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神ノ34話「狼と出会い、狼が死んだ」

 アジサイたちはリカーネから『エルフの森』という二つ名がある領土『パッツァーナ』に到着していた。

 いつも通りギルドの近くにある宿を拠点にし、早速仕事に取りかかろうとしていた。

「流石にエルフの森と言う事だけあって、耳が長い方が多いね」

「亜人とか呼ばれたりするが、まぁ、ほぼ人間だ。人間よりも対魔力性能が高い」

「対魔力って?」

「魔力由来の事象に対する耐性だな」

「もっとわかりやすく」

「そうだな、例えば普通に燃える炎と魔力で作った炎の違いがわかるか?」

「知っている。普通に燃える炎は物質が燃焼しているもので、魔力由来の炎は魔素と呼ばれるものが炎と同じ振る舞いをする。もちろん熱は存在するためやがて物質には火が付く」

 魔術と科学の相違になるのだが、この辺りはアジサイでも取っつきにくいというより判断が難しいのである。

「まぁ、要は魔力による攻撃を軽減または無力化できるかどうかだ。物理現象と魔力現象の差によるところだな、エルフは魔力こそ人間と同じだが、魔術への耐性は高い。催眠魔術をかける時は注意しろ」

「やらねえよ」

「だろうな」

「はぁ……」

 そんな会話をしながらギルドへ向かった。

 ギルドはリカーネ支所よりもこじんまりとしているが酒場はその反動かかなり大きなものになっている。

「ここは、魔獣も魔物も少ない土地だが、生息している種類が危険種ばかりの典型的な大物嗜好のハンターか希少な植物やキノコを求めるサーチャーが多い、しかもどちらも食材として優秀で、豊富で良質な食料たちが市場に出荷される前の食材をギルドが買い取るため安価で美味い食事ができる。それが評判となって、ギルドの副業が本業より有名になったわけだ」

「へぇ、んじゃあ、飯には困らなさそうだ」

「そうだな、ちなみにここは魔獣狩りを受注する際に注意しろ、基本六等級より上位の等級じゃねえと魔獣狩りはできねえからな。色々ルールはあるが、私と一緒なら基本的にどの仕事も受けられると思えばいい」

「あい、了解しました」

「と言っても最初の仕事は昇級試験だから、一人でやってもらう」

「ちっくしょう」

「というより、お前に昇級試験を受けさせるためにここへ来たようなもんだしな」

「リカーネでも良かったんじゃ」

 アジサイたちは酒場のテーブルに腰かける。

「ここのギルドは飛び級ができるんだ。飛び級がある領土は他にもあるが、ここま六等級まで一気に飛ぶことが出来る、八等級のお前にはチャンスだな。私は二等級だからお前に試験を出す権限がある。嫌でも受けてもらうぞ、まぁ、私より強い武具を有するお前には歯応えがない試験になると思うがな」

「ま、やりますよ」

「と言うわけで、ギルドで一番難しい依頼を持ってきた」

 スピカは依頼の詳細が書かれた依頼書を渡した。

 アジサイは依頼書内容を見る。

「新種の狼討伐……」

「つい最近見つかった新種だ。かなり被害が出ているらしい。既に一つの集落が破壊されているし、四等級冒険者の六人パーティーが全滅している。これをアジサイには単独遂行してもらう」

「お、おう……」

「話は以上だ、準備できているだろうし、飯食ったらさっさと行くぞ」

 アジサイは頷いて簡単に食事を摂り、すぐに席を離れた。

 ギルドの受付に向かい、受付嬢に声をかける。

「すいません、この依頼を受けた者なのですが」

 エルフの森らしくエルフの見目麗しい女性が受付嬢として働いていた。

「この依頼ですか……うっぷ……」

 エルフの女性は苦虫を噛み潰した表情だった。

「すいません、先ほど遺体がこちらに来たばかりでドックタグをその……」

 本人確認の作業をしていたと受付嬢は言った。

「遺体ですか、もしよければ見せていただけませんか?」

「……構いませんが、悲惨ですよ?」

「大丈夫です」

 元々アジサイは、この依頼の犯人による被害者の状態を受付嬢に問うために来たため手間が省けたと言えば省けたと言える。

 受付嬢にギルドの奥へ案内されると霊安室のような場所に辿り着いた。質問も肌寒いくらい場所で遺体が腐敗しないように魔術が使用されているようだ。無機質な石で造られた建物の床に遺体が布を被せた状態で六人並べられていた。

「では、失礼します」

 一番奥の遺体を拝見すると、左腕と左足が鋭利な断面で見事に切断されていた。刃物で斬られたようだった。それ以外に目立った外傷はないため死因は出血多量によるものだろう。

