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神ノ40話「ワインレッドハンティングⅡ」

 十月二十五日の夕方、ワインレッド祭りが開催された。アジサイたちは開催セレモニーを聞き流しながら、合図を待つ。

「十万発って結構あるな」

「ジーク持てるか?」

 大型クーラーボックスような金属製の箱にはベルトに繋がれた5.56×4.5 mm弾が格納されていた。ボックス上部には小窓のような取り出し口があり、そこから弾薬のセットされたベルトを取り出すことで弾薬を汚さずに機関銃に給弾を行える。

 今回アジサイは固定砲台になるため、運搬性を度外視してとにかく弾薬を持ち運べるようにしているためこのようなやり方になった。

「いけるいける。にしてもやべえ量だな、戦争する気かよ」

「何としでも上位入賞するからな」

「なんかあるのか?」

「一等級冒険者になるためにはこの大会で入賞記録を出さなきゃいけない決まりなんだけど、スピカは今の今までボッチだったからこの大会だけは出場すら出来なかったんだ」

「一等級冒険者か、どんな資格が必要なんだ?」

「二等級に昇格してから二年間冒険者としてギルドに従事する。ワインレッド狩祭り上位入賞者、ナナイロシグレ採取祭の上位入賞、クロトビグレ釣祭り上位入賞、サファイアデスキャンサー討伐祭りの上位入賞、以上四大会の入賞、冒険者一等級試験合格の全てを満たした者、こんなもんかな、スピカは三つは入賞してるけど、ワインレッド祭りだけ取りこぼしてるんだ」

「ああ、なるほどな、それで俺たちにも声をかけたのか」

「そういう事」

「なるほどな、せっかくワイバーンの山と比喩されるハイドラに来たんだ、まぁ、やるんなら本気でやろうか、その方が楽しいだろうしね」

 愉悦に満ちた表情でジークは言う。

「開会式がもうすぐ終わるっぽいね、準備はいい?」

「おう、アルスマグナは?」

「こちらも、問題ありません」

 主賓席近くにある銅鑼のような金属製の音が成る楽器を女性がバチと呼ばれる木の棒を布で巻いたものを持って音を鳴らす準備を始める。

 このワインレッド狩祭りのルール、銅鑼の合図と共に、ワインレッドのいるグローアップロックという平らな地面に直方体の巨岩を乗せたような場所をロッククライムし、ワインレッドを狩り、狩ったワインレッド下に降ろし、アジサイたちが今いる会場に持ち帰る。持ち帰った数が多いチームが勝者となる。

 問題はこのグローアップロックが標高二千メートルの切り立った崖のような場所を通らなくてはならないため、運搬が難しく、魔術で空を飛ぼうとすると隣の領土であるエルダーサインから吹き流れる乱気流により、熟練の魔術ですら根を上げる。それに加え、ワインレッドは魔力を感知するため、魔術を行使していると群れでたちまち食い殺されるという厄介極まりない状態である。

 したがって、参加者達はロッククライミングを要求されるのである。

 

 

「さてと、荷物は持ったな?」

 リュックを背負ったスピカが真剣な目でアジサイたちを見る。

魔術駆動式リフトと弾薬と食料、それにジークはバスターソードを再度確認する。

「じゃあ、私は馬車を取りに行く。良い成果を期待する」

 スピカは人込みの中に消えていった。

 

「よっしゃあ! いっちょやりますか!」

 アジサイは起装を展開する。ジークとアルスマグナはは竜脚の準備をする。

 主催者の声と共に銅鑼が鳴り響く。

 参加者たちは一斉に駆ける。

 

 アジサイたちは、空中に浮くと、風を操って道具一式と自身を持ち上げる。

 ジークとアルスマグナは竜脚によって地面を蹴り上げてアジサイの速度に付いてくる。

 

「あいつら自殺する気だ、バカがいるぞバカが!」

 参加者達は三人に嘲笑を浴びせたが次の一言で参加者達を戦慄させることになる。

 

