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神ノ63話「人生、どう転ぶかわからないね」

 

 

「さてと、いよいよ実践だ。気を引き締めて行こう」

 三人は緊張しているのか口数が少ない。

 現在アジサイを含めた四人に加えて、白き毛並みを持つ神獣ネグローニを連れてへロットテリトリーまで足を運んでいる。

 へロットテリトリー西南に位置する。植物の楽園とも呼ばれる領土キュリートと境に麻薬精製所と畑は存在していた。

 ヘムロック、ダチュラ、アキーに斥候を任せて、地形や敵の内情を探り入れ大体の情報を入手済みである。

 あとは、潜入、暗殺、精製所の破壊、そして出資した貴族の特定のみである。

 

 実戦の開幕である――

 

「じゃあ、精製所の中に入るけど、中の構造は分かっているな?」

「四角い塀の中には麻薬を生成する工場と事務作業を行う建屋、そして作業員が休む宿舎の三つの構成になっています」

 アキーが頭に叩き込んだことを話す。

「じゃあ、ヘムロック、どこを攻める?」

「宿舎です。今回私たちは売春婦として中に潜入しますのでまず宿舎に入り、内情を調べます。潜入が完了した後、ネグローニが陽動、暴れまわって混乱させます」

「よくできました。最後にダチュラ、今回の一件の顛末は?」

「今回は魔獣による事故で麻薬の精製所は壊滅というシナリオです」

「グレイト」

「何かあれば我のところに来ると良い」

 ネグローニが体を低くして茂みに隠れている。白い毛並みが

「頼むよ」

「なに、容易い事、人などいくら集まろうと神獣の前では塵芥に過ぎぬ」

「と言うかアジサイさんにこんなペットがいるとは思いませんでした」

 アキーが驚いた反応をする。

「そりゃあ、本当なら王城で放し飼いにしたいけど色々怒られてな、今までは大事な仕事をさせていた」

「暇で暇でしょうがなかったぞ」

 ネグローニは久々に暴れまわれることに喜々としている。

「それじゃあ、三人、度胸試しに行って来い」

 三人は売春婦らしい露出の多い服装で精製所に突撃させる。


「行ったか」

「そのようだな」

「しかし、ネグローニ、月一くらいで話はしてたけど、すまんなダメな主で」

「いやなに、こうしてまた自由にさせてもらうのだ。死体の番でそれなに美味い飯が食えるのなら耐えられる」

 ネグローニには、アルラウネのアンラ、グラスウルフのそらまめと共にスピカが安置されているヴェスピーアのとある場所の番人をしてもらっていた。

「そう言ってもらえると助かる。これが終わっても引き続き頼むよ」

「承った」

 

 アジサイは煙草に火をつける。

「こんなことしても、彼女たちは幸せにならないのにな」

 しきりにそう呟く。

「ではなぜ?」

「なに、金のためさ、俺の下に付こうと思う人が名誉だの、名声だのそういうモノを欲するとは思えない。残るのは金さ」

「金か……本当にそれだけか? 我が見るにあの娘たちは少なくともそれだけとは思えぬ」

「そうかい?」

 アジサイは口腔内の煙を鼻から出す。

「でなければ、ああも従順に敵地のど真ん中に薄着で入るわけもあるまいて」

「……ゲッホゲッホ」

 アジサイは紫煙があらぬところに入り込みせき込む。

「やらせた張本人が」

「五月蠅い、さてとそろそろ行きますか」

 アジサイは武器や服などが入ったバックパックを背負う。ネグローニの胸に飛び移るとそのまま抱き付いてモフモフの毛の中に体を埋める。

「では行くぞ」

「もしも危なくなったら逃げるんだぞ」

「いらぬ世話だ――」

 神獣ネグローニは四つの足を地面に付けると地面を蹴り出す。純白の毛並みが茂みのなびき方と相反するように揺れる。

 馬よりも早く、精製所の門へ到達すると、門番もろともタックルして城門を破壊する。


「んじゃあな」

 季装を展開し、空気を自在に操る。体を浮かせると瞬く間に宿舎の二階の窓に飛び込む。

 これだけ派手に動いても従業員や傭兵などはネグローニに夢中であるため誰も気にも留めなかった。

 二階の窓は既に開いており、ガラスを突き破ることなく侵入する。装具を義装に切り替えて暗視モードに入る。

 目の前に写し出されるウィンドウを操作して赤外線と暗視など様々な状態を観測できるように設定する。

 リボルバー拳銃のM500を展開しシリンダーをスライドさせる腰のポーチから弾丸を取り出し装填する。

 五発弾丸を込めるとシリンダーを戻し、左腰につけたホルスターに収める。

 熱感知機能で部屋のドアを開けずに内部の様子を探る。ほとんどの人間がネグローニの騒ぎで宿舎を出払っているが、何人かは宿舎に残っていた。

 

