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使ノ108話「忠誠のレオニクスの殉職Ⅲ」


 嵐の夜明け前、レオニクスにとっては最後の夜である。

 

 幾度とない防衛戦の果てに城壁は何とか形を保っている。

 円卓七騎士の増援が来たが天使の大軍に圧倒され討ち死にした。レオニクスの兵士たちもほとんど残っていない。

 次の人員補填までレオニクスとアンタレスの二人で防壁を守り抜かねばならない。

「ボロボロですね、私はお風呂に入りたいです」

「外は雨ですよ?」

「お湯に浸かりたいのです」

「じゃあ難しいですね」

「はぁ……仕方ないですね」

 アンタレスはため息をつく。

「残りの兵士は……もうケシ粒ほども残っていませんね……総員撤退させましょう」

「犬死にするのは少ない方が良いですもんね」

 アンタレスは欠けたマグカップでぬるま湯を飲む。

「ええ、そうです、私とアンタレス殿、二人で十分でしょう」

「まったくそうですね」

 二人は微笑む。レオニクスは立ち上がり部屋の前に立たせている警護に書状を渡す。

「これは?」

「撤退命令と帰還兵の処遇についての嘆願です。この書状をアクバ王にお願いします。私とアンタレス殿はここに残ります」

 警護は書類を確認すると目をしかめてから不服そうにレオニクスの言葉を飲んだ。

「どっちかって言うと誰もいない方が私は強いのですけどね」

 アンタレスは暢気に白湯を飲む。

「そうですね、光線を精密に動かすのは大変だと思います」

「ええ、全くです」

 アンタレスの能力は太陽の光を束ねて意図した場所に光線を通すという能力である。超高温の光線をピンポイントに落とすとなると相当な集中力を要求される。

針に糸を通す所業を難なくこなす彼女もまた懐刀たらしめる女傑である。

「私も能力を解禁します」

「あの力を使うのですね」

「さて……と」

 レオニクスは床下のレンガを一つ抜き取るとその下にある酒瓶と金属の杯を二つ取り出す。

「最後の一本です」

「それは……ワインですか?」

「母が作ったヴィンテージワインです。本当は父を連れ帰った際に開けようと思っていましたが、叶わなくてそれっきり」

「そういうのは奥さんとか彼女とかと飲むものですよ?」

「恵まれませんでした。まぁ、戦友と交わすのなら十分ですよ」

「そうですか、それならお言葉に甘えて」

 レオニクスはワインを注ぐと、アンタレスと杯をならして口に運ぶ。

「美味しい……こんなに美味しいワイン初めて……」

「美味しいでしょう? キュリートの奥地でしか採れないブドウです。母はそれの上質な部分だけを吟味して醸造しておりました。毎年作っていたワインですがこれは最後の一本です」

「それは贅沢ですね、キュリートの果実はどれも高級品ですからね」

「ええ、それにしてもこれは美味しいです……母の優しい顔を思い出します」

「お母さんはきっとお優しい方だったのでしょうね」

「ええ、草花を愛し、キュリートの平和を守っていました。強く逞しく優しく美しい母でした」

 レオニクスは涙をこぼしそうになる。母を思い出し「死にたくない」と呟く。

「私も死にたくはないです」

「私は最前線で戦います。私が崩れたときは逃げて下さい」

「わかりました」

「では、私は戦に向います」

 ワインを注ぎ直しそれを一気に体に入れるとレオニクスは兜を身につけ槍と短剣だけを手にする。そして祈りを捧げ防壁を後にする。

 外は酷い嵐だった。ここ数日ずっと降っている。リカーネの土はぬかるみ足取りがいつもより悪い。

 嵐が来ている。眼前には天使軍が陣を敷いている。

「やれやれ、あれだけ倒しても一向に減る気配がありませんね」

 レオニクスはため息をつく。それから兜の下でにっこりと笑い、力を振るう。

 

「偉大なる母の力をお借りします」

 

 レオニクスはそう呟き足を高く上げ地面に叩き付ける。

 

愛しき者を(ペンテシレイア)待つ痛み(・クエイク)――」

 

 けたたましい地鳴りと立っているのが覚束なくなるほどの揺れが大地を襲う。平原はその力に対して抵抗すること叶わず地面に亀裂が入り、その隙間に液状化した泥が入り込む。

 天使軍の陣は亀裂と泥に飲み込まれ、あっという間に瓦解する。

 

