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使ノ109話「烈火報復」

 

 ミオリアは目を覚ます。

 片道切符は既に切られている。

 

 朝日が目に焼き付く。清々しい澄み渡る陽気だがミオリアは気乗りしない。なにせ困難が目の前にあるのだから。

 宵闇の中でまどろみを抱きながらベッドで眠る方が幾分気が晴れるが日が昇ってしまったのだからしょうが無い。

 創造の短剣と奇跡の短剣をベルトに巻く。旅装束に着替えると王城の門を開いた。

「見納めだな」

 生きて帰ればまたこの城で生活するのだが、それが果たせるかは五分五分であるのは薄々勘付いていた。

 門が閉じるのを見つめてから踵を返す。

「随分シケた顔しているな」

 ミオリアは振り返ると閉ざされた門に寄りかかる老人の男を見つける。白い髪に白い髭、深い皺がいくつもある。右目は黒い眼帯を付け、左目は血のように赤い色をしていた。

「誰だ?」

「誰でも良いが、獣の翁と呼ばれている」

 しわがれた声で獣の翁は答える。いぶし銀のような声だが、どこか懐かしさを覚える。

「ひとついいか?」

「聞こう」

「前にも会ったか?」

「ふむ、さて、どうだろうな、何せスカイジアからつい先ほど来たばかりだからな」

「そうか……スカイジア!?」

 スカイジア、イシュバルデ王国の地下に広がると言われる巨大な世界でイシュバルデ王国とスカイジアは行き来できないと言われている。

「ワシは魔獣姫に命を受けてこのイシュバルデ王国にやってきた」

「どうやって来たんだ?」

「そもそも、イシュバルデ王国とスカイジアは断絶状態で行き来することはできないと言われているが、四カ所だけ通る事が出来る。魔獣霊峰サイエスト、植物の聖域キュリート、永久凍土ニンギルレスト、そして深層死海エンドラリーブ、この四カ所だけはスカイジアに入ることが出来る」

「じゃあ、あんたはその四カ所のどこかからやってきたわけだ」

 獣の翁は静かに頷く。

「私がここに呼ばれたのはラインハルトの殺害だ」

「目的は俺たちと同じか」

 獣の翁は頷く。

「しかし、私の力ではナトライマグナ、キリクを討つ事が出来ぬ、ナトライマグナはジーク、キリクはミオリアが倒さねばラインハルトを倒すことが出来ぬ、そう魔獣姫たちから信託を受けている」

「元々そのつもりだ、ナトライマグナはジークが、キリクは俺が倒す。アジサイの仇を俺たちが取る」

「復讐なら辞めておけ、最早この戦、一個人の私怨で止まるほどの規模では無い。どちらかが滅びるまで終わらない戦いだ。心中お察しするが堪えよ」

「人の気も知らないでよく言うな」

「一理あるが、私の意見も無碍にすることはないだろう?」

 獣の翁は悟ったような言葉で語りかけるがミオリアは少し腹を立てる。何でも知っていますよという感じで語られる手合いはどうにも好きにならなかった。

 だが獣の翁の意見は一理ある。頭ではそれを尊重する。

「で、あんたは何をするんだ?」

「イシュバルデ最強と言われる懐刀の補助を任命されている」

「俺に付いてくるのは良いぜ、付いて来れるならな」

「了解した」

 返事を聞くと同時にミオリアは足を加速させた。

 音を超えるほどの速度で獣の翁を置き去りにしてリカーネに向った。

 景色が流れて見えるほどの速度、リツフェルとの修行がミオリアをさらなる速度域に到達させた。

 たった数時間でリカーネの玄関まで到着するとミオリアは愕然とした。

「何だよこれ……」

 荒れ狂う湖がそこにはあった。空は暴風雨で風と雨がうねり狂い、平原だった場所はかつての面影が無くなっていた。

「氾濫の竜バハムートの影響だ。空を見よ、雲を泳いでいるだろう」

 獣の翁はミオリアに解説を入れる。

「あー、なるほどな……うっそだろ、もう追いついたのかよ」

「ちょっとした魔術でどうにでもなる」

「そんな魔術聞いてない」

「スカイジアにも魔術はあるのでな」

 髭で隠れて表情は分からなかったが獣の翁は確かに笑っていた。

「さて、疲れるが駆け抜けるか」

「わかった」

 ミオリアは速度を上げ、水面に足が沈むより速く次の一歩を出し水上を駆け抜ける。

 一方、獣の翁と言えばどういう理屈で浮いているのかはたまた風の加護でも受けているのか強かな鳥のように空中を舞っている。

「クソ追いついてきやがる」

「腰をよく見てみろ」

 獣の翁の言葉を聞いて腰を見ると魔力で作られた見えないロープが巻き付いていた。

「あっ、テメェこの野郎」

「正攻法に走ったところで引き離されるのでな」

「チッ、振り落とされないように気をつけな」

 威勢良くミオリアは言葉を吐き捨てる。

 目的地はリカーネの東隣にある領土パッツァーナ、エルフ達が住まう森であるが今は天使軍に占領されてしまっている。

 ミオリアはパッツァーナ奪還計画の第一段階である守護天使の討伐をアクバ王に命じられている。

 だが、この任務に獣の翁が来るというのは情報にない。それどころかこの男が仲間である保証は無い。

 

