龍ノ終幕113話「その男、竜と断つ」
雨が降り注ぐ、王城東側は分厚い雲が涙を零すように雫が落ちてくる。
龍神演武炎ノ型を両者は解き放つ。
衝撃波、周囲の雨粒を吹き飛ばす。それから地面が捲れ上がり泥を焼き溶かし、一切がなぎ払われる。
分厚い雲は霧散し太陽が顔を出す。
濡れた髪も一瞬で乾くほどの一撃が両者の切っ先の間でぶつかり合い、燃え盛りうねりながら相殺していく。
大太刀を構えると、静寂が広がる。
燃えて乾燥した空気がジークの肺を温める。
雷が吠える。地面を蹴り上げた瞬間、ナトライマグナの大太刀とジークの大太刀が鎬を削る鍔迫り合いにもつれ込む。
膂力はほぼ互角、否、ナトライマグナの方が上を行く。
競り負けたジークは大きく仰け反る。その瞬間、腹のど真ん中に大太刀が突き刺さる。だがジークはこの瞬間に竜殻を展開しナトライマグナの大太刀を押さえつける。
そしてジークの大太刀もナトライマグナの心臓を貫く。
ナトライマグナも紅蓮の竜殻を展開し、ジークと同じ事をする。
両者は零距離で戦う事を強いられるのであった。
先手はナトライマグナが右拳でジークの顎目掛けてアッパーを食らわせる。避けることが出来ないジークはそれをもろに受ける。即座に意識を取り戻すとジークも右手の拳を固めて鼻っ柱目掛けてストレートを放つ。
零距離、ノーガードの我慢比べが始まる。
ジークが殴り、ナトライマグナが殴りを繰り返す。拳の竜殻が砕けようとも拳骨が粉砕しようとも脳みそが吹き飛んでも両者は折れぬ闘志と剥き出しの牙を突き立てる。
一歩も引くことは無い、引いた時点で精神的な死を意味するからだ。ジークは咆哮を放ちながら右腕を何度も振り抜く。いつの間にかナトライマグナに攻撃の隙を与えなくなり徐々に後ろに仰け反る。
雨垂れ石を穿つかの如く、強大なナトライマグナが四千年の果てに押し負けた。
ジークは腹に刺さったナトライマグナの大太刀を引き抜くと無造作に放り捨て、大きく深呼吸をして大太刀を上段に構えた。
烈火、炸裂する。
爆炎は切っ先に集いそしてナトライマグナに垂直に振り下ろされる。極限の火力を臨界へと召し上げる。
龍神演武炎ノ型――
周囲の土は原形をとどめることが出来ず融解を始める。
究竟――
漏れ出す焔は太陽のように熱を帯びる。
破局噴火――
ジークが持つ技で二番目の破壊力を誇る技である。
艶やかに咲く炎の華がイシュバルデを灯す。
栄華への道を照らす。炎が指し示す先にはまだあの男がいる。
ナトライマグナはジーク渾身の一撃をその身ひとつで受けきると回し蹴りをジークの左腕に喰らわせる。
ジークの大太刀は宙を舞い、地面に突き刺さる。
となれば両者がやることは一つである。
紅蓮の竜殻と白銀と漆黒の竜殻が拳を構える。
原始的な暴力が再び始まる。
ナトライマグナは右ストレートを打つ、ジークは左腕を伸ばして相手の右腕の軌道をずらしてから下から突き上げるように左手のアッパーをナトライマグナの肝臓にねじり込む。
それどころかジークはそのまま手を広げて砕けた竜殻の奥へと手を進めて肝臓を引き抜く。
ナトライマグナはそんな些細な攻撃に構うこと無くジークの首元に右手を伸ばしそのまま気道を握り潰す。
ジークは肝臓の破片が付いた左手でナトライマグナの右肘を外側から打ち込む。あらぬ方向に肘が曲がり左腕は脱臼し骨も折れる。
力が抜けた瞬間ジークはナトライマグナの右腕を両手で掴み、後ろに大きく引き右足を突き出す。
