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神ノ終幕115話「この異世界は酷く浅い」

「さて、ここにいる大半の人から聞かれそうなことですが、まぁ、ご都合主義ってことで片付けて良いですかね? 面倒くさいので」

「テメー、何で生きてんだよ死ねェ!」

 スピカは目を丸くしてアジサイに暴言を吐く。

「何故生きている……確かにあの時心臓を引き抜いたはずだ。しかもその心臓はそこの女に食わせている」

 ラインハルトは怪訝な表情をしている。

「おい、目を覚ましたとき、墓参りの弁当で持って行った心臓はコイツのだったのかよ」

「え、ちょっとスピカさん? それマジ?」

 アジサイは暢気な表情で談笑しながら、愛銃であるショットガンM870に弾を装填している。

 チューブ状の金属の筒のような物にあらかじめ弾をセットしておき後部から押し込むように銃本体のチューブマガジンに一気に弾を装填する。所謂、クイックローダーという物だ。

「結構うまかったからまた寄越せ」

「いや、もう無いから、心臓は流石にもう無いから」

 アジサイはそう言いながら一歩前に出る。

「どちらにせよ、一度、我に敗北した貴様が高々十年で何が出来る?」

「そうだな、たかが十年、されど十年だ」

「貴様がどんなに力を付けようと絶大なる力の前では意味を成さぬ」

「そうだな、例え不滅の加護であってもそれは同じだな」

「ふん、だとして、我の体から溢れ出すこの世界を生み出すほどの魔力をどうやって超える?」

 ラインハルトはアジサイの魔力を見て鼻で笑う。

「試してみるか? さっきみたいに?」

「いや、少し取り乱したがやはり貴様の相手はスピカで事足りる」

 

 ラインハルトはそう言うと玉座に腰を置く。

 

 

「…………」

 スピカは立ち上がるが構えの姿勢を取ることが出来なかった。

「何をしている? これがどうなっても良いのか?」

 ラインハルトは懐から水晶で出来たまるでジュエリーを彷彿とさせる小瓶を取り出す。

「だが……それは……」

 スピカはいつになくしおらしい表情で俯く。

「お前の子供の魂をここで散らせても良いのだぞ!」

 

 ラインハルトの一言にその場にいた者たちは目を見開いて、怒りを植え付けられる。

 

「チクショウかよ……ようやく合点がいった」

「ええ、先輩、あのゲス野郎は死んだ方が良い」

 二人はアジサイを見つめると、誰よりも激怒しているはずである当人はやけに穏やかだった。

 

 アジサイは静かにもう一歩、前に足を出しながら、ショットガンをコッキングして弾を薬室に装填する。

 

「その小瓶、手放したときがお前の最後と知れ」

 

 その瞬間、アジサイの足下の風が荒れ狂い一気にラインハルトに近づき、周囲を凍り付かせる。

 雷鳴、輝く稲光、烈風は炸裂する。

 ラインハルトの半身は凍り付き、もう半分は火傷に蝕まれる。

「貴様……ツ!」

 アジサイはトリガーを引く。ショットガンのファイアリングピンが雷管を小気味よい音で打ち付ける。銃口が光ると同時に少し上に持ち上がる。射出されたスラッグ弾は真っ直ぐ飛び出し、そこで消滅する。

 

 ラインハルトの背中が炸裂する。

 あまりにも唐突に、そして前部には一切の傷がなく炸裂した。

 

「な……に……転移魔術か……?」

「こんなもん初歩の初歩の魔術さ、スキルにかこつけて理論の勉強をしなかったか?」

 アジサイはフォワエンドをスライドさせて空薬莢を排出すると同時に狙いを澄まし撃鉄を落とす。

 ラインハルトの腰の辺りから肉片が飛び散りながら弾丸が体から飛び出す。

「また後ろ……」

 アジサイはフォワエンドをスライドさせると同時にあたかも発砲する素振りで武器をM870から小型機関銃ミニミに交換する。

 けたたましい炸裂音が連続で響く。金切り声に似たその音の先頭に立つ弾丸はラインハルトの小瓶を持つ右手だけを綺麗に避けて全弾必中する。十、二十の弾丸ではなく、五百発を超える弾丸全てがラインハルトに収束したのだ。

