表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/116

神ノ12話「戦斧のアンラ」

「人を殺したことはあるだろうか」

 エレインはアジサイに聞いた。

 アジサイは鑢の手を一瞬止めたが、何も返さず、乾いた笑いを少し出しただけだった。

 

「なんだい急に、物騒なこと言ってさ」


 アジサイは聞き返した。エレインが口を開くまで鑢が金属と擦れる音だけが研究室に響いた。

 

「何だろう、興味と経験さ」

「それだけで殺人者になってしまうのか、こりゃあ言いがかりも酷いや」

 アジサイは笑いを交えながらジョークを言う。

「癪に障ったか?」

「いや、全然、黙々と作業しているのも柄じゃないし、むしろ話し相手が欲しいところだよ」

「ならよかった。それでどうなんだ私の予想は?」

「うーん、さてね、こっちの世界に来る前のことはちょっとね」

 アジサイは言葉を濁した。覚えていないのか言いたくないのか、それとも図星だったのか答えは彼の胸に隠された。

「そうか、これじゃ、当たっているかどうかわからない、私の推測も空論を捏ねるだけになってしまったか」

「悪いね。気になったけど、貴女のような人が何故、俺を殺人者だと思った? まさか興味と経験だけじゃないはずだろ」

「昔見た人殺しの目に見えた」

「恣意的だぁ」

「そうともだから確認したのだ」

 エレインは書類を始末しながら淡々と言った。

「まぁ、人間なんてものは自分の都合のいいように物事を曲解する生き物さ、俺が他所にどう思われていようが知らんな」

「なるほど、明快な答えだな」

「イエイ、褒められた」

「ほんと掴みどころがないな……」



「話を変えてもいいかい?」

 アジサイは思いついたように言う。


「いいとも」

 エレインは機械的に答える。

「魔術についてちらほら聞きたいことがあってね」

「私の知識でよければ」

「スパルタで半泣きになりながら修得した炎、氷、風、地、の魔術なんだけど、やり方はわかったけど原理がさっぱりでさ、魔術ってそもそも何という」

「なるほど、そもそも魔術についてだが、魔術は決められたルールに乗っ取り、決まった答えが返ってくる物、わかりやすく言うと誰でも簡単に使えるようにテンプレート化させたものだな、使うのが容易で一般的に広まっている。どう使うかさえ分かっていれば、あとはその中身がどうなっていようが知らなくてもいいという論理だな。逆にテンプレートに定まっていない者を魔法ということがある。広義においてはどちらも同じものだが、派閥とかがうるさくてな」

「あー、二回聞いてようやくわかったわ」

「昨日時点で私は六回これを説明しているのだが」

 呆れた声でエレインはため息をついた。

「おっと、無知で申し訳ない」

「理解出来たらそれでいい」

「そりゃあどうも」

「そうか、だが、まだまだ、まだ卵でしかない。アジサイには悪いが魔術に対してのセンスは普通以下だ」

 辛口な評価をエレインはした。変に事実を隠せば今度はアジサイがかえって危険になるということも考えてのことだ。

「心が痛いぜ。でも、頑張らねえとせっかくの神性も無駄だ」

「前向きなのはいいことだ色々試してみるといい、実戦は近道だ。午後は昨日の続きだ」

「ほいほい、さてこんなもんかな」

 粗方の錆びを落としたアジサイはハルバードの柄と刃の接合部を覗きながら言う。

「さてと、次は研ぎか」

 水の張った桶から砥石を取り出すと、砥石をこすりつけてハルバードを研ぎ始める。


「よく磨いておくとあとの作業が楽になるぞ」

 