腕の引く力と右足の蹴りが炸裂しナトライマグナの穴の空いた腹に右足を突き出す。
右腕の関節が気味悪い音を響かせてナトライマグナの右腕の手首、肘、肩の関節を全て脱臼させる。
ナトライマグナは血を吐きながら無理矢理右腕をジークごと引き寄せ左拳をジークの顎に打ち込む。見事なアッパーを食らったジークは地面から足が離れる。ぐらついた視界でなんとか状況を飲み込むがその瞬間、ナトライマグナは天に向って拳を突き出し空中にいるジークの腹に一撃加える。
空中にいるジークは衝撃を逃すことが出来ず内臓が内部でぐちゃぐちゃに破裂する。その上で右腕が殴った衝撃で関節の位置が戻る。
そのまま地面に激突したジークは即座に立ち上がるがナトライマグナは既に自分の得物を拾い上げている。
ジークは息を震わせ、雷鳴を轟かせながら自分の得物に右手を伸ばすが、ナトライマグナの鋭利な刃が一瞬通る。
右腕の感覚が途絶えたことを認識した瞬間、直角に進行方向を曲げてナトライマグナとの距離を取る。
大太刀の手間にナトライマグナが立ちはだかる。ジークは数秒で肉体を完全再生すると大太刀に視線を固定し、龍神演武雷ノ型を発動、そのまま駆け抜ける。
向った先は長年の愛刀ではなくナトライマグナ本体である。そのままの勢いでジークは両足を飛び込むように前に出し顔面にドロップキックを食らわせる。
ナトライマグナはジークが大太刀を取り戻しに来ると推測していたため、受け身が準備出来ず顔面で受ける形となる。
それどころかジークはそのまま馬乗りになり龍神演武炎ノ型と龍神演武水ノ型を操り、ナトライマグナの四肢を水で拘束し自身の拳に炎を灯す。
大地を揺るがす程の一撃を乱打しナトライマグナの脳みそを粉々に砕けるまでジークは咆哮を上げながら地面ごと頭部を砕く。
ナトライマグナも砕けた脳みそで闘志を燃やし、龍神演武水ノ型でジークの両腕を拘束する。
ミシミシと音を立てながらジークは無理矢理拳を放とうとするがナトライマグナが水の拘束ごとジークの顔面を殴り吹き飛ばす。
幸い飛ばされた先に大太刀が突き刺さっておりジークは体を捻りながら左手で大太刀を取り戻す。
やや息を切らせながら、両者はお互いの実力を確認する。
ジークは息を荒げる。
龍神演武風ノ型――究竟 野分――
ジークの背中に追い風が吹き荒ぶ。
ナトライマグナはこれ以上無いほどに口角を上げて息を漏らす。
龍神演武地ノ型 究竟 異常震域。
大地が揺れ、荒ぶり、地殻が瓦解する悲鳴を上げる。ナトライマグナの筋肉は怒張し大地のエネルギーそのものが注がれるようだたt。
龍と竜狩りの戦いはシンプルで、再生能力が底を尽きるまでひたすらただ殺し合うだけである。
次に両者が使う技は奇しくも同じものだった。
息を震わせる。
龍神演武雷ノ型――
究竟――
雷大波電流――
紫電が火花を散らし、両者は弾丸のように前に飛び出し、刃を向ける。
ほんの僅か、一秒を千に分割した一程の時間、ジークが遅く、右鎖骨から左胸骨に掛けて一刀される。肺も横隔膜も見事に切断されておりジークは息が出来なくなる。
息が出来ないなら、とジークは思考を巡らせる。
それならば、止めてしまえばいい。
龍神演武水ノ型――究竟――――海嘯――
大量の水が地面から湧き出しナトライマグナを水が覆う。
その一瞬の隙を見てジークは傷口を塞ぎ怪我を治癒させる。
大量の水を支配しナトライマグナの動きを止めるが、相手も龍神演武の使い手、水の支配権を徐々に奪い始める。最初はジークが完全に支配していた水を半分以上ナトライマグナがその制御下に置く。
