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竜ノ8話「人型は嗤わない」

 ジークは台地に立つ、目の前には人型がアマルナに寄りかかっている。ジークは事前に、他のメンバーに人型と一騎打ちをする旨を伝えていた。



 それがジークの信念だった――。

 


 人型は、アマルナを実態のある黒い影のようなもので縛りつけて、それに寄りかかるように座っていた。

 

ジークは大太刀を抜き、鞘を放り投げた。


 人型はぬるりと立ち上がる。その後、ジークの方に顔を向ける。黒い布のようなものに覆われたその姿はコールタールを塗りたくったような姿と形容できる。

 しばらくしてから、人型は自分の足元にある影から得物である二メートルほどの黒い金属と思われる棒を取り出した。直径は五センチほどでずっしりと重そうである。


 人型は棒を持つ左手の手首を下に向けて、上に来た棒を脇に挟み、等間隔の歩幅でゆっくりとジークに歩み寄った。


 刀一本分のより少し長いくらいの距離を取るとピタリと動きを止め、一礼した。



 それは、ジークを一人の戦士として認めるような気概を感じた。



 逆に言えば、最初から全力であるという裏返しでもある。



「なぁ、お前」


「――?」

 うめきに似た音が人型から聞こえた。


「……いや、何でもない」


 ジークは鼻で笑って、刀を構えた。


「んじゃあ、やるとするか」



 両者、大きく息を吸った――


 

 

「「勝負しようか!/―――ッ!」」

 

 

 

 ジークは目を黄色く輝かせ、残光だけがその場に残る。

 大太刀が人型の足元で鈍い光を放つ、太陽を照り返しに人型は救われた。ジークの切り上げに寸でのところで棒を当てがい、軌道を逸らす。

 そして、棒を切り返しの要領でジークの顎を目がけて素早い一撃を加える。

 

 

「二度も同じ手にかかるかよ」

 

 

 ジークは大太刀から手を放し、人型の持っている棒を掴み、そのまま強引に人型ごと棒を振り下ろす。

 

「――――ッ!」


 地面が壊れるほどの力でジークは人型を地面に叩きつける。人型は息を吐き出すと、即座に棒を手放しコールタールのような影を操り、ジークから距離を取る。


 棒は纏っていた影が剥がれ落ち、金属本来の姿になる。

「意外に軽いな、空洞になっているな」

 

 黒い筒状の鉄パイプのような形状だった。内部は螺旋状の溝がいくつも刻まれている。


「工業製品……それもかなり正確な金属加工……」

 

 ジークが一瞬の隙に人型は付け入った。



 ジークの頭蓋が震えた。

 何が起こったか理解できなかった。ただ鈍い衝撃がジークの視界を歪めた。

 

 ルネサンスと戦ったことで痛みに対して耐性が上がっているのか気絶することはなかった。

 よろけながら人型から距離を取ると、その場にしゃがみ、視界の歪みが落ち着くのを待つ。

 人型の姿を見て、ジークは驚きの声を漏らした。


「二本目かっ!」

「――――」

 何を言っているのかわからないが何かを言っていた。


 人型はジークに奪われた得物を拾うと、もう一本の方を陰に沈めた。

 棒を構え直し、ジークに諸手突きを打つ。ジークは後ろに飛び跳ね棒を掴むように手を構える。

 人型は左手を放し右足軸に体を回転させ棒のリーチを限界まで伸ばす。

 無論、ジークは既に棒を捕まえる準備が整っているため、リーチが伸びようがお構いなしに人型の得物を掴み取る。

 人型はジークが棒を掴んだ瞬間に一気に棒を引き寄せる。空中にいたジークは踏ん張りが利かないためそのまま引き寄せられる。

 

 引き寄せられた先には鈍く光る物があった。


 ジークが先ほど手放した大太刀が今は人型に握られている。影を操って刀を手元に手繰り寄せたのだ。

 人型はジークから受けた最初の一撃で自分の得物がジークに対して不向きであると判断し不意を突くような形で大太刀を拾い上げた。ジークの視界を人型の身体が遮り死角を生み出した合理的な動きだった。

 

 ジークはにやりと笑った。ジークにとって、この攻撃は大した問題じゃないからだ。人型の腕力でジークの強靭な体を切断することができないからだ。

 ジークは迫りくる刃を前に大きく口を開く。

  

 

 人型は驚愕したのが分かった。

 

 

 ジークは人型の攻撃を己の顎と歯で受け止めた。ちょうど口で真剣白羽取をしているような状態で。もちろん両頬は裂けて赤い体液が滴る。

 

