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使ノ終幕114話「ラストラン」

 ジークがエムラクールを打ち倒してから一ヶ月ほどが経過した頃、最後の戦いの刻限が近づく知らせが届いた。

 

 ラインハルトが正式に宣戦布告を行ったのだ。

 

 まず、至高天ダアト・キリクが王城西側に降り立ち、反対の王城東側に龍極天ナトライマグナが解き放たれる。

 南からは吸血鬼スピカ・クェーサーがラインハルトはこの三人が打ち倒されたら北側から攻撃を開始する。それまでは王城中央でそれぞれの戦いを観戦する。

 

 王城の周りは天使兵が包囲しておりその数は一億、仮にミオリアとジークがキリクとナトライマグナを倒したところで今度はスピカと一億の天使兵、勝敗は目に見えていた。

 

 だが、ミオリアとジークは決戦の朝、静かに朝食を腹に入れ、なんてことは無く城下町に降りる。

 

「これが終わったら、アジサイの死体探しだな」

「そうですね、先輩、まぁ、先輩が生きてりゃ良いですけどね」

「ハァー? ここまで来て負けられねえよ、そっちと違ってな」

「良く言いますよ。全く」

 

 大通りにある十字路で二人は足が止まる。

 

「あんたもいたのか」

 

「何、絶世の美女に会えると聞いてな」

「南に行けば会えるぜ」

「そうかでは、南に行くとしよう」

 

 獣の翁はスキットルを開けて酒を飲もうとするが、どうやら空のようでため息をついた。

「出してやろうか?」

 ミオリアは獣の翁に訪ねると獣の翁は首を横に振った。

「どうせ飲むなら勝利の美酒がいい」

「それもそうだな」

「では、また会おう」

 獣の翁は足早に南へと向った。

 

 

「じゃあ、先輩、生きてたらメシでも」

「おう、約束だ」

 ミオリアとジークは拳を合わせる。

 

 

「仲間外れは良くないなぁ」

 

 

 懐かしい声が北側の道に響く。

 

 二人は振り返るが、誰もいない。

 

 ミオリアとジークは一瞬だけ目を合わせて、進むべき道へと向った。

 

 

 

 

 

 

 

 ミオリアは空を見上げる。

 

「怖じ気づかず来たんだね」

 子供っぽさが残る声、耳障りな笑い声がミオリアの鼓膜を逆撫でする。

「キリクだな」

「如何にもオレ様はキリク、至高天ダアト・キリクさ」

「そうか、じゃあ、とっとと死ね――」

「まぁ、そう言うなって」

 ミオリアの背後から声が響く。

 ブロンド髪に左右で十枚の翼、美少年と言う言葉はこういう奴のためにあるのだろう。

 

「馴れ馴れしいんだよクソガキ」

「あれれ、背後を取ったのにスゴく冷静なんだね」

「背後取ったぐらいでいちいちうるせえな」

「ふーん、つまんないね」

「全く、だ!」

 ミオリアは腰椎を百八十度右回転させながら左手で奇跡の短剣を抜き斬る。

 

「おっと危ない」

 

 一拍速くキリクはバックステップして攻撃を躱す。

「チッ、クソが――」

 ミオリアは追撃を加えるべく右足を前に出す。


だがその瞬間、脇腹に不快感が張り付く。


キリクはミオリアとの距離をとっくに詰めており、腹部を白銀の剣で斬り付けていた。刃がミオリアの体内に入り込む前にミオリアは前へ進みキリクに捨て身の一撃を放つ。

だがキリクはそれも一拍速く避ける。

 

 ミオリアは三センチほど裂けた腹に目をやり回復していることを確認すると、深呼吸をして左右の肩甲骨をゆっくりと回転させ始める。

 

「無駄無駄、だってあんた遅いからね」

「そうだな」

 ミオリアはあっさりと認める。

「認めるんだ」

「そりゃあ、光の速さを超える相手の数秒後の未来が見える奴がだもんな」

「オレ様の能力分かってるんだ。それなのに挑む、おかしい人だね。天使から見ても愚の骨頂」

 キリクは肩を竦ませる。

「人間様をバカにしねえ方が良いぜ」

 ミオリアは腹部が回復した瞬間、その場に足跡だけを残す。

「人間なんて愚かで、弱くて、遅い劣悪種だよ」

 キリクは呆れた声でミオリアを小馬鹿にするように言う。

 ミオリアは徐々にエンジンが暖まり始める。ようやく暖機運転が終わり始める。

 キリクに何とか一撃を与えようとするが全てを見切られ、先を読まれる。キリクは玩具のように少しずつミオリアの全身を裂いていく。

 だがミオリアは止まること無く、むしろ加速を続ける。

 

