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龍ノ102話「芸術の竜アナグラム」

 王城に戻ったジークは自室に籠り切っていた。

 手の震えが収まらず、得体のしれない闇が心を支配する。

 

 あの龍神演武は何だったのだろうか。

 試しにやってみた程度の感覚で自分なりの技を練り上げようとした瞬間、あの技はさも初めからそこにあったと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 正体がわからない、それを突き止めようにもあの技をもう一度繰り出そうとは思えなかった。

 狂気に侵食されるような感覚、それでいて懐かしい、幼少期の頃に飲んだ夏のラムネのような熱く焦がれた思い出の一ページをめくるような。

 だが靄がかかる。まるで逃げるようにページはどこかに飛んで消える。

 

「お疲れ様、ジーク様」

 銀色の髪に、大きく膨らんだ胸、黒いドレス、チョコレートをテンパリングしたような艶のある声。

「アルス……だれだ?」

「お初にお目にかかります。私は芸術の竜アナグラム」

 アナグラムは静かに息を吸う。

「失礼します」

 アルスマグナがドアをノックしてジークの部屋に入る。

「アルスマグナだな」

「ええ、ジーク様のアルスマグナです。ってアナグラム様!?」

「お久しゅうございます。アルスマグナ様、龍神族最後の末裔、その影武者アナグラムにございます」

「どういうことでしょうか、私がアナグラム様の影武者、アルスマグナです」

「いえいえ、アルスマグナ様、アナグラムはアルスマグナ様の影武者です」

「ちょっと待ってくれ、二人とも同じ顔で同じ声で話されたらどっちがどっちかわからねえよ!」

「それもそうですね、このアナグラム、全てをお話ししましょう」

「頼むわ」

「どこからお話ししましょう……四千年前くらいから話すことになるのですが」

「どのぐらいかかるんだ?」

「ざっと二年ほどあれば」

「なげえよ、できれば二千文字くらいで」

「わかりました」

 アナグラムは咳払いをして講釈を始める。

「四千年前、龍神族、鬼神族、空神族、天使族の四大種族が衝突し戦争になりました。人間の存亡を巡る大戦です。結果、天使族と空神をなんとか撃退に成功しましたが、龍神族は二人の龍と始祖を除いて全滅、一人はアルスマグナ様、そしてもう一人はナトライマグナ、始祖はスカイジアに島流し。アルスマグナ様は記憶を書き換えただの竜として魂を七つに裂き、私が影武者となった。鬼神族は女性の何名かが生き残り、スカイジアに島流しとなることで安寧を手に入れました」

「そういう事だったか、それにスカイジアか……」

「既に魔獣姫アストラクト様と謁見されているようなのでナーガラージャの命は無駄ではなかったようですね」

「そうだな……」

「話を続けます。空神族……正確にはラインハルトただ一人ですが、再び相まみえることになりました。もっともある男のおかげで四千年と十年の猶予となりましたが」

「アジサイだな」

「ええ、アジサイはあの土壇場で十年繋いだのです。十分役目を果たしたと言えるでしょう、魔獣姫の寵愛もないのに」

「……なんだと?」

「アジサイもミオリアもジーク様もこの世界の住人では無いでしょう?」

 押し黙る。それから焦りを募らせた。

「そうだな、それがどうした?」

「異世界から来た人間というのは魔獣姫の総意を以て召喚されます。そのとき強力な力や人の領域を超えた身体能力、研ぎ澄まされた五感、色々とあります。知らないとは言わせませんよ?」

「確かに、この世界に来てから異常な力を手にしているな」

「それそのもの全てが魔獣姫の寵愛です」

「なるほどな、で、どうしてアジサイは寵愛を受けなかったんだ?」

「……召喚の際、ラインハルトの干渉を受けたとしか、転移先はイシュバルデ王国になり、本来なら七名の者が同時に召喚されるはずでしたが三名に、しかも数年単位のズレが生じてしまっていた。最も手酷いのがアジサイでした。与えられるはずだった魔力を十分保有できる屈強な肉体、ジーク様、ミオリア様のような再生能力、あらゆる魔術の適性……もしも全てが備わっていればラインハルトとも肩を並べられたでしょう」

「じゃあ、何か、俺の友人は魔獣姫のミスで死んだということか?」

 アナグラムは首を横に振る。

「アジサイはバカでは無かったです。逃げようと思えば逃げられた。装具を使い続ければ自信が摩耗していくのは明白。それでも戦う選択肢を取ったのは紛れもなくアジサイでは?」