「あいよー、しかし、この意匠、やはり祖国を思い出すな」

「アジサイの国か、ミオリアから聞いている。文明の発達した国だと」

「ん、たしかにそうだな、俺の生まれはもっと田舎だ、山と川を尊び、田畑に祈り、恵みをもらう、そういう古臭い風習が残った場所さ」

「神に祈るのが古臭いのか?」

「俺の居た国に神はただあるだけの存在、信仰も畏敬も何もないただ概念があるのみ」

「そうか、そんな時代なのか、祈らなくていいことは十分幸せな国なのかもしれないな」

「ああ、そりゃあ……良き国だったよ」

 アジサイは、乾いた笑いを見せる。それはとてもじゃないが幸せな顔ではなかった。侮蔑と皮肉と嘲笑が混ざったどす黒い感情が滲み出る。


「随分な顔をしている」

「いやいや、もともとこういう顔なんだ」

「そうか、手が止まっているぞ?」

「おっとっと」

 アジサイは砥石をもった手を動かす。

「そう言えば、噂に聞いたのだがハンドレットバードの卵を一発で食したらしいな」

「あれ、うまかったなぁ」

 アジサイはしみじみと卵の味を思い出した。


「誰も成功できなかった」

「へ?」

「あの試験は誰も合格できなかった。アジサイが初めてだ」

「やったぜ」

「ハンドレットバードの卵は太陽の光でしか殻の透けている部分は見つけられない、アンタレス様は志願者をディナーに誘い、卵の試験を出す」

「え、無理じゃん」

「その通り例え百の夜を犠牲にしても割ることが適わない卵、故にハンドレットバードなのだ。夜行性の鳥と言う珍しい種でもあるしな」

「じゃあ、俺は運が良かったのか」

「運だけじゃない、おそらく、彼女が見ていたのは本質、一言一言をアジサイが放つ言葉を吟味していたに違いない」

 

「そんな人には見えなかったけどな、俺にはただ、楽しく飯を食いたいって感じだったけどな」

「真意は定かではないな。しかし、試験に合格したらしたで決闘を申し込まれるとは難儀だな」

「ジークに謀られただけさ、まぁ、あいつも先輩も強いし、対して俺はスキルに恵まれているわけでもない、肝の装具を使えば肉体があっという間に崩壊、難儀な能力さ」

「その二人と違って、魔術への適性も高い、そして神性を増やせる体質、我々からしたら希代の才人だ」

 

「ありがとう」

「ふむ、それだけ余裕があれば、今から座学を始めるか、ざっとでいいから聞いて欲しい」

 



 エレインは魔術についての話を切り出す。これが終わる頃にはアジサイのハルバードも鏡のように滑らかな金属になっていた。

 柄も作り直した。今回は数ある中からアルラウネという魔獣の木を柄にした、固い木だが弾性があり魔力適応性も高いためエンチャント武器によく用いられるとエレインは言った。

 特性以上にアジサイはこのアルラウネの柄を気に入っている。赤味を帯びた色と、はっきりと黒い木目のコントラストが美しく黒檀を思い出させた。


「ここまで磨ければ十分だろう、これを――」

 エレインは試験管に入った粘性のある綺麗な色をした何かを試験立てに何十本も入れて作業机に置いた。


「これは?」

「魔晶液と言って、水晶にため込むことができる限界以上の魔力を注入するとこんな感じで液状になる。色が違うのは、水晶の種類や、魔力の個性だ。エンチャントではこれが必須となるアイテムのひとつだ。ちなみに呪術ならこれを水晶ではなく、血液を使う。知能の高い種であるほうがいいとされているらしい」

「どうやって使うんだ?」

「本来は、武器が完成した後にエンチャントを行うが、今回は、練習も兼ねて、まずは柄だけで実験する、私が指示した通りの掘り込みがあるな、そこに好きな色の魔晶液を適当に垂らす。適当に垂らすのは、どう配合しても結果が毎度違うからだ。同じ特性にするためには専用の術式を使うが、アジサイの魔力量では術式が一瞬で消し飛ぶから今回は使わない」