 全身から血を垂れ流れようと、キリクの剣がミオリアの目の前に現れようと構うこと無く攻撃する。

 奇跡の短剣を持つ左腕が悲鳴を上げつつあったがそれでも加速は留まることを知らない。

 徐々に加速するミオリアにキリクは焦りを覚え始める。

 

「しつこいんだよ!」

 

 頭に血が上りきったキリクはミオリアの攻撃を避けながら大振りの袈裟斬りを放つ。

 ミオリアは前へ進み剣の鍔元を掴み引き寄せると左腕を最小限の動作で肩甲骨を回転させることで生み出す力、ウェイブを全て乗せる。

 短剣の攻撃は咄嗟の回避でキリクは逃れるが、ミオリアは拳を突き出し、左ストレートをキリクの顎に打ち込む。

 脳みそが揺さぶられたキリクはガクンと体勢を崩す。ミオリアは右手でキリクの髪の毛を掴むと喉元に奇跡の短剣を打ち込む。

 だがキリクも我に返り、ミオリアにサマーソルトを打ち込み距離を取る。

 

「クソクソクソクソクソクソッ! 劣悪種がオレ様の顔に二発もぶち込みやが――って」

 

 キリクは台詞を言い切る前にミオリアに距離を詰められて渾身の右ストレートをぶち込む。

 悪鬼羅刹の形相でキリクを追い立てる。その目は紛う事なき戦人が宿っていた。

 キリクもいよいよ後が無くなる。

 

「お前みたいなゴミにこれを使うことになるとはな!」

 

 ミオリアは直感に身を委ねる。

 キリクの攻撃を紙一重、剣の方向を操作できないギリギリのところで回避する。それでも皮膚は裂ける。

 

 だが致命を貰わない。

 

 足を止めるな。

 

 ミオリアは何度も言い聞かせる。

 

 止まるな、止まるな、進め、進め。

 

 ヘロットテリトリーを通り過ぎる。

 

 スーサイドヴェノムを毒と酸に浸食されるよりも速く通り過ぎる。

 

 ダンプトエルに足を踏み入れる。

 

 三つの領土の距離、六万キロメートル。

 

 走破時間、一秒――。

 

 

 それでもなお、キリクには及ばない。

 

 何故なら、キリクは天使の持つ奇跡の力で物理を無効化して絶対速度である光を超越しているからだ。

 

 ミオリアは領土ダンプトエルでUターンすると王城に向ってキリクの攻撃を回避する。

 

 ジュエルムート――

 ゴールドラッシュ――

 ファインサンド――

 オニキサート――

 ヴェスピーア――

 ヴィストーク――

 パッツァーナ――

 ゲルダ――

 サイダーサイド――

 キュリート――

 ヘロットテリトリー――

 エリュシオンテ――

 王城イシュバルデ――。

 

 懐かしき旅路の巡礼が走馬灯のようにミオリアの目に浮かぶ。

 

 十三の領土の距離、三十万キロメートル。

 

 走破時間、一秒――。

 

 これでもなお、キリクに届かない。

 

 ミオリアは更に加速する。

 

 後にも先にも加速する以外の選択肢は無い。

 

「其は未来を掴む者――」

 

 祈り、走り、願い、走り、誓い、走り――

 

「其は奇跡を掴む者――」

 

 前へ前へ前へ、誰よりも誰よりも誰よりも――

 

「其は無限の可能性を掴む者――」

 

 

 

 その果てにある『未来』を手にするために――。

 

 

 

 ミオリアの両手に刻まれたトライバル柄の入れ墨が光を増し、奇跡の短剣が紅色の刃に染まる。右手で創造の短剣を抜くと藍色に刃が染まっている。

 

 ミオリアは体を翻し、キリクを迎え撃つ――。

 

 紅と藍が一閃のように煌めき、点と点を結ぶように二筋の線が真っ直ぐ伸びる。

 

 瞬間、キリクは十字の傷を胸に刻む。

 

