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獣ノ78話「再生不可能」

 

「再生不可能ですか」

「うむ、肉も骨も潰れて組織がズタズタだからな」

「そこを切除しても?」

「今度は肉が足りなくて再生不可になる医療の進歩に期待するしかない」

「まじかぁ」

「ずいぶんラフだなアジサイ?」

「んまぁな、取れちまったもんは仕方ない、診察助かりましたエレインさん」

 アジサイは診断結果を聞くとそそくさと診察室の扉に向かった。

「おい、お前は当分入院だ」

「いやぁ、お仕事がねえ?」

 剽軽者を思わせるような態度でアジサイは道化のように笑う。

「そんな体で何ができる? ペンもろくに滑らせない手で」

「色々できるさ、それに戦線復帰もしないといけないしね」

「馬鹿者、戦闘なんて論外だ! 自殺行為だ!」

「……そうかも知れない」

 アジサイは数秒黙り込む。

「でも、行くしかないんだ」

「なんでだ……死にたいのか?」

 アジサイは何も言わない。

 ドアが酷く落ち着いた音で閉じた。

 

 アジサイは最近、感覚がわからなくなっていた。意識すれば痛みもあるし触覚もある。食事も意識さえすれば美味い不味いもわかる。

 ただ意識しなければ何もわからない。

 

 典型的な躁鬱病であった。自覚できてそれを理解してしまっている。

「耳鳴りがやまないんだ。ずっとキーンってうるさくてさ」

 復讐心なのかそれとも元来、アジサイという生き物はそういう性質なのかはもう既にどうでもよいことだった。

 右腕亡くしてから、右手に激痛が走る。

 

 あるはずもないのに。

 

「言うのを忘れていたが次の会議私も参加するから行き先」

「あのエレインさん、すっごく恥ずかしいので今のなしで」

 

 玉座に向かうと、懐刀に円卓七騎士、ジークと部下であるアキー、ダチュラ、ヘムロックが既に集まっていた。

「遅かったな、腕の方はどうだ?」

 アクバ王は静かに髭を撫でる。相変わらず威厳のある声は半ば恫喝しているようにさえ聞こえるすごみがある。

「あってもなくても同じっす」

「そうか、ならば仕事をくれてやろう。天使狩りだ」

「タダでもやりますよ」

 アジサイは冗談気味に言う。

「威勢がよいな、さて、さすがに隻腕にも慣れていないだろう、円卓七騎士のシャルルをつけてやろう」

 アジサイは先ほどまでの笑顔が嘘のように消え、目を見開いた。

「アクバ王、そいつは何かの間違いでしょう?」

「不服か?」

「ええ、円卓七騎士と組むくらいなら、部下三人連れて行く方が使える。何より信用ならない、ドブネズミと組んでる方が気楽」

 侮蔑に満ちたアジサイの言葉は円卓七騎士の表情を険しくさせた。

「騎士だかなんだか知らねえが、温室育ちの坊ちゃん嬢ちゃんのおもりなんざ面倒」

「アジサイ!」

 ミオリアが間を取り持とうとするが、かえってアジサイを怒らせることになった。

「こいつらは! テメェの部下すらまともに教育できねえんだ! 人の上に立つ者たちが管理できてねえんだよ! 大体、ウォーゲームだか何だか訳のわからんものを俺の許可なく不当に吹っ掛けて来て謝罪の一つもない、こっちは部下が強姦されてんだぞ、それをゲームで済ませろだと? 冗談じゃない……冗談じゃない!!」

 アジサイは一息言い放つ。

「実行犯は処罰した」

 シャルルは落ち着いた声音で言う。アジサイは季装を展開すると、ふわり体を浮かせてシャルルに詰め寄る。

「じゃあなんでお前はその席にいる? 再発防止案は? 謝罪は? 何もしていないお前がやったのは汚物の悪臭を風で飛ばしただけだ。肝心の汚物は消えちゃいない。どうせまた起こる」

「確かに、それを言われると耳が痛い。ただこの席は実力でしか勝ち取れない。試してみるか?」

 シャルルもこの言われように腹を立てたのか無言でウィナーを前に出す。アクバ王は子供のような無邪気さで傍観している。

 ウィナーは本気でアジサイを殺そうとしていた。

「腕なしが――」

 ツーハンデットソードと短剣を持ち出すとアジサイと距離を詰める。

「手の施しようないだろ?」

 アジサイはそう言いながらショットガンM870を取り出す。

「知っている、その武器は片腕で得物を保持してもう片方の腕で弾を込める、片腕では操作できない」

 詰め寄るウィナーを横目にアジサイは片膝をつきM870のストック膝に挟むとポーチから弾薬を二発取り出し、素早くショットガンに装填する。フォアエンドを持ち拾い上げると一気に持ち上げてフォアエンドを引き自重で元の位置に戻る。あとは器用に持ち替え、ストックを左肩に掛ける。

