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獣ト竜ト天ノ69話「三者三様」

 

 

 のんびりしていた奴の話をしよう。

「これでお姫様は救われましたとさ、めでたしめでたし」

 アジサイは本を閉じると毛玉たちに向かって朗読していた。

 毛玉と言うのも、アンラが勝手に拾ってきた魔獣の孤児のことである。人や魔獣に親を殺され、生きる術を失くした子供を見るに見かねてアンラが拾って来たのである。

 スピカの墓を中心にアジサイが購入した広大な土地は徐々に活気を見せていた。アジサイは毎週土曜日と日曜日はヴェスピーアの離れに訪れ、この魔獣たちと静かな時を過ごしていた。

「アジサイ、次のお話!」

 魔獣と言うのは思いの外頭が良く、幼少期に人間の言葉に触れ合うことで言葉を発声できるようになるらしく、ここに居る魔獣の大半は人間と意思疎通が取れる。

「どうしたヨル? 今日は機嫌がいいな」

 ヨルと命名したふよふよと浮く黒い毛玉はつぶらな瞳を一層に輝かせている。

「この前ね、初めてね、アンラ登りで頂上に行けたんだ!」

 アンラ登りと言うのはただの木登りである。アンラが自分の体を操りコースが変動する一種のアスレチックスのようなものである。

 ちなみにこのヨルは孤児魔獣の中でも落ちこぼれでアンラ登りも本来であればヨルの三つ四つ下の魔獣がお遊び感覚で頂上まで行ける。

「よかったじゃないか、偉い!」

「偉い? ヨル偉い?」

 ヨルはアジサイに懐いていた。と言うのもヨルは朗読が好きで、本を持ってきてくれるのはアジサイだからである。

「うん、偉い、怪我はしなかった?」

「ちょっとね、擦りむいてね、痛かった。けどね、頑張った!」

「そうかそうか、頑張ったな」

 ヨルがアジサイの膝の上に乗っかる。表情は分からないがリラックスしているのはわかった。

「あー! ヨルがアジサイの膝に乗ってる!」

 アジサイの目のつくところでじゃれていた魔獣たちが一斉にアジサイのところへ集まり始める。

 どの魔獣も「私も私も」と言ってアジサイの体にへばり付く。残暑の季節にこの毛量が流石に暑苦しい。

「カシャにナト、リース、、クレイ、急に飛びつくんじゃない」

 ヨル、カシャ、リース、クレイは幻想種と呼ばれるもので、幼少期の状態でこれから大きく変化するタイプの魔獣である。

 良く育てば神獣にもなるという噂があるが、アジサイに取ってこの子たちをどうしたかいはどうでもよく、ただ平穏で幸せになってほしいと願うばかりだった。


「さて、海上散歩もそろそろ終わりにしようか」

 アジサイは晴天の空を見上げる。今立っている場所は船の上でも、ましてや島の上ではない。

 彼の立つ場所はスライドロックボッターという魔獣が突然変異してできた神獣の上である。

 アジサイはこの子にコロラドという名前をつけ友人となった。

 スライドロックボッターとは、簡単に言えば鯨型の魔獣である。基本的にはただの鯨だが、一点だけ違うところがある。それは兎に角巨大というところだ。

 地球に存在しているシロナガスクジラで最大34メートルと言われるところ、スライドロックボッターは出生時点で50メートルを超える。スライドロックボッターは生まれてから三年ほど経っているが現時点で全長200メートルを超えている。

 それに加えてコロラドは神性に体を焼かれ、体色が白くなっている。神獣全般が白いのはこれに起因する。

「コロラド、帰ろう」

「うん、わかった!」

 同胞が増え過ぎたような気がする。また失うのは、嫌だな。アジサイは一瞬だけ顔を曇らせた。

「アジサイが白いのはアジサイが神獣だから?」

「そうかも知れないな」

 ここは平和だ。魔獣しかいないが人の喧騒も自分が積み上げている殺しも何もかも忘れられる。そして何より、彼女が生まれ、今もなお眠っている場所だから。

 


 