「よっしゃ、じゃあ早速……」

 赤みが強く、ローズウッドを彷彿させるアルラウネの木材に比較的、粘度の高そうな亜麻色の魔晶液を垂らして、手で馴染ませるように液体を伸ばしていく。

「一種類だと極端な能力がひとつ付与されると言われている、彫り込みは術式であるため、あとは発動させるだけだ」

「おうよ」

 柄に魔力を込めると、彫り込みが変色し、ニスを塗ったような綺麗な仕上がりの柄になった。

「特性を見てみるか」

 エレインは柄の術式の一部だけを発動させ目を閉じる。

「これは……ふむ……」

「どうなんだ……」


「次に移行する。金属部分だ、表の三本の溝と、四本の溝に液体を入れれば問題ない」


 エレインが説明すると、アジサイは、紅、蒼、の二つを表に、緑、紫、白、黒を選び入れた。


「最後のひとつはどうする?」

「最後はこれかな」

 アジサイは作業台からナイフを取り出すと、手のひらを切り裂いた。溢れる血液を三本ある溝の真ん中に入れる。


「自身の血液か、呪術を試すその好奇心は面白い」


 表の溝は上から紅、血、蒼の順番で配置

 裏の溝は上から緑、紫、白、黒で配置した。


「そういやこれ」

 アジサイは、一度垂らした液体が結晶に戻っていることに驚いた。


「じゃあ、血液を零さないように柄を持ってくれ」

 

 エレインの指示に従い、両手でハルバードが水平を維持したまま柄を持ち上げる。

 

「こっちは魔力を全力でかけるんだ」

 アジサイは魔力を手のひらに集め、それを力任せに放出した。


「これでエンチャントは完成」

 ハルバードの金属が黒褐色になり始める。先ほどまで鋭い光を放っていたハルバードの金属部は黒錆びのような漆黒に染まった。

「あっ……」

 ピキピキと音を立てながら、ハルバードの槍部分が綺麗に折れた。

「まじかあ……これじゃ戦斧だよ」

「アジサイの魔力に耐えられなかったようだ。しかし、エンチャントは成功しているように見えるな」

「ならいいや、鑢で折れた場所を綺麗にして接続するよ」

 アジサイは斧の接合部に手を加える。長方形を湾曲させたような刃に楕円形の金属管が二か所に取り付けられた斧の接合部先端の場所を鑢で整える。


「あとは穴に通して、楔を打つだけだ」

 アジサイは接合部の穴に柄を通す。


「ん、んぅ……」

「エレインさん?」

「いや、私ではない」

「そうですか」

柄尻を木槌で軽く叩き、柄を奥まで押し入れる。

「あっ、ん、んうん……」

「あのエレインさん、流石に昼間からそういう声は……」

「だから私ではないと言っているだろう」

 エレインは眉間に皺を寄せた。

「……そうですか」

 アジサイは疑い深い表情になった。

 アルラウネの端材で作った楔を柄の先端の切れ目に差し込む。

「あっ……んっ……」

「私じゃないぞ」

「みたいだな……」

 木槌で楔を打ち込むと、打ち込める度に喘ぎに似た嬌声が響いた。

 それを無視して楔を打ち込み、余分な楔を鋸で落とし、鑢で整えて戦斧を完成させた。


「よっしゃ、これでいいだろう」

「それじゃあ早速、場所を変えて試してみるか」

 エレインとアジサイは実験場に場所を移動した。



「さてと移動したところで……」

 アジサイは戦斧を使って柔軟を行いながら暢気に言う。

「では、エンチャントの結果を説明する」

 エレインは目頭を押さえる。

「はい、お願いしますよー」

「柄なのだが、ついたエンチャントは『再生』だ。文字通り、柄及び接合されている斧に至るまで破損しても魔力と部位に応じた素材を提供すればメンテナンスフリーで使える」

「おー、そりゃあいいや、お手入れ用具を用意しなくていいですからね」

「話を続ける。次に斧に付いたエンチャントだ、二種類あるが、ひとつ目は『透過』で任意で武器を透明にできる。もうひとつが『契約』と言って、本来は召喚獣や魔獣、神獣などを使役するときに用いる呪術だ。今回は腐っているな」