「さて、二発だ、避けられるかな?」

「既に俺の得物が届く距離だ」

 ツーハンデットソードがアジサイの首を狙う。しかしアジサイは物怖じ一つせずショットガンの引き金を握り込む。

 乾いた発砲音の直後に金属に当たる。

「そろそろやめろ」

 アジサイの放ったスラッグ弾はジークの右腕に収められ、ツーハンデットソードは左手の人差し指と親指に摘ままれていた。

「いいよ」

「あと謝れ、この場を収めるために」

 ジークが呆れながら言うとアジサイは素直に膝をつき謝罪を述べた。

「身の程を弁えない態度、失礼いたしました」

 ウィナーは剣を収めるが不服な表情していた。ジークはウィナーを一瞥すると、命拾いしたなと小さく言い捨ててミオリアの後ろに戻る。

 

 結局、ここまでの騒動となりアジサイは協調性皆無ということで単独で天使を狩ることとなった。

 

 

「全く、あの白髪、失礼極まりないですね」

 ウィナーは敬愛するシャルルに憤慨を述べた。

「そうだな」

「でもジークが止めなきゃ白髪は私が消し炭にしてやりましたよ。見ましたかあの手のひらを返すような謝罪」

「ウィナー――」

 シャルルは立ち止まる。

「あの時、君は少なくとも三回は死んでいたよ」

「……どういうことですか」

 ウィナーを初めとした他の円卓七騎士も首を傾げた。

「そしてこれで四度目だよ」

 シャルルは天井を見上げる。

「よぉっす」

 アジサイは物音ひとつ立てずに天井に張り付いていた。

「なっ――」

「そんなに驚くことないだろ、俺は騎士じゃないし、どっちかって言うと暗殺者に近いからねえ」

 アジサイはひょいと廊下に降り立つと欠伸をする。

「して、何用だ?」

「んああ、円卓さんの忘れ物さ」

 アジサイは布袋を手近に居たウィナーに渡す。

「んじゃ、俺は行くから」

「おい、待て」

「なんだい? えっとウィナーさんだっけ?」

「勝負しろ」

「やめとくよ、うちのミオリアはああ見えて俺たち三人の中じゃ一番の常識人なんだ。常識人に怒られるのは、嫌だからね」

「屁理屈を捏ねて楽しいか?」

 アジサイは先ほどまでのお気楽さを表情から消すと、一瞬でウィナーとの距離を詰める。

「アジサイ殿うちの騎士が失礼した。これで帳消ししてほしい」

「……よくわからんが良し!」

「シャルル様、まだ私は!」

「シャルルさん」

 アジサイは静かに尋ねる。恐ろしく静かに。

「もう行ってもいいかい?」

 誰が見ても雰囲気は異常だった。

 シャルルは一瞥するとアジサイは静かに笑い、その場を後にした。

「……あれが、狂った人間の末路だ。ウィナー、ああいう男には成ってはだめだ」

「ええ、あんな無作法者にはなりません」

 シャルルはまだ経験が若すぎるウィナーに期待してため息をついた。それから彼に布袋を開けさせる。

「これっ――」

 ウィナーは不意に布袋を投げ捨てる。中から三つの頭が転がり出てくる。よく見なくてもそれが人間の頭であることは明白だった。

それが何を意味しているかウィナーはようやく理解した。

 そしてそれ以上詮索することを止めた。

 

 

 空中を飛びながらアジサイは黙考する。片腕を無くしたのはとてつもない痛手だが、それでも仕事をしなければならない。

「この仕事が終わったら引退かな……んでも、あいつらがまだまだだしなぁ……」

 アジサイはため息をつきながら今後のことを考えるが、これが杞憂に終わることをまだ誰も知らなかった。

 ヴィストークの郊外、アジサイの隠れ家に着くと無邪気に走り回る幻想種の子供(もこもこした白とか黒とかの毛玉)がはしゃいでいる。

 ここは元々、スピカの故郷だったのだが焼き討ちに遭い今は廃村となっていた。アジサイが保護した魔獣たちはここに預けられ管理されている。

 最近は大所帯となり、維持費もかかっていたがアンラを初めとした比較的人間に体型を近づいている者たちが商会に立ち会い魔獣から出る副産物を売り自給し始めた。それどころか田畑酪農まで事業を興し始めている。

