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神ノ23話「機械的作業」


「以上が、今回の領土調査の予算になります」

「予算ゼロなんですね」

 アジサイはきつそうな顔をしていた。

「一応、準備費はありますけど、今回は冒険者職のような様相で活動します。もちろん領主が近くにいる場合はそこを調査と領主に宿を任せます。それ以外は冒険者身分を実体験して問題点を洗い出すという感じになっていますね。まぁ、ほとんどは私の長期休暇のようなものですね」

 魔獣や盗賊などの退治から物資調達など多岐に渡る所謂何でも屋のような職業を冒険者と呼んでいる。その中からさらに討伐系メインをハンター、調達系メインをサーチャーなどと呼んだりする。

 収入はまちまちで駆け出しの冒険者は今日の昼飯に事欠くこともよくある。上級になれば相応の額が手に入るため成り上がろうとする人間も多い。

「随分ストイックな長期休暇ですね」

「私にとってはちょっとした娯楽です」

 彼女の実力を鑑みるにその言葉は事実だろうと言うのがアジサイにはすぐわかった。

「は、はぁ……」

「冒険者と言っても、おそらく討伐依頼が多いでしょう。ギルドの拠点は役所と併設されているように義務付けられているので小さな村でもあるのでお金は自分で集めましょう」

 実際にその職業に触れることで業界内部の腐敗や問題点を見つけるのも仕事のひとつだが、それ以上にアンタレスがやってみたいというのが本懐である。

 もともとアンタレスも神罰のパンドラと呼ばれるほどの実力者でもある。

 それにアジサイには都合の良い話でもある。この国の状況や地球に生息していない生き物を間近で見ることが出来るチャンスでもある。

 特に魔獣は今後、対策を考えねばならない生物でもある。メリットは大きい。

 デメリットは命に関わることが頻発することである。

「わかりました」

「登録は既に終わらせているのでドックタグをどうぞ」

 金属のプレートに斜めに切り込みがひとつ入っている。

「その切り込みが増えるほど高い等級になります。等級が上がればより高い報酬の依頼を受けることが出来ます。等級を上げる方法は依頼をこなして等級を上げることできます。基本はギルドに行けばアップデートしてもらえます」

 アジサイはドックタグを首からぶら下げる。

「なるほど、わかりました」

「これから新米同士頑張って行きましょう」

「そうですね」

 

 

 そう言いう話をしながら、アジサイの旅は始まった。

 

 

 旅は予算の都合で基本的に徒歩移動となる。場合によっては馬車などの乗り物を使用することも検討している。

万が一、帰還命令が来た場合、アンタレスは転移魔術のスクロールを持っているため即座に帰還できる。

 ちなみに転移魔術のスクロールは超高額なものであるため流通は少ない。 

「ところで目的地は?」

「リカーネという領土に向かいます。王都から東側で一番近い場所です」

「なにかありますかね?」

「比較的平穏な場所ですね長閑で魔獣も少ないですし」

「冒険者としての仕事は少なそうですね」

「確かにそうかもしれません。ですがゴブリンやオークなどはよく出没します。我々からすれば大した魔物ではないですが気を付けましょう」

「魔物……」

「魔獣ではないですが危険です」

「いや魔物と魔獣って何が違うんです?」

「さぁ、みんなそう言っているので私も何が違うのか分からないのですよね」

「そうですか、あとでエレインさんに聞いてみます」

「そうですね」

「それとゴブリンやオークの習性や倒し方などがある場合教えてもらいたいです」

「そうですねゴブリンは洞穴とか洞窟、空き家や遺跡などに住んでおり、群れで行動しますね。数が増えると村を襲ったりしますね。一匹はそれほど強くないのですが、数が揃うと危険です。見下していると足元を掬われます。オークは大型で二メートルほどの体格がありこちらも群れを作っていますね。ゴブリンよりも数は少ないですが一匹が強く、厄介です」

「オークやばくないですか?」

 単純にヒグマが群れているのと同じ状態である。十分危険だ。

「オークは基本的に人家には近づきません。食べ物に飢えた時か人間側がテリトリーに侵入しない限り襲ってくることは少ないですが駆除対象になります。危険になる前に殺してしまうのが手っ取り早いですからね。それに一度人間の味を覚えたオークは故意に人間を襲い始めます。略奪する方が楽だからですね」