 だが、ミオリアは不思議とこの男が信用出来るような気がした。

 理由も理屈も無い。ただ直感がこの男を信用している。

 

「さて、そろそろか」

 ミオリアは平原から徐々に樹海へと変わる景色を見て呟く。木々を流れるように避けながら敵軍の拠点まで距離を詰める。

 ミオリアの速度を持ってすれば拠点まであっさりと侵入することができた。大樹の幹を登り枝に立つと敵拠点の状況を観察する。

「兵舎が六つと本部が一つ、捕虜収容施設が三つ、なるほどな」

 メモ帳に見取り図を書き取ると双眼鏡で敵の状態を詳しく観察する。

「探知魔術の術式を乗っ取っておいた」

 ミオリアの隣にフワリと獣の翁は降り立つ。

「本当か?」

「容易い」

「信用するぜ?」

「作戦は?」

「ちょっと待ってくれ……あれはウリエルか、その隣は、おっとマジか、スピカさん……」

「スピカ……」

 獣の翁は小さく呟く。

「スピカさんはまずいな、強いってのもあるが部下の妻なんだ。出来れば殺したくは無い」

「なるほど、ウリエルとスピカ・クェーサーを上手く分断して私がスピカを足止めしている間にウリエルを殺害する必要があると?」

 獣の翁の問いに対しミオリアは頷く。

「やれるか?」

「そうだな、まずスピカが兵舎に来る頃を見計らって兵舎を奇襲、そちらはウリエルが出てきた瞬間、何とかして拠点から離す。その速度があれば首根っこでも掴んで引きずり回せば問題ないだろう」

「今は夜だ。やるなら朝の方がいいか?」

「夜の方が良いだろう」

「わかった、早速だが頼む」

「では準備に取りかかる」

 獣の翁は枝から飛び降りると、姿が消えた。

「なんだあの力……魔術じゃなさそうだが……」

 ミオリアは双眼鏡で兵舎の方を覗くと既に獣の翁が敵拠点に侵入を完了していた。見回りの天使兵を影討ちして物陰に隠す。かなりの手際である。

 天使兵の一人を捕獲すると何かを伝えて頷かせるとスピカのいる本部に天使兵は駆け寄りスピカを呼び出す。

 スピカは面倒臭そうな表情をして兵舎に向う。

 獣の翁はミオリアの方を向いて頷く。

 

 ミオリアは創造の短剣と奇跡の短剣を抜く。

 

 獣の翁は兵舎方向に左手を伸ばす。

 

 三、二、一――

 

 六つある兵舎から火柱が上がる。

 

 ミオリアは両足をバネにして弾丸のように飛び出す。

 本部から飛び出したウリエルを捕捉しながら地面に着地し、音だけをそこに残してミオリアはウリエルの喉笛を左肘で挟み、そのままパッツァーナの森の奥まで駆け抜ける。

 十分な距離を取るとそのままの勢いでウリエルを大木に投げつける。

「おめえがウリエルだな、早速だが死ね」

「……うぅ……貴様……ミオリアか」

「うるせえ、死ね」

 ミオリアは良き友であったレオニクスを思い出し、怒髪天を衝く。

 ウリエルはよろよろと立ち上がり緋色の剣を抜くと炎があふれ出す。

 ミオリアは攻撃する隙を与える間もなくウリエルの背後を取ると右翼の四枚の羽を一瞬で切り落とす。

 激痛による叫声が上がる。

 確かな手応えを感じたがウリエルの体は炎となって消える。

「変わり身か」

 ミオリアは僅かに聞こえた衣擦れ音からウリエルのいる方向に翻ると目を見開いて前に出る。

 紙一重でウリエルが放つ炎を纏った刃を短剣を滑らしてあしらうと、そのまま更に接近し短剣を振るう。

 ウリエルは炎を展開しミオリアの攻撃を焼き払う。高温の炎がミオリアの皮膚をヒリヒリと伝わる。

 ミオリアは深呼吸をすると音を絶つ。


次にウリエルの四肢にある筋を切り裂く。

 

 完全に身動きを取れなくしたところで髪の毛を掴み首に刃を叩き付け首を落とす。

 

「……レオニクス、お前が羽を攻撃していなかったらこんなに楽な仕事じゃなかっただろうな」

 ミオリアは両手を合わせて目を閉じる。ウリエルの首を以て、レオニクスの鎮魂とした。

 

 レオニクスを、グーラントを、アジサイを殺した敵共は全て殺すことを誓う。

 

 

 

「終わったようだな」

 獣の翁は葉巻を吹かしながら現れる。

「良く逃げ切れたな」

「逃げ足とかくれんぼは得意なんでな」

「さて、次はラファエルだ」

「分かった。向おう」

 ミオリアと獣の翁は次の場所へ向った。


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