「お疲れ」

 アジサイは村の中で一番大きな建物に入る。中に入ると書類がずらりとと並べられており、奥の机にはアンラが書類を片付けている。

「ふむ、貴様か……腕はどうした!?」

「右腕は千切れちまった」

「事故か?」

 深緑の肌を震わせながらアンラは心配そうな表情になる。

「竜と一戦あってね」

「竜か……ずいぶんと上まで上り詰めたな」

「まぁね、というかここもすごい大所帯になってきたね」

「なかなか町興しというのも面白いものでな、最初は自分の若葉を自分で食べる生活だったがな」

 爪に火を灯す生活だったとどうやら言いたいらしい。

「今は回ってるんだろ?」

「ぼちぼちというところだな、今は港を作っているところだ。陸路は行商人が物珍しさからか商売を持ちかけてきている。なかなか売れ行きがいいのが蜘蛛の神獣タラントが作る布地だな」

「いいね、それ以外は?」

「クイーンアピスの蜂蜜も売れ行きがいいな、それとスライドロックボッターの海上護衛は海商たちの中では絶大な支持を得ているな。何せ金に糸目をつけなければ神獣が船を守ってくれるのだからな、それつながりで港の件も持ち上がっている」

「なるほどね、だがスライドロックボッターはまだ幼い、注意してくれよ」

「そうだな、護衛の時は私が船に同行している。潮風も海水も嫌いだが気晴らしになる」

「そっか、まぁ、またなんか拾ったらここに来るよ」

「貴様――」

「なんだい?」

「その腕で戦うのか?」

「うん、ただこの仕事が終わったら引退かもね」

「どこか行く当てが?」

 アンラの質問に対してアジサイは地面を指さす。

 それ見て一安心したのか、アンラはデスクに視線を落とした。

「知っていると思うが最近、天使の噂がある。無くなったらここへ来るといい」

 アンラは全てを承知した。アジサイの杞憂がまたひとつ終わる。建物を出るとアジサイは最後に魔獣の村を遠くから見下ろした。

 

 

 

 次にアジサイは向かう場所は領地ゲルダ、歌の都と呼ばれている芸術の都市である。そこに天使が潜伏している。アジサイの仕事は天使の抹殺と情報収集である。

 既にアキー、ダチュラ、ヘムロックをゲルダに派遣し情報を探させている。

「はい、お疲れ」

 アジサイは今回の拠点である家に入る。二階建ての地下付きの物件でここで一ヶ月ほど滞在する予定である。

「アジサイさん、意外と早かったですね、こっちも到着したばかりです。馬が不調で遅くなりました」

 アキーが状況を説明する。

「わかった、大変だったね」

 アジサイはそう言いながら装具を解除してテーブルに視線を落とす。窓は全て閉め切られており、部屋は防音術式など対策が施されている。

「これがゲルダの地図になります。現在地はほぼ中心、お膝元ですね」

「天使の噂を聞いているのはここより南西の地域で報告が多いです。商人に聞いた話だとここ数ヶ月で一気に稼いだ奴らがいるという話を聞きました。おそらく天使が魔術的になにかしたのだと思います」

