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獣ノ81話「花言葉は家族団欒」

 

 あれから何ヶ月が経ったのだろう。アジサイは正確に日付を考えると半年の月日が経過していた。

 アジサイは、静かに自分の人生を考えていた。なぜそんなことをするのかというと視覚を失ってから目で楽しむ娯楽の機会が減り、逆に自分の脳みそに問いかけることが増えたからだ。

 幾分前に、自分が死んだらどうなるのだろうと考えた時、自分が残せる物がまだまだ多くあることに気がついた。

 だからアジサイはひたすら自分が残せる物を書物に、工作物にあらゆる知識を書き連ねた。

 それが一通り終わったのが、ヴェスピーアに来て一ヶ月のことである。強迫観念的感情が爆発し、アジサイは命を消費するように資料を残し続けた。

 幸い、システムエンジニア時代のノウハウが生きて我ながらよい資料が作成できた。

 しかし、人間、何かをしないと不安が襲ってくるものである。

 次にアジサイが手をかけたのは、アキー、ダチュラ、ヘムロックへのプレゼントである。時間と金を持て余したアジサイは、錬金術の書物を読みあさり、実験し、結果をフィードバック、ひたすら研究を繰り返した。

 そしてできあがったのが、今、アジサイの研究室に並べているこの作品たちである。完成と同時にアジサイはこの作品たちが一度も使われることがないことを切に願っているところだった。そしてこの作品たちをアジサイの研究室ごと封鎖した。

 

 これがアジサイの半年である。あまりにも刺激のない地味で地道な努力の軌跡である。

 

 それからは、まるで定年退職後の老人のように穏やかな日々だった。

 言葉のわかる魔獣に本を読み聞かせ、グラスウルフのそらまめの背に乗り散歩をしたり、アルラウネのアンラと談笑したり、魔獣、神獣たちを日々を過ごしていた。


 そして話は半年の沈黙を意図も容易く切り裂くように進展した。

 

「アジサイ、久しぶり」

 聞き慣れた声だ。

「おや先輩ですか、お久しゅうございます」

「俺もいる」

「お、ジーク、二ヶ月ぶりだな」

「元気そうで何よりです」

 アルスマグナの美しい声がアジサイの耳を一言で癒やす。

「私もネフィリもいるぞ」

 つられるようにエレインが声を上げる。

「我々もお忘れなく!」

 アキーが最後に挨拶を入れる。

「おー、勢揃いじゃないですか」

「まとまった休みが取れてな」

 確かにこのメンツが王城からごっそり抜けると防衛という面で問題だ。そこをなんとかクリアしたのだろう。そう考えるとアジサイは嬉しそうに笑った。

「ようこそいらっしゃいました。魔獣の村、今は魔獣庭園と呼ばれているここへ!」

 彼ら彼女らが来たのは、ヴェスピーアの別荘で二泊三日の旅行をすることになり、アジサイを拉致誘拐することになったそうだ。

 アジサイは白杖を持つと慣れた様にミオリアたちが乗っていた空飛ぶ絨毯に乗せられた。

「いやぁ、半年会わないだけでこんなにも懐かしく感じるとは、年取るとなんだか色々な感覚がダメになるみたいですな」

「隠居生活も飽きてきたか?」

 ミオリアは絨毯に寝そべりながら聞く。野郎と女性で分かれた絨毯はそれぞれ同じ目的地に向かっていた。

「いやなに、それなりに悠々自適に生活していますね。思いのほかやることが多くて」

「やることってなんだ?」

「まぁ、色々ね、研究開発は飽きないものさ、なかなか危ないことも残してるぜ」

「禄でもなさそう匂いがプンプンするぜ」

 ジークは笑いながら言う。以前見たときは少し疲れていた様だったが、どうやら健勝のようだ。

「禄でもっておいおい、そうでもない……って言いたかったな」

「やっぱ禄でもねえじゃねえか」

「先輩よりましですし?」

「お、何だぁ?」

 自然と笑いとこみ上げてくる会話だった。懐かしさのあまり、ない目玉から涙がこぼれそうだった。

「懐かしいっすねえ、この感じ」

「毎日のようにやっていたからな」

「ほんとそれ、くだらねえノリ息吸うようにやっていますからね」

 三人は飽きもせず色々な話をした。

 