 首を強引に動かし人型から大太刀を奪い取ると大太刀を持ち直した。

 

 

「――――――」


 

 ジークの持つ、驚異的な再生能力に物を言わせた受けは人型を驚かせた。

 人型は影を展開した。

 今、ここで影を展開したというのは、できるだけ使いたくないということでもある。つまり最後の手段と考えられる。

 

 

 ジークも黄色く輝く瞳を大きく見開く。

 

 この応酬で全てが終わるような気がしたからだ。

 

 ジークは上段に大太刀を構え、大きく一歩跳ねた。

 影が槍のように何本も飛び出しジークの足、腕、胴体に刺さった。

 

 

「うおおおおおお!」

 

 

 刺されてもなお、ジークは止まらず刃を振い降ろした。

 人型はジークのまっすぐな攻撃を受け止めるために水平に棒を掲げる。

 

 ジークはそれ見た瞬間、体を捻り、人型の両腕に刃を滑らせた。

 攻撃そのものは切断に至らないが、両腕の健を断つことに成功した。こうなっては両腕はしばらく使い物にならないだろう。

 ミオリアの身体の使い方に、ルネサンスの攻撃を合わせた一撃が繰り出された。

 

 人型は棒を地面に落とした――

 

 ジークはもう一度大きく振りかぶり、大太刀の切っ先を地面に吸い込ませるように振り下ろした・

 

 

 人型は両手を水平にまっすぐ伸ばし、ジークを笑った――

 

 

 ジークは首元に刃を置き、決着となった。

 

 

「――――」

 

 

 人型は最後に何かを言いたげだったが、何を言おうとしていたのか、ジークにはわからなかった。

 人型はその場に倒れ、事切れたように動かなくなった。

 

 

 コールタールのような影は既に消えており、アマルナは解放されていた。

 

「ほーん、いやぁ、助かったわぁ」

 

 アマルナは翼を広げながら言葉を発した。肥沃な土のような色の外殻が特徴的だ。

 

「なんか、すっげえラフなこと言い出したな」

「む、おお、お前は……誰だっけ?」

「俺はジークだ、アルスマグナと共に竜狩りをしている」

 

「あー、とうとうその時が来ちゃったかぁ」

 アマルナはジークの方に顔を寄せた。

「……いや、むしろ今来たのが良かったのか」

「どういうことだ?」

 アマルナは天を仰いだ。

「つい最近まで、私は穢れていた。豊穣の力を使ってこの大地を浄化し続けた。その結果、自身の身体に穢れが溜まり、疑似的な呪われた状態になった。わかりやすくいうと、やりすぎちゃったってやつ」

「なんか締まらねえ言い方」

「そんでな、穢れがたまり続けた私を助けた男がいて……死んでる!?」

 アマルナは人型が倒れているのに気づくと声が裏返った。

「なっ――」

 ジークは心底やらかしたと思った。

  

「あ、これ竜狩りがやっちゃった感じ?」

「え、あっ……はい……」

「ええ、まじかぁ、こいつめっちゃそこそこいい奴だったのに」

「急いで治療できるやつのところに連れて行こう。まだ致命傷じゃないはずだ、いや両手ガッツリ動脈まで」

 人型の一帯には血だまりが出来ていた。

「あかんやつや衛生兵を呼ばんか!」



「おーい、ジークさん、大丈夫かー」

 エレインがアルスマグナと共に現れた。

「エレインか、回復魔法は使えるか!?」

「回復魔術か。無論使える」

 エレインのこだわりがさく裂する。

「いや、そういうのいいから」

「ええい、なにやっとんねん、はよそこの倒れてるをやつ助けて!」

「ちょっと待て……これはっ!」

「神性侵食ですね」

 アルスマグナは冷静に人型の容体を診る。

「かなりひどい状態だ。よくこんな状態で生きていられるもんだ」

 エレインは人型の服を裂いて魔力で流れを診る。

「一か八か、このまま魔力搾取しよう」

 エレインは提案する。

「魔力搾取ですか、なるほど……」

 アルスマグナも賛成した。

「魔力搾取?」

 ジークは聞きなれない言葉に戸惑った。

「この人は自身の神性に肉体が耐えられずに肉体が崩壊している状態です。神性は超高濃度の魔力なので搾取すれば一時的に症状を抑えられます」

「具体的に言うと、この男の超高濃度の魔力を使って崩壊した肉体を再生させて、残りの魔力は適当な魔法を行使して魔力を抜く」

「なるほど、デトックスみたいなもんか」

 