「ジーク、気流を整えた!!」


 ジークと言う名を聞いた参加者たちは、目を丸くしていた。

何せあの竜狩りの異名を持つジークが大会に参加しているのだから。ワイバーンが小物に見えるような奴が参加しているのだから。

そんな事など気にせず、アジサイたちは数分でグローアップロックを登り切ると、そのままの勢いでワインレッドの巣へ近づく。

 

 アジサイは、巣の手前でジーク達が追い立てるワイバーンを狙撃するためにセッティングを開始する。

 ジークは巣へと回り込んで、ワイバーンを追い立てる準備をする。アルスマグナは崖へ向かい、リフトの設営を行う。

 

 アジサイは地魔術を行使し、地面をせり上げて、高台を作成しワイバーンたちを見下ろす。

「アンラ、頼むぜ」

「わかった」

 アンラは根と枝を伸ばして競り上げて地面に根を張り、そこから枝を茂らせる。遮蔽物を作り、風の影響を減らす。

 またアンラが目となりワイバーンの死角からの一撃に備えるようにする。

 

 アジサイは弾薬箱からベルト弾帯の端を小窓から取り出し、ミニミにセットする。さらにミニミの排莢口には薬莢回収用の袋をセットする。

「魔力をもらうぞ」

「いいよー」

アンラはアジサイの魔力を吸い出し、アジサイの魔力を一定に保つ。

 

 

 アジサイは引き金に手を掛ける。まだワイバーンが来る時刻ではないがグリップに手を馴染ませる。

「風が強いな」

 アジサイは呟く。標高も高いためか秋の終わりを告げる様な空気がアジサイの裾の隙間から入り込む。

「弾道が逸れそうか?」

 アンラは心配そうに聞く。

「そうだね、これはきつそうだ、観測よろしく」

「心得た。貴様、引き金に指を掛けるな」

 アジサイは左人差し指を引き金から放し、トリガーフレームから左人差し指を抜く。

「安全管理不足だった」

「そう急くこともないだろう、しかし、ワイバーンと戦うことになるとは、思いもしなかったな」

「アルラウネは植物だもんな」

「然り、私は植物の魔獣、本来ならば太陽と土の栄養さえあれば生きて行ける。もちろん、花を咲かせ実を成すときは生物を捕食し、養分を蓄える。ただ基本的に栄養に飢えているため時期に問わず捕食を行う」

「ああ、だから二言目には食事なのか」

「性分故に出てしまう言葉だな」

「そうだったね。さてと……ジークが動いたね」

「そのようだな」

 グローアップロックに活気が出始める。太陽がまだ顔を出してはいないが、空はうっすらと明るくなっている。

 この断崖絶壁と永延に続く平地、そして空は剱の霊峰エルダーサインから吹き荒れる異常な乱気流で常に空気の波が複雑に入り組んでいる。アジサイが起装を使って気流を整えなければ飛ぶことすら難しいだろう。

 

 

 そんなグローアップロックがある領土ハイドラを我が物顔で自在に飛び回るワイバーンとは相応強靭な翼を持っているということになる。

 

 

「空が赤い! 来るぞ貴様!」

「ワインレッドなるほどね」

 アジサイはミニミに付随しているバイポットを展開し、ショルダーレストを展開しストックを左肩に押し付ける。グリップを左手小指から順々に握り込み、人差し指をトリガーフレームに触れる。ストック上部に頬骨を乗せて、

「距離は?」

 アジサイは瞳孔を絞って照準を見据える。

「一キロ強というところだな、あの速さなら三十秒くらいで射程に入るだろう」

「弾薬足りるかな、十万発注したけど今は一万発しか持ってないのよね」

「竜の女に祈るしかあるまい。あと十秒」

「まぁ、そうだな、行こうか」

 

 アジサイは鼻から息を吸い、吐き出す。地面に付いている胸が上下に揺れ、肺の空気が残り三割ほどになった瞬間に、引き金を絞る様に力を加える。

 カチンと引き金にかかっていたテンションが消えて撃鉄が落ちる音がした。

 それと同時に弾薬内の水晶が励起されて燃焼する火薬の代役を務めた。

 

 一瞬で何百の銃弾がワイバーンの群れの中に飛び込む。半分はワイバーンに当たり、次々と地上に落下する。

「射撃中止、銃身を冷却する」

「二十くらいだな、何匹かこちらに気付いてるぞ!」

「あいよ」

 空気を操り、即座に銃身を冷却させると再び射撃フォームを取る。

 