 アキーが要点をまとめる。

「その地域は魔力濃度が高いです。特に教会」

 ダチュラが補足を入れる。

「教会……たしかここって」

「天使教ですね」

 イシュバルデで主流となる宗教は大別して二つ、空神教、天使教である。マイナーなところでは鬼神教、龍神教などもある。文字通り四大種族のどれかを信仰している。

「天使にベストなわけか」

「そういうことになります」

「うん、厄介だね。でもまぁ、やりやすいよ」

「敵だらけに成りかねないのに?」

 ダチュラは不思議そうな表情をした。

「うん、そりゃあ、表だってぶっ殺せば街ぐるみでお祭り騒ぎになるけど、天使が大手を振って歩ける場所でもあるんだ」

 アジサイが出したヒントに最初に食いついたのはアキーだった。

「情報が引き出しやすい!」

「正解! うんうん、最近は胸だけじゃなく頭にも色々詰め込まれて何より」

「スケベですよ」

 アキーは冗談を受け流す。

「はっはっは、さて天使の数と戦闘能力、気質をまずは調査だ」

 アジサイは三度手を叩いてその場にいた者の気を引き締める。

「アキーは敵勢調査、ヘムロックは飯の買い出しアキーとできるだけ行動しろ、ダチュラは俺と備品のチェックだ。不満があるやつはいるか?」

「お食事ですが、肉と魚どちらが良いですか?」

 ヘムロックが手を挙げる。

「肉がいい、デザートはヘムロックの好きに選んでいい、調理担当の特権だ」

「はい、承知しました」

 ヘムロックは返事をするとアキーと共に家を出て行く。

「さてダチュラ、整備の時間だ」

「地下に運んであります」

 二人で地下室に降りると照明術式で地下室は明るかった。作業台の上にはまだ手つかずの備品が並べられている。

「うん、整理されているいいじゃないか」

「一応、銃器類は出立前に三人でチェック、調整まで完了しています。現地についてから簡単に見ましたが錆などはないです」

「銃は何をチョイスした?」

「ライフルとショットガンそれと拳銃です」

「そっか、じゃあ作品はいくつ持ってきた?」

 ダチュラは元々手先が器用でモノ作りを好む気質があった。アジサイは琴線をなぞる様にダチュラの感性を刺激した結果武器作成に熱中するようになった。

 元エンジニアであるアジサイのノウハウを踏襲したダチュラの腕前は工房連中顔負けになりつつある。

 アジサイ的には彫金師として育てたい想いがあったが、それとは裏腹に武器の機能美に惹かれすぎているのがため息モノである。

「ここに――」

 作業台の上にかぶせられた布を取るとアジサイは目を丸くした。

「おー、これは、これはすごい!」

 ネックレスからヒール、そして銃弾一発まで並べられている。

「ドレスと装飾品、それに合わせた武器になります」

「このブローチ、うわぁルーンか」

「ルーン魔術は魔力を込めれば誰でも使えますからね」

「品質の均一化か、グレイト!」

「ちなみにそのブローチは魔術による通話を妨害する術式が込められています」

「こっちのネックレスは録音録画機能をつけています。こっちのピアスは魔力を感知して振動するように設計しています」

「このドレスは?」

「防弾防刃加工のドレスです。質感はちょっと本物の素材とは違うのですが、遠目からは気づかれないかと」

「いや、胸元を開きすぎじゃねえか?」

「幸い、私たちは誰かさんの意図的なチョイスからかずいぶん脂肪が詰まっていましてね、ネックレスと併せて顔を録画しやすくしています。王城の兵士と貴族で実験しているので効果は覿面です」