「呪術は失敗か、じゃあ透過の方を早速使ってみよう」

「魔力で切り替えるようなイメージで行けるはずだ」

「どれどれ」

 アジサイは戦斧を構え、魔力を戦斧に注入する。



 戦斧の柄から枝が伸び始めた。枝は葉を茂らせながら徐々に増大させる。それはまるで、数十年の年月をダイジェスト映像で見ているようだった。

「再生……いや、そんな……」

「なんかやばいんだけどぉ!」

「根も葉もない状態でアルラウネが復活できるわけない……」

「いや、植物の生命力を馬鹿にしない方がいい。記憶が正しければいた気がする……ましてやこれって元々は魔獣なんだろ?」

「とりあえず魔力を注入することをやめるんだ」

「いや、なんかこれ、勝手に吸われているみたいな」

「遅かったか、アルラウネは人間の魔力を吸うことが出来る。しかしどうして……」

「再生のエンチャントのせいでアルラウネそのものが再生したとか?」

「あっ、それだ」

 エレインは手を叩いて腑に落ちた顔をした。

「オイイイイイイイイイイ! このガバガバ魔術師ィ!」

 枝は根っこを生やし地面を貫き始め、戦斧は既に原型を留めておらず一本の樹木になっていた。

「とにかくアジサイを引き離さねば」


「その必要はない」

 密集した枝の中から、緑色の肌に深緑の髪の女が顔を出す。瞳は紫色の毒々しい色をしていた。服は着ていないが葉のようなもので覆われている。アジサイは下着姿を彷彿させた。

 

「あら、えろい美人」

 アジサイの口が滑る。


「にわかに貴殿の性的嗜好を疑う」


 エレインはドン引きしながら戦闘態勢を取る。

「私を美女と呼ぶその肝だけは讃えてやろう」

「気を付けろアジサイ、アルラウネはドラゴンまでとは言わないが危険な魔獣だ。うかうかしているとあっという間に殺される!」

 エレインは呪文を唱え迎撃態勢を整え終える。

「と言っても手が木に飲まれて動けないんだけど!」

「まぁ、まて、今、貴様らと争うつもりはない」

 アルラウネは両手を挙げて不戦のジェスチャーをする。


「そりゃ、俺の魔力をカラカラになるまで吸い取った後でいいもんな」


 アジサイの言葉にアルラウネの表情が固まる。

「そっ、そんなことはっ、ないっ、私の気分が良いだけで殺そうと思えばいつでも殺せる」

「エレインさんやるなら今だ!」

「わかった! 『我、十三の牙で穿つ者、我、混沌を終わらせる者、黙示録の炎来たれ――』」

 エレインは原則詠唱することなく魔術を行使できるが、危険な魔術や高度な制御がいる魔術の一部は詠唱が必要となる。

 つまりエレインが詠唱する時は、超危険な魔術を使うということだ。

「今それを食らったらこの男も死ぬぞ」

 したり顔でアルラウネはエレインの詠唱を止める。

「あっ、俺、魔耐性あるから死にはしない」

 平然とアジサイは嘘をつく。

「何だと! 言われてみれば神性を持っている人間なら確かに……」

 アルラウネは勝手に解釈する。


「対話でここは穏便に事を済ませたいのだが良いだろうか?」

 後方ではエレインが詠唱を済ませていつでも放つことが出来る状態、アルラウネは応じる他なかった。


「……わかった」


「助かるよ」

 アジサイはニコニコと笑った。


「それで私をどうするのだ?」

「そうだな、うーん、俺のお手伝いをして欲しいな」

 アジサイは思い付きで提案する。

「ほう、して、私にどんな対価を支払う?」

「あー、うーん、何がいい? 腐葉土?」

「それはそれで欲しいが安すぎるわ!」

「そうだな、なんか目安が欲しいね」

「ふむ、血肉と骨、もしくは魔力だ、私の養分となるものが欲しい、なんでもいいができることなら魔力を持った奴がいい、それを定期的に与えると言うなら考えてやらんこともない」