「そうですか……」

「アジサイさん、人間の命第一です」

「うっ……」

 アジサイの甘さが滲み出た瞬間である。

「それに中途半端に生き残りを出すと報復されます。やるなら子供でも躊躇しないでくださいね」

 アンタレスの厳しい言葉にアジサイは静かに頷いた。

「非情になれ……かぁ……」

「そうです、すぐに慣れてください」

 人間に近いため余計に情が湧くのだろう。アジサイの心に不安が生まれた。

「はい……」

「いいですね?」

 アンタレスは釘を刺した。

「自信はないです」

 実のところアジサイは人間を攻撃することにさえ抵抗があった。

 ジークと再会を果たした時の抜刀そして肉を切った感触は未だに覚えている。それを思い出すとアジサイは今でも手が震える。気丈を振舞ったが、実際そんなことがなかった。

 だからジークの罪悪感が薄れた様子を見ると羨ましいと思う時があった。

「……優しいですね」

「そんなことないですよ……」

 すぐにアジサイはアンタレスの言葉を否定した。

「少なくとも私とは違います。私は優しいからほど遠い存在です」

 この言葉にアジサイは賛成も反対もできなかった。

 懐刀たちは武勲を讃えられて成し上がった者たちである。貴族のような能動的に受け継がれる立場ではない。

 

 

 道中早速の沈黙が二人を襲う。後ろから馬車を

 後ろからは馬の蹄の音が聞こえた。

「おや、二人旅ですか?」

 馬車の運転手が声をかける。中年の男が陽気そうに声をかけた。

「ええ、手持ちが少なくて」

「私も、王都に積み荷を降ろした帰りで、目ぼしいものもなく荷台は空っぽですわい、それに最近じゃここら辺もやれ魔獣だやれ魔物だと何かと噂が流れていますからね、用心を」

「そちらはどこに行くんですか?」

「リカーネだけど」

「良ければ、冒険者の新米二人が護衛いたしましょうか?」

 アンタレスは運転手にドッグタグを見せた。

「駆け出しの冒険者だったか、まぁ話し相手もいないし、人数がおおけりゃゴブリンも手を出してこないしな、ここはひとつ馬車に乗せるのが報酬で頼むよ。もしも襲れたら追加の報酬をリカーネに付いたら払うよ」

「大丈夫ですよ」

 こうしてアジサイたちは早速、タダで馬車に乗ることが出来た。屋根付きの荷台のため天気が悪くなっても濡れずに済む。

 

 

「早速楽が出来ましたね」

「ええ、冒険者はこういうときに役立つのです」

「そうですね」

 

 

 幸いなことに、リカーネにある馬車の運転手が住む村に着くまでの三日間、何事もなかった。

 

 

「助かりました」

「いいさいいさ、一人であの三日も馬車に乗っているのは寂しいからね」

 昼過ぎ頃に村に着いたアジサイたちは先に宿を探し、大きな荷物を置くと早速ギルドへ向かった。

 

 村だけあってギルドの窓口も小さい。

 受付の女性が一人と三人の男性が依頼書の確認をしている。

「アジサイさん、これからは立場がばれるのを避けるためにお互い呼び捨てで行きましょう。それと任務も別々にしましょう」

「リスクがありませんか?」

「その斧は飾りじゃないのですよ?」

 アジサイが背中に担いでいる斧を見ながらアンタレスは行った。

『安心しろ貴様、私が付いている』

 三日ぶりにアンラが語り掛ける。

「わかりました」

「それでは」

 自分の食い扶持は自分で稼げと言う事らしい。

 