 のんびりした奴の話をしよう。

 二週間、パッツァーナの森で眠りこけていた男、ジークの話である。

 ここは夢の中である。夢の中のはずだった。


「だから違う! 左手の握りが違う。小指と薬指以外に力を入れるな!」

「汝よ、足さばきが悪い平衡感覚が狂っている証拠だ」

「判断が遅いし違う、何かい言うたらわかるねん」

「もっと激しく魂を燃やすような感じだ」

「魂は熱く、それでいて凪いだ水面のように冷静であれ」

 マニエリスム、ルネサンス、アマルナ、バロック、ビサンティンの五体の竜がジークを徹底的に鍛えていた。

「そんなんじゃ、アンフォメルに敵と認識される前に殺される。もう時間がない!」

 マニエリスムは血相を変えてジークの尻を蹴り上げる。

「何時間ぶっ通しで修行してるか分からなくなってきた」

「うるさい、ジーク、お前の肉体は今、傷を癒すために眠っている。腕を断ち、内臓も裂いている」

 そうなった張本人であるビサンディンは淡々という。

「良く言うな」

「いくら再生力が高いとは言え、再生後の反動は大きい。つまりお前が目を覚ますまで精神的な技術継承は休憩なしで出来ると言うことだ」

「聞いてない上にさらっとやべえこときたんじゃが!」

 ジークは悲痛の声を漏らすがスパルタの生まれ変わりのような竜たちはジークをしごく手を緩めることはなかった。


「話は変わるが、ジークが我らから受け継いだ力について説明する」

 マニエリスムはジークに素振りをさせながら話を切り出す。

「頼む」

「まず『竜眼』これは我々竜が普段から見ている速度域を捉えるようになる力だ。相手の攻撃がゆっくりに見えるのは我々の速度に相手の動きが遅いからだ。次に『竜殼』これについては言うまでもないな……名前の通り竜の外殻を展開する力だ。『竜脚』は竜が獲物を捕らえる時利用する風を自在に操る力のことだ。これを蹴爪に纏わせることで骨を易々と貫く鋭さを持たせる。ジークの場合は翼を持たぬ故に足場としても重宝するだろう。『竜炎』は竜が操る炎と言いたいが、これは象徴に過ぎない。この力の本質は魂の具現化。魂が燃えるなら炎に水面のような静寂なら水に地鳴りのようなら地震に竜が持つ現象を具現化する能力である。もちろんなんでも具現化できるわけではない。炎、水、風、地、金、おおよそこの五つだ。この力は龍神族から頂戴したものであることを忘れるな」

「龍神族?」

 ジークは手を止めてマニエリスムに聞き返す。マニエリスムはにっこりと微笑みジークの尻を蹴り上げる。

「龍神族、空神、天使、鬼神に並ぶ神族、厄災を操り、大地を潤し、豊穣を人に与えた神の一族。龍神族は竜を従え、爪の垢程度の力を与えた。それがこの『竜炎』と呼ばれるものの正体だ」

「ちょっとまて」

「どうした?」

「爪の垢って言うことは龍神族は強いか?」

「強いも何も、伝承によれば、太刀を振えば森を刈り取り、一吠えすれば十里離れた魔獣が気絶すると言われる。中でも龍極天を冠する龍神は生きる厄災とも言われるほどの力を有する」

「想像できねえほどやばいな」

「然り、今のジークでは龍神ではなくただ竜の冠位十二体にさえ勝てるか危うい」

「なんだそれ」

「とにかく強い竜が十二体いると思ってればいい。正直言うが我々はある程度、手加減をしている。もしも冠位十二体と争うことがあれば覚悟しておくといい。龍神の力を色濃く継承した竜だ」

「俺は、勝てるのだろうか?」

「勝て、生きて、勝ち続けるしかない」

「そう……だな」

「大丈夫だ、私が『竜炎』の使い方を教えてやる」

「そして、我がお前に新たな力『竜再』を与える、竜が持つ本物の再生能力だ。これでアンフォメルを――」

 

 

 

 そして話は本流へと戻る。

 ミオリア、エレイン、ネフィリはミオリアの執務室で中継映像を見守っていた。客人用のテーブルには菓子類と飲み物が並べられ、徹夜の準備万端である。

 一日目を終えて一安心する三人であった。

 ウォーゲームを視聴する中で異変に気付いたのはエレインだった。

「ヘムロックの行動、意味が分からない」

「え?」

 ミオリアは首を傾げる。

「彼女は一貫して隠密行動をしていた。それなのに上着を敵兵に見つけさせる。これでは敵に自分がいることを教えているようなものだ」

 エレインのいうことは確かである。

「それに森林地帯を突破して岩石地帯まで進んだあと、日没まで二時間あるのに進行を停止した。何を恐れたんだろう」

 ネフィリも疑問点を挙げる。

「何だろうな……」

「敵を観察するような動き……」

 エレインの一言でミオリアはある疑念が浮かんだ。

「おい、これひょっとして中継映像の情報が全部相手に漏れてんじゃねえか?」

「まさか……いや、あり得る!」

「不正行為!」

 エレインとネフィリは目の色を変えて眉間に皺を寄せた。

「クソッ、犯人探ししねえと」

 ミオリアは立ち上がる。

「待て、容疑者がどれだけいるかわかっているのか?」

「うっ、それは……」

「ここは少し様子見しよう。じっくりと機を狙う」

 エレインが言うことは正しかった。冷静になったミオリアは深呼吸して席に戻る。

「何かいい方法はあるか?」

「そうだな、まず内部と外部でそれぞれ出入りする者がいるはずだ。ウォーゲームの場内は外部と魔術的なやり取りが行えない様に術式が施されている。したがって物資搬入口か選手入り口のどちらかになる。そこを狙っていけば犯人を抑えられるかもしれない」

「なるほど、じゃあ人の少ない夜か」

 エレインは首を縦に振る。

「一回目は偵察、二回目で証拠を押さえて、三回目で取り押さえるようにしよう。ウォーゲームも二日目、今のままなら勝敗が決まる前に不正を止められるはずだ」

「オーケー、じゃあまずは偵察だな」

「後で映像記録術式を用意する。今晩のために早めに眠ろう」

「私は何をすればいい?」

「ネフィリは情報収集を頼む。おそらくムスタファの差し金だと思うが、念のためだ」

「わかった。しかし、懐刀ってことあるごとに目の敵にされるわね」

「そうだな」

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 ドアを勢いよく開かれると四人の男女が姿を現す。

「我々もご尽力させていただきたい」

 ルーサー、グーラント、アンタレス、レオニクスの四人がミオリアの執務室に入る。

「クハハハハ!! 不正などこのルーしゃーの目の黒いうちは看過しない!」

「そこの噛み噛み節穴は放っておいて、今回の一件を露呈させて貴族たちの嫌がらせを止められるなら安いもんよ」

「私は特に嫌がらせはないですが、アジサイさんには何かと縁がありましたので」

「私は不正行為そのものが許せないのでお力添えします」

 今回のウォーゲームは盤上も盤外もどうやら大騒ぎになることは必至なようだ。

すいません休憩回です。

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