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Our Alice-ぼくらのアリス-  作者: 近藤 回
証言二十二
6/21

「彼女は、自らを選んでやって来たのです」 1

「また来おった……。やつめ……妾から居場所を奪おうと……また……。早くせねば……いったいいつまで来るのだ……忌々しいっ!」

 カーテンが敷かれた室内は、思ったよりも暗く、鬱陶しさすらあった。天蓋付きのベッドに腰を下ろしたまま、ハートの女王は赤い爪を噛んだ。

「なんと癪に障る。考えられぬ……あの者にあの役目を奪われることなど……っ」

 立ち上がって、勢い任せにテーブルの上のものを払った。甲高い音を立てて、それは四方に砕け散った。こんなことをしても、すこしも憂さ晴らしにならない。

 またしてもアリスが来てしまった。

 どんなことをしても、アリスは来る。

 どれほどのアリスを葬っても、アリスが、来る。

 何度も何度も何度も何度も何度も来る。

 また……また。

 この世界は、アリスが欠けることを許さない……。

 ハートの女王は力任せに机を叩いた。

 ああ、本当に目障りだ。

「白ウザギっ!」

 苛々した調子を引きずりながら、彼女は叫んだ。

「……はい。お呼びですか、ハートの女王様」

 間を置かずに、白いウサギ耳を頭に生やした少年が部屋の扉を開けた。沈痛そうに、顔を俯かせている。ハートの女王は、わずらわしそうに鼻を鳴らした。

 不幸そうな顔をして、こいつの、こういうところが気に障る。

「用があるから呼んでいる。……あの娘はいまどこにいる」

 ハートの女王は憎悪に顔を歪ませて、カーテンの敷かれた窓に近付いた。

「……森、です」

 白ウサギはなんとも言いにくそうにこたえた。

「おそらく、彼の……帽子屋のところへ向かっているはずです」

「っならば!」

 ハートの女王は息巻いた。

「ならば、あの娘をこちらへ誘うのだ、いますぐ! これは命令である」

 顔を上げた白ウサギは、臆しながらも口答えをした。

「ですが、これから公爵夫人とお茶会ではありませんでしたか? 彼女との約束はどうなさるおつもりですか?」

「黙れ! 妾に意見するというのか? 貴様、誰が主人か、よもや忘れたわけではあるまいな。あの小娘など、来るというなら来させればよいのだ。それに〈約束〉をたがえることを酷く嫌っておるあの小娘の前で事を成せば、あやつも納得する。憂いも晴れるというものだ。わかったなら早く連れてくるのだ! いますぐに!」

 白ウサギは頭を垂れた。

「……仰せのままに」

 ハートの女王は血の色のカーテンを荒く開けた。見下ろせば、気味の悪い、石の列が並んだ場所が目につく。

 あれに、もうひとつ増えるだけのこと。

 実に歓迎すべきことだ。

 あやつが眠りから覚めることもなく、この世界に戻ってくることもない。

 だからあの娘は、永遠に排除しつづけなくてはならない。

 妾は思うままに行動するのみ。

 殺して、殺して、殺して、殺して、殺しつづけるのみ。

「くふふ、はははあっはははっはははははっ! 見ておれ! 貴様の言う通りになどなってやるものか! 妾がこの世界の主だ! 貴様になど、欠片もくれてやらぬ。妾の邪魔をするやつは死あるのみ。ああははははひひひひひっ! この世界に貴様は必要ない! 存在してはならない! ここはすべて妾の世界。貴様のような泥棒ネコには地獄がお似合いよ。必ず貴様を」


 おまえはアリスを殺しつづけるだろう!

 そういうふうにしてやるよ。

 もうおまえはアリスじゃない。

 わたしがアリスになるための、供物なんだよっ!


「っ!?」

 突如として脳内に甦ったことばに、ハートの女王は体をビクつかせた。

「なん……だ?」

 妾が、怯えている……?

 ハートの女王は咄嗟に自分の二の腕をかき抱いた。

 唐突に甦った声には、まともさを欠片も感じ取ることができなかった。

 どこまでも、どこまでも、ずれて、歪んで、壊れているようだった。

 まるで自分の、先ほどの笑い声と同じように。

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