 宿舎の通路を進む。灰色のレンガ造りの足場ヒンヤリとしている。

 奥へ進むと所謂、お楽しみ部屋があり、女三人の熱源に、二人の男が突起物を大きくしているのが分かる。

 アジサイはため息を付いてドアを蹴破る。

 ドアが開いたと同時にアキー、ダチュラ、ヘムロックは隠し持っていたナイフで男の首を切り裂く。

 自分で教えておいてあまりに無駄のない動きにアジサイは感心する。しかもアキーに至っては首を斬った後、丁寧に男の両手首の腱を縦に裂き、裏太ももの動脈も深々と切っている。

「グッド」

「あとちょっとでナニを口にぶち込まれるところでした」

 ダチュラが怪訝そうな顔をしている。

「しまった、あと三十秒我慢すれば良かったか……」

 アジサイはジョークを交えながらバックパックに収めていた服や武器を三人に渡す。

「さてと、人質はどのくらい?」

 三人を先行させたのは戦闘が始まる前に人質がいるかどうかを確認するためである。幸い今回は一人であった。

「一人です。没落した貴族の女だそうです」

 ヘムロックが答える。

「貴族?」

「詳しいことは分かりませんが、どうにもここの主の玩具だそうです」

 ダチュラが補足を入れる。

「良い趣味してなぁ」

 アジサイの皮肉に三人は頷く。

「いよいよ実戦ですね」

「大丈夫大丈夫、呆気なく何人も殺すから、感動も、達成感もなく、機械的に」

 アジサイはバックパックからフェイスマスクを付ける。ハードタイプのフェイスマスクはアジサイお手製のマグネシウム合金を基調に、銃弾にも耐える透明な甲羅を持つ魔獣、シェルタイマイの防塵ゴーグル、ヘルメットは衝撃吸収性が高いネメアリオンの毛皮を使っている。

極めつけはヘッドフォンである。水晶に充填された魔力を使って電力を生成し、内蔵されているマイクとスピーカーに電力を供給する。これで五十メートルくらいなら無線通話ができるようになっている。

 魔術による遠隔通信は一般的な術式で、魔力を励起させて相手の耳に直接音を伝えるものがある。こちらの方がこちらの世界では一般的で扱いやすいメリットを持つが、その利便性故にジャミングや逆探知などの技術も進歩して対策され切っている。その対抗策がこの無線通信である。

 

 今回は全員がこのフェイスマスクを装備している。さらに、ボディーアーマーにグローブ、膝当て、ブーツに至るまでアジサイお手製の装備品である。全て彼女たちの体系に合わせてひとつひとつハンドメイドされたもので試着の際、本人たちも吸い付くような着心地と言っていた。その後、下着までぴったりなのは流石に気持ち悪いと罵倒された。

 

「こちらコーヒー。コードネームの確認をする。無線応答の練習も兼ねてるからな注意しろ。オーバー」

 アジサイが無線通信を行う。

「こちらブラックティー、異常なし。オーバー」

 ブラックティーことアキーが一番に返事をする。

「こちらミルク、異常なし」

「こちらカフェイン、ミルクへ、オーバーが抜けている。オーバー」

 伝えたい内容の直後に話の終わりを示す言葉、今回はオーバーを付ける約束になっている。こうすることで無線が途絶えたのか話が終わったのか判断することができるからだ。

「こちらミルク、申し訳ありません。オーバー」

「こちらルートビア、異常なし、オーバー」

「こちらコーヒー、進行を開始する。オーバー」

 アジサイはそう言うと、体を屈めて音を殺しながら歩く。


 お楽しみ部屋は女が逃げ出さないように袋小路になっている。

 当然、騒ぎに乗じて遊びに来る奴も少なくない。

 

 アジサイは左手の指を三本折ると、走り出す。丁度袋小路終点、T字路になっている所で男三人と接敵すると、まず右手側の男の左腕を掴み肘の関節を外す。痛みと関節を保護しようとする動きで男は前かがみになる。そこを狙って顎と後頭部に手を掛けると首を反対方向まで回転させる。