「取った――」

 ラインハルトは銃弾を受けると大きく仰け反る。その瞬間を見逃すことなくアジサイはラインハルトの右手に電流を走らせ手を強制的に開かせる。落下する小瓶は空気を自在に操り手元へ引き寄せる。

「そう易々とさせるものかッ!」

 ラインハルトは弾丸を全て体に受けきってなお、小瓶に手を伸ばす。

「発動――ッ」

 アジサイは魔術を起動した瞬間、ラインハルトの肉体が散り散りに飛び散る。

ラインハルトの体内で留まっていた弾丸がアジサイの術式発動を切っ掛けに爆発した。

 小瓶を左手で掴むと、アジサイは即座にスピカの所へ戻る。

 

「スピカ、これを」

 アジサイは瓶の蓋を開けるとスピカに飲み込ませる。彼女の腹に宿っていた命が息を吹き返し胎動を始めるのがわかった。

「……お帰り、君もお前も」

 スピカは優しい笑みでアジサイの顔を見るが、アジサイはまだ表情を曇らせている。

「アジサイ!」

 ミオリア達全員が側に集まる。アジサイは久々の再会なのにも関わらず表情は固い。

「お久しぶりです。そしてまたお別れですよ」

 アジサイは苦笑いしながら言う。

「どういうことだ?」

 

 

「ラインハルトはまだ生きています。間もなく体を完全再生させて本気で来ます」

 

 アジサイは装具を解除すると十二個の装具を空中に漂わせる。

 

「俺だけで倒します。他の人は帰って休んでいて下さい」

 

 アジサイは矢継ぎ早に言葉を切ると装具をまとめ、十二個を四つにまとめ、その四つの装具を更に一つにまとめ、展開した。

 装具が発動されると同時に体表に奇怪なまるで電子回路のようなデザインの入れ墨が走り伸びる。

 その入れ墨が全身に伸びきると、アジサイの髪と目は黒く染まった姿となった。

 

「その装具……」

「言うなれば終装『開闢』です。終わりなのか始まりなのかよく分からないのが捻くれていて良いでしょう?」

 舌を出していたずらなジェスチャーをしながらアジサイは首を左右に曲げてコキコキと骨を鳴らす。

「本当に一人で良いんだな?」

 ジークが目をいっそうに鋭くして聞く。 

「ああ、邪魔だ。誰の手伝いも要らねえ」

 アジサイは強い言葉でジークに言い放つ。

「そうかよ」

 少しふて腐れながらジークは俯いた。

 アジサイは静かに歩みを再開する。

「では、行ってきます」

 アジサイは手を適当に振って別れを告げる。

 

「なぁ、行ってきますならただいまもあるよな!!」

 

 スピカが吠えるように聞く。

 アジサイは立ち止まり振り返る。そして前を向いて歩き始める。

 

 散り散りになったラインハルトの肉体が徐々に収束を始め、肉が肉をつなぎ合わせて肉体を完全に復元させる。

「貴様だけは本気で殺す。そこにいる奴らも全員だ。必ず殺――」

 アジサイは一瞬でラインハルトの目の前に立つとそのまま頭を鷲掴みにして息を吸うように手足の関節を全て外し、飛翔する。

 

 アジサイが目指す場所は、王城の郊外にある広大な敷地の魔術実験場である。その中心に自身とラインハルトをたたき落とす。

 小型のクレーターを生み出した状況と血走った目から、アジサイが激怒しているのが直ぐに分かった。

「立てよ、体を完全再生させろ、そして殺す」

 アジサイはそう言うと地面に伏せているラインハルトの目の前で煙草に火を付ける。紫煙を口から吐き出す。その間、目はラインハルトから一瞬たりとも離れることはなく、左手は大型リボルバー拳銃であるS&W M500を握りしめている。