 アンタレスが依頼を受ける様子を確認した後、アジサイも窓口へ行く。

「駆け出しなのですが簡単な依頼はありますか?」

「そうですね、ゴブリン退治ならありますけど、御一人ですよね?」

「ええ、まぁ……」

「ならゴブリンですね、最近は冒険者さんも少なくゴブリンには手を焼かれているのですよね、ゴブリンが嫌なら他にも依頼はありますが、ちょっと危険になってしまいますよ」

「ならゴブリンで」

「わかりました。ここから東に行った林にゴブリンが巣を作っています。よろしくお願いします」

 標的の場所が書かれた地図を渡される。

「退治されたかどうかはどうやって判断します?」

「ゴブリンなので口頭での報告で結構ですよ、我々ギルドは嘘を見分ける読心魔術を使えるのでそれで判定します」

「わかりました」

「どうかご無事で、ゴブリンは数が揃うと危ないですからね」

「わかりました」

 

 

 村を出ると目的地に向かった。

「ゴブリンか」

 アンラは気だるそうに呟く。もう村から出ているため声を出している。

「俺でもやれるか?」

「なにかあれば助けてやろう、貴様が傷を癒している時に文字の勉強がてら魔術書を熟読していた、基本魔術なら詠唱がなくても使える」

「勤勉で何より、頼りにしている」

「貴様には宿主として強くなってもらう、私が斧の形を成しているだけだ。魔術は使わぬ、あくまで武器として考えろ」

「そんなー」

「そら、もうすぐ巣に着くぞ、息を殺して一気にやれ」

 アジサイはゴブリンが巣にしていると思われる空き家を見つけると斧を構える。

『アンラ、斧を小さくしてくれ』

 指示を出すと斧のサイズが手斧ほどのサイズになる。

『空振りで足を怪我したら笑ってやる』

 皮肉を言いながらアジサイは空き家を観察する。

 上位魔法を放って空き家もろとも吹飛ばすか悩んだが、殺害行為に慣れる訓練として、接近戦を挑む。

 必ずしも上位魔術を使えるとは限らない、少しずつ慣れていくしかない。

 

 この時アジサイは、緊張から装具の使用という選択肢を外してしまっていた。

 

『纏わりついて透明化してくれ』

『わかっているな』

『そりゃ、どうも』

 アジサイは透明化し、足音を立てずに風下に立つ。

 ゴブリン空き家の玄関に二匹のゴブリンを見つける。汚い緑色の肌に子供くらいの大きさ、不細工な顔をしていた。

 

 アジサイは心を切り替える。

 ゆっくり近づき、一体目のゴブリンに斧を振り下ろす。


 脳天をかち割り、一体目を即死させる。当然もう一体のゴブリンは驚いた表情になり大声を上げようとする。

 それをアジサイは斧から手を離し即座にゴブリンの喉を右手で掴み、こちらに引き寄せる。同時左手は腰に装備しているナイフを取り出し、ゴブリンの胸部に突き立てる。生きていると厄介であるため、五回ほど胸のあちこちを刺し、心臓を確実に破壊する。

 絶命を確認した後、斧を回収し、解かれた透明化を再び発動させる。

 建物に入ると、ゴブリンたちが部屋のあちこちで眠っていた。どうやらゴブリンは夜行性のようだ。

 ゴブリンの枕元には千枚通しを大きくしたものがありこれを武器にしているらしい。サイズを見るに人間の略奪品であるようだ。

 アジサイは血が付いたナイフを鞘に収めて千枚通しを手に取る。

 眠っているゴブリンの額に千枚通しを突き立て、ぐるりと円を描くように千枚通しを回転させる。

 ゴブリンは目を開き、口を大きく開いて絶命する。脳死させたが、死して間もないため脊髄反射により時より手足が不自然に動き、音が鳴った。

 それによってその部屋にいたゴブリンたちが目を覚まし始める。アジサイは焦りながら斧を持ち直し頭部を破壊する。

 ゴブリンたちが臨戦態勢に入る前に何とか全滅させ、部屋を制圧する。脊髄反射を起きやすくなる千枚通しは使えないことがわかった。

 ドアを閉めて、一階の部屋を見回すが、ゴブリンの姿はない。

静かに二階に上がり、部屋を確認する。

二階は二つの部屋に分かれておりは元々子供部屋だったらしく壁にいたずら書きなどが残っている。

 二つの部屋を確認すると大人と子供で部屋が分かれていた。子供部屋には武器になりそうなものが無いため、大人のゴブリンを制圧することに決めた。

 眠っているゴブリンの数を指折りしながら確認したあと、部屋に入り、ドア手前からゴブリンに斧を振り下ろす。


 機械的にただ斧をゴブリンの頭に振り下ろし、殺す。

 