 呆気に取られた二人の男をうち一人の喉を右手の親指と人差し指の間で首を押し上げるとそのまま気道を握りつぶす。

 左手は最後の男の胸倉を掴み、引き寄せると背負い投げの要領で地面と垂直方向で頭を落とし首の骨をへし折る。

 全員が倒れたのを確認すると、喉とつぶした男の胸部を踏みつけて胸骨をへし折る。

 三人の死体はお楽しみ部屋に運び痕跡を隠す。


 アジサイは三階へ上がりクリアリングを行う。ダチュラは二階の確認、ヘムロックとアキーは一階を捜索する。

「こちらコーヒー、三階異常なし。オーバー」

 アジサイが無線で安全を伝える。

「こちらブラックティー、二階は敵影無し。オーバー」

「こちらルートビア、同じく。オーバー」

 

 アジサイは三階から外の様子を確認する。

 状況はネグローニが自由に暴れまわり人間をまるで羽虫を潰すかのようにあしらっている。

「まぁ、製造所は他にもあるし一件潰したところで問題ないか」

 製造所はヘロットテリトリーだけでも五件以上存在する。一件くらい潰したところで大きな影響はない。

「こちらルートビア、無線開いてますよ。オーバー」

「こちらミルク、どうせなら麻薬製造所を全て破壊してしまうのはどうでしょう? オーバー」

「こちらブラックティー、依頼主の要求を超えているため壊滅には反対です。オーバー」

「こちらコーヒー、さて、お喋りできるなら、安全そうだな、事務所へ移動しろ。オーバー」

 三人は了解と返事をして、移動を開始する。

 

 三人が屋外に出る姿を確認すると、アジサイは宿舎の窓から屋根に上る。

 ライフル弾の入ったマガジンを取り出し、ライフル銃M700を展開する。マガジンを交換しボルトを引く。

「こちらコーヒー、全員状況報告。オーバー」

「こちら、アキ……ブラックティー、まとめて報告、玄関から侵入、用心棒と思われる男二人を射殺。オーバー」

 アジサイはスコープを覗き込みながら無線に応答する。

「こちらコーヒー、ターゲットを見つけ次第殺害、安全第一で進め。オーバー」

 発砲音が聞こえ始める。どうやら事務所で彼女たちの実戦が始まったようだ。

 アジサイはすぐにでも飛び出していきたい気持ちを抑える。そうしなければいつまで経っても彼女たちは成長できないからだ。

「こちらブラックティー、軽傷を負いました。オーバー」

「こちらコーヒー、大丈夫か? オーバー」

 アジサイは顔を引き攣らせる。

「こちらブラックティー、問題ありません。針のようなものが刺さっただけです。オーバー」

 アジサイはその報告を聞いた瞬間、M700のスリングを掴むと、屋上から飛び降り、五点着地を決めた後、事務所へ駆ける。

 ネグローニの状況を走りながら確認すると、想像以上の戦闘力でほとんどの人間が地面に転がっている。

 事務所の扉を開けると武器をM500に切り替える。弾丸を装填しながらアキー達の居る場所へ音を頼りに進む。

 初陣にしては冷静で卒なくこなしているような印象を受けるが、未使用の弾丸がバラバラと落ちている個所や天井や壁にある弾痕から実戦経験の浅さが伺える。

 彼女たちの成長を喜びながらアジサイは安全な道を静かに進む。足を進めるごとに、彼女たちの戦う音が減り、話し声が増え始める。

 アジサイは違和感を覚えながら、声を入る場所へ入る。中に入ると執務室のようで、書類が積まれた机に、帳簿が並べられた棚などがある。机には男が射殺されており、血液が机から床に滴っている。

 アキー、ヘムロック、ダチュラの三人は何か言い争いをしている。その傍らで怯えている女性がいる。

「何事だ?」

 アジサイは言い争いに一石を投じるように問う。

「この女性何ですが、この施設の秘書をやっていたので殺そうとしたのですが……」

 ヘムロックは困り果てた顔でため息を付いている。


「この人は私の母です!」

 

 アキーの一言が衝撃となってアジサイの予定を狂わせた。

 

「はぁ、お母さんですか」

 女性の方を向くと首を縦に振り返事をした。髪の色も目の色もそして雰囲気がアキーとそっくりで一目で母親と言うのが理解できた。

「アジサ……コーヒーさん、この人も殺すべきと進言します」

 ダチュラは冷徹な目でアジサイに言う。言い間違いを指摘しようか迷ったが状況的に何も言えない。

「さてと……どうしたもんかな」

 アジサイも状況を聞くにつれてヘムロック同様に困り果てる。

「お願いします。母だけは見逃してもらえないでしょうか?」

 アキーは頭を下げ、アジサイに願いを請う。

「さて……えっと……ブラックティー、その人の名前は?」

「母の名前はドロシーです」

「ドロシーさん、取りあえず、座ってください」

 執務室の中央にあるソファーにアジサイは座るとその対面にドロシーを座らせる。

 アジサイはファイスマスクを外すと、ドロシーに一瞥する。それからすぐにマスクをつけ直すと話を進める。

「初めまして、アキーの上官を務めているアジサイと申す者です。いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