 別荘に着くと、女性陣が料理の準備を意気揚々と始める。

「待て待て待て、エレインとネフィリは座ってろぉ!」

 ミオリアは目を見開いて大声で止める。

 アジサイとジークはエレインとネフィリの料理センスが絶望的であることを忘れていた。

 二人は顔を合わせて大きく頷く。

「ネフィリさんこっちでちょっとレクリエーションがてら運動しませんか!?」

「エレインさん、魔術でちょっと教えて頂きたいことが!」

 二人は苦肉の末、出てきた言葉をそのまま吐き出して二人をなんとか一本釣りに成功する。

 二人がエレインとネフィリを誘導している間に、ミオリアとアキー、ダチュラ、ヘムロックの三人、そしてアルスマグナが今までにない速度で調理をはじめた。

 三時間ほど足止めをした末になんとかディナーの味を防衛することに成功したが、アジサイの心労とジークの肉体疲労はかなりきていた。


「二人ともお疲れ」

「うっす」「はい」

 豪華な食材にイタリア料理のようなチーズとトマトがふんだんに使われた料理と、アルスマグナの得意料理である中華が皿に並べられていた。

「さて、じゃあ、乾杯!」

「「「カンパーイ!」」」

 グラスに満たされている酒をストローで一気に飲み干すとアジサイは義装を展開して視覚を復活させようとするが、アキー、ダチュラ、ヘムロックによって止められる。

「アジサイさん、はいあーんしてください食べさせてあげますから」

「いや、犬食いで何とか」

「それは汚いので流石に止めてください」

「あ、はい」

「はい。あーん」

 アジサイは小っ恥ずかしく口を開けるとアキーが小分けにした料理をアジサイの口に入れる。

「んあ、美味いな」

「お、これはスピカさんが見てたらなんて言うかな?」

「おいおい、何か言う前に首ちょんぱさ」

「知ってた」

 料理を囲んでいるテーブルは笑い声に包まれた。

 アジサイは目を盗んで義装を展開したことで周りの景色を見渡すことができた。潮風を感じるところから、海沿いであることはわかっていたが、岬の一等地、海とヴェスピーアの街、そして今にも降ってきそうなほど明るく輝く星々がアジサイを包んでいた。

 料理も美しい赤や緑、白や黒で味だけではなく映像でも楽しませてくれていた。

「やっぱり見えるって良いな」

「あっ! アジサイさんが装具を使ってる! お体に障りますよ!」

「このくらいならどうってことねえよ、それよりこの景色を見られない方がよっぽど不健康だ」

「良い景色だろ?」

 ミオリアは自慢げに言う。しかし、この景色は自慢したくなるし文句の一つも出てこないほど圧巻の光景だった。

「ええ、良い景色です」

「アジサイさん私もあーんしたいので口を!」

「モテるねえ」

「色男は辛いっすねえ、真っ白だけど」

 ジョークを言いつつアジサイはヘムロックに給餌される。

「うん、これもおいしい、流石ヘムロック、ステーキの焼き加減は最高だ」

「私のフルーツも……」

 控えめにダチュラは細工を施した芸術的なリンゴをアジサイの口に放り込む。

「うん、このレベルならプロのパティシエになれるんじゃねえか?」

「今の仕事で稼いだら店でもやりましょうか?」

「いいかもね」

 アジサイは立ち上がると岬へと足を進める。

 

 大きく息を吸い込み、潮の香りを鼻腔に広げる。

「……先輩、ジーク」

 深呼吸をしたかと思えばアジサイは声音を低くして舌打ちをする。

「どうした?」

 ミオリアは咀嚼しながら聞き返す。

「パーティはここまでのようです」

 アジサイはバックステップで後ろに下がると部下三人を守るように前に立つ。

 

 その直後に月夜に照らされた人影が舞い降りた。

「翼が八枚……」


「諸君、初めまして、天使族、守護天使がひとりメタトロンと申します。この度はネフィリ様をお迎えに上がりました」

 荘厳が似合うほどの美貌と強烈な圧力はこの世に存在する何者をも凌ぐほどだった。

「クソ、このタイミングで来るとか最悪だ」

 ミオリアは毒づきながら、ナイフを両手に持ち臨戦態勢を取る。

「ふざけやがってボケが」

 ジークは無銘の大太刀を抜くと龍神演武炎ノ型の準備を始める。

「……逃げましょう」

 アジサイはいつになく弱気なこと言う。

「逃げるんです! こいつは不味い!」

 怒鳴るようにアジサイは伝える。


「流石、天使殺し、私の力量をすぐに理解したか、しかしもう遅い――――」

 

『平伏せよ――――』

 