水の奪い合いは拮抗を続けるが、一瞬だけ集中力が切れたジークが負け、全ての水の支配権を奪われる。
その瞬間津波よりも破壊力のある水の一撃がジークを押しつぶし、全身の骨を粉々に砕く。そして水は渦を巻きジークを逃す事の無い監獄へと変貌させる。
なんとか抜け出そうとするが、脳みそを揺さぶられ、酸欠も続くためジークの意識が朦朧とし始める。
ジークは藻掻くのを止め無駄な酸素を使わないように心臓を落ち着かせる。流れに身を任せている間に骨を再生させる。
体が万全となったタイミングで目を見開き、残りの空気を全て吐き出し、息を震わせる。水中で雷鳴が木霊した瞬間、ナトライマグナが全身を痙攣させる。
水を制御出来なくなった瞬間水中から飛び出しジークは肺一杯に空気を吸い吐き出し酸素を循環させる。
そして大太刀を両手で構え、再度、大きく息を吸う。
ナトライマグナの目と鼻の先にまで距離を詰めると大太刀を振り下ろす。当然ナトライマグナもジークがそう来ることを予測して大きく息を吸う。
天を焦がす勢いで火炎が空に伸び、熱波は駆け抜けた。
この一撃は相打ちとなり、ナトライマグナとジークは体内に侵入した切っ先から炎が吹き出し内臓を炭に変えた。
そんな肉体でも一太刀、二太刀、三太刀と両者は刃を交える。
腕が飛び、目を潰し、鼻を削ぎ、脳天をかち割る。
互いに肉体の破壊と再生を繰り返しながら攻防を続ける。
どれだけ肉が削げようとも、どれだけ痛みを感じようともジークは決して狼狽えない。
対するナトライマグナも龍極天の矜持を以てジークから背くことをしない。それどころかかつて無いほどの強者に畏怖と敬意を宿していた。獣の咆哮とよく似た声を発しながら二人は互いの体を切りつけ合う。
周囲にはおびただしい量の肉片と手足やら目やら鼻やら耳やらが所狭しと飛び散っている。
ジークは痺れを切らし守備を捨て、ナトライマグナの重い袈裟斬りをその肉体で受ける。
息を震わせ、息を深く吸う――
神速の雷撃と絶え間なく熱を帯びたその一撃を解き放つ。
ナトライマグナは息を震わせ、息を止める。
紫に発光する雷電を帯びた膨大な水を纏った刃がジークの大太刀とぶつかり合う。
雷と水が絡み合い分解したところに炎が灯された。その結果、巨大なクレーターが出来るほど激しい爆発が両者を襲った。
二人の回復力は底が見え始めたのか所々焼けた皮膚の再生が鈍くなっている。
終わりの兆しである。
両者、大太刀を構える。
視線を合わせ、機を待つ。
最後の意地を張り、凜とした空気が漂う。
ジーク、最後の龍に挑む――。
ナトライマグナ、最後の人を迎え撃つ――。
飛ぶように足を前に出す。ナトライマグナが迎え撃つ体勢を整えるのがわかった。
これはルネサンスからジークへと受け継がれた力。
竜殻を展開しナトライマグナな迎撃を受ける。疲弊かそれともジークの成長か定かではないがナトライマグナの一撃は阻まれた。
これはアマルナとウルフラムからジークへと受け継がれた力。
ジークはそのまま空気の足場を作り、万全な踏み込みを行う。
これはバロックからジークに受け継がれた力。
柔軟な筋肉をバネのように張り瞬発力を生み出す。
これはビサンティンからジークへと受け継がれた力。
正しい姿勢、正しい呼吸で大太刀を振り上げる。
これはマニエリスムからジークに受け継がれた力。