 アジサイは次々と死体を見ると、鎧や、武器などが切断されている死体ばかりで、ギロチンのような鋭い顎で噛み潰されたような傷が共通していた。

 

「あの、すいません……そろそろ……」

 受付嬢が顔を真っ青にさせている。これだけの惨殺死体を見れば無理もなかった。アジサイも流石に気持ちは沈んでいる。

「わかりました」

 死体に布を被せて、アジサイはそそくさと受付に戻った。


「御迷惑をおかけしました」

「いえ、大丈夫です……でも死体を見たいって言うのはどうしてですか?」

「どういうふうに殺されたのか見たかったのです。傷口や防具の損傷などから、魔獣が毒と持っているのか、肉食なのか草食なのかなど多くのことがわかりますからね」

「博識ですね……普通はわかりませんよ」

「そうですね、私は知り合いに恵まれていました。それでは――」

 アジサイが体を半回転させた。

「ああ待って、今、新種についての情報が」

 アジサイは体を半回転させて受付嬢の話を聞く。

 受付嬢は後ろにる同僚から新種に付いての情報を受け取るとアジサイに展開した。

「どうやら、新種は白い体毛に巨大な二本の牙が生えた狼のようです」

 情報に目を通しながら受付嬢は話を進める。

「場所はどの辺りですか?」

「依頼書のポイントと同じですね。やや北西に目撃情報は動いています」

「わかりました」

「ここは右も左も森ばかりなので迷子にならないように付けて、いってらっしゃいませ」

「ありがとうございました」

 

 アジサイはギルドを後にすると、早速ポイントに向かった。

 論装と律装を展開すると、論装の能力で依頼書の地図と自分の位置を反映させて現在地をセッティングし移動を開始する。

「しっかしこの装具便利だよなぁ」

 論装『怜青』は解析ソフトが入ったコンピュータのようなもので、これひとつで幅広い計測とシミュレーションが行える。短所は射程がアジサイの五感を数値化しているため、アジサイの感覚が届かない場所では効果が発揮されない。もう一つの欠点は、この装具はあくまで計測結果、演算結果を表示するだけの物であり、情報を見て判断するのはあくまでアジサイであるため、アジサイが理解できないことを計測しても判断できないため無意味である。そして計測できる全ての情報を一気に展開するとアジサイの脳ミソに極端な負担がかかるためしばらく身動きが取れなくなる。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し、昔の人はよく言ったもんだな」

「なんだその言葉は」

 最近放置され気味のアンラが久々に口を開いた。

「なんでもやり過ぎは良くないっていう意味だ」

「ほう、なるほどなるほど……」

 最近、文字を覚えたアンラは日光浴をしながら読書するというのが日課になっており、日に日に頭が良くなっている。魔術も扱えるようになり、アジサイのサポートに徹している頼もしい仲間である

「そういや、スピカがいる時はしゃべらないんだな」

「あの女か、別段話すこともない、それに人間に興味はないどれも同じに見える」

 魔獣からすればその程度の認識になるのだとアジサイは感心した。

「俺とは話をするのにな」

「貴様は人間とは別格だ、魔力がたっぷりと含まれた血は甘美であるからな。それに私が欲した物はある程度見繕ってくる、共生関係としては十分である」

「それならいい」

「それに、最近は人間を狩る様になったからなこっそり死体の血を啜らせてもらっている。体力を労さずして栄養を蓄えることができる。これ以上ない快適植木鉢であるぞ」

「人間を植木鉢扱いかぁ」

「私にとって人間は餌でしかないからな」

「そうだな、さてそろそろ目的地か」

 アンラは気を使ったのかそれ以上喋らなくなった。

 律装のおかげで筋力が飛躍的向上し、ターザンのように木々を次から次へと飛び移ることが出来るためかなり素早い移動ができるようになっている。論装の効果により現在地を把握出来るため迷わず進むことができる。

 ポイントに到着すると、アジサイはマップウィンドウを小さくし、赤外線ウィンドウを展開する。

 辺りを見回すと鬱蒼とした森という表現が当てはまるほど木々が生い茂り、日中にも関わらず遮光カーテンに覆われているようだった。

 アジサイは安全確認を終えると、M500を取り出しシリンダーをスウィングさせる。バルトに巻き込んであるポーチから弾薬を取り出し、五発の弾を込める。リロード終えると自家製のホルスターにM500を収める。左腰に備えてあるホルスターはグリップ底部が正面を向くようになっており、西部劇のガンマンに出て来る銃の収め方とは逆向きに収めている。