 それだけに止まらず揺れは更に激しさを増す。

 

「そしてこれが我が偉大なる父から受け継いだ力――」

 

 レオニクスは槍を握りしめると体勢を低くする。

 

愛しき者よ、(アキレウス)今戻る(・リユニオン)――」

 

 レオニクスは揺れる大地を蹴り上げると天使軍の中央に着地すると同時に槍を突き立てる。隕石のような一撃は大地を凹ませ嵐と雷鳴、地鳴りで荒れ狂うリカーネの大地にレオニクスの咆哮が木霊する。

 槍を振るえば衝撃で地面の泥が抉れ、飛び散った泥は弓矢のように天使に牙を剥いた。ただでさえレオニクスが揺らした大地によってまともな戦闘態勢を取れていない上にこの猛攻を喰らった天使軍は混乱せざるを得なかった。

 何十万といた天使軍はたった一時間でその数を九割ほど消失していた。

 

 レオニクスが孤軍奮闘していると空が薄らと明るくなる。

「そろそろですね」

 夜が明けさえすればアンタレスの光線によって形勢は逆転できる。レオニクスはこの戦いも守り抜くことができたとあと少しで確信できた。

 

 レオニクスは息を切らせながら太陽を見る。

 

 黒い影が二つ、天使族の空軍ではない。

 翼が八枚生えている者と右翼だけ二枚欠けた者がレオニクスの前に降り立つ。

「おっと、これは予想外」

 ここに来て守護天使が登場することそのものが予想外だった。

 

 翼が二枚欠けた天使は以前より報告があったグーラントを殺した天使であるのは直ぐにわかった。

 問題はもう一体の方である。赤熱しているような紅蓮の髪に燦然と光り輝く翼、端正な顔立ちの天使が君臨する。

「我が名はウリエル、貴様を葬る者だ。今ならその首差し出すというなら楽に死なせてやる」

「私の? 首を?」

「無論、他に誰がいる?」

 レオニクスは槍の構えを解く。

 その場に跪き頭を垂れる。

「物わかりがいいな」

「そうでもないです。ただこの状況で、グーラントを殺した相手に加えてそれに双肩を成す者がいるとなると生きて帰るのは無理でしょう」

 ウリエルは剣を抜く。緋色の細身の刃が太陽の輝きが現れる。

 レオニクスの目の前に立つと、ウリエルは楽に敵将を討ち取れる喜びに震えていた。

「では死ぬが良い」

 

「ああ、それと、私の首についてですが」

 

 レオニクスは頭を上げる。そして言葉を続ける。

 

来たりて、取れ(モローン・ラベ) 」

 

 その瞬間、レオニクスは立ち上がりながらウリエルの心臓に槍を突き立て貫くと左手で肩を掴み、体を半回転させ右手で短剣を抜きウリエルの左翼を全て切り落とす。

 ラファエルが即座に反応し風の刃をレオニクスに飛ばす。直感的に危険を感じたレオニクスはウリエルの背を蹴り飛ばし前に飛び込む。

 着地した瞬間、ラファエルの背中にタックルを行い押し倒すと左手で右翼を掴み右手の短剣を一気に振り下ろす。

 更に追撃を行うべく短剣を振り上げた瞬間、緋色の剣がレオニクスの右腕を焼き斬られる。ウリエルが胸に槍が刺さったままの状態で立ち上がりレオニクスの腕を切断したのだ。

 せめてあと一枚だけでもと必死でレオニクスは左腕に力を入れる。

 

 だが、それは叶うことなくレオニクスの首が緋色の剣が通り過ぎる。

 レオニクスは最後の最後、曇天の雨雲を見る。夜明けはまだ来ていない。

 

 咆哮が響く。

 

 雲の海を泳ぐように一匹の竜が水を降らせた。

 

 リカーネの大地を水没させるほどの水が防壁も何もかも全てが破壊され洗い流される。

 

 天、咆哮が響く。

 

 声の主は、氾濫の竜バハムート。

 

 レオニクスが二人の守護天使を抑えていたことで巻き添えにすることができ、これにより天使の侵攻が大幅に遅れる結果となった。

 そして、この一撃はアンタレスを瀕死の重体にまで追いやった原因でもある。


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