「うーん、月でどのぐらい必要?」

「そうだな、ただの人間なら月に百と言うところだな、魔獣なら大型の種を三頭」

 指を折りながらアルラウネは提案する。

「エレインさん、大型魔獣を月に三頭って難しい?」

「ああ、そいつ今、法外な契約を迫っているぞ」

「あー、マジかぁ」

「私は植物系の魔獣では最上位に位置する。それを仕えさせるのだぞ、当然であろう?」

 胸を張ってアルラウネは言い返した。

「エレインさん、アルラウネの炭って高く売れるかな?」

「良い値で売れるはずだ」

 二人は微塵の躊躇いもなく脅しをかける。

「これだけは譲れない、それとふかふかの腐葉土も忘れるな」

 アルラウネは曲がらなかった。これが魔獣の矜持なのだとアジサイは考えた。

「じゃあさ」

「なんだ?」

「俺の血と魔力はどう?」

「さっき私に注入した魔力程度では何の腹の足しにもなりはしない」

「……手を解いてもらっていいかな?」

「いいだろうただし片手だ」

「サンキュー」

 先ほどまで万力のように締め上げられていたアジサイの左手が解放された。血が巡り始め、冷えた手に熱が戻る。

「エレインさんナイフで指を切ってもらえない?」

 エレインはしばらくアジサイの意図を考え、アジサイのやりたいことを理解した。

ナイフを取り出しアジサイの指を五ミリほど切った。

「味見をどうぞ」

 紅い血が滴る左手人差し指をアルラウネの口に近づけた。

 アルラウネは空腹なのか、何も言わずアジサイの指を舐めた。


「濃厚だな……おぬし本当に人間か? 先ほどの魔力はなるほど髪の毛一本程度の魔力であったか……」

「これを三か月ごとにティーカップ三杯分でどう? もしくはひと月一杯でもいいよ」

「毎月これを飲めるのか、それならいい」

 アルラウネは満足そうな顔をした。

「それと、魔力だけなら俺の持つ魔力は自由にしていい、どうせ俺にとって魔力は勝手に増えるし」

「契約成立だ。私を好きに使うと良い」

 アルラウネは伸ばしていた枝を柄に戻し始めとるとアジサイの右手には戦斧が握られていた。

『このアンラをよきに計らうがいい、我が主よ』

「うお、こいつ直接脳内にっ」

「意思疎通ができるということは、どうやら契約のエンチャントが成立しているな、これがある限り対価を払い続けていればアルラウネを制御することができる」

 エレインは驚いた表情で解説した。

『透過使いたいならその旨を伝えよ、私が制御する』

『オッケー、三十秒くらい透過させて』

 戦斧が色を失っていき、地面が透き通り始める。若干光が屈折しているように見えるが、十分透過している。不意打ちも容易だろう。

 アジサイは地面の乾いた土を塗す様にかけると、自身の武器の形が浮かび上がった。

 それからほどなくして武器の透過が解除される。

『最大どのぐらい透過できる?』

 まだ慣れない脳内の会話でアンラに聞く。

『魔力がある限りいつまでもできる』

『了解』

 アジサイは戦斧を横に三度払い、立てに二度振り、四度突きを試した。

「意外と武器に振られないな」

 アジサイは自身の筋力が増大していることを再度確認する。

「氷魔術で作った柱で試し切りしてみるといい」

 エレインが指さす方向には何十本か円柱の氷が立てられていた。

 アジサイは戦斧を振りかぶり、柱を一刀両断する。切れ味は鋭く、氷の柱は欠ける事無く切断されていた。

「こりゃあいいや」

「その柱は切られるごとに太く再生するようになっている」

「いいね、ありがとう!」

 アジサイは次々戦斧で柱を立てに横に一刀両断していく。長方形を湾曲させたような刃身と柄の先端にある隙間に氷を差し込み、柄をくるりと回して柱をへし折る。相手の武器を無力化させる時に使える技だ。


『指示があれば柄から枝を伸ばして刺し殺す』

『さっそくお願い』


 戦斧の柄から勢いよく先端が鋭くなった枝が鞭のように飛び出し槍のように柱に突き刺さり貫通する。

『お見事』

『たわいない』

『なあ、これ柄の長さ変えられる?』

『無論だ』

『短くして』

 柄が縮まり手斧ほどの長さになる。斧頭がそのまま大きさで片手持ちにしてはバランスが悪いが、アジサイの筋力なら取回すことができる。三回ほど柱を試し切りして大まかな感覚を掴む。

『斧部の大きさも変えられる』

『わかった、でも今はいいや、今後の練習で使うよ』

『承知した』

 アンラは短く返した。

『長くして』

 通常状態の倍ほどの長さになる。おおよそ柄の長さが二メートルほどになる。両手で持ち試し切りを行う。梃子の原理によって、両手で振る必要がアジサイにはあった。その分、遠心力で威力大きくなっているのが実感できた。