「発想がエグい」

「ちなみにアジサイさんのもこしらえていますよ」

「いや、流石に俺は女装しないよ」

「タキシードです」

「あ、はい」

「とは言え、右腕を無くしているのでこれは使えないと思いますというか腕がないので怪しさが限界を超えているので表に出ない方が良いかと」

「うっ、正論だ」

「全く……そう言えばその腕は治るんですよね?」

「え、ああ、直らんって」

「……そうですか、その腕でこれから戦うんです?」

 アジサイは首を縦に振る。ダチュラはため息をついてテーブルの奥に置いてある木箱を取り出す。

 中を開けると、精巧に作られた金属製の腕があった。

「まだ作成中ですが、お役に立つかなと思います」

「……ダチュラ」

「はい……」

「これ左手だ」

「あっ! あああああああ!」

「でもありがとう、うれしいよ」

「どうしよう、今から組み替えても最低でも一週間は注力しないと……」

 自分のミスに狼狽するダチュラをよそ目に、アジサイは季装を展開する。

「ダチュラ、腕ならもうあるよ」

 アジサイは冷気を錬成すると右腕の切断面から氷を伸ばし始める。

「氷の腕……?」

「装具も使いようさ、ちょっとコツがあるけどね」

 氷の右手でアジサイはブローチを掴むといろいろな角度から精巧さを眺めた。それからブローチをテーブルに戻すと装具を解除する。

 当然先ほどまであった右腕は空気中に離散し跡形もなく消え去った。

「まぁ、魔力上昇が厄介だけどね」

「そうですか……」

「だから、完成楽しみにしてるよ」

 アジサイはそう言うと椅子に座り、ダチュラの作品をチェックした。

「隣いいですか?」

「どうぞー」

「以前から聞きたかったのですが良いでしょうか?」

「なんだい?」

「その、風の噂で聞いたのですが、アジサイさんは奥様を天使によって亡くしたと」

「……あってるよ、天使族のウィズアウトっていう奴らだ。ピーシーっていう女の天使で……目の前で殺されたよ」

「本当だったのですね」

「さらに言うと、殺されたのは二人だよ」

「二人? 奥様が二人いらしたんですか?」

「違うよ、妻の――スピカの腹には子供がいたんだ」

 それを聞いたダチュラは目を大きく開き胸を押さえた。

「それって、そんなのって――! 憎くないのですか?」

「憎かったよ」

「今回の一件は復讐ではないのですか?」

「復讐もあるけど勅命だからね、とはいえ、アクバ王には感謝してるよ、たぶん王城で一番天使を殺すことに抵抗がないのは俺だからね、人もだけど」

「あの、ついでに聞くのですが十万人殺したのってあれも」

「事実だよ。もし嘘だと思うならダンンプトエルに行ってみるといい、死体の山が未だにそのまま放置されているから」

「辛くないのですか?」

「辛くないのが辛い」

 アジサイは寂びしそうに呟いた。

「そうですか」

 二人は手を動かしながら会話を続ける。

「俺みたいになるなよ、というか、それなりに金が貯まったら軍人とか冒険者とかは辞めた方がいい」

「向いてないからですか?」

「死んで欲しくない」

「前々から思っていたのですが、どうしてアジサイさんは軍人に?」

「いやいや、俺は軍人じゃないよ、元々は環境調査員だったんだ。魔獣の生態とか各領土の調査をしていたんだ。それで冒険者ギルドの調査をしていた際に戦闘能力を見いだされてズルズルと引き延ばしていた結果、これだよ」

「でも、まぁ、ズルズルしてなかったら私とヘムロックは、今頃は」

「もっと幸せな家に迎えられて、家族のように過ごしていたかもな」

 アジサイは、冗談交じりに言う。

「ここまでの自由はなかったと思いますよ」

「さて、こっちは確認終わり」

 アジサイは話を切って立ち上がる。

「こちらも終わりです」

「今日はひとまずこんなもんかな、あとは自由!」


「ただいまもどりましたー!」

 地上からアキーとヘムロックが戻ってくる。二人は備品から調理器具を持って一階に上がるとキッチンに向かった。

「お疲れ、今日の晩飯は?」

「ステーキにしましょう」

 ヘムロックがどっさりと食料品をキッチンのテーブルに置くと、エプロンを着けて料理の準備をする。

「よろしく」

 アジサイはヘムロックに調理器具を渡すとリビングにある備え付けのソファーに寝転がった。

「食事中に天使の話をするからアルコールはなしな」

 ヘムロックはうなだれた表情をしていた。

 アジサイは天井を見上ながら、状況を整理する。天使は全員で二十二人おり、そのうちの十一人は既に討伐済み。

 懐刀のグーラントが捕らえた天使族を尋問したところあの二十二人の天使についていくつか情報を手にすることができた。

 生き残った天使たち計十一名は四、四、三で別れ、三人はゲルダへ、四人は王城から見て西に位置した領土ジュエルムート、そして最後が南東に位置したヴェスピーアに向かった。

 この天使たちはそれぞれ名前を持っており、アジサイたちが相手にする天使はベート、ギーメル、ダレットの三名である。

 現状わかっているのは、天使は全て美しい女性で背中には翼が生えている。対魔性も高く生半可な魔術では傷一つ付けられないという情報だけである。魔術への理解も深く、全ての天使が最上位魔術を行使することができる。懐刀、円卓七騎士レベルの人間でなければ相手にならないそうだ。