 振り下ろし、殺す。

 

 部屋にいる全てのゴブリンを殺すまで。

 

 次に子供のいる部屋に侵入し、小さなゴブリンの枕元に立つ。

 斧は既にゴブリンの血と油で鈍らに成り下がっている。ナイフも血が付いているため確実に一撃で致死させるのは難しい。それに手に血と油がべっとりと付いている。無理にナイフで刺せば柄が滑り自身の手を傷つけることにも繋がる。

 アジサイは息を吸い、小さなゴブリンの頭を右手で掴み。左手で喉を抑える。これが最良の選択と確信する。

 

 右手を半回転させる。無論、ゴブリンの小さな頭も耳障りな音と共に背中側に向く。

 

 あまりにも静かな絶命だった。

 

 子供も、大人のゴブリンたちはわけもわからず、突然死んでいった。


 それはある意味、幸せなことなのかもしれない。

 

 アジサイは玄関まで出てくると、日が沈む夕方まで透明化しながら、待機した。

外に出ているゴブリンがいるかもしれないからだ。

 案の定、一時間ほどすると、三匹のゴブリンが帰ってきた。どうやら村の物を盗んできたらしい。

 アジサイは両手斧に大きさを変更する。

玄関に放置してあるゴブリンの死体を見つけた三匹は慌てた様子で死体に駆け寄ろうとする。


その手前にアジサイがいることを知らずに――

 

 アジサイは横に斧を振り抜く。三匹のゴブリンは、三つの頭を宙に浮かばせ、三つの身体は膝から崩れ落ちた。

 

 アジサイは、転がった頭を確認し目を合わせると、村に戻った。

 

 アジサイの心は酷く心は落ち着いていた。興奮もなく冷静であった。心臓も高鳴らない。

 

 ギルドに戻り、報酬を受け取った。アンタレスも依頼を終わらせており、アジサイの帰りを待っていた。

「お疲れ様です。宿に向かいましょう、血がベっとりくっついていますし」

 アンタレスはそういうと宿に向かう。

 

 普通の宿だが金を払えば洗濯してもらえるらしく、アジサイは早速の血が付いた服を洗濯に出した。その後、宿屋の店主に金を渡す。

 アンタレスと夕食をとり、風呂に入る、ついでに風呂で斧やナイフなどの道具を洗う。


一通りの作業を終えるとアジサイはゆっくり眠ることにした。

 

 ベッドに入ると、途端に手が震え始める。

 

 体も震え始める。

 

 わけもわからない恐怖に震えながら布団を頭まで被り、ただ眠ることに専念する。

 

「何を泣いている?」

「アンラは俺は、俺は――」

「落ち着け……」

「うああああああああああ!!」

 アジサイは驚嘆した声で叫ぶ。

 

 気持ちよさそうに眠っているゴブリンの表情、子供のゴブリンの表情、首を刎ねられたゴブリンの表情、全てを鮮明に思い出す。

 

「どうした……大丈夫か……」

 アンラは人間状態になるとアジサイの背中を摩る。

「殺した、殺した……心が……抵抗しなかった……」

「ゴブリンのことか、今更どうした?」

 アンラはアジサイのベッドに腰かける。

「俺は人間だ……人間なんだ……」

「そうだな」

「なんで、なんで……なんでだよ……」

 形容し難い黒い何かがアジサイを襲う。

「……ギエイプノ」

 アンラは眠りの魔術をアジサイに使う。アジサイは途端に睡魔に襲われる。

「眠れ、騒々しい」

 

 アジサイの意識は微睡みに堕ちていった。

 

 

 仄暗い場所に意識が落っこちていくような、アジサイはそんな気分だった。

ようやくアジサイが動き出す。長い長いプロローグでした。

それでは、また来週。


誤字脱字、体裁のミス、言葉の使い方は見つけ次第よろしくお願いします。



次回、竜ノ24話「ニンギルレストの雨」


ジーク、極北の先に――

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