『元に戻して』

 アンラは柄の長さを元に戻す。

『これはいいね、最高だ』

『当然だ』

 意気揚々とアンラは答える

『ほかにできることは?』

『斧を投げてみろ』

 アジサイは斧を柱に向かって投げる。

 コントロールが出来ていない斧は氷の柱に当たることなく後方へ行く。

 柄からアンラが飛び出すと戦斧で柱を切り伏せる。

「魔力が十分供給されていれば私自ら動くこともできる、こうなると声で会話する必要があること忘れるな」

「わかった」

 武器が自動で動き必要があれば二人で戦うことが出来る。

 アジサイの戦略の幅がぐっと増えるが同時にアンラとの連携を深めなければいけない課題も増えた。

「もしも、戦い相手が欲しいのなら私が相手をしてやろう、実戦でな」

「それは助かる」

 アンラは枝を伸ばしてアジサイの手の中に戻る。それから裾から蔦植物のようにアジサイの身体にまとわりついた。

『魔力を吸わせてもらう』

『あい、わかった』


「さて、魔術の方に入るが良いだろうか?」

 エレインが氷魔術を解きながら言う。

「よろしくお願いします」

「では、今日は四大魔術からだ、そもそも四大魔術とは何か?」

 エレインがアジサイに問題を投げる。

「えっと、火、水、風、土を自在に操る魔術です」

「正解、今日はその中でも火焔魔術を訓練する。特に昨日はうまくできなかった制御からだ……」


エレインのスパルタ魔術実習は日が沈むまで行われた。



 晩飯の鐘が鳴り、アジサイは食堂で向かった。

『おお、これだけの人間共がいれば空腹も満たされるな、狩るか』

『やめておいた方がいい』

 アジサイはアンラを制した。

「お、ジークじゃん」

「アジサイか、今日は武器を作っていたらしいな」

 ジークはぼんやりとしながら言葉を返した。

「そんなところ、そっちは何してたんだ」

「寝ていた」

「そかそか」

「そう言えば、明後日は決闘か」

 ジークは思い出したようにアジサイに言う。

「タンドレッサとの決闘……はぁ、めんどいなぁ」

「ハッハッハ、ザマァミロ」

 ジークは悪い顔で笑った。

「この野郎ぅ」

 アジサイとジークは食事を受け取ると、長いテーブルの端に座る。

『決闘、殺し合いか?』

『残念だったなアンラ、血は流れない』

『そうか、それは残念だ』

 アンラは残念そうな声を出した。


「そう言えば、武器は完成したのか?」

 茹でた芋を頬張りながらジークは聞く。

「完成した」

「使い心地はどうだった?」

「思った以上に使いやすいけど、ちゃんと使いこなせるには半年くらいが最短かな」

 本当は四年くらいと言いたかったが、ここでジークを不安にさせまいとアジサイは虚勢を張った。

「そうか……」

 アジサイは気味が悪くなった。ジークとは長い付き合いだが、こんなに角のないジークは見たことがないからだ。

「なんかあったのか?」

「……別に?」

「なんか妙に落ち着いているというか、なんか妙だな」

「寝起きだからじゃねえか?」

 アジサイはこれ以上の詮索はしなかった。

ジークは自分に何かあったとき良くも悪くも言わない奴だからだ。解決した後、もしくは手に負えなくなった時まで言わないタイプとアジサイは感じている。

アジサイはおとなしく待つことにした。

「そっか、まぁ、なんかありゃ言ってくれ、一人で解決するってこともないだろうし」

「おう、わかった」

 ジークは食事を終えると席を立った。

「今日は早いな」

「ちょっとアルスマグナに呼ばれていてな」

 ジークは空の食器を持ち、手を振って出て行った。

「おう、またな」

 アジサイはその背中を眺めながら、ため息をついた。


『あの男、強いな』

