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天ノ79話「ミオリアの疾走」

 

 ミオリアは大地を駆けていた。

 誰よりも速く。

 

 たどり着いた場所は宝石の領土ジュエルムート。ここに天使が居ることは情報で掴んでいた。

 ミオリアは街中を駆け回り天使を探し出す。既にミオリアは天使を一度見ている上に自信の持つスキルも駆使して特定するまでにさほど時間はかからなかった。

 見つけると同時にミオリアは天使に攻撃を仕掛ける。

 

「まず一体目!」

 不意打ちでまず一人目の天使を討ち取る。

 天使たちは即座にプロテクトを発動させて対抗する。

「敵はミオリア、イシュバルデ最速の男だ!」

 ミオリアはそんな言葉さえも置き去りにする。神速の足運びは矢のように速く鞭のように柔軟で複雑な軌道を描く。

 天使族が武器を手に取る時には既に二名の天使を地に伏せさせた。

「どうすればいい!」

「全く見えない! 人間の分際で!」

 ジュエルムートの特有の砂岩でできた神殿造りの建物を縦横無尽に駆け回る。開けた建物にジュエルムートの平地はミオリアの足を最高潮までに高めることができる。といっても砂漠地帯であるが故、足に来る疲れは通常の倍近くになる。

 両手に持ったナイフは鮮血を滴らせながら、残り二人の天使を追撃する。


 その光景は一方的な暴力である。

 

 何者も追いつくことができず、何者も反応することさえままならないミオリアの一撃は、電光石火の四文字ですら遜色してしまうほどであった。

 僅か一分間で天使族の首が四つ地面に転がっていた。

「はい、お疲れ」

 ミオリアはそう言うとナイフを振って血を払うと次元倉庫を展開しナイフを放り込む。

「あー、疲れた、帰って寝よ」

 気怠そうに呟きながら、布袋に天使の頭を放り込む。観光でもしようかと考えるが、ジュエルムートで買い物なんて、ネフィリとエレインに指輪を買ったとき以来である。

 しかし、手ぶらで帰るのもそれはそれでばつが悪いというもの、ミオリアは布袋を次元倉庫に放り込むと宝飾店巡りをすることにした。

 問題はミオリアがあまりアクセサリーに興味がないと言うことである。正直に言えば、ネフィリとエレインの指輪の号数さえ知らない。

 ここは一つ、ネックレスかブレスレットを見繕うことにする。砂漠地帯特有の乾いた風に煽られながらミオリアは砂岩の街を歩き回る。

 そう言えば、アジサイやジークにも土産物を忘れていた。ミオリアはそれも視野に入れつつブラブラする。

「ちょいとそこのお兄さん」

「おん?」

 二十代後半くらいの露店に立つ男がミオリアに声をかける。

「これ知ってるか、最近見つかった鉱物なんだが、人間の持つ波長で色が変わるんだ」

 店主はそう言いながら白濁色の石を見せる。男が石に触れると黄色に変色した。

「この石にお兄さんも触れてみ」

 ミオリアは言われるがまま指を伸ばすと無機質な冷たさと共に、石が赤色になる。

「おーすげえ」

「実はこれ、同じ石を何個かに分けてそれぞれの人が肌身離さず持っていると、面白いことに誰かが死ぬと他の石も同時全部割れるんだ」

「へえー本当か?」

「ああ、最近じゃ医者もよく使ってる本物さ」

 たとえこれが詐欺であったとしてもミオリアの財力では全てが端金である。

「これをアクセサリーにできるか?」

「ええ、指輪でもネックレスでも髪飾りでもなんでもお申し付けください」

「あー、それじゃあ――」

 

 

「まいどあり!」

「おう、どうもー」

 ミオリアは荷物を受け取ると次元倉庫に格納する。

 昼頃ということもあって空腹の音がミオリアの耳にも聞こえ始める。

 とてもつい先ほど四人の天使を殺したとは思えないほど穏やかにミオリアは昼餉を貪る。ジュエルムートは宝飾の領土ということもあり行商たちがあくせく忙しそうにしている。

 何より食文化は独特で、わかりやすく言うとファースフードのような早い、安い、美味いの三拍子と不健康の休符が揃っている。

 たまにはこのチープなハンバーガー(のような何か)を片手に炭酸の利いたコーラ(のような何か)を流し込む至福も良いものである。

 追加で注文を考えたが、考える前にハンバーガーに今度はチーズが挟まっているやつとフライドポテト、そしてコーラを注文する。

 ミオリアの運動量を考えるとこの程度のカロリーは取るに足らないものである。しかし、暴食をエレインに注意されてからは少しばかり気にするようにしている。いくら運動している仕事とは言え、三十路付近になると健康面が心配である。