 メタトロンの一言でその場にいる者は指一つ動かせなくなる。

「これは魔術……もしそうなら……最上位どころじゃない!」

 エレインは顔を引きつらせて何とか言葉を繋げる。

「体が動かない!」

 ネフィリも

「おそらく体の水分を操られている」

 アジサイは冷静に分析すると、装具を季装に切り替えると記憶を頼りにメタトロンの位置に電撃を発生させる。

「小癪な!」

 アジサイが紡いだ一瞬の隙にアジサイはその場にいる者たちを空気を操り浮かせて音速一歩手前で空を走らせる。

「なんだよあいつ!」

「わからないです、ただあの天使の魔力は異常です今までの比じゃない!」

「あとお前どこ飛んでるんだ」

「知りません、今は逃げることだけを先決に考えてます。記憶が正しければ王城方面だと思います」

「確かに王城方面だがあのメタトロンをもついて来てるぞ!」

「マジですか、こっちは音速一歩手前で走ってるのに付いてくるのかよ!」

「どうします、ここで俺が足止めします?」

 ジークの提案即座に否定された。

「ここでジークを出すのリスクだ」

 エレインはそう言うと詠唱を始める。魔術を行使する頃にはエレインの姿はネフィリとなっていた。

「おい、エレインお前!」

「やるしかない!」

「……わかりました」

「おいアジサイ、お前――」

 ミオリアは声を低くする。

「先輩、他にどうしろと、もう先手は取られています!」

「ふざけんな!」

「ミオリア、ここで全員やられるくらいなら!」

「ふざけんな! クソが!」

「エレインさん、申し訳ありません」

 アジサイは顔をしかめ歯をギリギリと音を立てて、断腸の思いでエレインを切り離した。

「あんた、最低! エレインは魔術師匠じゃないの!」

 ネフィリはアジサイを罵倒する。もちろん正当性はない、ただの八つ当たりである。しかし、行き場のない感情は行動に起こしてしまったアジサイへと向かう以外他ならなかった。

 

 

 

 王城へ帰還し、全員その日は、眠れぬ夜を過ごした。

 次の日になればエレイン救出の作戦も立てられるようになるだろうとジークはみんなに言い聞かせた。

 

 しかし、最悪は更に続いた。

 昨晩襲撃したメタトロンが突然玉座に転移したのだ。全員が玉座に向かう頃にはメタトロンの術中だった。

「来たか、我らを謀った者たち」

 メタトロンは美声を凍らせて語りかける。

「エレインをどこへやった?」

 ミオリアは激怒しながら問い詰める。

「あの女なら生きている。ネフィリ様と交換で返してやろう」

 メタトロンは交換条件を持ちかける。

 

「へぇ、ネフィリさんを持ち出すと?」

 アジサイはニヒルに笑いながら、メタトロンの方へ顔を向ける。

「天使殺しか」

「ウィズアウトも変な二十二人の天使、たしか調べたところパスと呼ばれる奴らだっけ、いやぁ、解剖しているときはとてもとても楽しかった。何せ大嫌いな天使族を好きなだけ細切れにできる」

「貴様、身の程を弁えよ」

「いいのかい? 俺は天使なら誰であろうと見境なく殺す。そこで思ったんだ。ネフィリさんの力が敵の手に渡るくらいなら破壊してしまった方が良いじゃないっかってね?」

 アジサイは一世一代の大立ち回りを始める。

「なにが言いたい?」

「つまりだ、お前らにネフィリさんが渡るくらいならネフィリさんここで殺してしまった方がいい」

 アジサイは一拍置いてから更に言葉を紡ぐ。


「ネフィリさんをそのまま連れ出すと死ぬように特殊な俺以外では解除することができない術式をネフィリさんの羽に埋め込ませて貰った。俺の思うだけでネフィリさんは木っ端微塵のミンチ肉になるってことだ」

「なんだと!」

「だから諦めな、おとなしくエレインさんでお前らは我慢していればいい」

「おいアジサイお前本当に」

 ミオリアは芯から冷え切った表情でアジサイを見つめた。

「うるせぇ! 天使なんか死ねば良い、妻を殺した種族を許せるわけねえだろ、たとえそれが、それが恩人の妻であってもだ。今は利用価値があるから生かしておくが生きてるのがデメリットなら殺せば良い、別にネフィリが死んだところで何一つこの世界に影響はない、むしろ害虫が減るだけ益ってもんだろ!」

 アジサイは憎悪に満ちた表情で狂気を浮かべながら笑った。

「死ねよ天使、お前らの計画を滅茶苦茶にしてやるよ!」

「ふははは、下等で劣悪なゴミ以下のようだな天使殺しは! 天使とあれば見境がない!」

 メタトロンは思いついた様に言う。

「そうだ、ネフィリ様の代わりにアジサイ、お前を交換条件に差し出せ、脳みそくりぬいてその術式を調べてやろう! 我らが至高天キリク様が!」

「へぇ、そんな仰々しい名前のクソがいるのか!」

 メタトロンを煽り立てる。

「その減らず口もすぐに黙らせてやる、決めた守護天使メタトロンは決めた。捕らえた魔術師と天使殺しアジサイの交換条件を! 場所はヴェスピーアの海上で身柄交換を行うでは劣悪種よまた会おう」

 玉座にてメタトロンは高らかに宣言し、転移魔術で姿を消した。

 魔力が残っていないことを確認するとアジサイはその場に座り込んだ。

「おい、アジサイ、お前本当にネフィリを?」

「するわけねえだろ、腐っても俺は所帯を持ってた男ですよ、そんなことするくらいなら腹割いて死んだ方が良い」

 アジサイは笑いながら言い放つと、自室に帰っていった。

 

 

 これからアジサイを待ち受ける運命を想像しながら――。

次回


獣ノ終幕82話「五分三十秒」



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