表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/116

神ノ54話「胎動する獣」

 

 アジサイは狼狽した。

 おそらく人生でもここまで狼狽えたことはない。

「ごめん、もう一回、何がどうしたってスピカ?」

「だから、妊娠した。お前の子供を孕んだ」

「あばばばばばばばば」

「うるせえ!」

「いやだって……子供……」

「うれしくねえのか?」

「嬉しい、嬉しいけど……」

「なんだよ歯切れが悪いな」

「いやだって……いや、うん、これからどうする?」

「いや、だから産むかおろすか聞いてんだろ」

「産んでくださいお願いします」

「まぁ、おろせって言った瞬間ぶっ殺してたけどな」

「でも俺パパになる器じゃないし」

「お前がパパになるんだよ!」

「はいぃ! なりますぅ!」

 この世で最も情けない声でアジサイは返事をする。

「演武収集の夢は諦めることになるのは残念だけどな」

「いいのかい?」

「いいもクソもあるか、それに別の夢が叶ったしな?」

「ああ、うん、そっかそういや前そんなこと言ってたね」

「でもまぁ、根無し草の私がまさか母親になるとは思わねえよな、いざ実感してみると嬉しいもんだよ」

「まぁ、半年間アルコール飲めないけどな」

「ゲッ、マジかよ……」

「がんばっていこうな」

「お前は飲んでもいいんだぞ」

「え、いや……」

「考えてもみろ、私はこれから収入ゼロでお前の稼ぎだけが頼りになるんだぞ、酒飲めるだけの経済力があるってことだろ、そんだけ余裕があるなら酒を飲んだぐらいじゃ腹を立てねえよ」

「大丈夫だよ、収入は心配しないで」

「心配してねえよ、と言うか私は玉の輿だぞ?」

「あ、そうなんだ」

「わかってねえな……」

「すまんね」

「頑張れー高給取り」

 スピカは気怠そうにソファーに横になっている。

「頑張るよ」

「馬車馬のように働けー」

「どっちかって言うと獣に使役されているけどな」

「なら差し詰めこいつは獣の子供か?」

「獣の子供、なんかかっこいいな」

「馬鹿言え、畜生と同じにするな……と言いたいがあれだけ獣みたいに御盛んしてたら何も言えねえか」

 皮肉りながらスピカは笑う。よほど嬉しかったのか彼女は上機嫌である。

「ちょっとおなか触ってもいい?」

「いいよ」

 アジサイはそっとスピカの下腹部に手を置く。まだ子供の感触を感じることが出来ないが、何となく生命の神秘と生まれて来る子供の胎動を感じる。

「男か女か」

「どっちがいい?」

「うーん、どっちでもいいけど女の子がいいかな」

「どうして?」

「俺の生まれた国に一姫二太郎という言葉があってな、一番上は女の子で二番目は男の子の方が何かといいんだとさ」

「へぇ、私はやっぱ男かな」

「まぁ、ぶっちゃけどっちでもいいさ、何もなく五体満足で普通の子供、それが幸せだよ」

「まったくだ、早く会いたいな」

「そうだね」

「あー、まさか私が母親になるとは思わなかった」

「それ言ったら俺も父親かぁ……というかスピカの両親に挨拶しないと!」

「あーいいよ、親はとっくの昔におっちんでる。そっちは?」

「あー……いや、似たようなもん」

「お互い孤独だな」

 実際はアジサイの両親は死んではいない。ただ別世界で現状会いに行くことはできない。それにアジサイは何とくなくではあるが地球には戻れないだろうと心のどこかでそう思っている。

