閑話「蛇足」
このお話は蛇足です。本編には関係の無い話です。
かつて、そこまで古くもない話だ。
世界を産んだ者魔獣姫と異世界から渡来した者が訣別し戦争となった。
だが四千年の時を経て、再び異世界から三人の男が渡り歩いてきた。幸いなことに魔獣姫に協力し戦争の終止符が打たれた。
およそ平穏と呼べる時代に三度目の異世界からの流れ者が現われた。
だが厄介なことにその者たちは、平穏を切り裂くように世界を我が物顔で荒らし始めたのだった。
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火山の火口にジークという男がいた。
二振りの大太刀、不動石王と石動を背負っている。黒髪に悪辣で鋭い目つきは百人中千人が憲兵に通報するレベルだ。
そんな男がこの溶岩吹きこぼれる山に降り立っているのは些事ではあるがある用件を済ませる為だった。
「お、いたいた裏ボスさん」
軽薄な口調、年齢は一応十八を超えているらしい。ピアスを鼻と耳につけているのが印象的だ。
風貌から見ても異世界転移者であるのは確定。
この男の正確な名前をジークは知らないためAと呼んでいる。
「裏ボスかぁ……残念だがそれは違うな」
「何? あんたより強いのがいんの?」
「まぁな」
「ふーん、あんた雑魚か」
「雑魚……まぁ……まだまだ半人前だな」
ジークは肩を竦める。
「まぁいいや、アンタが竜の親玉なんだろ。とっととぶっ殺してレベルアップだ」
「そういやお前、アルスマグナという竜をやったらしいな」
「ああ、結構歯ごたえあって楽しかったぜ。子供がいたらしくかばいながら傷だらけになってた。子供見捨てりゃあんな大怪我しなくても済んだのにな」
「生き物ってのは合理に欠けて動くなんてことしょっちゅうある。あれもその類いだろうな」
「なぁ、そろそろ初めていいか?」
Aは拳を構える。
「ん? あー、ご自由に?」
ジークは特に構えること無く言い返す。
「それじゃお構いなく」
異世界転移者特有のチートスキルか爆発的な瞬発力にものを言わせてAは飛びかかる。
ジークはそれを正確に見切ってギリギリのところで避ける。
「避けるんじゃねえ!」
Aは身を翻して更に拳を叩き込む。
「……はぁ」
ジークはその拳を避けること無く腹にもらう。
爆薬でも使ったかのような衝撃が発生。
「ふ……ばーかぁ」
衝撃波で砂煙が生まれ視界を遮られる。
Aの会心の一撃がジークの生身の体にクリーンヒットした手応えがあった。その一撃は分厚い鋼の鎧を易々と粉砕することができる。
当然、そんなものを食らえばどんな生物であっても重大なダメージを負う。
ただし、ジークは例外である。
「何がバカだって?」
無傷、それどころか欠伸でもしそうなほど余裕綽々の表情さえあった。
「嘘だろ。俺の能力が通用しない……」
「おいおい、ちゃんと殴れよ。せっかく当たってやったのに」
「クソが!」
Aは怒りに身を任せてスキルに頼り切ったただただそれなりの攻撃を浴びせる。
ジークはまるでマッサージでも受けているかのように涼しげだ。
「気が済んだか?」
「クソ! チート野郎が!」
「二割はチート、八割は努力。さて……と」
ジークは目の色を変える。
「アルスマグナは俺の妻だ」
「へえ」
「話は以上だ」
ジークはAの肩をポンと叩いてすれ違うように歩き去った。
「ちょっと待――て――?」
Aは頭に衝撃を受ける。それから先ほどまで同じ高さだったジークの頭を見上げている。
恐る恐るAは視線を持ち上げると自分の体が目に映った。
ジークの攻撃どころか、二振りの大太刀のどちらを使ったのか、あるいはどちらも使っていないのかそれすら理解できないままその生涯を終えることになった。
この男、かつて世界に恐れられた十九体と一人の竜を悉く葬った者がいた。
そして男はこう呼ばれた。
二代目龍極天ジークと――
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同時刻、王城。
国王が座るはずの椅子に座る不埒者が現われた。
「うーわ、座り心地最悪。何これ、これが王様の椅子とか終わってる。ばかみたい。ケータイもないしゲームもない。この国オワコンだし。おまけにチートスキルで――」
アンニュイな雰囲気の青年がブツブツと文句を言っている。
「そこは王の玉座です! 今すぐ退きなさい!」
侍女が警告する。