「な……未来では確かに五秒後に……」

 

 キリクは目を疑う。理解できない表情でミオリアを睨み付ける。

 

 ミオリアはもう一度加速する。

 

 イシュバルデ王国の外周を巡る――。

 

 そうしろと直感が脳を響かせたからだ。巡礼者のように、ただもう一度自分が旅した世界を目と魂に焼き付ける。

 

 そして、ミオリアは――

 

 

 

 

 

 

 

 時、さえも置き去りにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ネフィリの奇跡とエレインの可能性が、ミオリアに力を与えた。

 二振りの短剣、三つの魂が共鳴する。

 この世にある万物全てを置き去りにする。

 

 ミオリアはただ真っ直ぐに短剣を伸ばす。

 そしてキリクを打ち倒す。

 

 

 至高天ダアト・キリク、討伐――。

 

 

 ミオリアは止まるとその場に倒れる。足が焼け、半ば炭となっていた。全身が悲鳴を上げて脳みそにクレームをぶつける。

 地面に吸い込まれるように倒れる。

 

 だがミオリアは地面とキスすることはない。

「やったね、ミオリア」

「流石、私たちの主人だ」

 支えてくれる者がいるからだ。

 

 

 そのままの足でミオリアはネフィリに負ぶさりながら王城にたどり着く。

 日没が近づいていた。

 

 

 明朝、ジークと別れたあの十字路に何とかたどり着く。

 

 

 すると、東から二人の人影が現れる。

 

 ボロボロの男に肩を貸す黒いドレスの女、そして男の手には見慣れた大太刀ともう一振りの大太刀が握られていた。

 

「ジーク!」

「先輩がいるってことは」

 

「「勝ったんだな!」」

 

 何とか二人は己の役目を果たしたのだ。

 だが、ここからである。

 

 南からは一人の女が現れる。

 

 そして空は暗闇に包まれ、嫌な羽音が空を覆い尽くす。

 

「キリクとナトライマグナを倒したか」

 スピカ・クェーサーは静かに言う。

「スピカさん……」

 ジークは悲しそうな目で呟く。

「……仲間のよしみだ。見なかったことにしてやる。私は王城にいる騎士共皆殺しにする」

 そう言うとスピカは王城へ向った。

 

「獣の翁はどうした?」

 

「あー? あの雑魚か? 知らねえよ。いたとしても弱すぎて話にならねえよ」

 スピカはそう吐き捨てると建物の屋根に飛び乗り、飛蝗のように跳ねる。

 

「逃げたか?」

「嘘だろ……」

 二人の表情は勝利したとは言え、浮かばれる者では無かった。

 

 空が一億の天使で覆われる。

 

 今度こそ終わったとミオリアとジークは悟った。

 

 

 空に一筋に光が伸びるまでは――

 

 

「鬼神演武――蹴型――雷鳴ッ!」

 

 流星が通り過ぎるように空を照らした。

 そして天使の包囲網に風穴を開けた。

「なんだ?」

 声の方を見ると戦装束に身を包んだ女性が二人現れる。顔はフェイスベールに包まれよく分からないが、全身から異様なまでの闘気を纏っている。

「初めまして、私は鬼神族スカーサハ」

「同じく、エレキシュガル」

 二人は挨拶を早々に空の天使を見据える。

 

「ちょっと待ってね」

 

 エレキシュガルは錫杖を三度鳴らす。

 

 まずは二礼する。

 そして二拍手。

 最後に一礼する

 

 空が業火に包まれ、一瞬にして王城の空が取り戻された。

 

「ふむ、これであらかたか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ今の魔術……いやあれは魔法だ!」

 エレインは豆鉄砲を喰らったように口をパクパクさせた。

「ええそうよ」

 あっさりとエレキシュガルが頷く。

「そんな……あなた方は一体……」

「だから鬼神族と言っているだろう。四千年前あのクソラインハルトに島流しにされた」

「いや、え、えぇ!?」

 エレインは気が狂ったような裏返った声を出す。

 

「ミオリアさん、ジークさん!」

 

 アキー、ダチュラ、ヘムロックが息どころか意識を途切れさせて走ってくる。

「無事だったのか」

「はい元気です! じゃなくて援軍を連れてきました! これで天使も――」

「うん、アキー、たった今壊滅した」

 ミオリアが肩を竦ませて。

「とんだデウスエクスマキナだよ」

「ジークの言うとおりだぜ」

「まぁ、見ておれ、本当に面白いのはこれからさ」

 スカーサハは手でミオリア達を煽り王城に向う。

 