 アジサイはミニミを炸裂させる。

 銃口は金切り声を上げて、上空飛び交う無数の赤色を地面に叩き落とす。ワイバーンの持つ鱗は意外と柔らかく、弾丸が想像以上に通る。

 伏せ撃ちから、膝撃ちにフォームを変え、真上にいるワイバーンに射撃を行う。アジサイの近くで次々とワイバーンたちが地面に激突する。

 

「残弾わずかだ!」

「オーケー!」

 アジサイは、トリガーに掛けた指を緩めて射撃を止め、制圧射撃から精密射撃へとスタイルを変化させる。

 二、三発ワイバーンの脳天に撃ち込んでは反動でずれた銃を調整しなおしてから次のターゲットを狙う。

 

「お待たせしました補給です」

 アルスマグナが銃弾の入ったボックスを両手に持ってアジサイに届ける。

「ナイス!」

「戦果は上々です。ジーク様が矮小で哀れなワイバーンを運搬しているので引き続き狩りをお願いします」

「オッケー!!」

 アルスマグナは弾薬箱を置いていくとすぐにリフトへと向かった。

「リロードする!!」

 アジサイはミニミを置くと先ほど同様弾帯を弾薬箱から取り出し弾薬をセットする。散々練習したこともあってスムーズにリロードを行う。

「リロード完了、射撃開始」

 夜明けから三時間ほどの射撃を行い、アジサイの発注した弾薬を全て使い切る。薬莢と弾帯に使われる帯状の金具を弾薬箱に戻し、撤退の用意をする。

「まだ上空が赤いな」

「貴様、撤退を急け、奴らこちらに来るぞ!」

 アジサイは装具を起装から律装と論装に切り替え、移動を開始する。

 

 

 

「来たか!」

 ジークがリフト付近で襲い掛かるワイバーンの相手をしていた。

「そっちはどうだ?」

「例年優勝者には及びませんが、入賞には十分な量を確保しました」

「よし、いいね」

「あとはリフトを回収するだけだが、ワイバーンがうざくて作業が出来ていない!」

 そう言いながら空から降ってくるワイバーンの首だけを綺麗に落とす。

「俺が撤収するからジークは援護お願い、アンラもジークのサポートを!」

 

 アジサイはリフトの撤収作業に取り掛かる。ここも訓練を怠っていないためリフトの解体は手早く行うことが出来る。

「我ながらここまで手早く綺麗に行ければ気持ちがいいもんだな、これこそ技術者の芸術ってやつだな」

 アジサイはどや顔で解体作業を終えると、全ての荷物をまとめ、下山の準備をする。

「ジーク! 撤退!」

「おう!」

 一つにまとめた荷物をジークは片手で軽々と持ち上げる。そのまま地上へと飛び込むように落ちる。

 アルスマグナもそれに続く形で飛び込む。アンラもアルスマグナに捕まりダイブする。

 アジサイが飛び込む準備を始めた瞬間、背中に強烈な視線を感じる。

 

「……なんだ、この気配」

 背筋の寒気が止まらなくなり、左右上下を見ても姿はない。論装の赤外線を用いても捉えることが出来ない。

 アジサイはM500に弾丸を詰め込み、安全装置を解除する。

 

 間一髪の出来事であった――。

 

 アジサイが冷や汗を拭うために手を首筋に当てた瞬間、アジサイの首に鋭利な一撃が飛んできた。

 律装のグローブは防刃防弾使用であるため並の刃物では表面に傷を作ることもできないが、今の一撃で、アジサイのグローブが少し裂けている。

 そのままアジサイは後方へ吹飛ばされると、即座に立ち立ち上がり、攻撃主の姿を見る。

 

「ほう、運が良いのかそれとも読まれたか」

「竜……」

 白い毛並みに、翼と腕の中間のような前足に、長い尻尾、黄色い目がゆらゆらとしており、鋭い牙が口からわずかに確認できる。

 わかりやすく言えば、狩りゲームのモンスターで言うところのナルガと呼べば概観のイメージは付くだろう。だが大きさはゲームの物よりもはるかに大きい。軽く見ても三倍は大きいだろう。