 

「じゃあ行くぞ、まずは手首と肉体の再生だ」

 エレインが人型の手首に手を重ね、魔術を行使する。

「おお、これはすごい」

 即座に手首が再生を遂げた。

「では、魔術を行使する。」

「なんの魔法を使うんだ?」

「氷結魔術の最奥と呼ばれる、結晶魔術だ。超長時間溶けない氷を生成する魔術だ、作ったのはいいが魔力消費の割に使い道が夏場に飲み物を冷やすということぐらいの魔術だ」

 エレインは人型の額に左手を添えると、右手を空に示す。

 魔力を循環させ米粒ほどの菱形の氷を生み出した。氷は少しずつ大きくなっていく。米粒から小石、小石から拳ほどの大きさへと氷が肥大化する。

「緊急時じゃなければもっと色々な魔術に転用したかった」

 エレインは心底残念そうな顔をした。

 最終的に氷はジークよりも大きなものとなった。

「ここまで上質で尚且つ大きな物を作ったのは初めてだ。おそらく数年は溶けないだろう」

 エレインはどや顔で鼻を鳴らした。

「容体はだいぶ安定しましたね」

「おー、よかったよかった、私の穢れを無理やり肉体に流し込んで神性に変換していたからな」

アマルナは安堵した声を漏らした。


「んあ……」

 人型が声を漏らした。

「お、意識が」

「おー、声が戻ってる」

 真っ白い髪に黒い布のようなもので目を覆い服装は黒で統一された旅装束の男が起き上がる。ひどく痩せているのがわかった。

「いやぁ、助かったよ、危うく死ぬところだった」

 陽気に男は言葉を続けた。

「いやぁ、竜狩りジークだっけ、なかなか腕を上げたな、最初は切り返し一発で伸びとったのに」

 やけに聞き覚えのある声だった。

「最後、大太刀を口で止めるとは、いや、すげえな」

 とても懐かしい声のような気がしだ。

「なあ、あんた」

 ジークは静かに口を開いた。

「なんじゃい?」



 一瞬、静寂につつまれる。



「金髪?」

「巨乳!」



 ジークは確信した。この男は間違いなく前いた世界の人間でそして、友人であるということに。

「お前まさか!」

 白髪の男が歓喜の声を上げた。

「お前ぇ!」

「ふむ……ジークだったか、ここではその話は控えよう」

 女性陣を前に流石の旧友も場の空気を読んだ。

「そうだな……」

 

 

「ところで」

 アルスマグナが口を開く。

「ところで、アマルナはいつ倒せるのでしょうか?」

「その必要はない、私は本来死んでいるはずの者、おとなしく本来あるべきところに戻るのが摂理、竜狩りはきっちりと力を示した、魂はアルスマグナの元へ、肉体はジークの力になろう」

「そうですか」

「まぁ、そこアジサイが最後気がかりだった」

「いや、最後は心配かけたな、もういいんだな……」

「ああ、もういい……」

 アマルナは徐々に光となり身体が消え始めた。光はジークの身体に胸に集まり始める。

「間もなく……そう遠くない日に、アナグラムが目覚めるだろう」

 最後にそう言い残し、アマルナは消えていった。

 


ジークの元へアマルナの放った光が集まり吸収された。



 酷く苦しい記憶がジークの中で再生される。全身が重くまるで泥の中を泳いでいるようだ。一歩も動けない、口すら開けない、やっとの思いで開いている瞼に映るのは一人の黒い旅装束の男、アジサイだ。