 しかし、今日はこんな贅沢をしても許されるほどの功績をのこしているのである。あの天使を不意打ちで四人も討つことができた。

 これが相手も準備万端だったらミオリアも数分は苦戦を強いられるだろうが、今回は天使の方も昨日の今日で強襲されるなど夢にも思わなかったようだ。あの慌て様は見物であった。

 店員がトレーをミオリアの眼前に置くと一瞥して次の客を相手にしていた。分厚い肉とカリッと焼けたバンズを口に押し込むと、じゅわりと広がる肉汁が口腔内を恍惚な香りと刺激的なスパイスの辛み、そして何より肉のうまみと油が蹂躙を始める。ひとしきり波が収まると今度はチーズ独特の濃厚な香りとミルキーな味わいがとどめの一撃を放つ。

 咀嚼するごとにパンと肉、そしてチーズが混ざり合いより一層にうまみが増す。これ以上にない幸せだが、このくどくなり切った口をコーラが全てリセットする。

 安いのに贅沢、これこそジャンクフードの極意とも言える。

 この強烈なハンバーガーの余韻を保ちながら、箸休めを誘発させてくれるのが油で揚げた芋である。芳醇な香りと塩気、そして芋の中にある甘みが高揚感を維持させながら、気持ちをリセットさせてくれる。縁の下の力持ちとも言えるその働きにミオリアは満足する。

 程なくしてハンバーガーとポテトを平らげ、コーラを食道に流し込むと一息ついた。

 

 ミオリアは金を支払い、店を後にする。

 

 ジュエルムートは業務上あまり立ち寄ることがないため流通が多く、比較的安値入手できる貴金属をエレインの土産に、宝石をネフィリの土産にすべくさらに買い物をすることにした。

 ミオリアは天使狩りにアクバ王から一ヶ月の期間を与えられていたが、実際は一日も必要としなかった。

 本来であれば天使を生け捕りにして情報を吐かせるのも仕事のひとつだが、それはアジサイが懇切丁寧に行っているはずだ。

 ジークは両腕が骨の髄まで炭になったことで、療養中だった。とはいえあの男のであれば肉体を修復するのに対した時間は必要ではない。

 ミオリアは夕刻まで買い物をすると、ジュエルムートで一週間ほどホリデイを楽しんだあと、王城に帰還した。

 

 


「おかしい何で一週間経っても腕が回復しねえんだ?」

「龍神演武と竜炎の使いすぎ、それに内蔵も焼き肉状態ですので生きているのが不思議なくらいです」

 アルスマグナは淡々リンゴの皮を剥きながら説明する。

「三日は飯もまともに食えなかったしな」

「点滴……でしたか、あれのおかげですね。アジサイ様が開発したあの栄養補給方法」

「俺らの世界じゃ一般的な医療行為だがな」

「ともあれ、内臓が回復したので今度はエネルギー補給です。食べないといつまで経っても回復しませんし」

 病床のジークに切り分けたリンゴをアルスマグナは給餌する。

「どうも」

「こちらこそ、早く快方に向かってもらわねば困ります」

「そうだな……あっ」

「どうかなさいました?」

「言おうと思って言い忘れていたが――」

 ジークは一拍置いて呼吸を整える。


「俺の家な」


「おーっすお疲れー」

 ミオリアが意気揚々と病室に入る。

「ゲッホゲッホ!」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないっすね、主に先輩のせいで」

 ジークは不可抗力とはミオリアに冷たい視線を浴びせる。普段から人殺しの目つきと言われているほど鋭く濁った目をしているが、今日は特に酷い。

「え、お、おう、悪かった」

「それでどうしました?」

「いや、天使狩りついでにジュエルムートで買い物していた。今日は土産を渡しにな」

そういうとミオリアはアクセサリーの入った箱をアルスマグナとジークに渡す。二人は顔を合わせてから箱を開けるとジークにはネックレス、アルスマグナにはピアスが収められていた。