 

 目を閉じて五つ数える。脈拍は一定になりアジサイを包む空気が張り詰める。ふうと大きく引きを吐き、ゆっくりと足元に気を使いながら散策を開始する。

 太い木々が密集しているため上の樹木にも気を遣いながらアジサイは痕跡を追いかけた。

 

 捜索開始から一時間ほど経過してアジサイは息を飲んだ

「やべえぞ……」

 アジサイが見つけたのは足跡だった。足跡の形状から狼か犬、または狸、狐に酷似している。

それ以上にアジサイを驚かせたのは足跡のサイズだった。異常なまでに巨大で、それから想起されるサイズは体高だけでも3 mは余裕で超える計算である。

グレートデーンと呼ばれるイヌ科最大級の種類でも体高は114 cm、足跡は大体10 cm程度になるだろう。アジサイが見つけた足跡は全長約40 cmのM500よりも肉球部分だけで超えている。

二足歩行状態のヒグマと体高同じと言えばその脅威が分かるだろう。

 そんな巨大狼を相手取ると考えるとアジサイは足が震えた。M500は熊をも屠れる武器であるが、その熊ですら心臓を撃ち抜いてから三十から四十秒近く絶命までに時間がかかる。

 また、熊は時速40 kmで走ることが出来き、心臓撃ち抜いてからだいたい450 mはダッシュすることができる計算になる。

 一般的な狼は最高時速70kmであるため、心臓を撃ち抜いてから熊と同じ絶命時間である場合、800 mは駆け抜けられることになる。

 これが分かった時点でアジサイは死を覚悟せざるを得なかった。

 

 既に新種のテリトリーに足を踏み入れている。アジサイの現在位置が風下であることを祈るしかなかった。

 風上である場合、新種に先手を取られる可能性が高く、アジサイの生存率が下がる。

 聴覚も人間の四から十倍と言われている。些細な足音ですら命取りになる。

 呼吸、歩行、風、地理、頭をフル回転させてアジサイはいつ現れるかわからない魔獣とやり取りをしている。

 戦いは既に始まっているのである。

 

 アジサイは十五分程度、進むと、五分木陰で休憩を繰り返しながら、森の中を掻き分けていく。

 集中力を保ちながら、呼吸を一定に保ち静かに息をする。

 200 mほど獣道を進むと、植物が不自然に薙ぎ倒された形跡を見つけた。倒木もあり、断面を見るとプレス機で潰されたような状態であった。刃物のような鋭さはない。

 倒木を迂回するように歩くと、アジサイは倒木の倒され方が円形であることに地図を見て気づいた。倒木と倒木の間に出来た隙間に入り込み中の様子を見ると、拓けた場所になっていた。木々も倒されており、そこだけポツンと太陽の光が差し込んでいた。

 切り株を見ると先ほどの木々と同様にプレス機で押しつぶされたような状態であった。


 明らかに不自然であった。

 赤外線ウィンドウをよく見ると、無数の新しい足跡が発見できた。サイズは先ほど見た超大型の物もあれば、大型犬程度の足跡も確認された。

 親子がいるようだが、足跡のサイズを見るにどうやらこの二匹しかいない。

 アジサイは一層に警戒心を強め、足を前に進める。

 

「ワンワン!」

 

 ピョンピョンとはしゃいでいるゴールデンレトリバーの成犬ほどの灰色の狼が目に入った。

 見た目は完全にハイイロオオカミだが、犬歯が異常に発達してまるでサーベルタイガーのようであった。これでもおそらく子犬なのだから、成犬の大きさが想像を絶する。

「ワンワン」

 子狼はアジサイの周りをくるくると歩き回りながら臭いを覚える。それから十五分ほどアジサイの様子を眺めている

 見定めているようにも思えるが、子狼の目の奥は野生の獣である片鱗を伺わせている。子狼はアジサイの風下でリラックスしている。

「かわいいなぁ」

 子狼は暇なのか大きな欠伸をしている。

「んな……」

 子狼の歯の形状にアジサイは驚きを隠せなかった。厚みのある前歯に奥歯は発達した臼歯だったから。これは草食動物特有の物であり、この魔獣が草食である証明だったからだ。

 つまり、アジサイの目的としていた新種ではないのである。

 

まだ大型が他にもいる――


アジサイの耳を貫くような轟音が響き渡った。

遠吠えなのだが、音が大きすぎるあまり一瞬何が起こったのかアジサイには判断できなかった。

アジサイはM500を引き抜いて臨戦態勢を取る。

「アンラ、サポート頼むぞ」

「わかっておる、それよりデカイのが来るぞ!」

 