「大丈夫、すぐ助けるよ」

 初めて口にした言葉はこれだった。ジークは、あいつらしいなと呟く。

「大丈夫、大丈夫」

 アマルナに黒い影を巻き付けた。あの影はアマルナの穢れを吸収するためのものだったのだ。

 それからアマルナは安堵したように目を閉じた。

 次に目を覚ましたときは、ジークがアジサイを倒した時だ。

 それまでアマルナを助け続けていたのだ。このアジサイという男はこういう性質なのだ。

 そこでジークの意識は戻った。


「アナグラム……だと」

 エレインは驚愕した。

「アナグラム?」

 ジークとアジサイは首を傾げた。

「以前、龍神族の生き残りの話をしましたね」

 アルスマグナは重々しいそうに口を開いた。

「ああ、あの御伽噺か」

「アナグラムは龍神族最後の生き残りの名前です」

「おいおいそれってまさか!」


「アナグラムは実在する可能性があるということです!」


 アルスマグナは驚愕していた。

「偉大な竜アルスマグナ、折り入って話がある」

 エレインは神妙な面持ちでアルスマグナに問う。

「何でしょうか?」

「アナグラムの調査をしたい、そちらとしても悪い話ではないと思うが?」

「ええ、いいでしょう、しかし、それは王城に戻ってからです。こちらはアクバ王との取引で王城に連れ戻すように頼まれているので」


「うっ……しかし、これは類稀なる一件、このチャンスを逃がせば次はいつ――」


「ジーク様の釈放もあります。自由に動ける強者は一人でも多いほうがいいでしょうに」


「それは……」

「この話はいったん王城まで持ち帰りとさせていただきます」

 アルスマグナは一ミリも曲げなかった。

 

 

「おっ、ジーク、大太刀貸して」

「ん、ああ、どうした?」

 

 

「んああ、新手が来たから」

 

 

「じゃあ俺も手を貸す」

「いいよいいよ、こっちは命救われてんだ、ちっとは借りを返させろ」

 ジークは鞘に収めてある大太刀を手渡した。アジサイは大太刀を受け取ると鞘から出さずにすたすた歩いていく。

 

「見つけたぞジーク!」

 騎士のような全身鎧姿の男が自分の背丈より大きな槍を握り山頂まで登ってきた。

「誰だっけ?」

「ジークさま、王城で私に槍を突き付けた」

「ああ、あのボケナスか」

 ジークは思い出したように暴言を吐く。

「あ、知り合いなら峰打ちにする?」

 騎士を目の前に余裕綽々の表情でアジサイは聞いた。相変わらず黒い布で目を覆っているため顔の表情は読みにくい。

「あー別に殺していいぞ、アルスマグナを殺そうとしたし」

「オッケー」


「盲目はすっこんでろ!」

 騎士は怒鳴るように叫んだ。

「あーこれ、サングラスみたいなもんで普通に見えてるから」

「まじか」

「そうだったのか」

「これは意外」

 ジークとエレインとアルスマグナは口を揃えた。

「うん、まじ、あっ、そうだ――」

 


「邪魔をするか、なら死ね!」

 

 

 騎士は槍を一直線走る。穂先はアジサイの心臓を狙っている。

 

 

「ならあんたも斬られてもいいのか?」

 槍に動じることなくアジサイは騎士に聞いた。


「ペラペラと小癪なっ!」

 騎士は速度と体重を乗せた重い一撃を放ったがアジサイは既に槍先にはいなかった。


 

 その場にいた者たちが次に見たのは切り上げられる騎士だった。

 

 

 居合斬り、と呼ばれるものだった。


「恨んでくれていい……」

 アジサイは刀の柄を回す様に返しながら大太刀をその場で一回転させる。その後指で血を拭いながら大太刀を収めた。

 

 

 通常、居合切りは自分の腕よりも長い刀ではそもそも抜刀できないと言われている。しかしアジサイはそれをやってのけた。


「今のどうやった?」

ジークが質問する。

「大太刀専用の抜刀術があるのさ、今のは『釣抜』っていう技、実戦では初めて使っだけど」

「相変わらず無茶苦茶だな」

「そうでもないさ」

 アジサイは謙遜した。

「そうかぁ?」

 

「ああ、今のでふくらはぎ攣ったわ」

 

「ほんと、お前、昔から変わらねえな」


 ジークは内心で思った。お互いそうだが、人を一人殺した人間の反応じゃない。と――

 ミオリアからスキルによって殺人への罪悪感や抵抗がものすごく薄くなるスキルが判明しているがアジサイはどうだろうか、彼もそうなのだろうか、それとも生粋のそれなのか、ジークにはわからなかった。


「まぁ、どっちにしろお前なら変わらねえか」

「ん? どした?」

 

 ジークの疑念はポイ捨てするようにどこかにやってしまった。


どうも、白井です。最近雨ばかり降っていますね。読者の皆さまもお体に気を付けてください。

さて、「この異世界は酷く浅い」も、もう8話です。早いものです。おつきあいいただきありがとうございます。誤字脱字誤記に漏れなどがありましたらお気軽に申し付けください。


次回予告

天ノ9話「竜を狩る者、龍を追う者」


来週はミオリア無双です。


無双と言ったなあれは嘘だ。


追記2018年7月1日

予想以上に文量が増えてしまったので話を分けます。

お詫びとしておまけを少し入れておきます。

誠に申し訳ございません

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