「墓参りくらいは行こうか?」

「そうだな……それくらいは行くか、私の親はヴェスピーアの沿岸にある小さな港町で暮らしていたんだ。今度言ったときは顔を出すか」

「え、ヴェスピーア地元だったんだ、前行ったときは何も言わなかったよね」

「まぁ、片田舎だしあそこからはだいぶ離れた場所だ。それに今は廃屋しかない村だよ」

「……すまん」

「気にするな、良くある話さ、やれ魔獣だ、やれ盗賊だ、やれ飢饉に災害、それから反乱、いつの時代も人は何かしらの理不尽で死ぬ」

「んだけどさ……」

「肝心なのは今さ、今がよけりゃそれでいい、と言いたいところだが、持つモノ持つと急に不安がやってくる」

 スピカは自分の下腹部を触りながらにこやかに笑う。

「俺は毎日そんな感じさ」

「それはそれで面倒な奴だ」

「おっと、そういやこれからちょっと仕事話があったんだ、んじゃあ稼いでくるわ」

「おう、行け行け、私も買い物に行ってくる」

「あいよー」

 アジサイは装具を握り締めながら自室を後にする。

「いやぁ、パパだってさぁ……嬉しいねえ」

 装具にブツブツと惚気を話しながらアジサイはタンドレッサが待機している会議室に向かう。




「やっほータンドレッサ」

「来たか、座れ、さっさと済ませる」

「あいよ、んで折り入っての仕事ってのは?」

「ウィズアウトの構成メンバーの所在が分かった」

「詳しく」

「ウィズアウト構成メンバー、名前はピーシー、能力は不明だが魅了の魔術に似た能力を使う。アクバ王暗殺未遂事件の実行犯でもある」

「ということはアクバ王の愛人か……」

「知っているのか?」

「ああ、一度会ったことがある。美人だったから覚えてる」

「冗談はその白髪頭だけにしろ」

「ほいほい、それで、任務は?」

「暗殺」

「……ちょっと待て、この情報を知っているのは?」

「アクバ王本人と懐刀のミオリア様、そして私とお前だけだ」

「そうか、じゃあ、ピーシーはまだ王城に?」

「つい先ほど、ダンプトエルに向かった」

「容疑者なのにな」

「高飛びだろうな、ほとぼりが冷めるまで王城から離れる。常套手段だ」

「なるほど」

「しかし、容疑者と言っても、状況証拠しかないのが現状だ。疑いだけで妾を外に追い出すわけにはいかない」

「表向き?」

「表向きの話だ」

「流石毒殺のプロ」

 アジサイは嫌味ったらしく爽やかな笑顔でタンドレッサを皮肉る。

「毒薬は化粧品をいくつか調合して作られたもので、そのレシピとピーシーが従者に要求した化粧品の成分が一致している」

「なるほどな」

「俺もどっかの誰かさんを毒殺しようとした時に同じ手を使ったからな、俺の場合は化粧品ではなく薬としてだったがな」

 タンドレッサはここぞとばかりに切り返す。

「その成分ってのは?」

「これだ」

 タンドレッサは成分表が記されている羊皮紙をアジサイに渡す。

「これは分からないな、と言うよりピーシーは錬金術に加え薬学にも精通していると見える。これは暗殺し返すのは難しいぞ?」

「だからお前だ」

「と言っても俺は顔が割れている」

「逆だ、割れているから堂々と出来る。考えてもみろ、お前の王城での地位はミオリアの部下で戦果は同じ部下であるジークの爪の垢ほどもない」

「うおおん」

「だからお前はピーシーから見たら一山いくらの雑兵で毒牙にかけるほどの価値もない屑鉄以下の扱いだ。そんな男をいちいち覚えると思っているのか?」

「事実でも辛いわ」

「どうせお前は表向きの仕事は出来ず暗殺謀殺の日々に片足を突っ込むことになる。この件を引き受けるならな」

「お断りしたいけど、無理そうだ、報酬は弾むんだろ?」

「何が欲しい?」

「金かな」

「うまく付けておく」

「じゃあ、引き受けるよ」

 どの道、誰かがやれなければならない仕事である。アジサイが断れば暗殺者をまた工面する必要がある。アジサイの実力を鑑みても比肩できる者はそう多くないのは明白である。