 

 城門前につくと、獣の翁が煙草を吸っていた。

「生きていたか」

「お前は今まで何してたんだ?」

「すまんな、そいつらを連れて来られるようになったんでな、呼びに行っていた」

 そう言うとスカーサハとエレキシュガルを指さす。

「なるほどな、んで、ラインハルトとスピカはどうする?」

「それなら任せろ」

 獣の翁はそう言うと城門を蹴破り敷地に入る。

 

 王城の広場にはスピカが座し、その上で空中に浮く黄金の椅子に腰掛けるラインハルトが悠々とミオリア達を見下ろしていた。

 

「ふむ、少しは骨があるとみた。だが我がいる限り勝利は必至、そうであろう? 絞りカスの気神族?」

 スカーサハとエレキシュガルは顔をしかめた。

「略奪の権能を持つ空神族……ラインハルトが全てを手にしたからな」

 獣の翁は煙草を携帯灰皿に入れて片付ける。

「ふむ、そこの老兵、お前のようなちっぽけな存在に我が相手する必要も無い。吸血鬼真祖スピカ・クェーサー、相手せよ」

 ラインハルトが命令するとスピカは立ち上がり、獣の翁と相対する。

 

「獣さんこれ忘れているわー!」

 エレキシュガルが白い布の塊を放り投げると獣の翁は手だけを伸ばして布の塊を掴み、布を剥ぎ取る。

 

 一振りの柳葉刀と黒い弓が現れる。

 

 柳葉刀を腰に巻き付け、弓を肩に掛けるとスピカの前に獣の翁は立つ。

 

「その柳葉刀、どこで手に入れた?」

「……預かり物だ」

「そうか返せそうにないな、諦めな」

「それは無理だ。返さねばならない」

「じゃあ、死ぬことになるぞ雑魚」

「ヴィストークの一戦で余裕を感じているか?」

「へぇ、言うねえ、ボコボコにされていたのに?」

「まぁ、今回は少し羽目を外すとしよう」

「そうか、じゃあ、私も色々あるんでな死んでくれよ、なッ!」

 

 スピカが右腕を鞭のようにしならせて獣の翁に一撃を加える。

 

 鬼神演武 掌型 壱 弾打――

 

 ミオリアとジークはあの時の痛みを思い出し震え上がった。しかも今回は全力でそれを放っているだから。

 

 だが地面に組み伏せるのはスピカだった。

 

 右腕を獣の翁に掴まれ、そのまま地面に膝を付いて激痛で顔を歪ませていた。

 

 その場にいる誰もが呆然とした。

 

 あのラインハルトでさえ、この光景に目を丸くし、次の瞬間には炎の槍を展開し獣の翁に放っていた程だった。

 

 獣の翁はスピカを引き寄せると一歩前に飛び出す。

「間に合わぬ」

 獣の翁は右腕を伸ばして炎の槍の穂先掴む。

 

 熱波、それから耳を破壊するような轟音と爆炎、そして目が潰れそうなほどの煙が逆巻いた。

 

 当然、獣の翁のマントは燃え盛り、その炎は手足や顔も焼いていた。

 だが獣の翁はまんじりともせず、マントを脱ぎ捨て、焼けた手足の皮膚を剥がし始める。まるで脱皮でもするかのように。

 そして最後は顔の皮膚をまるでマスクを剥がすように一気に剥ぎ取った。

 

 そして、皮膚を放り捨てる。

 

「なっ――ッ!」

 

 スピカは声を詰まらせた。

 

「あーあー、大切な一張羅が台無しになっちまった」

 

 若い男の声だ。しかも、その声は聞き覚えがある。

 そんなレベルじゃ無い。

 ジークとミオリアは嫌と言うほどその声を聞いている。

 

「まぁ、あのままジジイの姿で終わらせるのも悪くなかったけどな」

 

 軽快な軽口と共に目に巻かれた黒い遮光帯を風に漂わせる。

 

「さて、後は俺にお任せ下さい」

 

 そう言うと白い髪に赤い瞳を遮光帯で隠した男は、十二個の宝珠を展開し始める。

 

 デウスエクスマキナは今始まる――。

 


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