「なに、誰に口聞いてるの? 何様なわけ? 命令って誰の権限で僕に言ってるわけ?」
「そんなことはどうでもいいのです! 見つかったら大変なことになってしまいます!」
「懐刀でしょ、アレなら二人倒したよ。わかる? 僕最強だから誰の指図をうけないわけ」
「二人……」
「ネフィリとエレインだったかな。随分太ってた女二人だよ」
「……結構です。私はこれで失礼させていただきます。それではもう二度と会うことは無いでしょう」
「いちいちうるさいな。最初から何も言わないで去ってればいいのに」
玉座の間の扉が開く。
「次から次へと――」
「あーいたいた。誰だっけ。まぁいいや取りあえずBでいいか」
両手に短剣を持った男が入る。
「うわ弱そうなやつが来た。僕に勝てるとおもってるの?」
「はぁ?」
「だから――」
「いや俺、この城の中で一番強いが?」
為す術も無く玉座は血肉はすらも残らないほど細切れにされながら窓から肉片を投棄した。
「お疲れさまですミオリア様」
「おつかれ侍女さん。ところでエレインとネフィリに喧嘩売った奴知らない?」
「窓の外におります」
「お、ありがとさん。じゃあぶっ殺してくる」
「その必要は無いかと」
「え?」
「既に処理されておりますので」
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「お、ミオリア先輩もジークも終わったっぽいね」
白い髪に黒い帯を目に巻いて目隠しをしている男が黒い不定形の何かに腰掛けながら本を読んでいる。
「嘘でしょ」
「マジマジ、君のお友達の生命反応が無くなったもん」
金髪ショートヘアーの女が唖然としている。
「……あの二人が負けるはずがない。だって――」
「異世界転移して無双系チートスキルを持ってるから?」
白髪の男は本をパタリと閉じる。
「……」
「図星か……まぁ二人が相手じゃ無理か」
「なに、そのミオリアとジークってそんなに強いの?」
「強いよー、なんせ異世界転移者な上に努力してるからな」
「異世界転移者……私たち以外にも」
「まぁ、俺もその一人、アジサイって言うんだ。冥土のお土産に持って行くと言い」
「じゃあ、アンタもチートスキルを」
「持ってない。ほとんど一般人、というか下手すると一般人以下」
アジサイは肩を竦ませる。
「じゃあ、私のスキルで!」
「やめときなよC子ちゃん……言っても無駄か」
C子のスキルは見た相手の心臓を止め即死させるスキル。
生物であるアジサイに最初から勝ち目は無かった。
「死なない!? なんで!?」
「そりゃあだって俺心臓ねえもん」
「え?」
アジサイはC子の目の前まで歩み寄る。
「今から何年も前に大きな戦争があった。俺はその戦争に巻き込まれて心臓と手足、目にそれから内臓のほとんどを失った」
「はぁ!? でも今手も足もあるし、何より生きてるじゃ内ない!」
「ま、それはそれ、これはこれ、昔色々頑張っただけさ」
「意味わかんない」
「そう落ち込まないで、生きていればそんなこともあるから」
アジサイはにこやかに笑う。
そして首を大きく逸らしてから低い声をだす。
「まぁ、君は生きることさえ出来ないのだけれど」
「え?」
黒い不定形の何かがC子の手足に巻き付く四肢に絡まったそれらが四方に体を引っ張り始める。
「これは僕の力のほんの一部、ちなみにこれ全部人の血だよ」
「どう……いうこと」
「数えるのはやめたけど軽く百万人分くらいだよ」
ギチギチと音が鳴り、肩や骨盤から脱臼する音が響く。
「――ッ!!!!!」
C子は悲鳴を上げようとするが激痛で思うように声が出ない。
「さてと、三度目の異世界転移者たち、君たちはやり過ぎたんだ。無辜の民を殺しすぎた。そして俺たちの大切なものを壊しすぎた。人を殺し、生き物を殺し、いくつもの地域を私利私欲で破壊し尽くした。まぁ、その報いを受ける時が来ただけだ」
アジサイは淡々と言葉を紡ぐ。
「まぁ、それは僕らにも言えることかもしれないね。僕らにもいつか仕打ちが来ると思う。だが今回は違ったみたいだ。そして君たちは報いを与える人ではなかった。それだけのお話なんだ」
アジサイは指を鳴らして、C子を解放する。この世から――
「さて、今日の晩ご飯は……って妻は心臓止められてるんだった……そろそろ起きるかな……吸血鬼だし大丈夫だろ、たぶん」
そう言いながらアジサイは煙草に火を付ける。
今日も今日とてこの異世界は平和です。