「おのれ……おのれ……」

 ラインハルトが起き上がると何かの魔術を唱え、天に魔方陣を展開する。

「召喚術式だな」

 アジサイは煙草の煙を味わいながら空を見つめる。

 ラインハルトの肉体再生は九割九分出来ているが一分が足りてない。

「出でよ、ベリアル!」

 

 かけ声と共に黒い羽の天使が現れる。そしてそのベリアルの後ろには悪魔のような化け物の軍勢だった。

 アジサイは体を浮かせてベリアルのいる高さより上に登る。

 

「この一匹一匹が神獣レベル、さてどうする?」

 

 アジサイはにやりと笑って黒い不定形の何か、もとい今まで殺した人間の血液をあふれ出させる。

 全身を真っ黒な血液で球状に覆うと異様な機械音が僅かに聞こえる。

 

 

 そして血液で出来た球が弾けて現れ出たアジサイの姿にラインハルトは絶句した。

 

 

 背中には自身よりも大きい円筒状のドラムマガジンを背負い、左手にはこれまた自身の体よりも明らかに巨大な、金属塊が展開されていた。

 金属塊は六本の銃身が回転し持ち手の辺りと背負っている弾薬庫が帯状のベルト給弾装置で接続されている。

 

 その銃、いや、それを銃と呼ぶには余りにも、余りにも凶悪な代物である。

 本来、人が手に持てる物ではないそれは装具の補助によってようやく取り回しができる物である。

 

 悪装『津罪』の本来備わっていたはずの武装であるその名も――

 

 ガトリング砲 M61 通称バルカン。

 ローマ神話に登場する火の神ヘパイストスに由来する。そしてこの武器はその名を冠するに値する代物である。

 

 アジサイはガトリングの砲身を回転させ、そして撃鉄を落とすスイッチを入れる。

 

 毎分六千発を吐き出すそのガトリング砲はアジサイの怒りを体現さえたかのように空を燃やした。

 おびただしい弾丸の雨を降らせるだけでも末恐ろしいが、それだけに留まらず、先ほどの機関銃で行った、弾丸の着弾操作と術式発動による炸裂が発生する。

機関銃の弾の何十倍もある大きさの弾丸が炸裂して起こる破壊力は想像を絶する。しかもそれが敵を追いかけるとくれば、ベリアルもラインハルトも呆然とするより他ならない。


たったの数十分でベリアルと率いてきた軍勢は、ただの一つも取り逃すことなく殺戮に至った。

 

 アジサイがラインハルトを見下ろす。

 化け物がラインハルトを見つめている。

 ラインハルトが完全に回復するまでただ見ている。

 まるで死の刻限を数える時計のように淡々とアジサイはラインハルトを見ている。

 

 

 そしてにやりと笑った。

 

 

 ラインハルトはただならぬ恐怖と怯えに心臓を握られながら次の魔術を展開し始める。

 