『化け物だよ、筋力も剣術のセンスもある。竜狩りジーク、ここ二か月で竜を三頭狩った男で俺の友人だ』

『ドラゴンを三頭も……正気か?』

 アンラは驚きの声を漏らした。

『さぁな、元々、常人じゃないからな』

『ふむ、世界は広い』

 アンラは面白そうに言った。

『そう言えばアンラ、食事は?』

『貴様の血液と魔力で十分だ。美味であったぞ』

『そりゃ良かった……いつ吸ったの?』

『貴様があの魔術師にピーピー泣き言を吐いているときだ。たしかに魔術師の方も厳しいが、貴様も素質がないな』

『やっぱり向いてないのかなぁ……』

『私に魔力を寄越してもいいのだが』

『ほら、飼い猫にお刺身をあげ過ぎると体調崩す的な感じな気がする』

『猫と一緒にするな!』

『ごめんて』

 アジサイは軽く返す。


『話を変えるが、アンラの寝る場所どうしようか』

『無論このまま貴様に張り付いて寝る。まだ十分に魔力を吸収できていないからな、それに今は隷属の身だ、主を守らねばならん』

『えぇ……その理屈だと風呂とかも同じに聞こえるよ』

『もちろん、風呂もだ』

『それは勘弁してくれ……』

『私では不満か?』

 アンラは不服そうにアジサイに聞いた。

『いや、そうじゃなくて……』

『早く言ってみろ』

『わかったわかった、風呂入るときは静かにしているんだぞ』

 こうなっては見た目がどうとか言える状況ではなかった。アジサイは諦観に至り、これ以上は何も言わなかった。

『ふん、静かにすることぐらい私にでもできるわ』

 相手は魔獣だ、人間の常識を当てはめるのも難しいとアジサイは胸に秘めた。


 食器を返却口に置き、食堂から出ようとしたとき、アジサイは目の前の光景にため息をついた。

 なぜなら目の前にタンドレッサがいたのだから。タンドレッサは何人かの部下と食事のために入るところにアジサイが鉢合わせした。

「おや、アジサイ殿、最近は魔術師と『初歩的』な魔術の訓練をしていると耳にした」

 タンドレッサは小馬鹿にするように初歩的を強調した。

「いやぁ、魔術には疎くて勉強中なんですよね。ここは希代の天才もいることですし、講師に恵まれていますよ」

「それはよかった、それで上達のほどは?」

「それが全然、からっきしですよ」

 タンドレッサと部下は見下す様に大きな笑いをした。

「いやぁ、それなら護衛ではなく、宮廷道化師にでもなった方がよろしいのでは?」

「はっはっは、それなら、ご一緒にどうです?」

「私は騎士としての道があるのでな」

「あは、そいつは失礼、天職を捨ててまで道化に落ちることは無いですからね」


『なんだ、こいつ』

 アンラは訝し気にタンドレッサを見る。

『ああ、こいつが決闘相手』

『ほう、屈強そうでいかにも強そうだ』


「そうだ、貴様のようなぽっと出の男とは違う、私は代々この国に仕える騎士である。その証明はこの剣がしてくれる」

 腰にベルトで巻き付けである。家紋付きの剣を自慢げにアジサイに見せつけた。


『アンラ、すれ違う時にバレないであの剣を奪えるか?』

『たわいなし』


「おー、これは素晴らしい剣だ。さて私はいいものが見れたところで失礼します」

 アジサイはタンドレッサの横をゆっくり歩いて行った。

「ふん、せいぜい、恥さらしにならないようにな」

 タンドレッサはそう吐き捨て、アジサイから視線を放し食堂に歩いて行った。


「あー、タンドレッサさん」

 アジサイは振り返ってタンドレッサを呼ぶ。

「なんだ?」

「これ、落とし物ですよ、大切なものなんでしょ?」

 そう言って家紋付きの剣をベルトごとタンドレッサに差し出す。

「きっ、貴様っ!」

 アジサイから奪い取るように剣を取り返す。

それを確認したアジサイは、何も言わずに歩いて行った。

 

 

 