「依頼しておいて言えた口ではないが、戻れないぞ?」

「……俺の仕事はウィズアウトの討伐、国王の勅命だ」

「芯はぶれないな、任せた。これを武勲に俺はのし上がる」

「おうよ、保守派を引き込んだ甲斐があったぜ」

「話は以上だ、ピーシーの詳細と依頼書だ、受け取れ」

 タンドレッサは懐から依頼書を取り出し、アジサイに渡した。

「ありがと」

「頭に入れたら燃やしておけ」

「りょうかーい」

 アジサイは依頼書を懐に仕舞うと会議室を後にする。

 誰も後を付いてくる者がいないことを確認すると季装『春夏秋冬』を展開し、空気を操る力で自身の身体を上空へ押し上げる。

雲と同じ高さまで体を持ち上げると依頼書の封蝋を取り、書類に目を通す。

「えっと、ターゲットは領土ダンプトエルで三か月の休暇中、元々ダンプトエルの出身で実家に帰省みたいものか……」

 独り言を言いながら依頼書を読み上げる。

「はぁ、やりたかねえけどやらねえとな……」

 アジサイは依頼書を読み終えると装具の力で灰にする。

 灰が夕日に吹かれながら跡形もなく消えるのを確認すると、王城の自室に戻る。

 



「ただいまー」

 自室に戻るとスピカの姿はない。

 アジサイはスピカが買い物に行っていることを思い出してため息を付く。

 机に書置きを残し、アジサイは部屋を後にしようとする。

 ふと、ソファーの方を見ると、スピカの愛刀が置いてあることに気づく。妊婦と言うこともあって腹部を圧迫することからわざと武器を置いていったのだと容易に想像ができた。

 アジサイは、自室を出ると、中庭に降りる。

 中庭ではアルラウネのアンラとグラスウルフのそらめまが魔獣二体が仲良さそうに日光浴をしている。

「おや、珍しい、どちら様だい?」

「主の顔を忘れてしまったか……」

「冗談だ、まぁ邪険にされていた自覚はあるが、雪山なんぞ頼まれても行くものか」

「ワンワン!」

「おー、そらまめ、良い子にしてたか!」

「話を聞かぬか……まぁよい、そこの犬も躾を覚えさせるのに苦労した」

「調教お疲れ様、さてと、二人とも仕事だ」

「寒い所は断る」

「大丈夫、ここより暖かい」

「場所は?」

「ダンプトエルだ」

「了承した」

 アンラは手斧ほどの大きさに変化すると。アジサイの手に収まる。

「そらまめ、フォローミー」

「ワン!」

「行こう」

 

 アジサイは日が落陽と共に王城を出立する。

 

「さて、主、沈黙は金と承知した上で聞くが此度の依頼は誰を始末するのだ?」

 アンラが問いかける。王城の郊外に出れば人気も少なくアンラも気兼ねなく自分の足で歩ける。

「ウィズアウトの一人、ピーシーという女だ。今はダンプトエルで余暇を過ごすために移動中、先回りしてダンプトエルに到着できるけど、ピーシーがダブルピーのように人心掌握系の能力を持っているのであればダンプトエルそのものが危険地帯になっている可能性が高い」

「なるほど、それでピーシーが牙城に籠って安心しきったところを叩くと言うわけか、移動中の馬車を狙えないのは?」 

「移動中の馬車は叩けない、馬車には王家の紋章が刻まれている。下手に攻撃すれば逆賊認定さ、先輩の立場が悪くなる。ピーシーもそれを見越して王城の馬車を使ったと考えられる。それにピーシー本体よりも馬車に同行している人物は何の罪のない人間だ。巻き添えは避けなければならない」

「しがらみが草木の根のように絡みついておるな」

「ほんとさ、まぁ、給料と報酬分は働こうか、金は信用さ、サクッと殺そう」

 アジサイは一抹の不安を胸にウィズアウトの一人、ピーシーの討伐に向かった。

 

愛故に人は頑張れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