心も魂も穏やかでありながら奇妙な高揚感に包まれる。戦う者のあるべき姿はジークの背に宿る。
アナグラムとナーガラージャから受け継がれた力。
ジークは深く息を吸い、息を荒げ、息を止め、息を震わせる。
水が雷を纏い、ナトライマグナの動きを抑え、下段から切り上げるように斜めに大太刀を振り上げる。
その瞬間、静寂の炎が揺らめき、しかして今までよりいっそうに熱く燃えていた。
ファヴニール、バハムート、ニーズヘッグ、オロチからジークへと受け継がれた力。
無論、ナトライマグナも抵抗しジークの胸に鋭い突きを刺し込む。一点に集中した切っ先は今度こそジークの竜殻を貫き、心臓を確かに捉えていた。
確かな手応えとジークの残りの回復力ではもう再生することはできないと確信をえていた。
実際、ジークが持つ回復力ではもう再生できないのは事実だったが、ナトライマグナは誤算していた。
ヒュドラとウロボロスから受け継いだ力。
ジーク自身が再生出来なくとも、再生させる力はジークの魂に刻み込まれていたのだ。
更に前へ進みナトライマグナに体当たりをぶつけ、完全に骨を砕く。重く強いその一撃はまるで霊峰連ねた山脈がのし掛かるが如き絶対の膂力である。
アンフォメル、エムラクールから受け継いだ力。
大きく仰け反ったナトライマグナと相対するジークはゆっくりと息を吐き出す。
そして、息を忘れる。
ジークの大太刀は黒い影と朧気で禍々しい残滓を刃が通った道にゆらゆら水のように残る。
ゆっくりと刃を振い、ナトライマグナ体を撫で斬る。
生命の脈動が止まる――
ナトライマグナの肉体はジークが斬った場所からボロボロに崩壊を始める。
黒雨――
それから景色はいつの間にか雪のような物が降り出す。
それに触れた瞬間、ナトライマグナは体内から蝕まれるような耐え難い苦痛に蝕まれる。
死灰――
この攻撃はまだ始まりでしかない。それどころか本当の攻撃を出す前の副産物にしか過ぎない。
ペナシリアムとフルオロスホンからジークに受け継いだ力。
ジークは鞘を取り出すとゆっくりと刀を収める。
鯉口を鳴らして刃が鞘に収まった瞬間――。
龍と竜、そして人がジークの魂に集う。
ロマネスクからジークに受け継いだ力。
大気燃焼――
まるで終末の喇叭が吹かれたように、白き炎と衝撃波によって王城の東側は更地と化した。そこにあるべきはずの歴史の名残も一切を掻き消す。
ただひたすらに無へと全てを返した。
以上、三つの技を合わせてこう呼ぶ――
龍神演武人ノ型と――
自身の技で蝕まれた肉体が悲鳴を上げ始める。
地面に膝を付きそうになったが、目の前にまだある生きた者の気配を感じ踏みとどまる。
全身が焼かれ、骨を剥き出しにしてもなお、その龍は立ち続けた。
ゆっくりと、死にかけの体を前へ前へと進め、ジークの目の前に立つ。
それから大太刀を鞘に戻し、ジークに渡す。
ジークは大太刀を受け取る。それがどんな意味を成していたかは直ぐに理解できた。
大太刀を受け取ると、ナトライマグナは右拳を突き出してジークの胸を小突く。
そして龍極天は仁王立ちのまま息絶えた。
その表情には一点の曇りもなく満足げだった。
その堂々たる龍の風格は正真正銘の龍神族であり龍極天を背負いし者の生涯であった。
ジークはその最後を見届けるとゆっくりと前に倒れる。
そして彼を支えるのはアルスマグナの役目だ。
彼女はジークの精悍な横顔を見つめ静かに笑う。
龍極天ナトライマグナ、討伐。
龍極天ジーク、襲名。