 ただそんな天使だが、魔術でない攻撃には耐性がないという報告もある。天使も自覚しているのかプロテクトという魔術を使うことでカバーしている。

 アジサイの装具で操る熱や空気は魔術による攻撃ではないため天使たちにも通用する可能性があるため、アジサイが起用された経緯がある。

「さて、ハンティングスタートだ」

 アジサイは独り言を呟く。

「あ、ご飯できてますよ」

 ヘムロックはそれを受け流すようにアジサイを呼びに来ていた。

「あ、はい、今行きます」

 アジサイはソファーから食事が並べられたテーブルに座る。

「さて、頂きます」

 アジサイは皿に乗せられた肉にナイフを乗せる。

「早速ですが話をしても?」

「アキー、お願いするよ」

「はい、天使は警戒していないのか、アジサイさんの言っていた通り、天使たちは普通に出歩いていました」

「見たのか?」

 アキーとヘムロックは頷いた。

「ええ、堂々と歩いてました」

「こりゃあいいや、お仕事がササッと終わりそうだ!」

「しかし、実際に対面した時なのですが、威圧感で押しつぶされそうでした」

 ヘムロックは両手を抱えて震える。

「ヘムロックはずっとこの調子です。私はわかりませんでした」

「どんな感じだった?」

「あれは魔獣のようでした。なのに笑っているのです。人間の皮を被った何かで人間らしさを感じない」

 アジサイは、ヘムロックが持つ野生で培われた独特の感性がどうやら警笛を鳴らしているらしい。

「殺害はじっくりと様子を見てからだ、今は情報を集め計画を練るんだ」

 三人は静かに頷いた。

 ミディアムレアの肉を頬張りながらアジサイはヘムロックが抱いた恐怖の正体を考える。

「あの、アジサイさん」

「んお?」

「食べにくいなら切り分けましょうか?」

 ヘムロックの言葉でアジサイは自分自身の状況をよく見る。テーブルは肉とソースが散らばっており、服も汚れていた。

「……頼む」

「食べさせてあげましょうか?」

 アキーはニコニコと笑いながらサラダをフォークで刺しアジサイの口に近づける。

「いや左手あるから」

「私たちが右腕になりますよ」

 ダチュラは静かにその様子を見ながら呟く。

「いや、だからいいって、あれだ。もしも両手がなくなったら頼むよ」

 アジサイは冗談気味にサラダを咀嚼しながら言う。

「お風呂からお食事までやってあげますよ」

 ヘムロックは肉を細かく切るとアジサイの元へ皿を返す。

「サンキュー、うれしいけどお前らもいい旦那を見つけろよ」

「まぁ、目の前に優良物件がいますけどね」

「俺は止めとけ、妻にぶっ殺される、俺もお前らもね」

 笑いながらアジサイはサイコロ状になった肉の一つを口に運ぶ。


「そう言えば、アジサイさんの奥さんってどんな人だったんですか?」

「あ、それ私も知りたい!」

「ちょっと気になりますね」

 アキーの質問に他の二人が便乗する。

「そうだなぁ……そんなに聞きたい?」

 三人は目を輝かせて大きく頷いた。この辺りは流石女子とアジサイは一種の安心を見出したが、これからくる追及の嵐を考えると少しため息をつくことに成りそうだった。

「えっと、初めて出会ったのは、冒険者家業の調査で実際に自分が冒険者になって依頼をこなしていったとき、昇級試験で試験管を務めたのがスピカ・クェーサーという女で、下着みたいな格好に柳葉刀を持っていた女だけど、こいつがめちゃくちゃ口悪くてさ、クソ、アホ、バカって、暴言を暴言でかき消すような女だった」

 アジサイはそれから一瞬口を結んで唇を噛みしめた。

「第一印象は最悪、俺は根暗であっちは痴女だからね、だけど俺の装具と立ち回りに興味を持ってさ、それからコンビを組んで色々なことをした、魔獣を狩ったり、スピカの演武を一緒にやったり、朝から次の朝まで通しで酒を飲んだりした」

 アジサイは目を閉じて一呼吸置く。

「それから……それからな、俺とスピカとジークとアルスマグナでワインレッドっていうワイバーンを狩る祭りにも出たな、しかも初出場で優勝してな。うれしそうにスピカが笑っていたな」

 アジサイは飲酒をしている訳でもないのに呂律が回らなくなっていた。

「んで、一年くらい経ったあと、妊娠が発覚して結婚しようという話になって……」

 アジサイはフォークを握りしめる。形が変わるほど強く握り込んでいた。



 アジサイ、なぁ、アジサイ……。


「そして天使族がスピカを連れ去っていった」

 

 なぁ……最後に一つだけ……一つだけ言ってもいいか?

 

「助けに言ったとき、スピカは脚の健を切られて歩けなくなっていた」

 

 子供、産んでやれなくてごめんな……次の女に産んでもらえ……それと――。

 

「何とか彼女を連れ出して、あと一歩のところでスピカは弓矢に心臓を射貫かれて」

 

 死にたく……ないな。

 

「死んだよ」

 

 アジサイは涙を流しながら、何年も抱え込んでいた苦しみ、悲しみを初めて吐露した。血が出るほど唇を噛みしめ、呂律が回らなくなるほど愛していた女性を思い返し、むせ返りながら封印していた憎悪を解き放つ。

 そして、認識を改める。いや、正確には思い出した。


 天使は駆除するべきゴミなのだと。絶滅させねばならない種族なのだと――――。


今宵は楽しいひとときであるかも。

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