「綺麗な石ですね」

「これはえっとなんだっけ、名前は忘れたけど、一つの石を分けてアクセサリーとかにして分けると、所有者のどちらかが死んだ場合、もう片方が割れて死んだことを教えてくれる変わった石なんだが、それよりも触れた人の色になるっていう性質が面白くて買ってみた」

「なるほど?」

 ジークはアルスマグナに頼んでネックレスを付けると、丁寧にカットされた犬歯状の石が透明感のある黒色に三本の爪で抉った模様に変色する。

「うわ、すげえデザインなったな」

「先輩は何色ですか?」

「黄色に紫のラインが入ったやつ」

 そう言うとミオリアがブレスレッドを見せる。黄色の宝石に紫の残光が差し込めるような意匠と変化していた。

「アルスマグナさんは、綺麗な青色だな」

「いや、先輩、赤色では?」

 ミオリアとジークは顔を見合わせた。

「どういうことでしょうか?」

 アルスマグナが小首を傾げると、青色だったものが緑色に変化していた。

「これは、すげえ」

「七色ですね、光の入り方で色が変わるんですね」

「面白いな」

 二人はアルスマグナの耳をまじまじと見つめる。

「あの、少しは恥ずかしいので……」

 頬を赤らめながらアルスマグナは照れくさそうにしていた。

「わざわざありがとうございます」

「一応、俺、ネフィリ、エレイン、ジーク、アルスマグナさん、アジサイの六つに分けてそれぞれ用意した」

「誰かが死んだらわかると?」

「まぁ、噂だし、実証もされてねえ」

 ミオリアは少し顔色を暗くする。

「アジサイですか?」

「ああ、流石に右腕損失は痛い」

「本人も覚悟の上だとか行ってますが、相当きていると思いますしね」

「ああ、だから少しでもあいつの為にと思って天使を殺してきた」

「そしてあいつも天使狩りか……」

「思っていた以上に天使は雑魚だった」

「先輩は伊達に国の一番ですからね。余裕じゃなきゃ辛いでしょうに」

「まぁーな、ただ心配だなぁ、隻腕で天使」

「そうですね、といっても一週間経ってますし」

「そうだな、まぁ、あいつなら大丈夫だろ?」

 

 

 ゴンゴンッとまるで扉を拳でたたきつけるような音が響く。

「はーい」

 エレインが狼狽した表情でジークとミオリアに向かって叫ぶように言う。

「アジサイが戻ってきた」

「お、噂をしたら帰ってきたのか」

「噂をしたらなんとやらですな」

 二人は暢気に答える。エレインは声音を荒げながら叫ぶように伝える。


「大怪我ってレベルじゃない! 大惨事だ!」

 

 二人はアジサイの居る個室に向かうと、おどろおどろしいその光景に目を疑い、そして心底後悔する羽目になった。

「顔の肉が剥離して両目欠損、それに加えて左腕も上腕から欠損……大量出血によるショック状態だったが今は何とかなって峠は越えたが……」

 エレインは唾を飲み込んで一息入れる。

「アジサイは、もう一人でトイレに行くことも食事をすることもできない……」

「嘘だろ……」

 ジークとミオリアは地面に倒れ込むようにその場に崩れ落ちた。

「何があったんだよ……」

 

「いや、なんて言うこともないです。敵に情報が漏れていたんですよ、どこで漏れたかはわかりませんが、もう少し用心しておくべきでしたね」

 アジサイは相変わらず優しげな声音で言葉を紡ぐ。

「喋って大丈夫なのか?」

 ミオリアが言葉を投げる。

「大丈夫です。しかし、まぁ、自分はもう戦えないですね。暗闇の世界というのは残酷ですね」

「失明だもんな」

「これじゃあ、三人娘のパイオツを眺められないのが惜しくてしょうがない」

 ジョークなんとかアジサイは言うが、笑うに笑えない状況でしかなかった。

「なぁ、なにがあったか教えてくれ」

「……いいですよ」

 

 アジサイは静かに話を始めた。


本日3話連続投稿につき81話に後書きを記載します。

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