 前足は一本の刀のように鋭利な輝きのある骨を装備している。

「いかにも、吾はアルスマグナの分魂、名をビサンティンという竜なり」

「竜狩りに用があるなら呼んで来ましょうか?」

「不要、私はお主に用がある」

「と言いますと?」

「いや、なに、珠を拾ってな、それを返そうと思った次第だ」

 そう言うとビサンティンは口に咥えている宝珠をアジサイに渡した。藍色の宝珠はアジサイの手に渡るとそれが装具であることがすぐにわかった。

 

 名を、感装『蘭舞』、アジサイが探していた装具の一つである。

 

「ありがとう、ビサンティン」

 感装に再び目をやると、今度は黄色い宝珠となっていた。じっくりと眺めていると宝珠が次々と色を変えていることがわかった。

「なに、もうすぐ死ぬ身、少しくらい人間に優しくして良いだろうと思った婆の気まぐれとでも思うがいい」

「もうすぐ死ぬ……ああ、そっか、そうだったな」

「別に竜狩りを攻めるつもりはない。むしろアルスマグナの元を離れて自由に気の向くままさせてもらっている今が異常なことなのだ。やっとあるべき場所へ帰れる」

「じゃあ、なんで戦うんだ?」

「戦うのは選定である。私の魂がアルスマグナの元へ帰った後、肉体は依然力を持ったままなのである。誰かが、力を制御しなければならない、それは呪いであり、加護でもある」

「じゃあ、君は魂が帰結した後の肉体に宿った力を委ねる者のために戦うのか」

「その通り、だから竜狩りと戦うのは必至、そして私が倒れた時こそ、竜狩りは真の試練が訪れる」

「試練?」

「我が力で今は安らかに眠っている竜がいる。逆鱗のアンフォメルを封印していたのだが、己が倒れれば、封印もそのうち解けるだろう覚悟せよ」

「わかった、ありがとう」

「それと、最後にふたつ、竜狩りに言伝を頼む」

「いいよ」

「ひとつ目は、吾は時期が来たとき貴様の前に立ちはだかるその時まで研鑽せよ。二つ目は、マニエリスムはレイペールに居る。正確にはマニエリスムの居場所を知っている者がいるのだが、この二つを頼んだ」

「わかった。それじゃあ、俺は行くよ」

「ああ、最後に話した人間がお前のような平穏で穏やかな人間でよかった。本当によかった」

 嬉しそうな声でビサンティンは言う。

「ところでなんだけど」

「なんだ?」

「何で最初襲って来たん?」

「ああ、あまりにも隙だらけだったのでな」

「俺もまだまだだね。ありがとうビサンティン」

 アジサイは静かに笑うと、起装を展開し、崖から飛び降りた。

 

 

 

「遅い!」

 眉間に皺を寄せながらスピカはアジサイの向こう脛を蹴る。

「ごめんよスピカ、ちょっとヤバイやつに絡まれてたんだ」

「ほう、ヤバイってどんなのだ? 言っておくがあそこには人間かワイバーンしかいないぞ、他の魔獣を言い訳には出来ないぞ、さぁ、言ってもらおうか、どんなやつに絡まれたって?」

 

「平穏のビサンティン」

 

「はぁ?」

「おい、なんで呼ばなかった!?」

「アジサイ様、もっと早く!」

 ジークとアルスマグナが血相を変えて、走っている馬車から飛び降りようとする。

「待て待て、ビサンティンから言伝を預かっている。ひとつ目はそのうちジークに勝負を挑みに行くってさ」

「ビサンティンが勝負を……本気のようですね」

「それと、マニエリスムはレイペールに行けばそれを知る者がいるってさ」

「レイペール……鬼神族の墓場で帰らずの領土……」


「おい、積み荷を狙ってくる奴らがいるぞ、備えろ!!」

 

 アジサイもジーク達も今はワインレッド狩祭りに集中することになった。

ワインレッド狩祭りもいよいよ大詰め、来週で祭りの勝者が決まる!!

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