 だが、世界が断絶を始める。丁度、魔術実験場を覆うようにその区画だけくり抜かれるようにだ。

 一見すれば硝子張りの壁に二人が包まれているように見えるが、空間そのものが世界から隔離されている。

 十二の装具の能力全てと空間断絶、これこそ終装『開闢』が持つ力である。

「地面から一センチそこから上空十メートルの空間を世界から隔離した」

「何をするつもりだ」

「お前を殺す」

「ふははは、我には不滅の加護があるそれを忘れていないはずだ。このイシュバルデという箱庭を作った我の魔力を超える程の力は貴様に無い」

「それは、どうかな?」

 アジサイは肩に掛けていた弓を取り出すと右手を前に出し矢の錬成を始める。同時に大量の血液がラインハルトの四肢と首、胴体に纏わり付きホールドする。

 アジサイの右手にはまるで氷細工のような矢が徐々に形成されていく。この透明な結晶体は限りなく純度が高い魔力を過圧縮して生成されて出来た物である。

 この結晶ひとつまみで核弾頭に匹敵するレベルの代物だ。アジサイはそんなもので矢を形成したのである。

「形成完了、魔力注入開始」

 アジサイは矢をつがえると、真っ直ぐ弓を引き絞る。

「術式展開完了、座標計算完了、魔力充填率百パーセント達成」

 アジサイは機械のように手順を口にしながら矢に魔力を注入する。

 圧縮されると同時にアジサイの衣服の原子が崩壊を始める。

「貴様……その入れ墨……魔獣姫の試練を――」

 

 

「ああ、そうだ、全ての魔獣姫の試練を突破した。そして知っているよな――」

 

 アジサイの遮光帯が崩壊し、左目が露わになる。

「清瀧王妃ギリレシャラスの権能に無限の魔力貯蔵があることも」

 左目の入れ墨がラインハルトを捉える。

 

「まさか、貴様、だがそれほどの魔力を――」

「俺の装具は使用する代わりに肉体に魔力が発生する。一時はそれに苦しめられたが、今は良い充電器になったぜ」

「やめ、やめろ、やめてくれ、我は――僕は死にたくない――」

 

 アジサイは弓を限界まで引き絞り、愛する妻に教えられた正しい姿勢、ただしい所作を再現する。

 

「お前は俺の妻に手を出した。いいか、良く聞けクソ野郎――!!」

 

 手を放し、矢がラインハルトの体に突き刺さる。

 

「この異世界を十二回破壊と創造できる魔力量だ」

 

 アジサイに貯蔵されていた魔力が一気に解き放たれる。

 

 

 そして、跡形もなくその空間は消滅した。

 

 ただ魔術実験場が一センチ低くなっただけだった。

 

 

「おわ――った―よ」

 

 アジサイは天を見る。

 肉体は崩壊し、風化し粉々に砕け風と共に灰となり消えていく。

 

 アジサイの肉体はかけらも残さず消えて無くなった。

 

 

 こうして、アジサイとラインハルトの戦いは誰にも見届けられず両者が死亡し終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終戦から、一ヶ月が経過した。

 

「かんぱーい!」

 僅かに生き残ったメンバーで静かに祝勝会を開いていた。

「いや、キリクに勝てたのはマジで良かったわぁ」

「先輩も、まさかネフィリさんとエレインさんと融合してたとは思いませんでした」

「それな、というかジークはどうだったんだよ」

「えー、いや、最初から最後まで傷だらけっすよ。泥臭い戦いばっかりで辟易しますよ」

「再会したときお互いにボロボロだったもんな」

 ミオリアとジーク、アルスマグナ、エレイン、ネフィリ、そしてスピカの六人は酒を酌み交わす。

 

「いやぁ、スピカさんも無事、お咎め無しになって良かったね」

「ああ……そうだな」

 スピカは俯いていたままだった。最愛の夫が世界の礎となり死した事実をまじまじと打ち付けられていたからだ。

「アジサイは……すまない、俺がもっと強ければ」

 ミオリアはスピカに詫びる。

「いや、いい、こんな仕事だ。いつ死ぬか元々分かったもんじゃない……それで割り切れるほどどうやら私も冷徹な機械にはなれねえってだけでな。 ああ! もう、私はいいからそっちで楽しくやってろ!」

 スピカはそう言うと一口も手を付けていない、ウイスキーの入ったロックグラスを置いて外に出ようとする。

「このウイスキー貰いますね」

「ああ、勝手にしろ、これでも妊婦だから飲酒は出来ねえ、匂いだけで十分だ」

「そりゃどうも、ようやく『過去』を清算できたし一杯引っ掛けたいところだったんでな」

 

 スピカはドアノブに手を掛けた瞬間、はっとして振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この異世界は酷く浅い       完


ここまで読んでいただきありがとうございます。

それではまた、別な作品で。

さようなら。

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