 自室に戻るとアジサイはご機嫌だった

『あの顔は傑作だ』

『ああ、そしてこれで逃げられなくなったな』

 アジサイはため息をついた。

『なんだ、後悔しているのか?』

『ああ、ちょっとな、いっつもこんなんだ、やらなくていいことやってから後悔する』

『ふん、下らん、さっさと風呂に連れて行け』

 アンラはアジサイの言葉を一蹴した。

『わかりましたよっと』

『一番広い浴場へ連れていけ』

 アジサイは、普段は使わない、食客用の浴場へ向かうことにした。ミオリア曰く、あそこの風呂は広くて静かで良いとのことだ。しかし、お湯はぬるめでアジサイは好みではないともミオリアは言っていた。

 アジサイは食客用の浴場へ向かった。

 脱衣所で服をかごに入れる。浴場への扉の近くに姿見鏡があり、アジサイは数年ぶりに自分の姿を見る。

 髪は白く、取りつかれていた脂肪は無くなっていた。

以前の自分は太り気味で、髪も白髪は生えていたものの、黒の割合の方が遥かに多かった。

 それに大きく違うところは、アジサイの左腕から、背中、肩にかけて木化している。アンラが纏わりついているからだ。不思議なことに違和感はなく、触った感触も普通である。

『三秒くらい透過して』

 アンラが透過を始めると、この状態でも透過できる。

 

『早く扉を開けぬか!』

 待ち切れずアンラはアジサイを急かした。

「おほー、広いなぁ」

「これはなかなか」

 対岸まで泳いだらいい運動になりそうな円形の風呂が目の前に広がった。

 お湯で掬い、体を軽く洗うと、湯につかった。風呂は少しぬるめで長く浸かれそうな温度だった。

「これはこれでいいけど、やっぱ熱いほうがいいなぁ」

「私はこのくらいでいい。ところで貴様」

 アンラは猫なで声になる

「やはりしっかりと根を伸ばしたいのだが」

「うーん……」

 アジサイは周りを見回す。


「誰かいませんかー!」

 

 大声を出すが、反応はない。

 

「うん、いいよ、ただし物は壊すなよ?」

 

「話がわかって助かる」

 アンラはアジサイの身体から離れると根も枝も葉も展開する。

 広い風呂の八割がアンラの身体で埋め尽くされた。もはやマングローブの湿地という表現が似合う。


「くぅーー、気持ちよい!」


 アンラは満足げ声を出した。


「それはよかった」

 密集した枝から裸のアンラが飛び出してくる。

「まだ出会って一日も満たぬが、貴様は良い、私はお前を気に入った」

 アジサイは両手で顔を覆って何も言わない。

「どうした?」

 アンラはアジサイにさらに近づく。

「いや、その、アンラさん、裸……」

「あぁ、この姿が気にしていたのか、別に気にすることはない、私は魔獣だ、いくら人に近かったところで、人間ではない」

「いや、こっちが気になるんですが」

「ふむ、慣れてもらわねばこちらも困るのだが」

「は、はぁ……」

 アジサイは顔から手を放す。目の前には端麗な顔のアンラがいる。肌は緑色で明らかに人間ではないが、ここまで人に似た姿だとどうしてもアジサイは気になってしょうがない。

「それでいい」

 アンラは満足そうだった。

「アンラさん近い、しかもなんかいい匂いする。何だろうこれどっかで嗅いだことある香りだ」

「無論だ、私は貴様らが言うアルラウネ、植物の魔獣だ。もちろん花も咲かせるし実もつける」

 アンラは気を使って少し離れる。

「へぇ、面白いなぁ」

「これから長い付き合いになるのだ、少しは魔獣について知ってもらうぞ」

「これからよろしくお願いします」


「律儀な奴め、いいだろう」


「ところで、実は食べられるのですか?」

「美味いに決まっているだろう! 時期が来たら食わせてやる」

「そっか、花が咲く時期が決まっているもんな」

 アンラは表情を凍りつかせる。

「この変態がぁ!」

 まるでごみを見るような目でアジサイを見下ろしていた。

「なんでや!」

「そこから教えねばならんのか! 先が思いやられる!」

今日は、いつもより多めです。思い付きによりプロットが変わる今日この頃如何お過ごしでしょうか?

酷暑の夏、私は冷房なくして生きてはいけません。

アジサイのターンはまだ続きますがどうか見守ってやってください。


それでは、また来週。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