「……アナグラムさんに当たってもしょうが無かった。すまなかった」

「支障はありません。さて、結論ですが、四千年と十年でラインハルト、ナトライマグナ、ダアトキリクの討伐、それこそあなた方が呼ばれた理由です」

「言われなくてもやるさ」

「ええ、しかし、今、生き残っているのはジーク様とミオリアの二名です……少なくともイシュバルデ王国にいる対抗馬はお二人だけかと」

「やっぱアジサイは死んだのか? 死体は海の底だがそれすらなかったのか?」

「ええ、まるで存在していなかったように、何もありませんでした、装具も何もかも、私は竜として幾星霜の時を生きながらえましたが、アジサイのような死後を見たことなどありません」

「なんか含みがあるな」

「ええ、知っての通り、アジサイの持つ装具、あれは紛れもなく何者かの魂が形を成したもの、装具一つ取ってもこの世界にない異物なのです。当然単体で強烈な存在感があります。それも忽然と消えたのです」

「イシュバルデ最高峰の魔術師も、竜の力をもっても見つけられねえ死体か……生きてんじゃねえか?」

「可能性は否定しません」

「そうか」

 ジークは天井を眺める。

 

「どこまで話ましたっけ?」

「あー、すまん、何回も話を折っちまったな、四千年前の戦争でアナグラムさんがアルスマグナの影武者になっていたというところだったな、大分逸れてるなスマン」

「問題ありません。だから本当の龍神族の末裔はアナグラムではなく、アルスマグナ様ということになります」

「サラッと言ってるがとんでもないことじゃねえか?」

「ですので、ジーク様、アルスマグナ様をどうかお願いします。私は死なねばならぬため、いつか訪れる栄冠を手にされるところを見ることはできませんが」

「死ぬ……はぁ?」

「ナトライマグナ、というよりラインハルトに我々十二の竜たちは呪いを掛けられまして、ジーク様を倒さねば絶命します。解呪する手段はありません」

「なぁ、アナグラムさん、俺がラインハルトを倒してもその呪いは消えないのか?」

「無理でしょうね」

 アナグラムは諦観に至る。アルスマグナはそっと肩を寄せ、死ぬときが近い彼女を抱きかかえる。

「まぁ、でも、長いこと生きてきました、長い間、色々な人と時を歩みました」

 

 辿々しく言葉を紡ぐ。

 

「竜狩りジーク、のような男に斬られるのは悪くないと今は思えます」

 

 声が震えていた。当然である。

 

「……少し、荒っぽいが、連れて行きたいところがある」

 ジークはアナグラムに提案する。

「私は待っております」

 アルスマグナは優しく微笑む。

「ありがとう」

 

 

 

 ジーク、空を駆ける。赤兎馬すら置き去りにするほどの速さで。

 

 一瞬のフライトは愛しい人に良く似た美人と共にということもあり運び甲斐は十分だった。

 

 

 降り立った場所は、かつてジークが初めて竜と戦い、そして勝った場所。さらにその奥にある墓標である。

 感情のルネサンスが守った場所、四千年前の戦争を追悼するための墓である。

「ここは……ここにあったのですね」

 アナグラムは静かに呟く。それは人の名前だった。

「アナグラムさん、これは俺のわがままですが、弔いをするならここが一番、魂が近いかなと」

「ええ、ここなら……ここが一番です」

 アナグラムは膝を付き、両手を合わせて祈る。

「美女を斬るのは二度目です」

「気を紛らせてくれるのですね」

「こう見えてお人好しなので、あ、動かないで」

「はい、しかし、ウロボロスへの最後の攻撃、あれは、凄まじいですね」

「……あれはもう使うことはない」

「ええ、あれは竜には酷です。ですがナトライマグナには使って下さい。貴方が楽に勝てるのが重要なのですから」

「嫌だね……と言いたいがそんな駄々こねて倒せる相手でもないか」

「物わかりがよく大変喜ばしい限りです。私があなたの一部になれるのは嬉しいですね」

「貴方の魂を俺の魂に刻みます。最後に一つ聞いても良いでしょうか?」

「はい、何でしょ――」

 

 

 ジークは静かに刃を振り下ろす。

 

 

 芸術の竜アナグラム、討伐。


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