 灰色の大きな塊が木々の上から飛び降りて来た。

 体高は五メートルを超え、牙は片方折れている。間違いなく親狼であった。

 体は所々裂けており、腸と思われる臓器が引きずられている無残な姿だったが、それでも目の奥にある痛烈な光がアジサイの身体を硬直させた。

 親狼が気丈を振舞いながら、アジサイの顔に鼻を近づけた。何かを見定めたように安心した鼻息をアジサイに吹きかけると、子供の方へ向かって歩いた。

「どうする主様」

 アンラが不意にアジサイに聞いた。

「どうって?」

「その畜生、最後、我が子に愛情を注ぎたいからこれから来る魔獣の相手をして欲しいそうだ」

「回復魔術施せば助けられるかな」

「無理だな、魔獣は対魔力を有している、貴様如きの技量では助けるどころか寿命を縮めることになってしまう」

「そっか……ごめんな、でも最後の願いは叶えるよ」

 

 間もなく地鳴りのような音が鳴り響き始める何か巨大なものがこちらに近づくのが分かった。

 

 アジサイはM500をホルスターに収め、立ち膝になると、左手を前に突き出し、右手を添える。

 

「来るぞ、主様!」

「おう、こっちは準備できてる! ガス抜き兼ねてド派手にぶちかましてやる!」

 

 地面を突き破ってきたのは巨大なカミキリムシのような顎に、芋虫のような胴体、そこから巨大な鎌のような爪が無数に飛び出している魔獣だった。大きさは見えているだけで10 mは超えている。

 とにかく大きく、そして木々を豆腐のように切り裂いているところから依頼にあった新種であったと見て間違いないだろう。

 仮にそうでなかったとしても放置すればアジサイ自身が死ぬ。

 

 アジサイはカミキリムシ型の化け物を捕捉し、深呼吸入れてから、術式を詠唱する。

「『我、十三の牙で穿つ者、我、混沌を終わらせる者、黙示録の炎来たれ、メガーリ・フローゲス』!!」

 半径二十メートルほどの魔法陣が展開し、障壁が展開する。そして爆発にも似た炎が一気に障壁内部に燃え広がり、魔獣を一気に灰へと化す。

 

 炎上が収まるまで障壁は維持されその間アジサイは魔力を吸い取られていく。

 

 

「主様の魔力が空になったぞ」

「まじかすぐ溜まるから安心しな」

 

 化物が炭になっていることを確認すると、アジサイは狼の方へ歩み寄った。

 既に親狼は呼吸のサイクルが短くなっておりその時が近づいていた。顔を起こすとアジサイに礼を言うかのように優し気な目でアジサイを一瞥した。

 

「ワンワン……」

 子狼も何かを察した涙を流している。

 親狼は鼻で我が子をアジサイに突き出すと、そのまま目を閉ざして、二度と目を覚ますことはなかった。

 

 アジサイは狼を看取ると、任務達成の報告をするために巣を後にした。

 気分はあまり良くなかった。


 

 

 とぼとぼと歩いて帰り、受付に事件の内容をきっちりと報告する。

「そんなことがあったんですね……」

「狼の方はたぶん温厚な性格何だと思う。今後見つけたら調査をお願いします」

「そうですか、あの僭越ながらそこのワンちゃんは……」

 アジサイは足元を見ると、あの狼の子供が付いてきてしまっていた。

「お前、来ちゃったかぁ……」

「ワンワン!」

「どうするかなぁ……」

「飼っちまえばいいだろ」

 スピカが書類を書きながらアジサイに歩み寄る。

「んだけど犬飼ったことねえし」

「クゥーン」

 露骨にあざとい声で子狼はアジサイに体を擦りつける。

「一緒に来るか?」

「ワン!」

「じゃあ、よろしくな、えっと名前は……」

「チンチンでいいんじゃねえか」

 書き上げた書類を受付嬢に放り投げながら、スピカは子狼を撫でる。

「却下だ馬鹿野郎」

「うーん、緑、草食……」

「そういや、この時期はソラマメが旬だな」

「あ、じゃあ今日からお前はそらまめ」

「うわ、ネーミングセンスねえな、チンチンの方がまだ可愛げあるぞ」

「いや、そらまめの方が良いだろ」

 


 この後、色々とスピカとアジサイは議論したが、子狼の方が自分ことをそらまめと認識してしまい結局名前がそらまめになるのであった。

もうすぐ年末ですね。あと半年しないうちにこの作品も1周年になってしまいますね。

ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。

魚しゃぶしゃぶ食べてえな。


それではまた来週。

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