飛び出した。

 

 

 

 ミオリアはまるでコンビニにでも行くかのような感覚で、サイエストに到着するとアジサイの家を見つける。

「普通の家だな」

 一応、扉をノックすると、当然反応はない。鍵を扉に近づけると金具が音を立てて扉が開けられるようになった。

「おじゃましまーす」

 家の中は若干の使用感があるものの、特に珍しいものはない。むしろ薄気味悪いくらい普通の家だった。

 ミオリアは小首を傾げる。地下室があると思われたがそんなことも当然ない。

 アジサイならどう考えるかミオリアは考えながら二階建ての一軒家を探す。ハズレということもないだろうが、ミオリアにはこれが難解過ぎた。書斎の椅子に腰掛けながらミオリアは諦めたように天井を見る。

「あっ……おお!」

 答えは天井にあった。

「馬鹿野郎お前……」

 天井にはアジサイが残した書物が天井に金具を付けて貼り付けてあった。ミオリアは机の上に椅子を乗せて天井にある書物を五冊手に取る。

 それぞれ番号が振ってあり、数の若い順から読めばおおよそ内容が記されている。ミオリアは流し見程度に書物を開いてみると、魔獣について詳しいことが記載された論文だった。

 ミオリアは魔獣論文を次元倉庫にしまうと。机と椅子を元に戻し、書斎を後にしようとした。

 扉を開けた瞬間、風が通る。なんとなく振り返って見ると、封筒が落ちていた。

 それを拾い上げ、封を開けると、アジサイの筆跡で書かれた二枚のA4サイズの紙が同封されていた。

「これを読んでいると言うことは、私に何かがあったのでしょう、死因はなんなのかわかりませんが、少しでも社会のためになっていれば幸いです。さて、私が死んでいる前提で話を運びますが、私の別荘についてです。地球から持ってきた知識をフルに使い、色々なことを調べてた結果を記したものがいくつもあります。どれもどんな影響を及ぼすか計り知れないものばかりです。扱いには注意してください」

 ミオリアは音読したあと、数秒沈黙し二枚目に目を配る。

 白紙が一枚同封されているばかりでミオリアはため息をついた。

「またかよおい! あいつらしいな!」

 そう言い捨てて、ミオリアはサイエストを後にした。

 

 

 夕日が沈むより早くとまでは行かないが夕食時には王城にたどり着いた。

 アキー、ヘムロック、ダチュラ、ジーク、アルスマグナ、ネフィリ、エレインが揃って食事をしている最中にミオリアは戻る。給仕が直ぐにミオリアの席をあつらえ温かい食事を用意する。

「サイエストに言ったがビンゴ、アジサイの家があった」

 ミオリアは次元倉庫から封筒と五冊の論文をアキーに渡す。

「これ、最新というか研究中の魔獣研究ですよ」

「そんなにすごいのか?」

 ジークは皿の肉にナイフを通しながら聞く。

「ええ、何せ神獣級の希少な種も記載されています。竜についても記載があるみたいです。詳しいことはこれを読んでからになりますが……」

「竜についてか、俺も後で見させてくれ」

 アキーは快い返事を送ると、論文を閉じて食事に戻る。

「ミオリアさんありがとうございます」

「いいよ、別に、あと封筒の中身なんだが、アジサイの手紙と白紙が入っていた。明らかに何かあると思うから確認しておいてくれ」

「わかりました」

「さて、俺も飯にするか」

 ネフィリとエレインは食事の手を止めて、ミオリアを見つめていた。その表情は安堵に包まれ、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「どうした?」

「いや、なに、そうだな、ようやく調子を取り戻したんだなと」

「心配したんだからね、確かに辛いけどこの先はもっと辛いんだから」

 ネフィリは厳しい内容を口にしているが声音はいつもより優しさを持っていた。

「ああ、敵討ちもあるしな」

 ミオリアは今度こそ、失敗しないことを心から誓う。

「とりあえず、明日っすね」

 ジークも覚悟した目で頷く。

「とりあえず今は、英気を養う」

 エレインがそう言ったあと、食事は静かに終わった。その後、各々は静かに準備を整えた。

 

 

 

 そして正午、終焉天ラインハルトが静かに玉座の間へ現れた。

 両側には至高天キリク、龍極天ナトライマグナが側近としてついている。

 

 対する王城はアクバ王の両翼に円卓七騎士と懐刀を置き、ジーク、アルスマグナ、アキー、ダチュラ、ヘムロックはミオリアの後ろについている。今回だけアクバ王特別にこの五人の同席を許したのだ。

「さて、先日の人質交換だが、アジサイの死亡につき本来の条件は満了とならなかった。とは言え、アジサイを終わらせたのはこの私である。この件は全て流そうと思う」

 この一言で既にミオリアは憤慨を表しかけたがジークに諭される。

「ほう、今日はそれだけか?」

「否、ここからが本題だ、我々はイシュバルデ王国に宣戦布告を今日ここで告げるために来たのである」

「宣戦布告とな?」

「如何にも、ただアジサイの約定があるのでな、ここにいる三名は向こう十年、直接手出しは行わない、あくまで先兵送るだけである。そしてその軍を率いるのは吸血鬼の女である。丁度良くヴェスピーアに手頃な死体があったのでな、それに吸血鬼の血を与えた。私を含めて素性を詳しくは知らぬ。つまりこれはハンデというやつだ」

 ラインハルトは愉悦に満ちた表情で宣言する。

「こちらとしては戦争は避けたいと思っている、国土が欲しいのであれば差し出そう」

 アクバ王は冷静を保ちながら交渉に話をシフトさせる。

「それは論外、戦争が目的なのである。貴様らが持つ物など私はいつでも手にすることができる」

「避けられぬか」

「最初からそう言っている」

「不服だが、侵略するというなら迎え撃つだけである」

 その言葉を聞いてラインハルトは嬉々として話を続けた。

「では、こちらの手の内を明かしてやれ」

 キリクとナトライマグナは前に出るとキリクから口を開いた。

「こちらは守護天使を二十名、それと天使の兵を五千万、吸血鬼の軍師に全ての指揮を執らせる。以上だ」

「こちらは竜を十二体、既にこの国に解き放った。元は龍神族の眷属だったが俺の血を分けて更に強化している。並の龍神族程度には強くなっているだろう。そしてこれらの竜は、全て竜狩りジークとかいうやつが全て狩れ、それ以外の者だけで竜を討った場合、即座に俺がこの国を破壊する」

 欠伸をしながら、待ち遠しそうにナトライマグナは話を終わらせる。

「これが我々の手の内だ。あとは好きに練るが良い」

 そう言うとラインハルトは転移魔術を発動し、王城から消えた。

 

 あまりにも淡々と話は終わりを告げた。

 

「皆の者、此度の戦、何としてでも勝たねばならぬ」

 

 既に暴風は吹いているはずなのに、これほどまで静寂に淡々と進んでいた。

 

 今までまるでダイジェスト映像を見せられているかのように。

 

 そして、神の気まぐれか、それとも悪魔のいたずらか、

 

 それともそれは白い髪の呪いか――――。


鰤が食べたい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