 アジサイはドロシーという女性の体温や心臓の鼓動などをモニタリングする。これで嘘をついたときすぐに気づくことが出来る。

「はい……」

「まず、次の質問には、イエスとだけ答えてください。貴方は男性ですか?」

「イエス」

 ドロシーの鼻の体温が上昇するのが分かった。嘘をつくと人間は鼻の体温が下がる傾向がある。代わりに額の体温が上昇する。そういう文献をアジサイは地球に居た頃読んだ記憶がある。ドロシーも漏れなくこれに該当する人物であると言える。

「次からはイエスかノーでお答えください、それ以外で答えた場合はもう一度質問しなおします」

「イエス」

「あなたはここで働いていましたか?」

「イエス」

「脅されてですか?」

「イエス」

「麻薬製造の利益があなたの懐に入っていますか?」

「ノー」

 いずれの質問も嘘をついているような傾向は見られなかった。

 おそらく奴隷として連れて来られ、読み書きと計算ができるため帳簿係をやらせていたのだろう。

「あなたはなぜこんなところに? 普通に話をしてください」

「旦那に売られて、奴隷としてここまで運ばれて、私は読み書きができるので帳簿係をさせられて」

「アジサイさん、母は――」

「アキー、黙っていろ、身内だろうがなんだろうが必要があれば殺す。その裁定を今している。余計な口を挟むな」

 アジサイは静かに命令する。

「さて、ドロシーさん、私としてはあなたのような美人さんを殺すのは出来れば避けたいと思っていますが、あなたが持っている帳簿の情報をこちらに差し出し、尚且つあなたを売った旦那さんの情報を私にたちにくれると言うのなら、命をお助けできます」

 アジサイはドロシーに取引を持ち掛ける。

「応じようと思いますが、仮に断った場合は?」

「……アキー、銃を構えろ」

 アキーに命令を入れる。

「酷い人ですね、でも最愛の娘に殺されるのであれば後悔はありません」

 ドロシーは震えていた。

 

 アジサイはアキーが震えた手で銃を構えているのを三十秒ほどじっくりと眺めている。

 

 ドロシーの鼻の温度は下がることなく、額の温度は上昇しない。心臓も変化がなかった。そして何よりも穏やかな表情をしていた。

 もう会うことが出来ない娘に一目でも会えたことに満足しているようだ。

 

「取引は成立と言いたいが、最後に一つだけ、これだけは聞きたい」

「何でしょうか?」

「あなたはアキーを心の底から愛していますか?」


「はい」


アジサイはアキーの銃を下げるように指示を出す。それから立ち上がって右手を差し出す。

「その言葉が聞きたかった!」

「アジサイさん、それでは依頼主との契約が!」

「んなもん、犬にでも食わせておけ、責任は俺が取るし、ドロシーさんの身の安全も確保する」

 アジサイは意気揚々と立ち上がると、執務室で殺されている男を確認する。

「えっとこいつは……暗殺対象だな。任務完了しているね」

 アジサイはため息をついて続けざまに三人に叱咤の言葉を投げる。

「暗殺対象を殺したら連絡しろって言ったよな。ちゃんと報告しろ。それと今回みたいなトラブルが起きたらこれも連絡相談するんだ」

 三人ははいと返事をする。

「うんうん、それじゃ、帰るか」

 そう言ってアジサイたちは部屋を後にしようとした瞬間。

 

「アキー!!」

 

 物音で振り返るとアキーは床に倒れぐったりとしている。

 アジサイはアキーに駆け寄ると、仰向けにさせると目の状態や呼吸などを確認する。

「これは毒じゃないな、呪術だな、症状から察するに蠱毒っぽいね。ほら、魔獣とかの血液を触媒に相手にダメージを与える呪い。最終的には衰弱死するね」

「アジサイさん、今、なんて……?」

「衰弱死する」

 ドロシーは血の気が亡くなった顔でアキーの元へ近づく。

「アジサイさん、なんでもしますから娘だけは!」

 必死に娘の命を心配する姿は母親の鑑であった。

「何でもですか……」

「この子の治療費も確かにまだ返せていませんが、必ずお返しします! ですのでお金で解決出来たら!」

「治療費?」

「この子は小さい時に呪いを受けて、体が損傷しても治ってしまうのでその呪いを治すために」

 ドロシーはアキーの出生から呪いの経緯を話した。

 話を整理すると、アキーは生まれた時から呪われており、呪いの症状は死ね無くなる呪いと呼ばれるもので過去に馬車に引かれて腕を切断したが、二か月ほどで腕が丸々再生した。これを気味悪がった父親のヴォルドは医者や魔術師にアキーを診てもらった結果強力な呪いがあると話、ドロシーを側室にランクダウンさせて冷遇した。

 それからドロシーとアキーは貴族でありながら、平民と同じ暮らしを強いられたが、ある日、ヴォルドは財政事情に厳しくなったためドロシーとアキーを売り払った。それからドロシーはアキーと生き別れになりこの麻薬製造所の帳簿係として強制労働させられていた。

 それが三年前の話である。

 

「話は分かった」

「ですから早く!」

「いや、もう解呪した。ドロシーさんが頼む前からね」

「えっ?」

「アキーは私の部下ですからね、命が助かるなら聖水の一つ二つ惜しく何とも」

 そう言ってアジサイは銀の装飾があしらわれた瓶を見せる。聖水と呼ばれるもので呪いを解除することに特化した液体である。その中でもアジサイは一番グレードの高い聖水を常備している。

「さてと、そろそろ帰りましょうか」

 アキーの容体を確認し、服やマスクを戻すと、アジサイはアキーを抱きかかえる。

「アジサイさん、ありがとうございます」

 ドロシーはアジサイにお礼を言うが、アジサイは気怠そうに手を振って返事をする。

 久々に親子愛身近に感じたアジサイは、少々の喜びとアキーに人殺しの術と実践をやらせたことに罪悪感を覚えた。

「私は、貴方の娘さんに人殺しのやり方を教えたし人殺しをさせた。そんな人間にお礼を言う必要はない」

「え、でも娘の命を助けたじゃないですか」

 時に言葉は残酷であるとアジサイはため息をついた。

 

 もうすぐ夜が明ける。ネグローニを連れてアジサイは王城へ帰還する。

 

 任務完了。

 

 

 

 

「さて、アキー、検査の結果どうだった?」

 王城帰還直後にアキーを医務室に運ぶと精密検査を受けさせた。結果が出る日にアジサイはアキーのところへ訪問する。病棟の一室でアキーはベッドで安静にしていた。傍にはドロシーが穏やかな表情でいた。

「はい、大丈夫です」

「さてと、色々聞きたいけど、君の体質についてだ。なぜ隠していた?」

「……気持ち悪いと思われるのが嫌で」

 アキーは暗い表情をしていた。

「あのな、それを言ったら俺の友人のジーク、あいついるだろ?」

「ジークさんですか?」

「アイツ、体が傷だらけになってもすぐに回復するし、何なら腕が切断してもくっつければ元に戻るんだぜ」

「それはジークさんが特別だから」

「アキー、その呪いは君の個性だ」

「それは……」

 アキーはアジサイの前向きな言葉を受け入れられないのか、暗い表情を続けている。

「それと、君のそれは呪いじゃない、生まれ持った体質だ。君のお母さんが、君のために与えた、君だけが持つ能力だ」

 アジサイは一息入れてさらに言葉を続ける。

「それがどういうことを意味するか前向きに考えるといいんじゃないかな。今日言いに来たのはそれだけ」

 アジサイは他の仕事を行うためにすぐに王城を発たねばならなかった。そのためにアキーの無事を確認次第、すぐに出立することになっていた。

「アジサイさん、本当にありがとうございます!」

「娘をこれからもよろしくお願いします」

 

 アジサイは振り返ると口角を上げる。

「あっ、それとアキーの医療費は、もう払う必要がないから色々調べたらあいつら詐欺師だったよ」

「えっ!」

「はぁ……あと、ドロシーさんは俺の事務作業をお願いします。アキーと契約内容は大体同じなので彼女から詳しい話を聞いてください。部屋は兵舎の一角に用意したので。分からないことがあればジークかミオリアっていう人のところに行ってください」

 早口でアジサイは簡単な説明をすると、医務室を後にした。

 魔獣討伐の依頼の期日が近づいているためアジサイは全速力でパッツァーナに向かった。

 

ついに部下のお母さんまで手籠めにしたアジサイ、次は一体……

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